地域経済

2009年12月 1日 (火)

新しい陳情の方法

昨日は、午前中は顧問先を訪問。午後から事務所で調査事案の片付けなど。

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【新しい陳情の方法】

民主党が示した新しい陳情の方法について、賛否が出ているようだが、地方への影響は確実にあると見込まれる。

自民党時代の陳情方法は、基本的には国会議員の地元担当秘書が窓口となり、それを東京事務所に回し、東京の秘書が、霞が関の省庁や、国会の連絡調整室、あるいはその分野に強い国会議員(族議員)に話をつなげてきた。

文字通り、国会議員は地方と中央のパイプ役であり、中央とのパイプの太さが、影響力の大きさにつながっていた。

それに対して、民主党が取り決めた新しい陳情の方法は、原則として県連が窓口となり、地方でさばけることはそこで処理し、国に持っていく必要のある案件は、党の組織委員会に上げる。

そして、そこから政務三役や各委員会、難しい案件は幹事長室に回し、党がすべてを仕切る方式に変わる。

これを「一括対応」と呼ぶそうだが、この方法によると、何よりも党の力がより一層強くなる。党が認めない事業は、日の目をみることはない。

自民党時代は、霞が関の省庁や族議員が力を持った。自民党がどんな意向を持とうとも、その分野に強い族議員がYESと言えばYES、NOと言えばNO、という、そんな傾向もあったといわれる。

民主党の一括対応方式は、政治主導の一つの表れでもあり、県連に力を持たせることによって、県連組織の強化と地方分権(地域主権)にもつながるという。

これによって族議員は必要なくなり、政党が組織力で対応することになる。確かに合理的でもあるが、一方で、極めて独裁色の強い方式ともいえる。

地元のある有力者の方が、最近、民主党本部へ陳情へ出かけたそうだが、地元の県連にまずアポイントを取って行かないと、なかなか会えなかったという。

また、会って陳情内容を伝えても、地元における民主党の得票が少ないことをチクリとやられたという。

来年度予算について、鳥取県関係では、例えば山陰道の整備費用が大幅にカットされた。これは、全国の土木予算の削減率を大幅に上回る削減だった。

先の衆議院選挙で鳥取県は、1区、2区とも自民党が勝利。民主党政権になって、さっそくその仕返しとも思える仕打ちに会わされたわけだ。

支持しない地域は干され、票をくれなきゃ予算はやらないという、“友愛”とは程遠い独裁的な政治が始まっている。

陳情の仕組みの変更はその一端であり、合理的な側面もあるが、政治の変化が着実に影響を及ぼし初めているといえる。

地方の声をどうやって国政に届けるか、勉強しなおしが必要というところだろう。

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2009年11月12日 (木)

米子駅南北一体化

昨日は、午前、午後ともに顧問先を訪問。

夕方は、商工会議所青年部のメンバーとして、米子市議会議員と商工会議所との意見交換会に出席。

主なテーマは、中心市街地活性化の問題だったが、私たち青年部は、米子駅の南口を作る構想を提案した。

これがいわゆる米子駅南北一体化というプロジェクトだが、今、鳥取県の中部地区の中心、倉吉駅でも工事が始まっている。

なぜ、山陰本線の中核駅の一つである米子駅で、やって当然のプロジェクトが今まで放置されてきたのか、実に疑問なわけだが、私は単なる怠慢だと思っている。

駅舎と線路によって分断された米子市にとって、今は「駅裏」と呼ばれている地域を、「南口」、あるいは「駅南」と呼び、人の行き来を高め、利便性を高めることで、米子のさらなる発展が望まれる。

鳥取駅や松江駅、あるいは出雲駅などで、もしも出口が1箇所しかなかったら、今のような発展はなかったはずだ。

政権が民主党に変わって、公共事業をやりにくくなったという声が聞こえるが、これだけ必要性が高く、かつ、経済効果もはっきりしている事業は、山陰において、他にないのではないだろうか。

今までは、政治力でもって、裏のルートで公共事業が決まっていたのかもしれない。しかし、これからは、公開の場で、しっかり議論して、事業の取り扱いが決まるのならば、むしろこうした事業は追い風になる。

いや、追い風が吹いたと思って、がんばらないといけない。

民主党政権がどうのこうのというのは関係ない。米子の将来にとって、必要な事業は断固やるのだという強い気もちで、取り組んでいかなければいけないと思っている。

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2009年9月18日 (金)

地価、下げ幅拡大

昨日は、午前中に松江市内で社外役員を務める法人の会議に出席。午後からは顧問先の訪問など。

【地価下落】

地価の下落が止まらない。

昨日発表の基準地価を見て、「また下がったなあ」という感想だ。しかも、下げ幅が縮小する傾向にあったのに、今年は下げ幅が再び拡大に転じている。

地方において、地価が下げ止まらない要因として、1番には景気がなかなか回復しないことがあげられる。回復しないどころか、悪化し続けている。

二つ目として、高層マンションが増えて、土地の利用効率が上がっていることも挙げられるだろう。

最近、建てられたマンションには、売れ残りが目立ち、住宅供給は過剰といえる。

三つ目として、郊外の農地を潰して大型店舗、ロードサイド店舗が展開する流れがまだ止まっていないことがある。

新規出店がないわけではないが、市街地への出店は小規模なものばかりであり、県外業者による出店の多くは、郊外が多い。市街地の地価が下がるのは必然ともいえる。

いまさらどうにもなるわけではないが、農地転用というのは基本的にもう必要最小限に止めるべきだろう。

四つ目としては、サービス業の発達で、土地そのものに価値を置く商売というのは、縮小傾向にあるともいえる。

製造業が中心だった時代には、工場用地の確保が重要だったが、今や、工業用地は余っている。

農業が復活するにしたがって、農地の確保が重要になれば、再び地方の地価が反転する可能性もあるが、今のところ、そこまでの動きは感じられない。

地価が下がるということは、単純にいって、金融機関から見れば担保となる土地の価値が下がることでもあり、それだけ融資総枠も縮小する。だから、地価を下げ止まらせることは重要な経済対策でもある。

地価というものをどう捉えるか。今後も、研究していきたいと思っている。

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2009年8月31日 (月)

僅差で赤澤氏が勝利

金曜日は、午前中に顧問先を訪問。事務所に帰って6月決算会社の税務申告書等の作成など。夕方は、中海テレビの打ちあわせ。

日曜日は、午前中に中海テレビの県議熱中討論の収録を終え、午後に衆院選投票を行い、夜の9時から中海テレビで、開票速報のコメンテーター。

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【衆院選結果】

激戦といわれた鳥取2区を制したのは、現職の赤澤氏(自民党)だった。

赤澤氏の得票が84,659票。対する湯原氏の得票が84,033票。差はわずかに626票(!)。

国政選挙では、およそあり得ない僅差の結果だった。

事前の予想では、湯原氏がリードしていた。しかし、これは湯原氏にとっては、必ずしもありがたくない予想だったものと思う。

私が金曜日に書いたように、赤澤氏の終盤の追い上げは激しく、当日の開票速報では、開票率98%でも、なかなか「当確」が出なかった。

決して、湯原陣営に油断があったとは思わないし、大票田の米子では湯原氏の得票が上回っていた。

最後に追い上げた赤澤氏とその陣営がよくがんばったという他ないだろう。

全国的に、「政権交代、是か非か」という争点で、民主党に圧倒的な追い風が吹くなか、鳥取2区については、「2区にとって必要な候補者はどちらなのか」という争点に持ち込んだ、赤澤陣営の勝利だったと思う。

いや、そういう意味では、2区にとってはどちらも必要な候補者だった、ということを示すかのように、破れた湯原氏は、惜敗率によって、見事に比例復活。議席を獲得した。

結局、鳥取2区からは2名の国会議員を排出することになり、住民にとってはこの上ない結果だったといえるのではないだろうか。

今回の衆院選では、自民党の大物議員が次々に落選した。

これから2期目に入る赤澤氏にとって、これはまたとないチャンスであり、党の中で一気に存在感を上げていくのは間違いないところだろう。

また、民主党の湯原氏は、政権与党とのパイプ役として、重要な役割が期待される。

都市部に強い民主党の公約は、地方経済への配慮がなさすぎる(この点は、小泉内閣と変わらない)。

これをカバーしてくれるのが、地方選出の民主党議員である。湯原議員には、民主党が横暴したとき、きちんと止める役を期待したい。

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【茨の道】

さあ、これから民主党政権が始まる。

事前に少しずつ書いてきたように、民主党政権は、当初から課題山積であり、決して平坦な道ではない。

茨の道と言っていいと思う。

この辺りについては、明日以降、ゆっくり書きたいと思う。

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2009年8月21日 (金)

ケンミンSHOW

昨日は、午前中に公認会計士協会の研修を受講。午後から、事務所に戻って6月決算会社の税務申告書等の作成。

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【秘密のケンミンSHOW】

昨晩、午後9時から、「秘密のケンミンSHOW」(→トップは音が出ます)という日本テレビ系列の番組で、鳥取県のことを放映すると聞いて、テレビをつけてみた。

番組も終わりに近いころになって、ようやく鳥取県のことが出てきた。

面白かったのは、鳥取県の東部と西部とで、文化が異なることを、ちょっと大げさに表現していたところだった。

ただ、言われたことは確かであり、例えば、鳥取市で有名な「とうふちくわ」は、米子の人間である私はほとんど食べたことがない。

鳥取市方面に行った人が、お土産に持って帰ってきたのを数回食べただけだと思うが、なぜちくわを土産に持って帰るのか、不思議に思った記憶がある。

ついでに、番組では言わなかったが、らっきょうを家で漬けているのが当たり前というのも、たぶん鳥取県東部だけの慣習だと思う。

私は、よく鳥取県庁へ行くのだが、県庁の女性職員(鳥取市出身)が別の女性と、お互いに自分で漬けたらっきょうの自慢話をしあっているのを聞いて、びっくりした覚えがある。

「今年はうまく出来たわ」みたいな話だったので、毎年漬けているんだなと思った。

番組は、「前編」と書いてあったから、鳥取県の話は来週に続くようだが、同じ鳥取県でも、鳥取市を中心とする東部と、米子市を中心とする西部では、文化や人々の気質、方言に至るまで、かなりの違いがある。

だいたい、甲子園出場校が東部の高校だったりすると、とたんに興味が無くなるのが米子の人間だ。

今年は鳥取城北高校(鳥取市)が出場したが、米子で甲子園の話題を聞いたことは全くなかった。

一方、今年の全国高校総体のサッカーで、米子北高校が準優勝するという快挙を果たしたが、私が鳥取市へ行ったとき、米子市民である私に対し、「米子北はすごいですね」と声をかけてくれた鳥取市民は一人もいない。

このような快挙も、まるで他県の出来事と思われているかのようであり、同じ鳥取県内で東部の人とは共通の話題とならないところが、おもしろい。

決して仲が悪いというわけではないのだろうが、一つには、鳥取市と米子市と街の規模が似通っている点で、対抗意識のようなものがあるのだろう。

特に米子市民にとっては、鳥取市は県庁所在地であるため、公共施設などがいろいろ充実していて、同じような街の規模なのに、県庁というだけで優遇されているという感覚を持っている人が多いのだと思う。

「米子人は、お上に頼らず、自分の力で道を切り開くんだ」と思っている人も多い。

民間人がそう思うのは良いのだが、米子の市役所までも、そう思っている節があり、それはどうかと思う。

これは、私に言わせれば、米子市は鳥取県庁を活かし切れていないのが実態で、県庁の差し伸べる手に気付かず、損をしているのが米子市だと思う。

この辺りは米子市民に意識を変えて欲しいところだ。

もう一つは、物理的な距離だろう。米子から鳥取市は、クルマで片道約2時間かかる。それに比べて、島根県庁である松江市は30分。出雲市まで1時間だから、よっぽどの用事がない限り、米子の人は鳥取市に足を伸ばすことはない。

番組の中で、米子出身の角盈男(元ジャイアンツ)が、鳥取砂丘には1度しか行ったことがないと発言していたが、私も同じで、子供のころに1度行ったっきり。

いくら観光地であっても、米子からは片道2時間かかる。1度行けば十分と思っている米子人は少なくないだろう。

書くと長くなるので、この辺にしておくが、東西でこんなに違う鳥取県だ。

それでも、鳥取と島根の区別がつかない県外の人にとってはどうでもいいことなのだろう。

来週も時間があれば、見てみよう。

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2009年8月 4日 (火)

野人に期待!!

昨日は、事務所で一日中、調査事案の片付け。

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昇格争いを繰り広げるガイナーレ鳥取に、あの野人・岡野雅行(元レッズ・元日本代表)の入団が決定した。

昨日の記者会見の模様はこちら(日本海新聞 動画ニュース)←音が出ます。

野性味あふれるプレーで日本中を沸かしたのは、つい10年ほど前のこと。

ジョホールバルで日本代表が、W杯初出場を決めたときの決勝ゴールを奪った男である。

彼には、勝利への貢献はもちろん、観客動員、入場料収入の増などに期待が持てる。

年齢はすでに37歳ということで、サッカー選手としてはかなりの高齢だが、そこは野人だけに、きっとやってくれるだろう。

野人が鳥取で暴れまくってくれれば、面白い展開になる。

野人に期待だっ!!

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2009年7月14日 (火)

さまよえる邪馬台国

昨日は、県の監査委員の仕事で、日野郡の方へ出掛けた。

中山間地の事情というのは、現地へ行ってみないとわからないことがたくさんある。

鳥取県日野郡は、知る人ぞ知る、おいしい米の産地。品質に関しては、間違いなく日本の最高レベルにあるが、いかんせん魚沼産のようにブランド化していない。

うまいのに、値段が普通なので、これはいいということで、大阪の大丸ピーコックで、トップシェアを継続しているという。

某ブランド米に混ぜられていると言われているが、つまり、それだけうまいということでもある。

日野郡は、大山や中国山地の豊かできれいな伏流水がいたるところにあふれ、緑豊かな大地。そこでできる米は、格別のうまさである。

前置きが長くなったが、「さまよえる邪馬台国」という本が、米子の今井書店から発売されている。

著者は米子在住の古代史研究家である田中文也氏で、邪馬台国は山陰にあったという仮説を検証している。

(アマゾンで検索できません。代わりに日本海新聞に掲載されたコラムをリンクしておきます。これをまとめたものが著書になります。)

意欲的な本で、大変おもしろかった。少なくとも、古代の歴史に興味のある人は読むべきだし、山陰の歴史を知る上で重要な本なので、多くの人に読んでもらいたいところ。

山陰地方は、気候的には、冬に雨や雪が多く降り、春から秋にかけては太平洋側よりも日照時間が長い。

この気候が、おいしい米を作り出すということで、古代からこの地域が栄えてきた。

加えて、日野郡にはたたら製鉄の歴史があり、古代文明を技術的に支えて来た地域といえる。

この本は、山陰の歴史を地理的、気候的な条件から探り、縄文から弥生期にかけて、山陰が日本の中心であったことの証明を試みている。

邪馬台国が本当に山陰にあったかどうかは、わからないが、少なくとも日本の中心であったことは、ほぼ間違いないことは、と実感できた。

山陰という田舎に生まれ育ったことは、若いときは少なからず劣等感を感じたものであるが、今はむしろ誇りに思える。

このような誇らしい歴史を今後にどう活かすかが、この地域の課題の一つになろう。

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2009年7月 2日 (木)

路線価下落

昨日は、事務所で5月決算会社の税務申告書の作成など。

昨日のニュースによると、今年は路線価が下落に転じたそうだ。東京圏での下落が響いたらしい。

しかし、地方圏については、「今年も下落」である。しかも、下落幅が再び拡大に転じたという。

路線価とは国税庁が発表する、相続・贈与税価格算定のための基準価格である。

これは、実勢価格(公示価格、基準地価)のおよそ8掛け。ちなみに実勢価格よりも2割減してあるのは、政策によるものと言われている。

地方圏での地価の下落は、歯止めが効かない状況に陥っている。

1992年以降、一貫して下げ続けているが、かつて鳥取県で一番高い地点の地価は、往時からおよそ5~6分の1にまでなっている。

90年代以降は、バブル崩壊の影響もあっただろうが、郊外型の大型スーパーの進出や、街中での人口減、少子高齢化の進展など、社会の変化が大きいと思われる。

バブル崩壊の影響といっても、鳥取県の場合は、そもそもバブルが小さかったので大したことはないはず。

むしろ、郊外型スーパーの進出を許すなど、都市機能を拡散したことの影響が大きいと思われる。

これに加えて、大企業の撤退は土地需要を大幅に減らすことなるなど、右肩下がりが止まらない。

少子高齢化に歯止めがかからない状況では、地価が上がる要素がない。

地価が上がらないと、事業をしている人が金融機関に担保として差し出している土地の担保価格も低下する。

担保価格が上がらないと、融資枠が広がらない。融資枠が広がらないから、事業の拡大もやりづらい。

土地の価格下落は、経済が負のスパイラルに陥る原因でもあり、結果でもある。

ただし、地価の下落は暗い話ばかりではない。何より、新規に事業を起こす人にとっては、土地は安い方がいい。

起業のハードルが下がるのだから、こういう時宜を逃してはいけない。

このご時世で、新たに起業をするという人が多いとは思わないが、悪い時期に立ち上げた事業は、そこを基準に採算を取るよう努力するので、当面は厳しくても成功する確率は高いと思う。

何事も状況の悪さを逆手にとるしたたかさが必要ということだと思う。

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2009年6月26日 (金)

道州制と地方分権

昨日は、午前中に調査事案の片付け。午後からは、「地域主権型道州制」と題した日本海新聞主催の講演会に出席。

講師は、PHP研究所の江口克彦社長。政府の道州制ビジョン懇談会の座長でもある。

「道州制」といっても、官僚の世界では「中央集権型」の道州制があるようで、江口氏はあえて「地域主権型」と称して、それとは区別しているとのこと。

講演が終わって会場を出ようとしたところ、日本海新聞の記者に感想を求められた。

「興味深かった点」と「物足りなかった点」と1つずつコメントした。今朝の新聞には興味深かった点だけがコメントとして記載されていたので、物足りなかった点について以下に記しておきたい。

道州制の話を聞くときには、2つ気をつけないといけないことがある。

一つは、「道州制になったらできること」と言われることの中に、今の都道府県でもできることはないかどうか。

今の体制でもできることは、今、努力すべきことだ。道州制の導入を待つ必要はない。

もう一つは、「いつまでに」「どんなプロセスを経て」、道州制を実現するのかという点。

道州制がいわれて久しいが、一向に進んでいないように見受けられる。その背景には、財務省など強力に反対している勢力がいるからだろう。

いつ実現させるのか、具体的な話が出ない限り、進展はないと見るべきだろう。

道州制はどこか夢をもって語られやすいだけに、この2点は十分注意して話を聞く必要がある。

そして、本当に道州制が最善の策なのか、という観点で聞かないと、何かだまされている感じがしてしまうのだ。

講演では、道州制の必要性や税源移譲や権限委譲の問題、さらには区割り案などについて説明があった。

しかし、予想したことではあるが、「いつまでに」「どんなプロセスを経て」道州制が実現するのか具体的なことは何も話にでなかった。

道州制の必要性だとか、権限委譲の問題などは、もう言い尽くされたのではないだろうか。

税源を移譲するということ一つとっても、財務省の強力な反対がある。財務省がなぜ強大な権限を持っているかというと、日本国の予算配分を一手に引き受けているからだ。

これを道州に分割することは、財務省の解体を意味する。

そこで財務省は、国のコストである社会保障費に消費税を充てると自民党に言わせて、事実上、消費税は地方に委譲できないように画策している。

道州の主要財源は消費税だから、消費税を国のコストたる社会保障費に当てたら、道州政府は乏しい財源で、結局、国に頭を下げて財源をもらわなければならなくなる。

こういった強力な反対勢力をどうやって懐柔していくのか。今はすでに、こういう具体的なプロセスを考える時期に来ていると思う。

また、「自分の地域のことは自分で決められるようになる」と言っても、今の都道府県の体制でも決してできないわけではない。

霞が関がほんの少し、縛りを緩めるだけで、いろいろなことができるようになる。これは、道州制を待つまでもなく、今、すぐに努力すべきことだ。

「道州が実現しなければ、地域のことは地域で決められない」という誤ったメッセージと受け取られる可能性すらあり、注意が必要である。

「道州間の減税競争で地域経済が活性化する」というのも怪しいと思っている。得意の“横並び意識”によって、ほんの少し減税して終わり、というシナリオもないわけではない。

地方でシャッター通りが増えているのは、必ずしも中央集権のせいではない。グローバル資本主義の波が容赦なく日本にも押し寄せる中で、高度成長期のつかのまの繁栄を前に、対応を怠ったことのツケが多分にある。

そういう意味で、私は必ずしも道州制に期待はしていない。自分たちの地域のことは自分たちできちんとやっていくということに関しては、道州制であろうと、都道府県であろうと、しっかりやらなければいけないと思っている。

まだ見果てぬ夢の道州制をあれこれ考えるよりも、着実に地域力をつけていくことが大事なのだと思うのだ。

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2009年6月24日 (水)

夢の航路

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後も顧問先を訪問。

境港と東海(トンヘ)、ウラジオストクを結ぶ定期航路が、いよいよ今月の29日に就航する予定。

地元では、「夢の航路」として、期待と注目が集まっている。

そこで、何が一体「夢」なのか、私なりの解釈を簡単に記しておきたい。

まず、境港が西日本の物流の拠点の一つになる可能性を秘めているという点である。

現在の西の拠点は神戸になるが、この一部が境港にシフトできるかどうかが課題となっている。

もちろん、地元の物産などを輸出するという新たな需要を取り込むこともあるが、それでは物流量が足りない。

そこで現在、海路を通じてヨーロッパ方面へ運搬している物品を境港からウラジオへ揚げ、シベリア鉄道を使って運搬するようにすれば、物流量も大きく増える。

例えば、レニングラードあたりにある日本の自動車メーカーの工場に部品を供給するのに、シベリア鉄道という陸路を使えば、時間短縮につながる可能性がある。

こうした需要を取り込むことで、定期航路が充実してくる。

境港の物流量が増えれば、関税収入を使って境港のインフラ整備も進む。関連業者が集積すれば、にわかに流通産業の基点にもなる可能性がある。

ただし、今のところ、まだ「夢」の段階である。一つには、国内の道路が未整備だから、境港に運ぶまでに時間がかかる。

米子のインターを降りたら、国道431号を約20キロ走って境港まで行かないといけない。この道は休日は渋滞するし、生活道でもあるから、信号が多く、スムーズな運搬ができない。

だから、本当は米子のインターから境港まで高速道を敷く必要があるが、それはまだ夢の話。

当面は、地元で採れた農産物などを輸出するなど、細々とした運行が精一杯だろう。

フェリーの採算が取れるようになるまで、3~4年はかかると言われている。荷主からすれば、安定した運行が期待できなければ、物流をシフトするのは難しい。

だから、赤字であっても数年は船を走らせる必要がある。そこに県や市の補助金が出されることになる。

これに賛否両論が出るのは当然と思うが、境港の護岸整備と米子インターまでの道路整備も合わせて国に要望していかないと、はかない「夢」に終わってしまう。

そういう意味では、米子市も重要な役割を果たす必要がある。

米子市議会でも、一部の議員により、この航路についての質問がなされていたが、米子市側はほとんど理解できていない様子。

県と境港市だけの問題だけではないのだが、がんばってもらいたいところだ。

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