日記・コラム・つぶやき

2009年11月 5日 (木)

夫婦別姓

昨日は、午前中から午後にかけて、監査委員の仕事で西部総合事務所へ。夕方は、所用で松江市内へ。

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【夫婦別姓】

今度の法務大臣は、夫婦別姓を実現しようとしているらしい。

なるほど「選択制」にすれば、選択するのもしないのも個人の自由となるので、不都合はないということらしい。

そうなると、別姓を選択した場合の問題とか、そういうものもすべて、個人の自由ということになるだろう。自分にとって何が正しい選択なのか、しっかり考える必要があるということだ。

ちなみに私は夫婦は同姓の方が良いと思っている。何より、家族に対する一体感と責任感が持てることが良い。

「自分がしっかりしなければ」という気持ちが、仕事に、家庭に、あらゆる面で自分のバイタリティの源になっていることは否定できない。

もし、妻が自分と違う姓だったら、今と同じレベルの責任感を持つことができるだろうか。必ずしも自信があるわけではない。

苗字を変えてまで、自分についてきてくれた妻に対する責任というものは、普段から何気なく感じているものだと思っている。

夫婦別姓を主張する女性運動家たちは、きっと強い女性たちなのだろう。千葉法務大臣は弁護士だという。きっと誰の助けを借りなくても、一人で自活できるのだと思う。

すでに別姓を選択して、事実婚の形をとっている福島大臣も、弁護士であり、2億5千万円もの預金をため込み、老後の心配など一切ない女性である。

そういう女性が考える女性の地位向上は、だいたいにして理想がすぎると感じる。

社会生活を送る上で、結婚によって女性の姓が変わる不便さを解消し、女性の社会的地位を向上させようというが、言い換えると、すべての女性が自立して、自分で高収入を得て、老後の心配をしなくていいようにしなさいと言っているようなものだ。

もちろん、これができる女性もいるから、こうした主張が決して間違いだとは思わない。しかし、そうでない女性もたくさんいることに、強い女性は気がついていないように思う。

気づいていないだけならまだ良いが、決して自分は強くないのに、自分も強い女性たちと同じように、理想のキャリアライフを送れると思ってる女性も多い。

こういう女性は20代のうちは、若いというだけでチヤホヤされるからまだ良いが、30代になって、同僚との競争の中で本当の実力勝負の段階になると、疲れきってしまって、「自分の人生、これで良いのか」と思い始める。

男が一生かけても、成し遂げられないキャリアがたくさんある。男女同権なら、女性にとっても同じくらい仕事とは厳しい世界である。

しかし、女性には子供を産み育てるという、男には絶対できない仕事もある。それを「逃げ」と思っている気の毒な女性も多い。

夫婦別姓が始まったら、たとえ選択制とはいえ、自分で自分の幸せの形をきちんと考えておかないと、道を間違うことになる。強い女性たちの、強い理想の主張に、決して負けないように生きる必要が出てくる。

夫婦同姓を選択した女性は、「男に媚びた生き方だ」などと、フェミニストたちに強烈な言葉を浴びせられても、それが明らかに間違った批判であると、同じくらいしっかり主張して生きていかないと、自分の生き方に自信がなくなってしまうことになるかもしれない。

今まで、当たり前のように夫婦が同姓だったことに、主として男たちが、十分な自覚がなかったことが、問題だったかもしれない。

現代は、何でも新しい考え方が良い考え方だと思われる時代。古い価値観を守ろうとする人間には、「古い人間」のレッテルがすぐに貼られてしまう。

しかい、そうであってもこの議論、もう少し慎重に賛否両論を並べてみるべきだろう。

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2009年10月28日 (水)

新型インフル対策

昨日は、午前中に8月決算会社の税務申告書の作成など。午後からは、顧問先を2軒訪問。

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【新型インフル対策】

面白い記事を見つけた。

そのタイトルは、「若者よ 新型インフルエンザに大いにかかれ」である。

新型インフルエンザの流行を心配している人は、参考までに読んでもらいたい。

成人については、新型インフルエンザのワクチンが間に合わないということらしいが、別にワクチンを接種することもないのだと、教えてくれている。

それよりも、感染して体の中に抗体を作ったほうがよいとまで書かれれば、ある意味で痛快である。

私は、インフルエンザの予防接種を小学校以来したことがない。小学校のときは、義務だったので接種したが、いつのころか任意になってからは一度も予防接種をしたことがない。

それでいて、インフルエンザにかかったといえば、かかった記憶もない(もしかしたら、ただの風邪と区別がつかなかったかもしれない)。

小学校時代の記憶として、予防接種をした日はなんとなく体が重くなり、風邪を引いたときのような、どんよりした気分になったのを覚えている。

無理もない。予防接種によって、擬似的なインフルエンザにかかるのだから。

私は東洋医学の考え方が好きで、自分自身の体が持っている免疫力を高めて、風邪を予防したり、治したりすることを理想とする。

だから、風邪をひいても基本的に病院には行かないし、薬も飲まない。それよりは、家で静養して、栄養を補給して、気持ちをプラスに持つよう心掛け、やがて体からウィルスが去っていくのを待つ。

このたびの風邪でも、頭痛薬だけは仕事をする上での士気にかかわるから飲んだが、医者にも行かなかったし、風邪薬も飲まずに治した。

私は、この記事を読んで、安心してインフルエンザにかかる決意ができた。感染の恐怖におびえるよりも、そうやって気持ちをプラスに持っていた方が楽に過ごせる。

何事も、メディアの報道に煽られて、心配し過ぎることはよくないということだ。

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2009年10月15日 (木)

希望の時代

昨日は、午前中に監査委員の仕事で鳥取県庁へ。午後から、母校の高校へ行って、総合学習の一環で在学生に向けた職業紹介の講師。

【総合学習で職業紹介】

昨年までの話では、「2年間で終わり」、というルールだと聞いていて、このブログでも「今年はもうやらない」と書いたところだったが、どうやらそういうルールがあるわけではないようで、改めて依頼が来たので、今年も公認会計士の仕事を紹介しに、母校へ行って来た。

昨今の経済状況の悪化を受けて、大人たちがしきりに「厳しい世の中になった」と言うものだから、きっと子供たちも未来に希望が持てなくなっているのではないかと思って、私は、「こういう世の中だから、努力によって報われる時代になったんだ」と強調した。

考えてみれば、私が社会に出た平成8年は、就職氷河期元年であった。以来、経済は一環して悪いままの状況が続いている。

2002年ごろから平成バブルがやってきて、東京や名古屋は景気が非常によくなったが、私が米子に帰省したのが2002年だから、私はその好景気の恩恵にあずかることなく、ずっと不景気の中を歩んできた。

私が就職する前の時代、つまりバブル景気とその余韻が冷めやらぬ1990年代初頭は、就職活動に行くだけで、ウン万円が交通費で支給され、内定が決まるとお祝いパーティーが開催されて、ドンペリで乾杯、なんて時代があったと聞いた。

監査法人の新人研修も、グアムで開催したなどという話もあって、まさにバブッていた時代だった。

そんな時代には、努力した人も、しない人も、等しく同じような厚遇を受ける。努力するよりも、楽しく遊んだ人の勝ち、というそんな時代だった。

そんな時代が長く続くはずはない。案の定、そうしたバブルが崩壊すると、真面目に努力した人だけが報われる時代になった。これは、決して悪い時代ではない、というのが私の見解。

大学に入って、師匠となる川北先生に出会い、最初の教えが「目前の豊穣に酔うてはならぬ」だった。努力した人だけが報われるという、時代を超えた普遍の真理を教えてくださった。

若い人にとっては、豊かな時代が良いとは限らない。若いうちに厳しい時代を生きて、その中で自然と努力を重ねて、そして、人生の晩年に楽をできれば、そちらの方が理想的ではないだろうか。

まさに、「先憂後楽」であり、それが逆になってしまった世代が、若いときのバブルを味わった、私よりも上の世代ではないだろうか。

だから、若い人、特に高校生に対しては、大人は十分に希望を伝える必要があると思って、私は昨日、そういう話を交えて、職業について講義をした。

これからスタートする人にとっては、間違いなく希望の時代だと思っている。そんな思いが、昨日の話で高校生たちに少しでも伝わればいいと思っている。

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2009年10月 8日 (木)

台風18号

昨日は、公認会計士協会の非営利法人委員会の部会に出席するため、朝一便で東京へ。

午前中に、新宿・紀伊国屋で書籍の仕入。午後から市ヶ谷の協会本部で委員会。夕方に、わが師・川北博先生の事務所へ立ち寄り。

【書籍の仕入】

やはり、本は見て手にとって買うのが一番良いと実感した。というのも、アマゾンのようなネット経由で買うと、ついタイトルと概要だけを見て購入してしまうが、手にとってみると、それほど面白そうでないものもある。

昨日は、買うべき本を15冊ほどリストアップしていったのだが、実際に買ったのは9冊。逆に言うと6冊は、手にとってみて不要と判断した。

最近は、タイトルだけ魅力的なものを付け、中身は大したことがない本が多くなっている要に思う。買うと決まっているもの以外は、できるだけ本屋で見て買うのがいいと思った。

【川北先生の事務所】

川北先生は、今年の4月に事務所ビルを建て替えられ、新築後、初めての訪問だったが、実に立派なビルだった。

中央区が屋上緑化を勧めている関係で、最上階の広いテラスには、草木が茂っていた。それが研修室から眺められ、実に落ち着いた雰囲気。

それこそ7年前まではここで働いていたわけだが、立派に生まれ変わり、改めて先生はすごいと思った。

80歳を超えてなお、とても元気なご様子で、30代の私が頑張らないわけにはいかない。元気をもらって、帰路についた。

【台風18号】

東京から最終便で米子に帰ろうと、羽田空港に着くと、すでに欠航便が相次いでいた。岡山行きや大阪行き、冨山行きなどが欠航していたので、米子もダメかと半分はあきらめていた。

それでも何とか、ほぼ定刻通り飛び立ってくれたのでよかった。

米子に向けて高度を下げるとき、台風の影響を受けてかなり揺れた。しかし、落ちるかもしれないという恐怖心は全くなかった。

というのも、かつて、羽田に向かう便が当日の強風のため、ダイヤが乱れ、東京湾上空で20分ほど待機させられたことがあった。

強風の中での上空待機というのは、半端じゃなく恐ろしい。ガガガ、ガクンと何度も急降下しては、高度を上げ、また急降下して、の繰り返し。恐怖で発狂した乗客が出たほどだった。

それでも飛行機は落ちなかったから、飛行機というのは、よっぽどのことがないと落ちないのだとわかった。

昨日、羽田に向かった便は、きっとダイヤの乱れで、強風の中、上空待機させられたのではないだろうか。

米子に着くと、地上でもかなりの風だった。1時間も違えば、飛行機は欠航していたかもしれない。

今朝の米子は、風が落ち着き、台風はこちらからは去って行ったようだ。それでも、深夜のうちに吹き荒れた風のせいで、道路には葉っぱや木の枝などが散乱していた。

今朝は、名古屋あたりに上陸したようだが、大型なので、首都圏もかなりの影響を受けていることだろう。

東京出張が1日ずれていたら、ダイヤの乱れに巻き込まれたことと思う。

なんとか、予定通りに帰着できてよかった。

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2009年10月 7日 (水)

7年が経つ

昨日は、午前中に事務所で調査事案の片付け。午後から、顧問先を訪問。夕方は、市内の法人での勉強会に出席。

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【7年が経つ】

2002年(平成14年)の10月7日に、米子の地でこの事務所を開業してから、今日でちょうど7年が経った。

まずは、これまでお世話になった顧問先の方、仕事先の方にお礼を申し上げたい。

おかげさまで、7周年を迎えることができました。

ありがとうございます。

この7年間で、うまく行ったこと、いかなかったこと、様々であるが、何とか無事にここまでこれたことにホッとしている。

正直に言えば、売上計画的には、目標に未達である。しかし、この間、さまざまな仕事にチャレンジしてきたことで、実に勉強になった7年間だったと思う。

また、それなりに地元での人脈を構築できつつあることもまた、重要な結果だと思っている。

誤解を恐れずに言えば、売上よりも、「地元の経済を知る」ということと、「人脈を作る」ということに重きを置いてきた7年間だった。

まずは、地元での土台を築き、得た仕事でしっかり結果を出して行けば、売上は後から付いてくる。

事務所のスタッフもしっかりしてきて、いろいろ任せられるようになったことも大きい。

売上の伸びとともに、スタッフの育成は急がないといけないところではあるが、少ない人数で回しているので、このあたりは決して焦らないようにしたいところ。

10周年まで、あと3年だが、私としては今後3年間を、しっかりと内部固めの3年にしたいと思っている。

これまで、外に出ていろいろチャレンジしてきたが、事務所の方向性もようやく固まりつつある。ここで、しっかり内部を固めて、次なる10年の礎にしたい。

何をもってしても、顧問先やお客様のお役に立つことが最重要で、そのために必要なサービスを今後もしっかり磨いていきたい。

今後とも、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

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2009年10月 6日 (火)

ピンクリボン

昨日は、事務所で監査レポートの作成や調査事案の片付けなど。

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【ピンクリボン】

ピンクリボンとは、乳がん撲滅運動のシンボルマークだそうで、近年は街角でもときどき見かけることがある。

先日は、ヤフーのポータルサイトを開くと、勝手にピンクに変わっていて、リボンのマークとともに、乳がん撲滅キャンペーンをしていることをアピールしていた。

これをやっていると、何か慈善運動にかかわっているような感じを一般の人は受けるだろうが、私はかなり違和感を覚えている。

人間はいつか必ず死ぬわけであり、乳がんが撲滅したからといって、別のがんか別の病気で最後は死ぬことに変わりはない。

そもそも癌は老化現象の一つで、健康な者でも少なからずがん細胞を抱えているらしい。放っておいても普通に寿命を迎えるのに、なぜわざわざ乳がんだけをそんなに発見したがるのか。

がんの「早期発見、早期治療」が有効とも限らないことは、一部の医学者が言っていることでもある。

早期発見して切除して治るがんならそもそも転移しない良性のものである可能性がある。

また、悪性のがんであれば、発見できるほどの大きさになれば、すでに見えない転移が始まっており、歌手の川村カオリがそうであったように、どっちみち同じ結果となる。

乳がんが増えているというが、最近増えたわけではなく、昔から乳がん自体はあったのだと思う。それが発見する技術が向上し、検診の受診者が増えているだけのことだろう。

これによって、放ってけば普通に寿命を迎えられたであろう人も、わざわざ乳がんの診断を受け、場合によっては乳房を切除されたり、苦しい抗がん剤を投与されたりする。

メタボリックがそうであるように、昨日まで正常だった人が、「今日からあなたは病人ですから検査しましょう」といわれているようなものだ。

最近みたネットの記事では、うつ病もそういうきらいがあるようだ。潜在的には誰だって躁と鬱の傾向を持っている。それを「うつ病は早めに相談を受けましょう」というキャンペーンで、「自分もうつかもしれない」と思う人がどんどん患者になっていくという。

こうした問題は、医学界や製薬会社の経営的な問題と結びついており、日本の医学の常識は、欧米では必ずしも常識ではない点だけは指摘しておこう。

有名人の死はショッキングなニュースではあるが、がんという病気に対して必要以上に恐れを抱く必要はない。

昔、多かった死因に「老衰」というのがあるが、老衰のほとんどが癌だといわれている。体が徐々にやせ細り、文字通り、「老いて衰える」ことによって迎える死は、人間の自然な死に方の一つである。

がんとうまく付き合えば、余生というものを有効に使うこともできるわけで、望ましい死因の一つが癌だと私は思っている。だから、撲滅キャンペーン自体が無駄であり矛盾だと思う。

誰でも必ず迎える死に対し、必要以上に恐怖感を煽るのは、あまりよいことではないと、私は思っている。

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2009年10月 2日 (金)

携帯電話

昨日は、事務所で調査事案の片付けや山陰経済新聞の原稿書きなど。

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【携帯電話】

最近、近所で道行く高校生が、携帯電話を見ながら自転車を運転しているのが目に付く。

メールでも読んでいるのかもしれないが、ああいう便利な機器というのは、依存症になりやすいのだろう。子供は自制が効かないから、ハマるといくらでもやり続け、自転車に乗りながらでもしてしまう。

うちの2歳の息子も、おもちゃ代わりに古い携帯で遊ばせてやったら、これにはまった。「もう、やめなさい」と言っても聞かず、強制的に取り上げることもしばしばである。

やり続ければ、きっと目が悪くなるだろうし、何もいいことなどないから、今はできるだけやらせないようにしている。

そういう私も小学生のとき、ファミコンにハマったことがあった。親に時間を制限されているのも聞かず、「このゲームを解くには、時間がかかるんだ」と理由にもならない理由で、やり続けたことがあった。

小学生の秋に、はじめて視力が落ちたことに気がついた。ショックで、少しは時間を制限したが、結局、中学を卒業するまで、ファミコンで遊んだ。

振り返ってみて、ファミコンをして良かったことなど一つもないように思う。特に視力の低下は、スポーツをするにはハンデになる。

将棋や囲碁のように、思考力が鍛えられるわけでもないし、私にとっては何一つ良いことなどなかった。

唯一あるとすれば、友達との会話について行けたということくらいではないだろうか。

きっと、高校生がメールにハマる理由の一つに、素早く返信をしないと友達とコミニケーションを取りづらくなるというのがあるのだろう。

こういうのは大人が何らかの手を差し伸べてやらないと、高校生の知恵では解決しない問題のように思う。

私が子供のころもそうだったように、新しい遊び道具は大人には理解できない。今、高校生がなぜ携帯にハマるか、そして、それがのちにどのような悪影響を及ぼすか、分析する時間もないうちに、広まってしまう。

一慨に否定するつもりは全くないが、付き合い方は最初に学んでおかないといけないことだと思う。

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2009年9月30日 (水)

ジョギング最高!

昨日は、午前中に7月決算法人の税務申告書等の作成。昼から、商工会議所青年部の会合に出席。その後、仕事先の知人と面会。

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【ジョギング】

「食欲の秋」とはよく言ったもので、秋になってメシが旨くてしょうがない。

ほ乳類の動物には、冬眠に備えて、秋にたくさん食料を食らう体の本能があるという。人間にもそれが残っているのだろう、きっと。

最近は、食事が終わると、お腹が苦しくてしょうがない。ズボンのベルトがきついと思って緩めてみても、ズボン自体がすでにきつくて、ズボンによってはホックを外さないいけない。

これではいけないと、ここ数日、思っていた。昨日、ふと、「(今日から、ジョギングを再開しよう)」と思った。

「思い立ったが吉日」で、昨日は約3年8ヶ月ぶりにジョギングをした。

7年前、米子に帰省したころは、ほぼ毎日、仕事から帰ると自宅から海まで、片道約2キロの道のりをジョギングしていた。

しかし、仕事が忙しくなるにつれ、ジョギングをしなくなってしまった。代わりにスポーツクラブに入会してみたが、1年も続かなかった。

その間、筋力は落ち、体は衰え、腹の脂肪が目立つようになった。ここまで、学生時代以来の筋力の貯金でなんとかやってきたが、それも限界。

ここいらで一つ、体を作り直さなければならないと思っていたが、仕事が忙しく、家に帰ると子供と遊ぶ時間が優先し、自分自身の体力づくりがおろそかになってしまった3年間だった。

夕方、家に帰ると、すぐにジャージに着替えてジョギングに出かけようと思ったが、長年着ていたジャージのファスナーが降りなくなっていた。

Dsc01646 無理に降ろそうとすると、ファスナーが砕けるのがわかった。プラスチックが劣化していたのだ。

写真のジャージは、私が陸上部だった高校時代の練習着に使っていたジャージ。なんと、20年前のものをずっと大事に使っていたのだ。

生地がしっかりしていたので、まだ使えると思っていたが、まさかファスナーの劣化で寿命がくるとは思わなかった。

別のジャージに着替えて、いざ、出発。海までの往復約4キロを走った。

私は、ジョギングするときは必ずタイムを計って、それを記録するようにしている。その方が、自分の体力がどう向上していくか、数量的に把握できるからだ。

前回の記録が平成18年1月が最後だったので、実に3年8ヶ月ぶりのジョギングだった。案の定、昨日の記録は過去最悪のものであり、いかに体力が落ちたか、痛感した。

私は、もともと短距離ランナーだから、長い距離をだらだら走るのが苦手だ。ルートを決めたら、それをいかに速く駆け抜けるかを考える。

海までの往復も、行きはまだ良いが、帰りはどんどんきつくなる。記録をとっているので、歩くということは決してしない。とにかく、今、もてる力をすべて出し切るように走る。

ちなみに、私の理想のランナーは、中山竹通。前半を思い切りダッシュするような走りでぶっちぎる姿が今でも印象に残っている。

しかし、それをやると必ず後半きつくなる。そのときに、「なんで、こんなきついことをあえてやるのか」を自然と自分に問いかける。

それに対して、合理的な答えは決して出てこない。そのうち、考える余裕がなくなってくると、ただひたすら苦行に耐えるしかない自分に気付く。

そして、それが人の生き様ではないかと思ってしまう。自分の人生にあえて、意味を見出す必要はない。それでも、自分の持ち場で一生懸命がんばるのみ。それでよいのだと思えてくる。

ジョギングによって、自分の体力を再構築するとともに、邪念を振り払い、一心に仕事に取り組む心を養いたいと思う。

そう考えると、ジョギングって最高だと思うのである。

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2009年9月28日 (月)

ベルトを着け忘れる

金曜日は、県の監査委員の仕事で鳥取県庁へ。

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【ベルトを着け忘れる】

金曜日の朝、事務所に出勤したとき、ふと、ズボンにベルトをしていないのに気が付いた。

履いていたズボンが、ちょうど心地よく腰を締め付けていたので、ベルトをしていないのに気が付かなかった。

家にとりに帰ろうか、それともこのまま県庁へ向かおうか、少し悩んだ末に、そのまま県庁へ向かうことにした。

ベルトをしていない人が、他にもいるだろうかと、駅を行き来する人の腰もとに、つい目がいってしまった。しかし、ベルトをしていない人はいなかった。

キオスクに近づいて、ベルトが売っていないか一応、確認をしてみたが、ベルトは売っていなかった。

以前、ネクタイつけるのを忘れて家を出たことに気付き、駅のキオスクで急遽、買い求めたことがある。

それまでは、なぜキオスクでネクタイを売っているのか理解できなかった。「(こんなところでネクタイを買う人がいるんだろうか)」と思っていた。

しかし、いざ、私がネクタイを締めるのを忘れて、なるほど、自分のようなうっかり者のためにネクタイが駅のキオスクに売っているんだと理解できた。

その経験を踏まえ、ベルトも売っていないか、キオスクをのぞいてみたが、売っていないようだった。「ベルト売ってますか?」と尋ねるのもなんだから、そこであきらめた。

誰かにベルトを着けていないことを指摘されるだろうかと思ったが、夕方、家に帰るまで、誰も指摘をする人はいなかった。

取り越し苦労だったわけだが、不要な心配をしないためにも、ベルトを忘れないようにしたいと思う。

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2009年9月24日 (木)

SW明け雑感

シルバーウィークは、月・火・水と、普段通りに出勤。7月決算法人の税務申告書の作成と、新しく入った仕事の準備。

昨日(=彼岸の中日)だけ、午後から墓参りへ。

世の中、不景気だというが、それでも5連休とれる仕事なら、安泰といえるだろう。それとも、仕事が少ないから5連休できてしまうのだろうか。

事業の基礎を作るためには、当たり前だが、人一倍働くしかない。私もゆっくり休みが取れるようになるまで、もう少し頑張る必要がある。

そもそも独立するということは、仕事と結婚するということ。仕事が好きで、休日にかかわらず仕事に取り組めることが、独立の前提だ。

1980年代までの日本人は、“仕事中毒”だといわれてきた。豊になったのも当然かと思う。不景気の今、豊になった時代の背景に、どんな日本人がいたのか、思い起こしてみるのもいいと思う。

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【鳩山政権】

ニュースで気になるのは、鳩山政権の一つ一つの動き。

まず、八ッ場ダムの建設中止。

これは、時代の転換の象徴の一つになるだろう。

ダムのコストは、コンクリートで固める土木作業よりも、土地の買収費用、地元対策費など、地元の住民や自治体に落ちる金が大きいといわれる。

大反対だった地元がなぜ、賛成に回ったのか。地元住民が被害者であることに変わりはないが、賛成に回らざるを得ないほどの過分な資金が地元に流れたのだと推測する。

「地元対策費」って、一体なんだ?と思うだろうが、ここに、モロモロの利権が詰まっている。こういうやり方はもうやめた方がいい。

マスコミも「中止反対」を煽りすぎ。記者クラブ制廃止云々の議論で、よっぽど民主党政権に対する反感があるのだろう。

国が地元自治体に、資金を何百億円か返還するのは、「無駄なコスト」ではない。当たり前だが、それは地元が新たな財源として何かに使うことができるからだ。国民にとってはプラマイゼロの話だ。

もう一つは、温室効果ガス25%削減目標を世界に公約したこと。これも、時代の転換の象徴になるかもしれない。

この方針によって、民主党政権に反対する業者は、日本では生き残ることができなくなった。

これが吉と出るか凶とでるかは、各企業の努力にゆだねられる。前にも書いたが少なくとも2020年には、環境対応できていない企業は生き残れない。

そして、日本は環境技術で世界をリードしていくことを世界に宣言したともいえる。閉塞感のあった日本の産業界に、改めて明確な目標を打ち出したことは、確かに厳しい話だが、その分、期待を持てる話といえる。

産業政策というのは、こうやって明確なテーマを政治が打ち出すことから始まる。それをちゃんとやった民主党政権には、近年の自民党には見られなかった進取の気性が見られる。

これらを考えると、民主党政権誕生は、日本にとって必要だったといえるかもしれない。

おもしろいのはマスコミの反応。記者クラブ制廃止(公約のはずだったが政権発足後、撤回された)を言われたことがよっぽど腹に据えかねたのか、民主党への批判が目立つ。

今、どの新聞を読んでも同じようなことが書いてあるのは、大手のマスコミが談合して、どの記事をトップに持ってくるかなどを相談して決めているからだ。

そして、その情報ソースにありつけるのは、記者クラブのマスコミだけとなっているから、記者クラブ制廃止は、大手マスコミにとって、死活問題になる。

このあたりの改革まで手が回るかが、民主党の次なる試金石になる。

面白い展開になってきたと思う。

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2009年9月 7日 (月)

野人来鳥

金曜日は、事務所で調べ物や資料の作成など。

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【野人来鳥】

昨日、米子のドラドラパーク(東山競技場)で、ガイナーレ鳥取の試合があった。

本日のお目当ては、8月からガイナーレに加入した“野人”こと岡野雅行(元日本代表)。

Dsc01622 写真の一番上は、試合前、シュート練習する岡野選手(私のコンパクトデジカメでは、望遠がこれで最大なため、大きな画像のままで貼らせていただきます)。

野球でもサッカーでもそうだが、試合前の練習風景が、ある意味、とても面白い。シュートを打つ場面というのは、試合の中では限られるわけだが、試合前の練習では、プロの技術をまんべんなく見せてくれる。

ずっと前のことだが、プロ野球を試合前の練習から観に言って、ダブルプレー(ゲッツー)の練習を見ると、そのグラブさばきとフィールディングの素早さに、「さすがプロ」だと、感動した覚えがある。

それを何度も繰り返し見せてくれるのだ。

岡野は、スピードはあるが決してテクニシャンという印象ではなかったが、そこはプロ、試合前の練習では、ゴールの枠の中に、カーブをかけながらきっちり入れてくるのを見て、なるほどプロだと思った。

昨日は、もうすぐ3歳の長男をはじめて競技場に連れて行ったのだが、最初からじっとしていることができず、ちょろちょろ走り回り、5000人を超える観衆の中で、何度、見失いそうになったことか。

Dsc01624_2 (写真はじっとしていられない息子)

そのため、試合観戦に集中することができず、はっきりいってどんな試合だったかわからなかった。

前半は、ガイナーレのピンチの場面が多く、選手を入れ替えた後半は、少しずつチャンスを作ってはいけたと思う。

息子があまりに、じっとしていないので、私はもう、前半を観たら帰ろうと思っていた。しかし、目当ての岡野が先発出場しなかったため、がんばって後半も見ることにした。

息子は、フェンスとフェンスの隙間から、二度も競技場の中に飛び出してしまい、係員の人に注意された。

私は、そんな息子を迎えに行くのが恥ずかしくてしょうがなかった。

「あそこは出たらイケンがな」と叱ってみても、息子は「わかった」と言って、またやるのだから、どうしようもない。

後半も、残り10分くらいになったころだろうか。アップを終えた岡野選手が監督に呼ばれ、途中出場を果たした。

Dsc01628 野人の米子デビューである。(写真は、選手交代を待つ岡野)

結局、このときがいちばん会場が盛り上がった。

ガイナーレは後半、何度かシュートチャンスを作ったが、ことごとく外した。

最前線の岡野へのパスもまったくつながらず、岡野の見せ場を作れなかった。

Dsc01630 写真は、見方からのパスを待つ岡野(背番号30)。

結局、0-0のドロー。

3位のガイナーレと4位のソニー仙台SCの戦いだっただけに、ホームのガイナーレ、勝ちたかった。

ちなみに、今期はすでに鳥取市の外郭団体からの寄付のおかげで財務の心配がなくなり、観客動員もまだ何とかなる状況。後は、4位以内の確保だけが、昇進にむけてのハードルとなる。

ガイナーレ発祥の地、東山でなかなか勝てないのが、痛いところだ。

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2009年8月27日 (木)

一票の格差

昨日も監査委員の仕事で鳥取県庁へ。

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30日の衆議院選挙とともに、最高裁裁判官の国民審査投票も行われる。

「一票の格差」について、合憲という判決を出した2人の裁判官に対し、不信任を呼びかける動きが、東京の弁護士やジャーナリストなどのグループから出されている。

今朝の日経新聞にも、意見広告が出されていたが、短絡的で、思慮の浅い行動だと思う。

この一票の格差の問題で出てくる地域のうち、「価値が高い」とされる地域は、衆議院が高知3区で、参議院が鳥取県である。

一票の価値にだけにこだわって、それを回復したいのならば、こうした地方に住民票を移し、居住したらいいじゃないか。

なぜ、そうしないのか?

簡単な話だ。

都会に住むメリットの方が大きいからだろう。特に所得の面ではそうだ。

人口の少ない地域では、仕事も少なく、政治に頼って生きている人が多い。だから、政治への関心も高く、選挙の投票率も高い。

しかし、都会では政治に頼って生きている人は少なく、一般に政治への関心は低く、投票率は低い。

仮に、一票の格差が2倍だったとして、投票率が、地方で80%、都会で40%とすれば、だいたい釣り合ってくる。

衆議院選挙の場合、小選挙区と比例区で一人2票持っているから、投票率が半分の地域とでは、4倍までの格差は是正されている。

比例区では、人口の多い都市部の議席が十分確保されているから、単純に小選挙区だけの話をするのもどうかと思う。

ただでさえ、人口の多い都市部に国の予算が偏っている。道路整備など典型で、交通量の多い地域から優先的に整備され、人口の少ない地域は後回しだ。

国家予算の大半を占める人件費など、当然の話だが省庁が集中する東京とその近郊に集中して予算がおりてくる。

政府だけではない。企業立地についても、人口格差を是正するための規制を解除し、都市部に大工場ができるようにした小泉政権の政策で、都市と地方の格差が広がった。

こうしたことを決定するのは、政府である。地方が政治要求しても、大きな流れは都市部へ流入する。

このように政府は、人口の多い地域に重点的に予算を落とすことしがちだから、地方に住む者は、地方の声をより多く国政に届けたいと思うものだ。

一票の格差は、区割りの変更で是正するのではなく、国土の均衡ある発展を目指したうえで、地方の人口増によって、是正するのが筋だろう。

それから、彼らが不信任を呼び掛ける2人の裁判官のうち、那須裁判官は、痴漢事件でも「疑わしきは被告人の利益に」という原則を貫き、痴漢逮捕で立件された大学教授に、逆転の無罪判決を出した人でもある。

まともな裁判官もいるものだと思った。その那須裁判官は、一票の格差についても、短絡的で単純な主張に堕することなく、実情を十分に考慮したうえで、合憲という判決を出している。

一見、賢そうな肩書の人たちが、極めて単純で短絡的な意見を堂々と出してくることを、とても残念に思うのである。

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2009年8月17日 (月)

お盆休み

13日からお盆休みに入り、昨日までの4日間、つかの間の夏休みを楽しんだ。

先祖の霊を慰め、親戚との絆を深める「お盆」という季節が、大変、リフレッシュになると感じるようになったのは、けっこう最近のことだと思っている。

先祖供養が、日本人にとっての心のよりどころであると、明確に気づかされたのは、少なくとも米子に帰省してからである。

同時に、終戦記念日と重なるこの時期は、戦争時代の話や映像がテレビに頻繁に出てくるのも一つのリフレッシュである。

難しい評論は不要で、単純に「日本にあんな時代があったんだなあ」という感慨が、自分の足元を見つめなおすきっかけになる。

一昨日、フジテレビ系列で放映された映画「硫黄島からの手紙」は、映画館でも観たのだが、また見てしまった。

未だにあの時代の日本が、なぜ無謀な戦争に突入したのか、はっきりとわからない。わからないからこそ、知りたいという気持ちも強い。

私の師匠である川北博先生が、旧帝国陸軍の将校であり、断片的にあの時代の話を聞いたことも、私の興味を増長させてくれたと思っている。

学生時代のあるとき、川北先生に「先生は、食べ物の好き嫌いは無いのですか?」と尋ねたことがある。

先生の答えは、「僕らの若いときは、そんなこと言っていられなかったから」というものだった。食糧難の時代というのが、確実にあったのだと、そのとき実感した。

ダイエーを起こした中内功が、ガダルカナル島の戦いのとき、ジャングルの中でタイヤのゴムをかじって飢えをしのいだという話も、結構、強烈に印象に残っている。

私も基本的に食べ物の好き嫌いはないが、これは師匠の影響もあるだろうし、中内功の伝記を読んだ影響もあると思う。

一人暮らしの時期に、安くて粗悪な食事をたくさんしてきたが、何でも食べて生き抜いてやろうという気持ちがある。

あの時代を振り返るということは、豊穣の今を生きる人間にとって、とても貴重な教訓だと思う。

そういうことを、少なくとも1年に一度は思い起こすということは、それなりの“実益”をもたらしてくれる。

それが、お盆という夏休みなのだろう。

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2009年8月11日 (火)

赤紙配達人

昨日は、午前中に事務所で調査事案の片付けなど。午後から、顧問先を2件訪問。

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【お盆休みのお知らせ】

8月13日、14日は、お盆休みとさせていただきます。

ご了承ください。

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【赤紙配達人】

昨日の夜9時から、TBS系列で「最後の赤紙配達人」という番組をやっていた。

戦争というものがどういうものか、悲しみとともに痛感させられる番組で、思わず見入ってしまった。

各地の役場に設置されていた兵事係。それが、赤紙を各戸に配る使命をもっていた。

赤紙を配られる側の悲劇は、今までも何度か知る機会があったが、配る側の悲劇は、今回初めて詳しく知ったと思う。

配る方もまた、とてもつらい仕事だ。

それぞれの家族の悲劇に立ち会わなければならない。

「心が折れる」などという生易しいレベルではない。

「もう辞めたい」と言っても、決して辞めさせてもらえない点が、現代とは全く違う時代だったのだろう。

こういう悲劇が、同じ日本の中の、連綿と続く歴史の中にあったということが、心を打つ。

番組では、当時、兵事係だった役場の職員が、終戦後に焼却命令が出た、名簿や赤紙などを現在に至るまで保存しておいたことで、いろいろなことが解明できたとあった。

そして、その兵事係の方が104歳になった今なお、生きておられたので、これまたすごい話だ。

当時の状況をよく覚えていらっしゃって、今でも寝られないことがあるという。

ここまで人の心に悲劇を刻み込むとは、戦争とは本当にむごいものである。

当時の召集システムについても、番組中に詳しい説明があり、とてもよくできた番組だったと思う。

と、同時に、全国津々浦々から、召集令状一枚で何人でも兵隊を召集する仕組みを作っていたことに驚きを感じた。

それにしても、どうしてこういう悲劇が起きたのか。私の中では、未だに解明できていない。

「軍部が暴走した」とか、「当時の為政者が無知だった」などというのは、表向きの理由だろう。

壮大な悲劇を巻き起こした歴史の裏に、支配階級にとっての、必ず不都合な真実があるはずだ。

悲劇を二度と繰り返さないためには、不都合な真実をしっかり解明しておく必要があると思っている。

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2009年8月 6日 (木)

のりピーの思い出

昨日も、監査委員の仕事で県庁へ。

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のりピーこと酒井法子が、夫の麻薬逮捕後、失踪しているという。

「夫の逮捕にショックを受けて失踪した」ということのようだが、実は本人も麻薬を服用していて、反応が消えるまで逃亡している、という説もながれている。

果たして、真実はいかに。

芸能界の麻薬汚染に一斉摘発が入っている模様だが、背景には政権交代があるのかもしれない。

自民党の某派閥と関係が深い某団体の力が、政権交代を前に落ちてきているらしいが、実情をこれ以上知ることは難しい。

実は、のりピーには思い出があって、たしか中学生のときだったが、米子市内のスーパーであるホープタウンにライブイベントで来ていた。

のりピーがホープタウンに来るということで、友達とそのイベントを見に行った。

そのイベントは、「のりピーの『ピピピ・オン・ステージ』」という名前で、駐車場に特設ステージを作り、野外で行ったものだった。

会場に入ると、司会の山陰放送のアナウンサー(確か、板井さんだったと思う)による、オープニングのリハーサルがあった。

オープニングでは、司会者が「のりピーのっ!  うれしいっ! たのしいっ!」と叫んだら、会場のみんなで一斉に、「ピピピ・オン・ステージ!!」と叫ぶものだったが、子供心に「(恥ずかしくて言えんわ)」と思ったものだ。

そうしたら、恥ずかしいのは私だけではなかったらしく、リハーサルでは、ほとんど誰も「ピピピ・オン・ステージ!!」の部分を叫ばなかったため、司会者が、「もっと、元気だそうよ」と言っていたのを思い出す。

本番では、少しはうまくいったと記憶しているが、のりピーは終始笑顔で、当時、売出し中だった「夢冒険」を歌った。

今から20年ほど前の話だ。

それを考えたら、のりピーというのは実に息の長いアイドルだと思う。

後に「白いうさぎ」で大ヒットを飛ばし、ドラマが高視聴率を取るわけだが、のりピーにも、地方のスーパーで野外イベントの営業している時代があったということだ。

そののりピーがついに、事件に巻き込まれてしまった。

悲劇のヒロインになるのか、それとも自身も共犯者であるのか。

どうなるだろうか!?

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2009年7月30日 (木)

公認会計士について

昨日は、事務所で調査事案の片付けと、残務整理。午後からは、経済同友会の会合に出席など。

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昨年と一昨年の2年間、母校の高校で職業紹介の講師をさせていただいた。

2年を限度とされていることから、今年、私の出番はないが、とある親御さんから、「今年もやりますか?」、あるいは「子供が楽しみにしています」という声を複数いただいた。

お世辞がたっぷり含まれているとは思うが、どうやら昨年の資料集のサンプルを見られて、今年も私が担当すると思われたらしい。

資格というのは、とった時点では、その職業のスタート地点にたったというだけのことなので、受験を通じて勉強したことを基礎にして、社会人としてどんな仕事をしていくかが重要になる。

その中で公認会計士の受験勉強は、会計系、法律系、経済系とあり、ビジネスマンにとって、とてもバランスが取れた内容だと思っている。

中心となるのは簿記や財務諸表論などの会計系だが、ここに監査論が入っているのは公認会計士だけ。

監査論を知ることで、簿記や財務諸表論が実務の中でどう運用されるべきか、強い補完が働く。

法律は、民法を勉強できるのはとても大きいし、それによって必須科目の会社法の理解も進むので、法律的な思考を学ぶことができる。

また、世の中を下から支配する重要な法律である税法を勉強できるので、危ない橋を渡らなくて済む。

この点、かつて付き合いのあった弁護士先生は、法律の超プロではあったが、租税法までは手が回らなかったらしく、行政の裁量権の塊(かたまり)である租税法の怖さを知らない方が多かった。

租税法を知らないでビジネスをするのは、道路交通法を知らないでクルマを運転するようなものである。悪意がなくても、「ピッ」と笛を鳴らされ、痛い目に遭うのである。

長くなるので、この辺にしておきたいが、これから社会に出ようという人にとって、公認会計士の試験はビジネスマンの素養を一通り学ぶことができる有効な試験だと思う。

もちろん、公認会計士の業界には、たくさんの矛盾があるし、問題も多い。そのことはおいおい書いていきたいが、それでも余裕のある学生さんにはしっかり勉強することをお薦めしたい。

私が言いたかったことは、「公認会計士になってください」ということではなく、これからの時代の厳しいビジネスシーンを渡り歩くために、「若い人にはしっかり勉強してもらいたい」ということだった。

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2009年7月28日 (火)

若い時の苦労は・・・

昨日は、朝から鳥取県庁へ行って、監査委員の仕事。夕方、事務所に帰着し、残務整理。

夏は監査委員の仕事のシーズン。鳥取行きの回数が増える。

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運動不足解消のために、鳥取駅から鳥取県庁までの徒歩20分ほどの距離をなるべく歩くことにしている。

若桜街道沿いの商店街を歩くと、いろんな店があることに気付く。寄り道してみることもある。

街というのは、いかに歩いて周遊する仕組みを作るかが大切だと、自分で実際に歩いてみることを通じて実感する。

夏場は、到着してから汗が噴き出すので、タクシーを利用する場合もよくある。

しかし、昨日は涼しいと思ったので歩いてみたが、24度くらいの気温でも、20分も歩けば汗が出る。

そうして汗をかきながら歩いていると、ふと東京時代に監査法人勤務していたころを思い出した。

あの頃は、夏の暑い日の中、重たい書類に出張の荷物を持って、スーツを着込んで歩いていた。

暑くて重くて、今じゃ考えられないが、そんなものだと思っていたので、ただ、ひたすら耐えていた。

それを思えば、今の自分はネクタイもしないで(クールビズで)、荷物も大して重くもなく、たかだか20分ほどの距離を歩く。

あのころを思えば、楽なものだ。

逆にいうと、若いときはよく耐えていたと思う。今、あの状況に戻れと言われても戻れないだろう。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」というが、若いから、世間を何も知らないからできる苦労というものがあるのだと思う。

それが後々、とても役に立つわけだが、それは若いときにはわからなかった。

昨日、そんなことを思いながら、駅から県庁までの道のりを歩いていた。

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2009年7月21日 (火)

マネー資本主義

金曜日は、午前中に5月決算会社の税務申告書の作成など。午後からは、商工会議所青年部の委員会など。

200907190820001 19日の日曜日は、第29回皆生トライアスロンのボランティア。JA会見(南部町)のエードステーションで、水分等の供給係。

今まで、沿道でマラソン(ラン)を観戦したことはあったが、自転車(バイク)を見たのは初めて。ボランティアも初めて。

自転車はそれなりに迫力があった。エードステーションの場所は、レースの序盤に位置するのだが、先頭付近の選手は、あっという間に通り過ぎていったが、後ろの方の選手は、すでに疲れた表情だった。

最後尾の方は、かなりお歳を召した方が、へろへろになって頑張っておられた。私も少しは運動をしなければ、と刺激になった。

今年も3000人のボランティアが集まったそうだ。全国的に、こういう大会は地元のボランティアが集まらず、大会が中止に追い込まれるケースが多いようだが、皆生大会に関しては、どんどん集まるようで、珍しいとのこと。

私もボランティア初参加ではあったが、ベテランのボランティアが手際よく仕事をするので、正直、あまりやることがなかった。

ボランティアをやっていると、レースを観戦しつつも、何だか自分も参加しているような気持ちになり、「なるほどこれがボランティアのやり甲斐か」、と思った。

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昨日は、久しぶりにユニクロへいった。この不景気下で増収増益を続けるユニクロだが、噂どおり、店内は人がたくさんで、レジも次から次へと人が並び、服が売れている様子が見られた。

並んでいる服も、昔とちがって、品ぞろえが豊富になり、フリース一辺倒だったかつてのユニクロとは明らかに生まれ変わっていた。

昔だと、何となくユニクロを着ているのがバレると恥ずかしい気持ちにもなったものだが、今のユニクロなら、品質もだいぶ上がってきたし、デザインも豊富になってきたので、そんなこともなくなったと思う。

「ユニクロで十分」と思えば、服に金をかける人は、少なくなるだろうし、現にそういう人が増えたから、この不景気下でユニクロだけが一人勝ちになっているのだろう。

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NHKが特集をしていた「マネー資本主義」を見た。

ゲストの糸井重里が「戦争みたいだ」という趣旨の発言をしていたが、いやいや、戦争そのものなのだ、という認識をしてもらわないと困る。

このブログでも、過去、何度も書いてきたことだが、資本主義は、現代における戦争である。

昔ならば、武力でもって他国の領土を征服し、そこから上がる食料その他の利権を手に入れることが戦争だったが、今は、必要に応じてしか武力は使わず、むしろマネーの威力を使って、あたかも合法的に、敵国の富を奪い去る。

「これは戦争なんだ」という認識がなければ、対応できないし、負けるのは当然。奪われるだけ奪われて、負け犬の遠吠えのように、「政府の政策が悪い」とか「現代人は心を失った」などというしかなくなる。

平和な時代の思考で、マネー資本主義を捉えていては、今、起きている状況を理解できないと思う。

だから、番組のテーマは面白いのだが、何かつまらなさ、物足りなさを感じたのも事実である。

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2009年7月16日 (木)

水道橋の駅

昨日は、午前中に事務所で5月決算会社の税務申告書の作成など。午後からは、東京出張。公認会計士協会の専門部会に出席。

今朝は、銀座のホテルに宿泊。

昨日、市ヶ谷の公認会計士協会へ行く途中、水道橋の駅を通った。

ここは私が公認会計士になるための専門学校に通うために使っていた駅。

二十歳から2年間、試験に合格することだけを考え、毎日10時間くらい勉強していた。

驚くのは、この駅に停車して、ホームの風景を見るだけで、あの頃の記憶が蘇ってきたことだ。

抜け出せない暗いトンネルの中で、先行きが見えず、暗く、悶々とした気持ちで過ごした、あの頃が思い出された。

しかし、あのとき、これ以上できないと思えるほど勉強したことが、今につながっている。

忍耐力もついた。

それを考えると、水道橋の駅のホームの、今も変わらぬ風景は、私にとっての現風景の一つなのだろう。

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2009年7月10日 (金)

今後、有望な職業 その2

昨日は、午前中に5月決算会社の税務申告書等の作成など。午後からは、顧問先に外出など。

これから着きたいと思う仕事を選ぶとき、地元の就職を考えるか、あるいは東京など都会での就職を考えるかによって、選択肢の幅が全く異なってくる。

いうまでもなく、地元での就職というのは、選択肢が限られる。

しかし、東京をはじめとする都会に出るというのなら、まだまだ有望な職種はたくさんある。

実は、これは株式投資の銘柄選びにも似ている。長期的に利益をもたらしてくれそうな企業の株は、長く保有できる。

私が思うところ、将来性がもっとも高いと思われる業種は、商社である。その中でも特に、資源エネルギー関連を扱う商社が有望だと思っている。

日本の商社というのは、世界にない業態と言われるが、単なる営業代行、取次屋だった昔の商社と違い、今の商社は「自分も汗をかく投資銀行」と定義づけられる。

投資銀行といえば、ゴールドマンやモルガンなどが思い浮かぶが、商社の場合、投資先に自分も乗り込んで、人材を派遣し、中から事業を変えていく作業をする。

有名どころで一つ例をあげると、コンビニ大手のローソンがそうだろう。あそこの社長は三菱商事出身だが、金も出し、人も出し、自分でも汗をかくのが、投資銀行と違うところ。

そして、今、もっとも有望な事業といえば、資源エネルギー関連であり、鉱脈の開発にお金も出し、人も出す。

これから先の経済成長は、資源の調達が制約になる。だから日本の商社も世界中で資源の開発、買い付けを行っている。

加えて、日本近海に眠ると言われる膨大な量のメタンハイドレードの実用化にも商社が絡む。

20世紀が石油王の時代だとすれば、21世紀はガス王が出るかもしれない。日本の場合は、商社が膨大な利益を獲得する可能性を持っている。

日本の商社は、世界の津々浦々に調査員が配置してあり、日本にとって重要な情報収集も行っている。

まさに国益を代表する業種の一つが商社である。

商社のことばかり書きすぎて、他の業種を書けなくなってしまったが、もちろん、他の業種にも有望なものはたくさんある。

メーカーも、エネルギーや環境関連なら有望だし、電力会社も次世代エネルギーの開発に入っているようなので有望だ。

保険会社も、今は競争が激しくて、販売が伸びていおらず、また、ネットによる販売が伸びてきている今、業界再編はいずれ避けられない面はあると思うが、それさえ済めば、有望な業種だと思う。

ちなみに、農業については、有望で絶対無くならない業種の一つだと思うが、すでに競争が激しく、また、食料自給率について誤解があるように思う。

食料自給率が高い方がいいに決まっているが、今のように60%を輸入できる日本の体制は、これまたすごいことでもある。

これは商社が世界中から調達できる仕組みを作ったからであり、どこかの地域で干ばつによる不作が起きても、日本人は飢え死にしない仕組みなのだ。

だから、自給率が低いからといって、作れば売れるわけではない。輸入食料と、コスト競争力を競いながら、安全面でアピールするなど、確固たる戦略をもって挑む必要がある。

流行に乗るというのは、激しい競争に勝たなければならない要素があるので、その覚悟だけは必要である。

それから、業種として有望でなくても、その業種の中の勝ち組企業になり得る会社は、これまた有望といえる。

長くなったので、このへんでやめておく。

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2009年7月 9日 (木)

今後、有望な職業

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは、5月決算会社の税務申告書の作成など。夕方は、経営に関する勉強会に出席。その後、社外役員を務める法人の役員会に出席。

「今後、有望な職業はなにか?」という質問は、今、非常に難しい質問の一つである。

以前にある方と話をしていて、高校生の息子の進路をどうするべきか、難しいという話を聞いた。また、別のある方からも、同様の話を聞いた。

いずれは私も自分の息子の進路を考えてやらなければならなくなる日が来る。

そこで、自分なりに、今後どんな職業が有望なのかを考えてみたい。

しかし、これだけ景気が落ち込んで、あらゆる企業の業績が悪化し、自治体は財政難で公務員の給与も上がる見込みがないとなると、なかなか有望な職業を考えるのは難しい。

公認会計士や弁護士などの資格業も、合格者の増加で余っている人が出ている。

医師は不足していると言われるが、不足しているのは小児科や産婦人科など、肉体的にも精神的にもきつい診療科になる。

さて、一体、どんな職業を目指すべきか。皆さんだったら、どう、子供の質問に答えるだろうか。

少なくとも言えることは、1980年代までの日本とは全然違う社会になっているということ。

経済成長で豊かになる一方だった時代はすでに終わり、少ないパイを分け合う(奪い合う)、激しい競争社会になっていることは、大きな変化として捉えておかなければならない。

この先どうなるか読みづらい、変化の激しい時代に入ったといえるが、そういうときに重要な教訓は、基礎的な勉強だけはしっかりやっておくことである。

大きな時代の流れに振り回されず、若いうちに基礎的な素養を身につけておくべきである。

例えば、今、高校生だとしても、5年後にどうなるかすら、わからない時代だ。

しかし、基礎的な素養を身につけておくことで、自分なりの時代感覚が養われ、生き残っていくための知恵も、自然に身に着くものである。

それがあれば、若い人なりの発想と突破力で切り抜けることができる。

とりあえず、時代を突破するだけの、気概と意気込みだけは持っておきたいところだろう。

つづく。

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2009年6月30日 (火)

We Are The World

昨日は、午前中と午後にご来客が2件ずつ。あとは事務所で5月決算会社の税務申告書の作成など。

マイケル・ジャクソンが突然にこの世を去ったわけだが、その死は謎に包まれている。

薬物の過剰摂取という見方が強まっているが、彼を取り巻く状況から、様々な憶測が出て、それはおそらく簡単に解明されることではない。

少なくとも言えることは、あれだけ巨万の富を築いたスーパースターが、一転して巨額の借金を抱える身になったということ。

日本でも小室哲哉がいい例だが、大スターの周りには、様々な利権が巣食う。

もちろん、小室氏とは格も桁も違うが、誰が一体、彼を食い物にしたのか、ということだろう。

もはや、自分では状況をコントロールすることができなかったに違いない。

ネットでは、彼の華やかだったころの映像が出回っている。

こういうとき、You tube というのは、便利でタイムリーである。

当時、あれだけ映像の入手がめんどくさかったのに、現代ではYou tube を使っていとも簡単にダウンロードできてしまう。

その中で私は、「We Are The World」(→You tube 音が出ます)という1985年に発売された、アフリカの貧困を救うためのチャリティーソングが目に付いた。

小学校6年生のときだったが、これを何度も聞いて、レコーディングのビデオを入手して、繰り返し見た。

そして、参加しているアーティストの名前と歌の特徴をだいたい覚えたものだった。

どれが一番好き、というものではなくて、それぞれに実力者ぞろいであり、素晴らしかった。

今、改めて見てみると、考えられないほどの大物アーティストがそろい、一つの曲を一緒に歌っている(ウィキ・ペディアで参加者の名前と歌う順番を確認できます)。

その中で、マイケル・ジャクソンは、別のスタジオで歌を収録している。

当時、すでに別格の扱いを受けていたのだろう。

どこからあんな声が出るのだろうか。宇宙から聞こえてくるような声をしている。

彼の全盛時代、病弱そうに見えた近年、そして今。

マイケル・ジャクソンの一生を通じて、時代がどんどん変わっていることを実感する。

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2009年6月29日 (月)

北の漁場

金曜日は、事務所で5月決算会社の税務申告書等の作成など。

私は、演歌は基本的に聴かないが、「これがかかると聞いてしまう」という歌がいくつかある。

一つは森進一の「襟裳岬」。

いい歌だと思う。

この歌を聞くと、襟裳岬に行ってみたくなる。

きっと、「何もない」のだろうけど・・・。

もう一つは、北島三郎の「祭り」。

この歌は、聴くだけで元気が出てくる。

「豊年祭りだ」「大漁祭りだ」と歌えば、ほんとに景気がよくなる感じがしてくるから好きだ。

同じく北島三郎の「北の漁場」も好き。

北の魚場は、「男の仕事場」であり、「遊び場」であり、そして「死に場所」である。

最高だと思う。

私の仕事のスタンスも、「仕事=楽しみ」であり(つまりは遊びであり)、仕事しながら死ねたらいいと思っているので、北の魚場の歌詞には強く共感する。

また、「二百カイリ、ぎりぎりに、網をかけてゆく」、というところも好きだ。

違法操業すれすれのところで、拿捕される危険と隣り合わせで仕事をする姿が浮かぶ。

税理士でいえば、税法スレスレのところで勝負する、みたいな感じなのだろう。

何より、男たちが誇りを持って漁をしている姿が目に浮かぶのがいい。

そして、この歌を松山千春がカバーしているのをユーチューブで発見したので、リンクしておきたい。

松山千春による北の漁場。(注 もちろん音が出ます)

完全に“松山千春の曲”になってしまっている。

やっぱりこの人、歌がうまい。

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2009年6月15日 (月)

陰謀論の検証

金曜日は、一日中、事務所で調査事案の片付けや、勉強など。

土曜日は、事務所でお客さまと打ち合わせ。

「たかじんのそこまで言って委員会」が読売テレビで制作されていて、米子においては系列の日本海テレビで見られるのだが、関東地方では放映していないらしい。

昔はもう少しきわどい話がいろいろ出て来たように思うが、最近の番組は当たり障りのない話どころか、明らかに政府広報と化した、御用番組の様相が強まっていて、見るに堪えない番組だという感じがしていた。

昨日、放映された「陰謀論の検証」は、最近にしてはなかなかおもしろいと思わせるものだった。

「陰謀」というのは、文字通り「陰のはかりごと」であり、往々にして多数の人々の人命を犠牲にして成り立つものであるため、間違っても時の権力者はそれを認めることはない。

認めた瞬間に、その権力者は失脚している。

ただ、我々庶民は、だからといって政府広報を無批判に信じていると、必ずだまされる。環境問題がいい例だ。

陰に隠れている支配者の意思を推測することは、決しておかしな話ではなく、むしろ「陰謀論だ」といって一笑に付してしまうことこそ、危うい思考だと思う。

良いとか悪いという話ではない。民主主義国家においては、物事を一気に前進させるため、謀を使うことは決して珍しくないということだ。でないとバラバラな思考を持つ庶民を束ねることができないからだ。

最初の話題は、「9.11テロ事件」。こんなもん、怪しさ100%に決まっているのだが、なぜか出演者の大半は、おかしな事実を指摘した民主党の藤田参議院議員に対して、激しい拒絶反応を示していた。

自分の考え(常識)を覆されると、人の脳みそは拒絶反応を示す。そこを乗り越えて、頭を柔軟にして、冷静に事実を検証する必要があるのに、この番組の出演者にはそれができていなかった。

この事件は、外務省出身の孫崎氏という人が、「日米同盟の正体」という本の中で示唆するように、「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾攻撃を忘れるな)に次ぐ謀略(リメンバー・ナインイレブン)だと考えられる。

つまり、アメリカにとって、テロ戦争に突入するきっかけ(口実)を作った事件と位置づけられる。真珠湾に日本をおびき寄せて、太平洋戦争に参加するきっかけにしたのと同じ構図だ。

それを一生懸命否定している輩というのは、どうかしている。司会者の辛坊氏をはじめ、評論家の三宅氏などは、政府の手先、あるいはアメリカの手先と見られても仕方ないだろう。

ただ、続いて登場した元外務省の天木氏によってプレゼンされた、日本にはCIAの手先がうじゃうじゃいる、ということについては、多くの出演者が同意した。

否定したのはデーブスペクターだけ。彼は前からCIAの職員という噂があるが、私の推測では、彼は情報収集係であって、工作員ではないのだろう。あるいはもうとっくの昔にクビになったかだ。

ちなみに、最近ではお笑い芸人のパックン(パトリック・ハーラン)が、ちょっと怪しいと思っている。芸能人とかテレビディレクターのふりをして、情報収集するやり方は昔からある。

昔でいえば、作家や学者のふりをして、本国に日本の情報を送っていたと言われる人物が教科書で有名なシーボルトであり、おそらく小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)もそうではないかと思っている。

そのほか、上場企業と暴力団組織のつながりについては、間違いのない事実があるだろうと思えるが、大韓航空機爆破事件が韓国政府の陰謀だったことについては、プレゼンたーの教授が言うように、北による「陰謀の陰謀」ではないかと思う。

勝谷氏によるオウム真理教事件の背景に、外国政府の陰があるという説については、おそらく間違いないと思う。「オウム真理教」という組織には、あそこまでの事件を起こす力はなく、外国政府が後ろで操りながら、事件を画策したものと思われる。

最後に、ベンジャミン・フルホードがイルミナティによる陰謀をプレゼンしたが、これについては、私は否定的だ。

イルミナティは、今、上映中の映画「天使と悪魔」の中で、すでに描かれている。つまり、公のものとなっており、“秘密結社”でもなんでもない状態。

これはおそらく、本当の陰謀を隠すためのカモフラージュであり、ベンジャミンなどのジャーナリストは、嘘の情報を流布するために利用されている感がある。

ちょうど、田中角栄を追い落とすために、立花隆というジャーナリストを使って、世間に対して真相を隠すために情報操作が行われれたように。

本当は、闇の勢力は一枚岩ではなくて、いろいろな勢力が裏で常に勢力争いをしているものと思われる。その一つに、イルミナティがあったかもしれないが、それとて、闇勢力の一つに過ぎず、それだけが世界を支配しているというほどのものではないだろう。

番組にはまったく出てこなかったが、日本政府もまた、なかなか陰謀を使うのうがうまいと思っている。

60年かけて、アメリカの国力をそぎ落とし、安泰とは言えないまでも、豊かな国家を作り上げた。官僚もバカなふりをして、実はなかなかのインテリジェンスを発揮した、その賜だろう、と誰か評価してもいいのではないだろうか。

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2009年6月 3日 (水)

情報は「収集」から「選別」へ

昨日は、午前中に外出。午後からは事務所で雑務をこなした。

税務上の時効期間は7年だから、会計事務所では、顧問先の書類や税法の本などはもちろんだが、もろもろの書類を最低でも7年は保管しておくことになる。

わが事務所も開業7年目を迎え、ぼちぼち書類の廃棄を考えなければならない時期がきている。そうしないと、書類がたまってしょうがない状態になってきた。

とりあえず、書籍に関しては、かなり選別して買うことを心がけている。

開業当時は、とにかく必要と思われる書籍は、手当たり次第に購入し、どんな仕事がきても対応できるようにしていたが、だんだんその辺りの要領もつかめてきて、今では、きちんと選別して買うようになった。

それだけで、書籍の購入額は半減した。加えて、専門の雑誌も選別するようにした。

これまた、当初は、専門誌はデータベースだと思って、読まなくても購読してファイリングしていたものだが、今となってはネットで検索すれば、たいていの税法など法律関連のデータは調べられる。

参考書なども選別して買うようになった。どうやら、読みたいと思う本をすべて買っていたら、死ぬまでに読み切れないことが、うすうすわかってきた。

これまでの時代は、情報はいかに収集するかが大切だった。しかし、これだけ情報があふれる時代には、いかに「選別」するかが大切になっている。

IT関連業界に勤務する私の友人は、情報の選別をいかにプログラムの中でやってしまうか、ということを研究しているという。

つまり、「選別」がその人の持つ知識や経験、あるいは勘によっていたのでは、なかなか精度の底上げができないから、これをソフトに組み込んで、プログラムの中でやってしまうことを、大企業では考えているらしい。

わが事務所は、そこまではいかないが、私やスタッフの知識と経験、そして勘によって、情報を選別する努力はしなければいけないと思う。

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2009年6月 1日 (月)

亡国の予算

金曜日は、午前中に3月決算法人の税務申告書の作成。午後もその続き。夕方は、週末の中海テレビの番組打ち合わせ。

土曜日は、午後から監事を務める法人の理事会と評議会。

日曜日は、中海テレビ「県議熱中討論」の収録。

番組の今月のテーマは6月議会。冒頭にインフルエンザ対応の反省も行ったが、6月議会の目玉は、近年にない大きな補正予算が組まれること。その額、およそ309億円。

県の一般会計予算がおよそ3387億円ほどだから、その一割には満たないまでも、昨年の同時期の補正予算が15億円ほどであることを考えると、巨額であることは間違いない。

県のどこにそんな金があったんだ?と思ったら、財源のほとんどは国からの交付金などで賄われる。

国は今、15兆円に及ぶ過去最大の景気対策を投入する。「100年に一度の危機」いっても、財政規律を考えれば、これはなかなか巨額である。

自民党としては、選挙を前にして、全国に金を大量にバラまき、そのうえで選挙に挑もうという作戦だろう。そして、仮に政権を失ったときでも、金庫の中はすでに空っぽ。民主党には何もできないようにする作戦だ。

「民主党の政策には財源の裏付けがない」と言っておきながら、財源は自分で使い切ってしまうという恐るべし自民党の戦略。

番組の中で、ある議員が発言された。「予算を消化しきれるか心配」と。

実に正直で率直な発言だったと思う。その通りなのだろう。

特に、農村対策なんて、農業をどうしていくのかなど、まだ方針が固まっていない。だけど、金だけは先に使えと言われても、どうするの?という感じだろう。

「この予算が切れたとき、経済はどうなるのか」という趣旨の心配も、ある議員が発言された。

例えば、先週発表された失業率や有効求人倍率などの雇用統計は、日本経済の根底からの崩落を示す、散々な数値だった。しかも、ここからさらに、今後も悪化する見込み。

県の有効求人倍率は0.46で、全国平均とほぼ同じになったが、これは全国平均が急落したことによる。

しかも、解雇しないで助成金をもらう、雇用調整助成金の受給者が250万人いるという。これは単純に言って、これだけの人が解雇予備軍として待っているということであり、その分が失業率等の統計にはまだ現れていないことになる。

いわば、かさ上げされた雇用統計であり、このカンフル剤が切れたとき、日本の経済がどうなるのか、考えると恐ろしい。

いくら選挙前とはいえ、いくら政権交代の可能性があるとはいえ、今回の予算は、「亡国の予算」と言われても仕方がないほど、県も国もちょっとやばいくらい、激しくお金を使うことになる。

国の暴走は止めようがないが、わが県だけは上手につかって、基金なども積み増して、亡国とならぬよう、しっかりチェックしてもらいたいと思う。

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2009年5月29日 (金)

右肩下がりの時代に

昨日は、午前中に事務所で3月決算法人の税務申告書の作成。午後からは、顧問先の訪問。夕方に、ご来客が1件。夜は、顧問先の方と会食。

私より上の世代(50~60歳代)の経営者の方とお話していると、時代の変動というものに、改めて気付かされる。

この世代の方々は、しばしば昔話をされるが、その豊だった時代の現代とのギャップに改めて時代の変化を感じるのだ。

ちなみに、この世代よりも上の経営者になると、日本が貧しかった時代の話を聞かされる。以前は、そういう話をよく聞かされて、私たち若い世代がいかに恵まれているかという話になるのだが、今や、それも昔のことになっている。

1970年代から90年代までの日本は、経済的にピークだったのだろう。サラリーマンの暮らしも絶頂で、サラリーマン生活のおいしい話もこのころまでにたくさんあったようだ。

日本と発展途上国の経済格差も大きかったため、海外赴任したときの日本人の現地での“富豪ぶり”も、今では考えられないことだ。

これが今ではどうだ。中小企業の経営者も、サラリーマンも、みんな生活が厳しくなっている。特に若い世代のサラリーマンは、必ずしも将来が保証されていない。

そして、それが当たり前の時代になった。

こうした時代に求められる能力というのは、「将来を楽観的に見る力」だと思う。そして、「いかに明るい未来を描けるか」が重要な能力になる。

学校の勉強がいくらできたところで、将来を悲観的にしか見られないようでは、こういう時代には生きづらい。ますます自分を追い込んでしまうことだろう。

先月だったか、尾崎豊の歌が「着うた」で配信が始まったという新聞か何かの広告を見た。

それをみて、久しぶりに尾崎を聴いてみようと、バースツアーのライブCDをクルマの中で聞いていた。

尾崎は「どんな困難にも負けないで、いつまでも夢を捨てないで・・・」というメッセージを会場のファンに送っている。

彼が活躍したのは、主として80年代だが、そのころからまるで時代を見通していたかのように、現代の若者にも通じるメッセージを発している。

右肩で下がる経済の中で、夢や希望を持つことができるのは、本当の能力だろう。そして、これが現代人が磨くべき能力なのだと思うのである。

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2009年5月25日 (月)

航空祭へ行く

金曜日は、午前中に顧問先を訪問。午後から事務所で3月決算法人の税務申告書の作成。

土曜日も午後から出勤して、仕事の続き。その後は、今期からお世話になることになった、社会福祉法人の評議員会へ出席。

5月は、公益法人なども決算が集中するため、社外役員を務める法人の理事会や評議会が土曜日ごとに続くため、土曜日は基本的に仕事。

そんな合間を縫って、昨日は、航空自衛隊美保基地の航空祭へ長男を連れて出掛けてきた。

毎年、この時期に航空祭が開催されているのだが、私はいつも、テレビの収録と重なって行くことができなかった。

今年は、5月が5週あるので、うまい具合に収録とズレてくれ、帰省してはじめて、航空祭へ行くことができた。

美保基地は主として、輸送部隊だから、戦闘機は配備されていないが、私のお目当ては、なんといってもF-15とF-2の機動飛行。たしか小松基地から飛んできて、もちろん着陸はしないけれど、美保基地の上空を通過してくれる。

Dsc01441 機動飛行がはじまる10時ギリギリに会場に到着したが、滑走路にたどりつくまでに、このF-15が東の彼方からやってきた(写真(上))。

私は、子供そっちのけで、F-15に釘付けになった。そして、間近でみる戦闘機にとても感動した。

息子は、その爆音にしばらく茫然としていたが、やがて、興奮状態になって喜んでいた。

昨日は、あいにくの雨模様だったので、F-15の機体の色と雲の色とが同化して、視認しづらかった。必死にデジカメで写してみたが、あれが精一杯だった。

それよりも、心のフィルムに焼きつけようと、途中からカメラで写すのをやめた。

Dsc01449 続いて会場に到着すると、さまざまな自衛隊機が展示してあった。その中でも美保基地の主力である輸送機については、中に入って見学することができたので、息子といっしょに輸送機の中を見学した(写真(中))。

その間に、もう一つのお目当てであるF-2支援戦闘機が、機動飛行にやってきた。またも、息子そっちのけで、目が釘付けになった。

個人的には、とても思い入れのある戦闘機である。間近でみることは何度かあったが、こうして、本当に目の前で飛行している様をみるのは初めてである。

Dsc01450すばらしい機動力で右に左に、そして急上昇など、自由自在の飛行であった(写真(下))。

海上での支援活動を想定した機首だから、胴体の色は青を基調にしていている実に美しい戦闘機である。

息子以上に私が興奮していたように思うが、日本が誇る精鋭部隊の一部をこうして間近で見ることができ、改めて日本を誇りに思ったし、こういう機体を開発できる日本の技術を誇りに思った。

息子は、「ひこうきのりたい!」と何度も叫んでいたが、パイロットになるもよし。ただし、戦闘機乗り(ファイターパイロット)は、実に過酷な訓練をこなさないとなれない。

美保基地の司令に直接お話しをうかがう機会が、最近あったが、想像をぜっするG(重力)に耐えないといけない。事実、あのような機動飛行を見ていて、中に乗っているパイロットの体力的な負担というのは、本当にすごいものだと思う。

「(やれるもんなら、やってみろ)」と思いながら、笑って「がんばってパイロットになりなさい」といっておいた。

昨日は、あいにくの雨で、傘をうまくさせない息子を基本的には抱えて、私が傘をさしながら会場を移動していたが、だんだん疲れてきて、最後は、空挺団による空挺降下を見て会場を後にした。

こちらは、C-130輸送機から、陸上自衛隊の習志野空挺団の精鋭部隊がパラシュートで降下する実演だったが、こちらも本物を見て感動した。

実演がすごいというよりも、知る人ぞ知る、陸自の精鋭部隊である。習志野からわざわざ来てくれたことに感動した。

というわけで、私も息子も有意義な週末だった。

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2009年5月22日 (金)

税理士と公認会計士

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは、事務所で3月決算法人の税務申告書類等の作成。

昨日は、ある顧問先の法人税申告書を作成し、清書が完成した後で間違いに気付き、結局、全部やり直した。

提出前だったのが、不幸中の幸いだったが、おかげで後の予定がこなせなかった。

自業自得とはいえ、徒労感が募り、疲労が蓄積する。

私は、税理士と公認会計士の両方の資格を持っているわけだが、公認会計士が行う会計監査には、「重要性の原則」というものがあり、簡単に言うと、重要でない誤りには目をつむることになっている。

しかし、税理士として、税金計算を行う場合は、1円単位まで気を使わなければならない。逆に言うと1円の誤りも許されない。端数の切り捨ても含めて、お客さんが納める税金が変わってしまうからだ。

一見すると、税理士の仕事の方がきついように思うが、正しく税金が計算できさえすれば、税理士の仕事は終わる。逆に言うと、税金を算出するプロセスについては、税法の基本さえ間違えなければ、誰も何も言われない。

公認会計士の場合は、結論を出すプロセスにまで、こと細かなチェックが入るので、かえってきつい。

結論が見えていても、踏まなければならない手続はきちんとこなすのが、公認会計士の仕事なので、ときには「何でこんなことやらなきゃいけないのか」と、むなしくなることもある。

結論が同じなのに、それでもやらなければいけない仕事っていうのは、なかなか辛いものがあるが、これは監査の手続きを踏む、プロセスそのものに意味があるというしかないが、これはお客さんになかなか理解されにくい。

その点、税理士の場合は、最終的に税金をいくら納めるのか、結論の部分は最初のうちは正確にはわからないが、そこからうまくゴールにたどり着いた人の勝ち、という世界。

いろいろなパターンの決算があって、一つ一つの計算を積み上げ、最終的な納税額を算出し、決算整理仕訳を作っていくプロセスは、まるでパズルを解くような感じがあり、なかなか面白い。

しかし、パズルの途中で計算を間違うと、最後の答えも違ってしまうのだが、昨日はそのパターンにはまったというわけだ。

もちろん、公認会計士の仕事が面白くないと言っているのではない。公認会計士の場合、会計や法律や税法、そして、経済学や経営学まで、幅広く受験で勉強しなければならなかったため、いろいろな意味で仕事に応用が利くようになった。

特に全体を見渡して、総括的に答えを出していく思考プロセスは、公認会計士の仕事で磨かれたと思う。

地方の場合は、一つの仕事だけでなかなかメシが食えないから、私みたいに一から事務所を開業した人間にとっては、まさに芸が身を助けてくれた。

話に取り止めがなくなったが、「何がいいか」という話をするつもりではない。

「仕事をどうやって楽しむか」、どんな仕事であっても結局はそれが大切だと思うのだ。

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2009年5月21日 (木)

潮目の変化

昨日は、午前中に3月決算法人の税務申告書の作成。昼に商工会議所青年部の理事会に出席し、すぐに戻って午後からも仕事の続き。

例年になく、顧問先各社の書類のご提出が早く(ありがたいことです)、GW明けからフル稼働で仕事をこなしているが、3月決算の作業も今週がピークになると思われる。

家に帰るとボーっとテレビを見て、頭をクールダウン。

9時のNHKニュースを見ていて、潮目の変化を感じたので、以下にまとめておく。

新型インフルは、NHKの記者が呼び掛けているように、冷静な対応が必要。つまり、大したことはないということ。

ならば、今までの騒ぎは何だったのか。

一つは、再三書いてきた陰謀論。細菌兵器の実験をされた可能性も残しておくべき。

二つ目は、麻生政権の陰謀。来るとわかっていたパンデミックだ。水際の対応や素早い措置で、「自民党はしっかり仕事してますよ」のアピールがしたかったのかもしれない。

北朝鮮のミサイルと同じ構図で、事前にわかっていたパニックを利用して政権の浮揚を狙った感が否めない。特に舛添厚労大臣は、深夜の緊急会見などを開くなどして、というパフォーマンスを見せてくれた。

あの時点で、すでに弱毒性だとわかっていたはずだが、自民党も必死だなあ。

これらの一連の騒ぎは、この冬、すでに伏線があった。地方議会で、やたらと新型インフルエンザ対策が議論されていたのだ。

かなり用意周到に準備されたパンデミックと見ていい。映画まで作って煽ったのはやり過ぎか。

もちろん、一部始終を知っている人は、権力中枢のごく少数の人だろう。

もう一つの潮目の変化は、民主党の凋落。

民主党には気の毒だが、小沢代表の流れをくむ鳩山氏が代表に就任して、次の選挙で勝つ保証はなくなったと見られる。

それは、NHKのニュースを見ていればわかることだが、マスコミの間には、“民主党には政権担当能力がないキャンペーン”が張られている。

「政策よりも政権にしか興味がない」だとか、「小沢氏の政治資金問題はどうなった」だとか、民主党を落して、自民党を利する発言だけが抜かれて報道されていた。

これは昨年末までとは、まったく逆。あのころは、自民党議員、特に麻生首相の失言ばかりがテレビで繰り返し、しつこいほど流された。

景気対策にしても、「バラマキだ」とか、「そんなの意味がない」の連呼だったのを思い出してほしい。

鳩山氏は、消費税の論議は4年間凍結すると言っている。また、その間、政策に費やす財源は、天下りの廃止や公務員の削減等によってねん出すると言っている。

これでは霞が関が黙っていない。麻生を応援し、鳩山民主党には政権を渡さないよう、画策されても仕方がない。

そして、麻生首相には、アメリカがしっかり応援しているものと思われる

シティの子会社だった日興コーディアルを三井住友に法外な価格で買わせたりするなど、あの手この手でアメリカを支援している麻生政権を、アメリカは一応のところ、バックアップするものと思われる。

麻生首相の支持率が上がっているのは、霞が関とアメリカを味方につけることに成功したためだと考えられる。

もちろん、民主党が負けるとは言わない。自民党に対するプレッシャーとして、政権交代カードはぎりぎりまで使われるだろう。

アメリカとて一枚岩ではない。アメリカ政府を崩壊させたい勢力は、日本の民主党をバックアップして、アメリカ政府を支援する自民党を追い落とそうとするだろう。

このあたりの戦いは、次の衆院選では決着はつかないだろう。

時代の変わり目であり、まだまだその行方はわからない。

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2009年5月15日 (金)

民意よりもマネー

昨日は、県の監査委員の仕事で、県西部地区の出先機関を訪問。夕方、事務所に帰着し、3月決算法人の税務申告書等の作成など。

「民意よりもマネー」。21世紀はそういう時代であることを実感する。

地方の工場が閉鎖されたり、海外へ移転したりする事例が、ここ数年、相次いでいるが、地元の首長は、ほとんど何もできないままだ。

これは決して首長が無能だとかそういうことを言っているのではなく、グローバル資本主義の威力をまざまざと見せつけられる事例の一つだと認識している。

このたびのJT米子工場閉鎖についても、米子市長、鳥取県知事などが顔をそろえてJT本社を訪問したが、「話し合いは平行線」だったそうだ。(日本海新聞記事へのリンク

要するに「けんもほろろ」だったということだ。民意で選ばれた首長がどんなに懇願しても、こうした決定が覆ることはない。

形骸化した株主総会で選ばれた社長の方が、予算力を持っているし、力も集中している。

大きなマネーを動かすことのできる組織のトップの方が、民意で選ばれた首長よりも偉いということがよくわかる構図だ。

しかも、JT側が面会に出てきたのは、社長ではなく副社長。四季報の序列で行けば、さらにそのうえに3人の副社長がいて、社長、会長がいる。

有権者が政治に関心を無くすのも無理はないということだろうか。

しかし、こうした大企業でも、グローバル資本主義の社会では、決して安穏としているわけではない。

JTの場合は、子会社の食品問題などで赤字がかさみ、合理化が進められている。

企業よりももっと偉いのは、実は消費者。消費者の選別にかなわなくなると、こうした大企業であってももろくも崩れる。

JT米子工場の閉鎖は、もとをただせば、消費者のタバコ離れ。

21世紀がどんな時代になるか。今までと何が違うか。よく把握しておかないと、生き残れない。

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2009年5月 8日 (金)

結婚感

昨日は、午前中に事務所で3月決算会社の税務申告書の作成など。

午後からは、顧問先への訪問。ご来客が1件、など。

昨日、帰宅後、テレビをつけると、NHKで現代の結婚問題を討論していた。

日本の社会で未婚者が増えていることを受けての番組だったが、最初の方だけ見て、あまりおもしろくないので見るのをやめた。

建前上は、結婚するもしないも個人の自由であることは間違いない。

しかし、「個人の自由」と言われて本当に自分で自分のことを決められる人は、実はそんなにいないと思う。

結局、人は、他人の意見に影響される。自分で自由に選んでいるつもりでも、人の意見に左右されているものだ。

遥洋子のような、明らかに少数派であり、私から見れば明らかにゆがんだ男女感を持つ人であっても、正しいと思う人にとってはそれが自分の考えになってしまう。

自由に選択できるようになったとたん、その選択肢の中に有害なものが入ってきて、それに気付くことができず、そして、自分でしっかり決められなくなる人が多いのもまた事実。

男性の場合は、昔から外で働いて、生計を立てていくという点に変わりはない。

大きく変わったのは女性であり、女性の場合は家庭に入って子育てに専念する生き方の他に、外で仕事して自分で生計を立てるという生き方が選択できるようになった。

これは人によってはいいことだろうが、私の感じるところで言うと、これによって迷いの中で30代を迎え、婚期を逃しかかっている女性によく出会う気がする。

誰かがもし、「早くいい人を見つけなさいよ」と、しっかり背中を押していれば、もしかしたら迷わずに済んだかもしれないが、「結婚するもしないも、あなたの自由」と言われて育てば、よっぽどしっかりした人でないと、自分の人生を十分に考え抜いた上で結論を出せないだろう。

また、遥洋子や上野千鶴子、田嶋陽子のような明らかに少数派で、すでに時代遅れとなったフェミニズムをかざす人たちも、あそこまでいけば立派なものだし、自分でメシも食えるだろう。

しかし、大半の女性は、あのレベルまでは行けない。これは男でも同じ。一流のビジネスマンになるには、才能も努力も両方必要で、誰でもなれるわけではない。華やかなフェミニストに、自分の生き方を惑わされるのは賢くないと、私は思う。

男が一生かかって、やっと一人前の仕事ができるようになる現実を、女も十分に知っておく必要がある。仕事で生計を立てるというのはそういうことだが、男の場合はそれが当たり前だが、女性の場合は、家庭に入るという選択肢があるから、かえってやっかいなのだ。

だから私は、結婚についてはっきり答えを出せていない女性に出会うと、「できるだけ結婚はした方がいい」とアドバイスすることにしているし、もし、身近で紹介できる男性がいれば、紹介することも厭わない。

こんなのは本当は「個人の自由」などという話ではない。選択に迷っているのは、自由をもてあましている証拠であり、「絶対に自分はビジネスで成功したい」という女性でない限り、一度は結婚を目指そう、とアドバイスするのが、私にとっては良心だと思う。

子供を産むというのは、女性にしか取れない選択肢だからだ。

番組自体は、余計な意見が多く、つまらなかったが、ただ一つ気になる発言があった。

例えば職場などで男性が女性に気軽に誘いをかける場合、それがセクハラになるかもしれないという心配ごとだ。

これは、真面目な男性社員ほど気を使う問題だ。

セクハラというのは、極めて概念が曖昧なもので、同じ誘いの言葉でも、受け取る側によってセクハラになったりならなかったりする。

真面目な人は、一見、暗く見られがちだから、恐る恐るかけた誘いの言葉がセクハラに受け取られる可能性すらある。最近の女性はすぐ「キモー」とかいうが、上手なかわし方を知らないのだろう。

ちょっとした誘いすらやりにくくなっている今の世の中は、明らかに何かがおかしいと思う。

「セクハラ」「個人情報保護」「内部統制」は、日本の職場や社会から活気を奪う三大陰謀だと、私は密かに思っている。

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2009年5月 7日 (木)

GWの過ごし方

ゴールデンウィーク(GW)も終わりという方が多いようだが、今日と明日も休んで10日まで休む人も少なくないそうだ。

私は、独立してからGWはだいぶ休めるようになったが、担当が大企業中心だった監査法人時代は、仕事の繁忙期であり、ほとんど休むことができなかった。

今は、大手企業の多くが4月中に決算発表をしてしまうため、監査法人では、GWはすでに繁忙はピークを越えているというが、中小企業の3月決算はGW明けが本番だから、これからが、私にとって繁忙期になる。

連休中も2日ほど、事務所に出て仕事をしたが、私の場合、物ごころついたときから、GWは忙しかった。

中学・高校時代は部活動で忙しかった。

大学時代は、国家試験の受験勉強のために休みがなかった。

そして、監査法人に就職してからは、上記のごとく休みがなかった。

しかし、ニュースを見ていて、みんなが一斉に休みを取るときは、道路は渋滞するし、行楽地は混みあうし、とても出かける気がしない。

だから、GWの期間中には仕事をして、それ以外の時期に休みを取るのが自分にとってベストだと思っている。

GW中の日経新聞を読んでいると、GW期間中も都内の専門学校は、受験生でたくさんだったようだ。

「(やってるなあ)」と思った。

人が休む時こそ、ライバルに差をつけるチャンス。と、いうのは、私が受験生時代に言われていたこと。

たしかにそれはあったと思うし、何よりも行楽客でにぎわう電車の中を、重たい参考書を持って専門学校に通う自分が、「(早くここから抜け出したい)」と思わせてくれるのもまた、大切なモチベーションだったと思う。

結局のところ、受験生から卒業してもなお、GW中に仕事をする習慣は抜けていないが、私はそれで何も問題ないと思っている。

ただ、これから子供が大きくなってきたら、いろいろ連れて行かないといけないのかもしれない。

GWの過ごし方は人それぞれだが、自分にとって納得のいく過ごし方ができれば、それでいいのだと思っている。

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2009年4月22日 (水)

定年退職

昨日は、午前中に出雲市内の顧問先を訪問。午後からは事務所に戻って、3月決算会社の税務申告書等の作成。

4月は年度の変わり目であり、私の手元にはいくつか定年退職のご挨拶のハガキが届いている。

「(まだ働けるのに)」と思っても、もしかしたらご本人にとってはもう十分なのかもしれない。

私のように独立して自営業の道を選んだ者にとっては、どういう形で自分が引退していくのか、なかなか予想のつかない話である。

「死ぬまで働いてやろうか」と思うこともあれば、「60歳すぎたらセミリタイアして、ゴルフしながら過ごそうか」、と思うこともある。

そのときにならないとわからないこともあるが、少なくともバリバリ働けるのが50代までとすれば、あと20年ほどになる。

わが子が一人前になるまでは、何とかしっかり働いて、それまでに生涯所得を稼ぎ切ってしまうことができれば、一応、やることはやったとなるかもしれない。

そうなると、この20年が私にとっての勝負であり、これからの20年をどれだけ楽しんで充実したものにできるかが課題となる。

最近、睡眠時間が短くなってきた。と、いうのも決して忙しいからではなくて、“寝る体力”が落ちてきたからだと思う。

寝るにも体力が必要で、若者は8時間でも10時間でも寝ることができるが、歳をとるとそうもいかなくなるという。

昨日は、早い時間から眠たかったので、11時に就寝した。しかし、今朝は5時に目が覚め、結局いつもの6時間しか寝られなかった。

いつまでも若いつもりで、何となく過ごしていると、きっと、20年などあっという間だろう。着実に年はとるものだ。

定年退職した方からのハガキを見て、そのうち自分にも順番が来るのだなと思った。私には「定年」はないが、引退という時期は来るものだ。

充実した人生が送れるよう、引退の時期をもう少し意識して、1年1年を大切に過ごしていきたいと思う。

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2009年4月13日 (月)

復帰しました

先週は、ご存じの通り、水~金の3日間、ダウン。

結局、右上の奥歯の歯茎の痛みがすべての元凶で、発熱に続いて、頭痛とめまいがやってきて、しばらく起き上がれなかった。

頭痛とめまいがやってきたことに関しては、脳こうそくなども疑われるため、金曜日には念のため病院でCTを撮ってもらい、異常のないことも確認した。

今年で36歳(年男)。少しずつ体の老化も明らかになりつつある年齢かと思われる。20代のようにはいかないのも仕方がないことである。

痛んだ奥歯は、次も同じようなことがあれば抜くことになるかもしれない。これも老化の一つなのだろう。

こうしたことを一つ一つ受け入れながら、歳を重ねていくのだろう。

「疲れないように」とか「ストレスを溜めないように」などというのは、現代においては難しいことだ。体のどこかを犠牲にしながら、うまく頑張っていかないといけない。

今回は、頭痛時に眼球の周りがひどく痛い時があった。これも、書籍やパソコンなどの見過ぎによる積年の痛みだったのかもしれない。

しかし、これも行けるところまで行かないと商売にならないから、仕方がない。

ただ、すでに自分だけの体でないことは実感している。守るべき家族やスタッフがいる以上、簡単に潰れるようなことがあってはいけない。

体のケアもしっかりしながら、末永く働くことが何より大切だと思った。

というわけで、今後、自分の帰宅時間を1時間早めることを目標に掲げようと思う。

これは、業務のさらなる効率化を目指すとともに、末永く働くために頑張りすぎないように自己規制する仕掛けになると思っている。

頑張れば結果が出ると思ってしまうのは、まだ若い証拠(悪い意味で)。もっと頭を使って、効率よく仕事をしないと本当の結果は出ない。

自営業というのは、こういうことを自分で考えていかないと、良い結果も得られないということだろう。

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2009年4月11日 (土)

快方にむかっています

読者の皆様にはご心配をおかけいたしました。

この度は、歯茎の痛みから頭痛へと発展し、発熱、めまいの症状が出て、パソコン画面に向かうことすらできませんでした。

歯茎の痛みが、ようやく快方に向かうに伴い、頭痛や発熱・めまいの症状も収まり、現在はゆっくり静養しております。

少々の風邪や発熱ならば、大事な仕事は休まない私ではありますが、今回ばかりは、立つのもやっとの状況でしたので、依頼を受けていた仕事をすべてキャンセルさせていただきました。

木曜日の米子市長選立候補者の公開討論会の司会役についてもキャンセルし、急きょ代役を立ててもらい、米子青年会議所のスタッフの方々にはご迷惑をおかけしました。

告示が明日に迫った米子市長選挙は大激戦でして、討論会はうまくいったようでしたが、これも米子青年会議所のスタッフの皆様の運営力のなせる業かと思います。

そのほかにも、米子商工会議所青年部の委員会(私が委員長の会議)を欠席。これも、副委員長のK氏にフォローしていただき、無事に開催済み。感謝しています。

顧問先の方々につきましては、来週、個別にフォローさせていただきます。

取り急ぎ、経過報告でした。

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2009年4月 8日 (水)

ダウン

今日は、再び歯茎の腫れと発熱でダウン。やむなく休ませていただきます。

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2009年4月 6日 (月)

東京の風景

金曜日は、午前中に公認会計士協会の本部で、非営利法人委員会に出席。午後の便で米子に帰着。事務所で残務整理。

土曜日の昼過ぎ、家族で食事をとっていると、「ただいま北朝鮮からミサイルが発射されました」という防災無線が聞こえてきた。

結局、このお知らせは誤報だったわけだが、これって、空襲警報みたいなものだろうと思ったのは私だけではないだろう。

このたびのミサイル発射については、いろんな疑問点がすでに示されているようだが、誰がどんな意図をもったにせよ、住民の生活を不安に陥れるようなことに、政府は毅然とした態度で対応してもらいたい。

200904021523000 先週は、久しぶりに東京に宿泊出張したのだが、ちょうど桜の見ごろだったため、都内のあちこちで桜がきれいに咲いていた(写真は千鳥ケ淵から見た桜)。

東京という街は、おそらく全国的にも桜の木の数が多い地域だと思う。私が、米子に帰省してから驚いたことの一つに、春になっても桜のきれいな通りが近所にほとんどない、ということだった。

桜の木は手入れが大変だから、公共のスペースに桜の木を植えることは、簡単な話ではないのだろう。

ちょうどこの時期に東京出張が重なったので、久しぶりに春の風物詩に出会えた気持ちがしたものだった。

金曜日の朝は、人身事故で山手線が止まっていた。これも・・・、といってはなんだが、東京ではすっかりおなじみの光景といってもいい。ちなみに東京で「人身事故」といった場合の多くは、人が飛び込んだということ。

私が東京に住んでいるころから、すでに人身事故が多く発生するようになっていて、中央線はそのメッカといわれたものだった。

仕事で疲れて駅まで辿りつくと、人だかりがしていて、何かと思ってみると、人身事故で電車が止まっているというようなことがたび重なり、私は中央線沿線を離れて、丸の内沿線に引っ越した。

みんな迷惑だと思いつつ、もうどうしようもないという雰囲気が漂っていて、ある意味、慣れっこになっている面もある。

先日、商工会議所青年部の集まりがあり、ある人と話をしたら、その人も東京から帰省してこちらで働いているという。

もともと、こちらで育った人間にとって、東京はとても刺激的でいろんな勉強や経験を積ませてくれるが、自分の子供を育てるとなると考えてしまう、という話で意見が一致した。

東京を離れるときは、だいぶためらいがあったものだが、すでに7年が経とうとしている今、住めば都で、こちらの暮らしにも慣れた。

ときどき東京に行くと、東京の客観的な姿が見えて面白いものだと思った。

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2009年4月 3日 (金)

東京出張

昨日は、東京出張。朝の便で東京へ。公認会計士協会の会合に出席。

宿泊して今日も協会の委員会に出席。

昨日は、公認会計士協会の会合の出席した後、少しだけ時間があったので、市谷の協会本部のあるところからほど近い、千鳥ヶ淵の桜を見にいった。

東京は至るところに桜の名所があるが、千鳥ヶ淵はその中でも代表的なスポット。

私は東京に10年半住んでいながら、一度もそこへ行ったことがなかった。すぐ近くにあると思うと、かえってなかなか行かないのが心情というものだろうか。

桜はまだ七分咲きといったところだったが、木によっては満開に近い感もあり、大勢の人並みができていた。

東京を離れると、なかなか行く機会がないものだから、こうして少しでも時間を見つけると、東京見物をしてしまう。

宿泊出張になるのは久しぶりで、昨日は監査法人時代の先輩と銀座へ。こちらも景気の良い話はないようだが、銀座は銀座。料理もサービスもレベルが高い。

いろいろと情報交換させていただいて、明日への糧となった。

今日もこれから、公認会計士協会の非営利法人委員会に出席。

では、また来週。

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2009年4月 2日 (木)

ご和算への道

昨日は、朝から鳥取市内の法人にて会計監査の仕事。昼前に県庁に出向き、産業技術センターの監事の任命式。任期満了が来て、もう1期務めることになった。

午後からは、事務所に帰って残務整理など。

昨日は、エイプリルフール、お騒がせいたしましてすみませんでした。

4月バカのネタで終わればいいのですが、そうも言っていられないところがあります。

このたび、秋田県など危険が及びそうな地域の方の気持ちを考えれば、身の危険のみならず、イベントが中止に追い込まれたりするなど、怒り心頭だと思います。

私たちの地元には関係ないということではなく、あくまで日本に向けられたミサイル(衛星?)の発射であることは、同胞として気にかけておかないといけないと思っています。

現時点においては、単なる脅しにすぎませんが、昨日の日銀短観に見られるように、景況感というのは最悪の状況です。

こうした状況を打破するために、戦争という道具が使わてきた過去を考えると、一慨に安心してもいられないところがあります。

本当に人類に知恵がついて、戦争という道具を使わなくても様々な政治的課題を打破できるようになっているならいいのですが、そればかりはどうなるかわからない。

日本の場合、景気の悪化だけでなく、ほぼ解決不能と思われる年金問題など、なにがしかガラガラポン(ご和算)にしたいという欲求がないわけではありません。

それにもかかわらず、本気で危機意識を持てない日本人を見て、少し脅していただこうか、と考えていることもないとも限らないと思います。

どうなることでしょうか。

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2009年4月 1日 (水)

北のミサイルはどこへ飛ぶか

昨日は、事務所で調査事案の片付け。午後からは顧問先の訪問など。

嫌な予感が当たったようだ。

ここ数日、地元で噂になっていたが、このたびの北朝鮮のテポドンミサイルの標的に、米子(美保基地と思われる)が選ばれた可能性が高いという。

米子空港(美保基地)のすぐそばには、「象の檻」と呼ばれるレーダー基地がある。1998年に三陸沖に向けてテポドンが発射されたとき、一番最初にキャッチしたのが、このレーダーだといわれている。

レーダー基地内の出入りは厳重に管理されていて、基地の職員はその施設で働いていることさえシークレットになっているという。

このたびのテポドンミサイルの発射については、予告通り秋田沖と三陸沖に落下するという説と、有力説として、わざと日本の国土に着弾させるというシナリオがあった。

しかし、北朝鮮はしたたかだ。予告をしておいて、自衛隊の守りを東北に集中させ、ガラ空きになった西日本を狙うというのが北の狙いのようだ。

「兵は詭道なり」と孫子は説く。つまり、敵を欺くことが勝利への第一歩という、戦争の基本である。日本は戦争の基本すら忘れてしまったのだろうか。

北朝鮮の指示どおり、のこのこと東北へ自衛隊を派兵する様子をニュースを見て、情けない気持ちになった。まんまとやられた思いでいっぱいだ。

おまけに移動中に道に迷って物損事故まで起こす始末。士気の低さが気になるところだ。

西日本を標的にするシナリオとして、まず、レーダーを破壊しておく目的があるのだろう。それで米子から境港にかけての地域が標的になったようだ。

北朝鮮のミサイルは改良が進み、ターゲットをピンポイントで破壊する精度を持ち合わせているので、万が一はずれて民家などが犠牲になる可能性は高くないそうだが、油断はならない。

今日の10時に平井鳥取県知事がこの件について、記者会見する模様。

県および自衛隊には、万全の態勢で県民の生命・財産を守るよう、お願いしたい。

これは戦争だということに、我々日本人は気づかないといけない。日本人は、60年にも及ぶ平和の上にあぐらをかき、自分の身ひとつ自分で守れない民族に堕してしまった。

人間というのは残念ながら、危機が身近に迫らないと動けないようだ。いや、今の日本人は危機が目前に迫っているというのに動くことさえできなくなっている。

GHQの政策だかなんだか知らないが、精神まで骨抜きにされたということに、現代の日本人は気づくことができるだろうか。

私は血の一滴まで戦う覚悟だpout。大和魂の底力を見せてやるfuji

さて、以上、今年のエイプリルフールはいかがでしたでしょうかbleah

今日の内容はすべてエイプリルフールのネタですので、無用なご心配はなさらぬよう、お願いいたしますcoldsweats01

地元の噂とか、平井知事の会見というのも、もちろんネタです。

でも、仕事でもなんでも、戦う気概だけは持っておきたいものですね。

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2009年3月30日 (月)

沸騰都市の今

金曜日は、午前中に鳥取市内の法人を訪問。午後からは、同市内のお客様のところを訪問。

3月も、もうあと2日で終わるというのに、今朝はとても冷え込んだ。本格的な春は、もうすぐそこまできているのに、待ち遠しく思う。

週末もいろいろなニュースがあったが、マスコミが躍起になって小沢代表を追い落とそうとしている傍らで、今度は自民党の二階氏にも東京地検の手が入りそうな状況になってきた。

自民党の現職閣僚がこのような目に会うとなると、麻生内閣への影響も少なからぬものがあるように思うが、どうなるやら。

このブログで何度も書いてきたが、このたびの小沢秘書スキャンダルは、民主党を狙い撃ちにしたものではなく、日米同盟に亀裂を入れようとする旧田中派一派を粛清する意味合いがあるのだろう。

したがって、「選挙前のこの時期になぜ」というのはそういうことだ。選挙前であるから、民主党への打撃と、自民党への打撃がイーブンになるように操作されているのだろう。

信用を失った小沢民主と麻生内閣が、ともに倒れて小泉内閣のような親米政権が再び樹立されるのかが、今後の政局のポイントになると思っている。

テレビでは、「国策捜査はない」という類の発言・コメントがあふれているが、当たり前のことで誰かが公然と認めれば、それこそ大変なことになる。

陰謀とは「かげのはかりごと」であり、表に出てしまったら陰謀でもなんでもない。ただし、地検の当人たちは気づいているわけではなく、もっと上の方で何かの意図が働いているものである。

さて、昨晩はNHK特集をみた。沸騰都市の今、というようなテーマだったが、最近、このNHK特集が実に出来がよい。

今、もっともすぐれた番組の一つだと思うが、グローバル化した世界経済の動向を、非常にわかりやすく伝えてくれる。

そして何より、アメリカのことなどほとんど出てこず、インドやロシア、ブラジルなど、新しい世紀の主役になるべく都市にスポットを当てて、番組が作られていることに感心をする。

私が3年前に、新婚旅行で行ったドバイは、今、様々な開発がストップしているようだが、ここへきて、少しずつ新しい希望が出てきているようだった。

経済のグローバル化という大きな流れは、金融危機の前後で変わらないと思う。金融危機は一時的な熱冷ましの役割を果たし、再び世界は景気回復に移っていくのだと思う。

勉強になる番組だった。

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2009年3月 6日 (金)

レーシック

昨日は、事務所で確定申告書類の作成、調べ物、1月決算会社の税務申告書類等の作成など。

先月からコンタクトレンズをやめ、メガネに変えている。

長年、コンタクトレンズを使用してきたが、ドライアイの傾向が出てきて、着けているのがつらく思えることがあった。

特に、ワンデーの使い捨てタイプを使うようになってから、そうした感じが少しずつ強くなったように思う。

ワンデーの使い捨ては、コンタクトのケアが全く要らないので、とても楽だ。

しかし、レンズの寿命は1日限りなので、夜も遅くなれば、レンズの寿命と目の疲れとで乾きが倍増してくる。

そこで、思いついて検討してみたのが、話題のレーシック手術。角膜をレーザーで削って屈折をもとに戻す手術だ。

タイガーウッズがこれをやって、芝目がよく読めるようになったなど言っていたらしい。

芸能人でも、複数、これをやったという人を聞いたし、ビジネスマンにもやった人がいて、皆、口をそろえて「世界が変わった」みたいなことを言っている。

私の身近でも、知り合いの消防士さんがレーシック手術で視力を回復したと言っていたし、その方の消防士仲間では、かなり多くの人が手術を受けているという。

彼らは皆、大阪まで行って手術を受けているようだが、最近は、鳥取大学医学部の付属病院でもできるようになったようで、私の興味は益々湧いてくるのだった。

これだけ多くの人、あるいは身近な人までレーシック手術の恩恵を受けているのを見て、俄然、私もやってみたいという気持ちが湧いてきたのだったが、一方でレーザーとはいえ眼にメスを入れることに抵抗があるのも事実。

それで、いろいろと調べているうちに、必ずしもうまくいかない人がいるという情報もつかみ、しばらく様子を見ることにした。

そして結局、メガネを新調することで私の中では、とりあえず一件落着したところだった。

そうしたところ、先週あたり、東京の銀座クリニックでの角膜炎続出のニュース。数人は、角膜移植も必要とあったから、やっぱり怖いのかな、という気持ちにもなった。

これを受けて、各方面からコメントが出ているようだが、「あれは例外であって、きちんとした体制を整えているところでは考えられない話」だともいう(アエラの記事参照)。

いずれにせよ、私としてはもうしばらく様子を見たい。

定額給付金を当て込んで、地元のメガネ屋さんで買ったメガネだ。しばらく使って、また度が合わなくなったら、その時点でもう一度考えたいと思っている。

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2009年2月20日 (金)

飛行の安全には・・・

昨日は、朝一番の飛行機で東京へ。公認会計士協会の非営利法人委員会の専門部会に出席。夕方の便で米子に帰着。

かつて、出張族だったころは、1か月に何度も飛行機に乗る機会があったので、空で受ける飛行機の揺れには、まったく平気だった。

“慣れ”というものがあったのだろう。

しかし、もともと高いところが苦手。監査法人を退職して、ときどきしか飛行機に乗らなくなってから、飛行機の揺れが怖いと感じるようになった。

昨日は、東京への行きの便での揺れがちょっと怖かった。ちょうど、降下を始めるころに、スムーズに降下してくれればよいものを、ストン、ストンと、ジェットコースターのように急降下するから、「(おい、おい、おい、大丈夫か??)」と、思ってしまった。

たぶん追い風だったのだろう。飛行機は、追い風のときはうまく上昇・下降がしにくいから、スムーズな下降というわけにはいかず、ストン、ストンと、一瞬、落ちるように下降してしまう。

上空のジェット気流は西から東に吹くのが普通だから、行きは追い風、帰りは向かい風になることが多い。だから飛行時間も、行きより帰りが少し長い。

その原則通り、昨日の行きは追い風だったのかもしれない。

飛行機が揺れはじめると、決まって客室乗務員が、「揺れましても飛行の安全には影響ございません」とアナウンスする。

私は、ふと、このアナウンスの声のトーン、言葉のニュアンスが、いつも決まって同じだということを、昨日発見した。

「揺れましても飛行の安全には影響ございません(ふっふっheart)」っと、余裕しゃくしゃくの声のトーン、言葉のニュアンスなのだ。

これはきっとマニュアルがあるのだろう。「いかにも余裕しゃくしゃくで言うように」とでも書かれているのだろうか。

そりゃあ、焦りの色をにじませて、「飛行の安全には影響ございませんからっcoldsweats02」と言われたら、言われた方が焦るだろう。

2年ほど前になるだろうか。私は、嵐の中を東京行きの飛行機に乗ったことがある。その日は、台風並みの低気圧が関東に近づいており、房総沖でタンカーが座礁する事故が起きるなど、大荒れの天候だった。

そんな中、羽田空港のダイヤも乱れまくり、嵐の中、東京湾上空で飛行しながら着陸順が回ってくるまで待機させられた。

揺れるなんてものじゃない。何度も左右に振られながら、落ちていき、そして機首を立て直したと思ったら、また左右に振られながら急降下を繰り返した。

真ん中あたりの席の男性が、恐怖で発狂して、機内を走りだしす始末だった。

それでも飛行機は落ちなかった。飛行の安全というのは、嵐くらいじゃ大丈夫という証明だろう。だから、ほんのちょっとの風で焦る必要なんてない。

そうわかっていても、ときどきしか乗らないと、忘れてしまうものだ。

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2009年2月17日 (火)

NEWパソコン

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは、事務所で確定申告書類の作成作業など。夕方から、別の仕事先へ。

先週、事務所で使用しているパソコンの1台が、調子が悪くなり、新しいのを買った。

なぜかいつも確定申告の時期にパソコンの調子が悪くなるのだが、私は過去に何度かトラブルを経験しているだけに、予備機を常に1台は準備しているので、業務には支障は全くなかった。

予備機はデータの保存用も兼ねており、会計事務所には必要な措置だろうと思っている。

今回買ったパソコンは、NECのLaVie(ノート)。正直言って、NECという選択肢は、これまで私にはなかった。

私の中でNECといえば、かつて98シリーズという独自のOSで日本市場を席巻していたが、その後、Windows陣営に敗れ去ったパソコンメーカーというイメージだった。

私はいまだにそのイメージを引きずっていたのだが、店員さんの話によると、やっぱり「パソコンメーカー」だから、ハードの作りは一番しっかりしている、とのことだった。

実際に使用してみて、その快適さに、NECパソコンに対する古い概念を引きずっていたことを反省した。

これまで使ってきたソニーのバイオで、故障に懲りたので、今回は東芝にしようかと思っていた。事務所の東芝機は故障もなく、快調に使用できているからだ。

今回、調子が悪くなったのはIBMのシンクパッドで、もう6年近く使っているものだった。監査法人時代もIBMを使っていたので、私も気にいって買ったのだが、IBMはすでに中国のレノボにパソコン事業を売却しているため、評判もあまり聞かないものだから、今回の選択肢から外した。

ソニーのバイオでキーボードの故障を何度か味わったので、今度はしっかりしたのが欲しいと思っていたのだが、NEC機は、キーボードの下に鉄板が入っているらしく、壊れにくさや物の良さでは一番良いということだった。

店員さんが言うには、NECと富士通は「パソコンメーカー」であり、東芝やソニーは「家電メーカー」だから、ハードに対するこだわりが違うとのことで、それは消費者の好みによって評価も分かれるのだろう。

NEC機はその言葉通り、使ってみると、なるほどキーボードを打つ指先からハードの頑丈さを感じる。

私は文章を打つことが多いので、こういうキーボードが頑丈なパソコンが欲しかった。

バイオは、買った当初からキーボードの反応が悪く、いかにも安物の感じがしたが、買ってから2年経った今、エンターキーの下からバネがずれているのが見えるようになり、ますます反応が悪くなっている。

それから、今回買ったパソコンは、CPUがインテルの「Centrino2」(コア2)というもので、これも店員さんのお薦め。

安い機種にあるセレロンでは、Vistaは動きが悪いとのこと。Vistaでも快速に動いてもらうためにはコア2が必要とのことで、言われるままに買ってみたが、確かに従来のものより動きは速い。

いずれにしても、新しいパソコンを買って、従来感じていた、キーボードの反応が悪いことによるストレスと、Vistaの動きが遅いことによるストレスがなくなったのが何よりうれしいところだ。

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2009年2月13日 (金)

ブログを続けるということ

昨日は、午前中は顧問先を訪問。午後からは、ご来客が1件。その他、確定申告書類の作成作業など。

生暖かい朝。春の気配を感じる。

午前6時ごろ、新聞をとりに外へ出ると、月がぼんやりかすんでいた。とくに曇っているわけじゃなさそうなので、きっと黄砂の影響なのだろう。

鼻の粘膜が微妙にヒリヒリする。ここ2~3年、私は花粉症気味になっているので、きっと花粉が飛散していることだろうし、黄砂が運ぶ化学物質も影響しているのかもしれない。

そういう季節が到来したということだ。

さて、このブログを続けてきて、この4月で丸4年になる。アクセス数もそろそろ10万件を突破しそうだ。静かに始めて、ゆっくりと数字を積み上げてきた。

読者の方々から、「毎日、よく書けますね」と言われることも多いが、確かに「よく続けてきたな」と思うこともある反面、「まだまだ工夫が足りない」と感じることもしばしばだ。

書き始めたきっかけは、流行だし、「(自分もちょっと、やってみようか)」という程度の、ほんのささいな出来心だった。

毎日何を書くかも必ずしも決めていなかったので、書き続ける自信もなく、書くネタがあれば、適宜書いていこうという気持ちだった。自分にプレッシャーをかけないために「きまぐれ日誌」と名づけて、言い訳的にタイトルを決めた。

しかし、書き始めてしばらくして、毎朝、出勤後に書く習慣がついた。1日のスタートにブログを書いてから始めるという習慣がつくと、書かないと逆に気持ち悪くなってくる。

毎日読んでくださる方に対しては、「おはようございます。今日もよろしくお願いします」という、あいさつのようなものだとも感じている。

書き続けるためには、「書くことがないなあ」と絶対思わないことが重要だと思っている。実際には、朝になって何も書くことがないと思うことはよくある。

しかし、そこで「書くことがないなあ」と思ってしまうと、悪い自己暗示にかかってしまって、本当に書くことがなくなる。

そこで、「自分には書くことがありすぎる」と考えると、逆に良い自己暗示が作用して、なんでもネタになってしまう。

実際には、仕事で外出する直前まで書くことがなくて、適当に書いてアップロードしてしまったことも何度もある。時間切れとなり、電車の中で携帯からアップしたこともある。

もう一つ、続けるのに重要なことは、アクセス数にこだわらないことが挙げられる。

書き始めた当初はアクセスが増えるのがうれしかったし、人気のバロメーターのような気がして、何かと気になったものだ。

しかし、アクセス数の伸びは、実際には内容とは関係ないことが多いし、あえて話題を呼ぶようなネタを書くことでアクセス数を伸ばす人もいるし、書き手が単に有名人なだけというものもある。

また、一人の人が複数回アクセスしても、自分がアクセスしてもそれぞれ1回にカウントされる。

そもそもアクセスカウンターは操作できるから、アクセス数そのものを目標にするとおかしなことになりそうだ。(ちなみみ、このブログのアクセスカウンターは一切、操作していません)

毎日書いていれば、少しずつアクセス数が伸びてくるものだが、限界もある。アクセス数を目標にすると、それが伸びないときや減ったときに続ける気をなくす人も多いようだ。

ブログを続けるためには、アクセス数の伸びではない目的を作ることが必要で、きっと読んでくださっているであろう、一人の人を意識して、その一人に話題を提供しよう、という意識がむしろ必要だと思っている。

私の場合は最初にも書いた通り、毎日アクセスしてくださる方への「おはようございます」のご挨拶だと思っている。それだけでブログを書く目的が十分に成り立っていて、続ける動機付けになっている。

もう一つは、私の仕事ではいつも経営者の方々にお会いする機会があるので、ブログのネタ探しをすることが、そういうビジネスマンの方々と、面白い世間話ができるようにするためのトレーニングにもなっている。

書くネタに関しては、ストックしておくこともあるし、朝、新聞を読んでから考えることもあるが、「書くネタは豊富にあるぞ」と自己暗示に掛けておくだけで、今のところ何とかなっている。

今後いつまで続けるかについては、私みたいに、「朝のごあいさつ」と考えている場合、他に良い手段が見つかるまではこれを続けることになるだろう。

ただし、これも自分にプレッシャーをかけないよう、柔軟に、そして“気まぐれに”決めていこうと思っているところ。

ちなみに、記念すべき10万人目のお客様には・・・、

とくに何もございませんので、悪しからずcoldsweats01

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2009年1月 8日 (木)

ウィルスソフト

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは、事務所でもろもろの書類作成など。

ウィルスソフトを変えてみた。

これまではバイオにあらかじめインストールされていたものをそのまま更新して使っていたが、更新期限が過ぎるのを機に、軽くて性能がよいといわれるものに変えてみた。

「警視庁も導入」(!)というのが売りの、イーセット スマート セキュリティである。

軽くて検出率が高いという歌い文句に惹かれた。

ウィルスソフトというのは、インストールしたと同時に他の動作が遅くなることがあって、それ以後、不具合が発生しやすくなったりすることがある。

かつて、家電量販店で適当に買ってきた有名なウィルスソフトを入れたところ、パソコンの動作が重たくなり、それから数カ月後、パソコンが立ち上がらなくなるトラブルに見舞われたことがあった。

「unknown hard error」という、別名「死のエラー」というやつだ。

ウィルスソフトのせいとは言わないけれど、詳しい友人に言わせればウィルスソフト自体がウィルスだという話もあるそうだ。

このたび新しいソフトを入れるにあたって重視した点は、「軽い」ということだった。もちろん、ウィルスを検知するという基本的な機能も重要だが、その点でもイーセットは優れているようで、なんでも警視庁が導入したというから、信頼度がある。

ということは、伊木事務所のネット上のセキュリティレベルは警視庁並みということだろうか(笑)。

入れてみると、確かに軽い。作動していても、何らストレスを感じない。これまで使ってきたノートンにはない軽快さを感じる。価格もそんなに高くない。

このソフト、必ずしもまだ有名ではないようだけど、これから主流になっていくのではないだろうか。

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2009年1月 5日 (月)

百年に1度のチャンス

あらためて、明けましておめでとうございます。

今日が伊木事務所の仕事始め。

今日からまた1年、はりきってがんばりたいと思います。

○年男

今年は丑年。私は年男です。だからといって特別な抱負はありませんが、私にとって良い年になるようがんばりたいと思います。

○すでに起こった未来

年のはじめから、「戦争」、「派遣切れ」など暗い話題ニュースが満載でした。

景気が悪化していることなど、昨年からすでにわかっていたことで、今さら騒ぐ話ではありません。

景気悪化は、今後もさらに深まることが予想されますが、これはすでに起こった未来であって、「ならば、私たちはどうしたら良いか」という視点で物事を考えないと、一向に良くならないわけです。

だいたい商売している人は、暗い顔をしているとどんどんお客さんが逃げるものです。景気のよさそうな人から物を買いたいのが消費者心理です。

「今日為し得ることに全力を注げ」で、今日も明日も1年後も、明るく元気に頑張っていきたいと思います。

○百年に1度のチャンス

「百年に一度の危機」というグリーンスパンの言葉が定着してきた感がありますが、商売というのは常に危機をバネにして伸ばすものです。

時代の変化も危機を迎えたときに起こるもので、平常時にはない話が危機には沸き起こってくるものです。

「百年に一度」と言われるほどの危機ならば、百年に1度しか来ないチャンスが巡ってくるのもまた事実。

自分にとって何がチャンスなのか、しっかり探って、努力を重ねてつかみ取りたいと思います。

こんな気持ちで、新しい1年をスタートしたいと思っています。

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2009年1月 1日 (木)

新年 明けましておめでとうございます

明けまして おめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

2009年の年頭にあたり、謹んで皆様に新年のごあいさつを申しあげます。

昨年から続く経済不況の中、今年はいろいろな意味で私たちの実力が試される年になると思います。

こういう時期には、是非ともプラス思考で前向きにチャンスを探っていきたいものです。

私は、昨年末の仕事納めの12月29日夜から腸感冒を患い、1日半寝込みました。仕事にプライベートに多忙だった昨年の疲れが一気に出たようで、これも仕方がないかと思っていました。

しかし、このおかげで飲まず食わずですべて出し切り、腸の中がすっきりしました。それで、気持ちよく新年を迎えています。

ときどきこうして病気を患いながら、寝込んだりして、体のオーバーホールをしているのだと思います。

「ピンチの後にチャンスあり。」 いろいろな意味で、チャンスの年になる2009年だと思います。

なお、伊木事務所の営業開始は1月5日です。

はりきってがんばりましょう( ^ω^ )

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2008年12月29日 (月)

自分の役割を

金曜日は、午前・午後ともに顧問先を訪問。

日曜日は、中海テレビの収録。今年最後の収録。

慌ただしい師走も、伊木事務所は今日で仕事納め。先週で官庁は御用納めだそうで、今朝の米子市内は、車の交通量が普段と比較し、明らかに少なかった。

昨日まで、NHKの大河ドラマ「篤姫」の総集編を放送していた。本編は、あまり見られなかったけど、総集編をみて、なるほど面白いと思った。

幕末から明治維新までの激動の中に、篤姫と小松帯刀の叶わぬ恋の物語が混ざっていて、たくみな構成だったと思う。女性の視聴率がよかったのは、きっとその辺の悲哀がうまく表現されていたからだろう。

いい味を出していたと思ったのは、中村梅雀演じる井伊直弼だ。安政の大獄などで、ある意味で悪役になりがちな井伊だが、あの当時の日本の統治機構であった徳川幕藩体制を守るために仕方なかったという面が、よく表現されていたと思う。

“役割を果たすまで”というセリフはとてもよく、そういう人がいつの世も必要であることは間違いない(打ち首に処することが必要という意味ではなく)。

しかし、最後はみんな早死にしていった。いかに“維新”というものが「江戸城の無血開城」に象徴されようとも、坂本竜馬にしても西郷や大久保にしても、みんな血を流して死んでいった。

時代の変化というものは、多かれ少なかれそういう要素があると思う。何かをよくしようと思えば、何かを抑える必要がある。

現代においても、年金改革を進めようとすれば、いままで利権に群がっていた輩がそれを阻止しようとする。それがあの事件だろうかと思われる節もあるが、改革の痛みというのは究極、そいういう要素があることも、歴史を通じて知ることができる。

歴史の中でどういう役割が果たせるか、みんながそれぞれのポジションで考えたらいいと思う。

もうすぐ2008年も終わりなのだが、年をとると1年1年が早くなる。来年は、今年以上に充実できるよう、がんばりたいと思う。

新年は1月5日から営業。

今年もありがとうございました。

また、来年もご愛顧ください。

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2008年12月26日 (金)

今日為し得ることに全力を注ぐ

昨日は、事務所で10月決算法人の税務申告書等の作成など。

朝、7時半前、家を出るととても寒かった。その後、事務所で準備をしている最中、みぞれが雪に変わり、気がついたら窓の外はうっすらと雪化粧。

先週末に車のタイヤを冬用に換えておいてよかった。

伊木事務所の年末は、29日(月)までだが、官庁は今日が御用納めのところが多いようだ。

お客さんの中には、業種によって年末年始も仕事のところがある。いろんな業種があって、それぞれに特徴や面白いところ、大変なところがいろいろあって、皆さんそれぞれがんばっているんだということがわかるのも会計事務所のおもしろいところ。

今年の伊木事務所を振り返ると、顧問契約が順調に伸び、事務所経営が安定してきたところが大きい。県の監査委員の仕事もこなしながら、充実した1年だったと思える。

しかし、9月に顕在化したアメリカ発の金融危機の影響が地域経済にも広がっていることが心配の種。ただ、こういうのはいくら先行きを予想して、不安にかられてもどうしようもないことだと思う。

できるだけ情報を集め、分析して精緻に予想は行うべきものだが、その予想が仮に悲観的だった場合、自分も悲観的になる必要などどこにもない。

昨日も書いたように、大企業の業績悪化は一つの事実だが、大手の優良企業に関しては、そこまで騒ぐほど今すぐに厳しくなっているとも思えない節もある。この期にキャッシュを手元に集めておいて、次なるシナリオを虎視眈々と窺っているようにさえ見える。

もちろん、だからと言って安心だなどというつもりは毛頭ないのだが、結局のところ、自分にできることを精一杯やるしか答えはないと思っている。

「今日為し得ることに全力を注げ」は、誰の言葉か知らないが、これに尽きると思っている。今日一日を精一杯がんばって、それでも何か起きたら仕方がないじゃないかと、私は思っている。

ニュースは、売上や視聴率を考えてセンセーショナルに不安を煽り立てるが、不安を煽るだけで我が国の雇用問題の本質を報道する姿勢は見せていない。

どんなに不安を煽り立てようとも、自分が今日を精一杯がんばって、それによって得られる結果に後悔しないことが、日々を充実させるためには必要じゃないかと思っている。

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2008年12月16日 (火)

交通安全

昨日は、朝から夕方まで鳥取市内の法人にて会計監査の仕事。

鳥取へ向かう途中、道路で交通事故防止を呼び掛ける警察に遭遇した。一台一台クルマを止めて、安全を呼び掛けるビラを配っていた。

県内では、交通死亡事故数が昨年の同じ時期に迫る勢いになっているようで、ここへ来てドライバーを引き締める狙いがあるのだろう。

自分もドライバーの一人だが、事故だけは起こしたくないと心から思う。それは誰にとっても当たり前なのだが、運転をするとつい忘れがちになる。

昨日の朝は、米子市内で接触事故を起こした車同士が路肩に停車し、警察の事情聴取を受けていた。寒い中、ガタガタ震えながらドライバーと思しき若い女性が警察の聴取を受けていた。

そういう光景に遭遇すると、つくづく事故はいやだなと思う。ああして寒い中、ぶつかった車同士で警察の検証を受け、示談を始めないといけない。そして、その示談が決着するまで少なからぬ時間を要することになる。

私は23歳のとき、米子に帰省していた折、市内で軽自動車にぶつかられたことがある。これが、走っている車同士だったため、私にも過失割合があるという説明を損害保険会社から受けた。

しかし、どうしても納得がいかず、判例を調べ、道路交通法を調べ、なんとか10対0に持ち込んだ経験がある。

当初は、そんなものかと思ってあきらめかけていたのだが、過失割合を受けることになると自分の車の修理代だけでなく、相手の車の修理代も合算して過失割合を掛算することになるという。

私は同時、VWのポロに乗っていたのだが、相手の軽自動車が横っ腹にぶつかってきたとき、紙がグシャっとつぶれるような音がして、相手の車だけへこみ、私の車は傷がついただけで済んだ。

当時の軽自動車がいかにヤワに作ってあるか、逆にドイツ車は小さくても安全にしっかり配慮してあるか、身を持って経験をしたものだ。

相手の車を修理するとなると、板金補正からやらなければならないため、その修理代をかぶるのは絶対に嫌だと思って、それもあり、頑張って判例や道路交通法を調べたのを覚えている。

損害保険会社の代理人はこういうとき一緒に戦ってはくれず、適当に話をまとめようとするので、すべて自分で示談交渉をした。そうしたところ、相手方の損保の代理人は、一応私に反論を見せたものの、最後は10対0を受け入れてくれた。

10対0になると、私の車の傷も相手方の損害保険で修理できたから、完全勝利に喜んだものだ。

しかし、つくづく事故はその後処理が面倒さいものだと思った。警察に行っての事故証明の取得や相手方の住所等の確認(逃げられたらいけないから)、そのあとの示談交渉など、面倒くさいことだらけ。

まったく割に合わないわけで、今、こうして交通安全を訴える警察の呼びかけには素直に従おうと思うのである。

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2008年12月12日 (金)

身だしなみ

昨日は、朝から監査委員の仕事で鳥取県庁へ。午後から鳥取市内の法人に立ち寄って、夕方、米子に帰着し、商工会議所青年部の会合に出席。

昨日は、朝、急いでいたこともあって、ひげを剃るのを忘れた。鳥取へ向けて出発してから気がついたが、もう遅かった。

身だしなみというのは、気持ちを切り替える上で大事だと思う。朝、顔を洗って、歯を磨いて、ひげを剃って、髪の寝ぐせをとる。そして、スーツという名の戦闘服に着替えて家を出る。

こうした一連の流れというのは毎日のものであり、普段と同じなら何も意識はしないのだが、ひとつ崩れると、一日中、何となくリズムが狂う感じがしてしまう。

ひげも意識した無精ひげなら、ファッションとしてその人にとっては気持ち的には入るのだろうけど、そうでない場合は「今日の自分は、ちょっと気合が抜けてるな」と無意識に感じてしまうことにもなる。

昨日の朝は、その身だしなみを整えている間、先月2歳になったばかりの長男が私のそばに寄ってきて、私の一挙手一投足をじっと見つめていた。

その長男が、「それは何?」「それは何?」と聞いてくるので、いろいろ答えながらやっていたら、結局、ひげを剃るのを忘れてしまっていたのだ。

もちろん長男のせいではなく、2歳児ごときにリズムを狂わされたことに、「(俺としたことが・・・)」と、少々意外感を感じているのである。

身だしなみの大切さを改めて知った一日だった。

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2008年12月 9日 (火)

お茶こぼし

昨日は、鳥取市内の法人にて1日中、会計監査の仕事。

顧問先などの仕事先に行くと、お茶などを出してくださることが多い。大変、ありがたいわけだが、会計監査で訪問したときは、机いっぱいに書類を広げていることも多く、出されたお茶の扱いには細心の注意を払っている。

ファイルや書類の綴りなど、分厚い書類は重さがあるので、コーヒーカップや湯呑など、ぶつかればひとたまりもなく、お茶やコーヒーがこぼれてしまう。

監査法人に入所したとき、「出されたお茶は、なるべく早めに飲んで湯呑を片付けてしまうこと」と先輩から教わった。

確かにそのとおりなのだが、胃が決して丈夫ではない私の場合、あまり早飲みすると何となく胃の調子が悪くなったりすることもあるので、多少ゆっくり飲むためにも細心の注意を払って、書類がお茶やコーヒーに没してしまわないよう心がける。

会計監査をやっている公認会計士なら誰しも1度や2度はお茶をこぼすという失敗したことがあると思うが(?)、監査法人時代には、これを何度やっても懲りない先輩もおられた。

この方は偉い方だったが、“こぼしの○○”という異名をもっていた(「○○」にはご本人の名前が入る)。

私もこの方といっしょに仕事をしていたとき、何度となく、お茶やコーヒーをこぼされるのを目撃したものだ。そういうとき、他の先輩方は慣れたもので、「またやっちゃいましたね」という感じで平然と机を拭くのであった。

この方は大変まじめな方であったが、仕事に集中するとお茶がおいてあることをお忘れになるのだろうと思った。

それ以来、私はこの方と仕事をするときは、自分の書類に被害が及ばないよう、机を少しだけ切り放し、溝を作ってこちらのテーブルまでこぼれたお茶がこないよう、事前対策をしたこともあった。

いろんな先輩がおられたものだが、かくいう私も一度だけコーヒーをこぼしたことがあった。

テーブルの反対側に座っていた先輩のコーヒーが、その間に散らかった書類で見えず、無意識に自分の前の書類を押しのけたとき、テーブルの向こうで悲鳴があがり、コーヒーが椅子にこぼれたことに気がついた。

書類は汚さなかったが、椅子に置いてった先輩のカバンをコーヒーで汚し、かけてあったスーツにも一部、コーヒーがかかってしまった。

こういうときは、こちらもパニックになってどうしていいのかわからないものだが、「いいよ、気にしないで」と先輩に言われたのを覚えている。やさしい先輩だった。

以来、自分のコップだけでなく、テーブルの対岸に置いてあるコップにも注意を払うようになった。

これから先の公認会計士人生の中で、出されたお茶をこぼすことがないようにしたいものだ。

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2008年12月 8日 (月)

ぶれない信念

金曜日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは、会合への出席が1件、その後、顧問先の役員会へ出席。

夜は私的な勉強会で、航空自衛隊美保基地の野口司令(一等空佐)をお招きして、ご講演を賜った。

司令にはリーダーシップについて語っていただいたが、本当にためになる話が多く、とても有意義なひと時だった。何より信念がぶれないところが大切だと思った。

今、航空自衛隊は例の田母神論文問題で、幹部には何かと制約の多い時期だと推察するが、自衛隊内部では、論文の適否は別にして、田母神氏がどこへ行っても発言がぶれない点はさすがと思われているらしい。

トップの言っていることがコロコロと変わったら、確かに下につく人はやりにくいし、何を信用してやればいいかわからなくなる。

そこで大切なのは、「本質は何か」という問いである。目的は何なのかということを軸にしっかり考えることで、本質を誤らないことにつながるわけだが、ぶれない信念を持つためにはそこが大切であるという点を大いに学ばさせていただいた。

週末に送られてくる日経ビジネスを開き、今週業の巻頭のインタビューでわが師匠、川北博先生が出ておられたのでびっくりした。

昨今論議されている時価会計の凍結云々についてのお話であったが、師匠もお考えがぶれない。

会計というのは、あくまで情報開示のための道具であって、経営の本質を左右するものではない。そこを本質の悪化を無視して、時価会計の凍結によって損失開示のタイミングを遅らせれば、取りうる対応も後手にまわり、延焼を大きくしてしまう。

その当たりの本質を見誤らないような対応が、この経済状況では必要なのだが、その点を鋭く指摘しておられた。

野口司令の講演を聞いているとき、私は師匠のことを思い出しいた。まるで師匠がおっしゃったようなことを野口司令がおっしゃるからだ。

師匠は旧陸軍の将校だったが、野口氏は空自の幹部だ(一等空佐は昔でいう「大佐」)。リーダーシップの本質というのが時代を超えて変わらないことに、私は驚いた。

ぶれない信念で、危機の突破といきたいところだ。

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2008年12月 5日 (金)

悲観的な将来に楽観的な要素を見つける

昨日は、午前中から午後にかけて外出。事務所で雑務をこなしながら、夕方は米子信用金庫境港支店の方々に招かれて、取引先向けの講演。

昨晩の講演では、現在の経済情勢と今後の見通しについて話をして、どうやって切り抜けるべきかについて話をした。

現在の経済情勢と今後の見通しについては、かなり受けがよかったようでちょっとホッとしている。その後の懇親会では、「参考になりました」というご感想を多数いただいたので、講演を引き受けた甲斐があった。

この秋からの金融危機に関しては、明らかに今までの不景気とは質が違うと思い、私自身、この数カ月は久しぶりによく勉強した。

その結果、アメリカ経済が破綻の淵に追い込まれ、日本を含む周辺国がその煽りをモロに受けるだろうということがわかった。そして、来年のオバマ新大統領就任後は、何らかの経済ショック(オバマ・ショック)がある可能性が出てきたということも昨日は話をした。

また、もしもオバマショックがあるとすれば、その前兆として金融機関のアナリストなどから「株価は底を打っただろう」などという楽観論が出ることが予想される。

これは、ショック療法をつつがなく行うために、事前の抜けがけを防ぐためのアナウンスメントに他ならない。こうした点にも注意を凝らしていきたいと思っている。

私の予測は悲観的だという意見もあるだろう。しかし、私としてはできるだけ詳細に情報を収集してみた結果に出した答えであり、これが正解だと断言することはできないまでも、私はこの線で物事を見ていこうと考えている。

また、状況が悲観的であっても、それをもって自分まで悲観にくれる必要はなく、冷静に現状分析をして、その彼方に楽観的な要素を見つけてそれに邁進するという、そんな生き方が大切だと思っているのである。

よくないのは、現状から目をそらし、問題を先送りしてしまうことのほうだろう。

ちなみに、昨日、訪れた境港市は、こうした金融危機の影響がないわけではないが、漁業は燃油価格の下落によって好転しているし、鬼太郎ロードは相変わらず観光客であふれているし、必ずしも悪い話ばかりではない。

漁業においては、某大手水産会社の再生計画が前倒しで完了するなど、明るいニュースも流れていた。

こういう金融危機下では、鬼太郎ロードのようなお金をあまり使わなくてすむ不況対応型の観光地が選ばれるし、一次産業のように「食糧」を調達してくれる産業は根強く生き残る。

昨晩は、こうした産業界で経営のかじ取りをされている経営者の方々と多数、交流を深めることができ、大変有意義だった。

また、ロシアや中国と貿易をしている方からは、情報の少ないこれらの国々の現地情報も入手することができ、大変参考になった。

大局を見ながら、細部を見ていくと、本当におもしろい話がたくさんあるものだと思う。

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2008年12月 3日 (水)

ベネチア

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは、事務所で調べものなど。

ネットのニュースを見ていたら、イタリアのベネチアの街が高潮で冠水したとのこと(共同通信記事はこちら)。(ロイターのピクチャーギャラリーはこちら

今まで行った世界の都市の中で、一番感動した街並といえば、私は一番にベネチアを挙げるだろう。

ヨーロッパには他にも美しい街並みはたくさんあるのだが、ベネチアの街がユニークなのは、自動車の通行が全面禁止となっていて、張り巡らされた水路を船で移動するところだ。

バポレットという水上バスは、水路の至るところに停留所があり、とても便利だった。一日券を買っておけば乗り降り自由で、その水路から見る街並みがまたとても素晴らしかった。

ベネチアは“水上都市”と呼ばれ、栄華をほこった中世の街並みをそのまま残しているところがすごいのだが、その維持管理には細心の注意が施されていると聞く。

家の外壁の修繕なんかも全部届け出が必要なんて聞く。景観こそが財産だと住民が知っているから、そういうことも可能なのだろう。

日本の都市で街並みをきれいにしようとしても、私物たる家などに規制を加えることはほとんどされていないと思う。されていたとしても、ごく一部の都市のごく限られたエリアだけだろう。

街の建物の統一感というのは、景観にとってとても重要だと思うが、日本の街は洋風・和風が入り乱れ、同じ洋風でも南欧風とか北欧風だとか、何でもありだ。

それは日本の良さでもあるけど、観光都市として景観でメシを食っていこうと思えば、規制も受け入れなければならない。

この近辺では、松江市がもっとも景観に配慮している。さすがは国際観光都市だ。お城の堀を遊覧する船は、ベネチアのゴンドラを彷彿させなくもないし、もしあのお堀を日常の移動手段に使ったらとても面白いと思う。

宍道湖沿いだっただろうか、看板規制をかけたことも立派だと思う。とにかく景観を守るためには、かなり厳しい規制を受け入れなければならないわけだが、それを理解できる住民がどれだけいるかは、その街の文化度の高さよるのだろう。

米子の街は・・・、文化度はともかく、自由でいいですね、とだけ書いておこう。

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2008年12月 2日 (火)

谷深ければ、山高し

昨日は、午前中は事務所で調べものなど。午後からは顧問先への外出や、挨拶まわりなど。事務所に帰ってご来客が1件。

朝、いつもこうやってパソコンの画面に向かい、ブログネタを考えるのだが、「暗い話題になっちゃいけない」と思いつつも、今、私にとって関心の高い金融危機の影響がどう出るのか、それについて書きとめておきたいと思う自分がいる。

でも、事実をきちんと認識しておくことは、暗いとか明るいとかいう以前に重要であり、厳しい状況を認識しながらも将来に向けて前向きな気持ちをキープしていくことが、ある意味でベストではないかとも思っている。

当然のことながら会計事務所の経営は、当地における経済の影響をお客さんを通して受けてしまう。このご時世でお店を畳んでしまわれるお客様もないわけではない。

そうした状況は会計事務所の売上にも影響を及ぼすわけであり、お客様あっての商売であることは、他の商売となんら変わるところはない。

もう一つは、この金融危機がチャンスの始まりなのか、まだまだピンチの連続なのかの見極めもとても重要だと思っている。

景気が悪いからといって、私は決して暗くしているわけではなく、新しいチャンスの芽がどこに出ているか、それを探すことでモチベーションはむしろ上がっているくらいだ。

仕事も投資も同じで、谷が深ければ、そこから上がっていく山の高さも高いわけで、それだけ次なるチャンスも大きくなると考えている。

おそらく、あと数カ月は悪いニュースがさみだれ式に出てくることだろう。そして、オバマ大統領就任後に極めつけの“オバマショック”という何らかのサプライズも予想される。

そうした悪材料が出そろい、下がるところまで下がれば、そのあとに大きな反動が見込まれるわけで、その時期がいつ頃になるか、見極めることが大切だと思っている。

ちなみに予想されるオバマショックには、「アメリカ国債の一時的な売買停止」、「新ドル(新通貨)の発行(昭和21年の「新円切替」のようなもので、ドルの価値を切り下げ借金返済を容易にするもの)」、「段階的な金本位制への回帰(あるいはコモディティバスケット制)」などが挙げられる。

要するに、行き詰った状況をガラガラポンするための政策で、ある日突然発表されることだろう。

これが80年前の世界恐慌のときは、結局、第二次世界大戦へ誘導することで、ガラガラポンしたのだった。

そうならないようにしてもらいたいと思う。

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2008年11月25日 (火)

時代の流れ

金曜日は、午前中に山陰経済新聞の寄稿記事を作成。昼から山陰経済同友会の例会に出席。それが終わってから事務所に帰って、9月決算会社の税務申告書などの作成。

物事というのは、最悪の事態を想定しながらも、一進一退を繰り返しながら、何とか踏みとどまったりする。会社の経営でも、このままいけば会社が危ないと思ったところから、いろいろ工夫して盛り返してくる。

危機意識をどう維持していくかは、とても難しい。最悪の事態と思われたことも、万が一起きてしまえば、その危機に感覚が慣れて日常の一ページみたいになってしまう。

人間はいちいち“最悪の事態”に反応していると神経が持たなくなるので、自己防衛的にそうした事態に関心を持たないようにしてしまう。

厚生労働省の元キャリアを狙った犯罪が、どこまで恐ろしい事態なのか、未だわからないことが多いが、私はすでにこの事件から関心をなくしている自分に気がつく。テレビのニュースも、とりあえず見ないでおいた。

こうした事件の一つ一つが社会のどういう変化を象徴しているかは、後になってみないとわからないものだが、もしかしたらすごい事件になるかもしれないし、ただの凶悪事件なのかもしれない。

例えば2・26事件なども、その時代に生きていた人の感覚と歴史を勉強したときに初めて知った感覚とは違うのだろうと思う。

そういう意味では、そのときどきに起こる出来事を、感度高く受け止めることも必要だと思う。それが歴史的にみてどういう意味を持っているのかと。

金融危機もそうだ。日常にはそんなに影響のある出来事ではないが、局所的にはものすごい社会の変化をもたらしている。そのものすごい変化を見逃すことなく、次の時代に備えて準備することが大切なのだろう。

なんとなく過ごしていると、このスピードの速い歴史の流れについていけなくなるな、と思いながら、今日のブログを書いてみたところです。

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2008年11月19日 (水)

継続は力なり

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは投資情報について連載をしているフリーペーパー「山陰サイズ」のカメラ撮影。次回の発行号から、写真を新しくしていただけるようです。

昨日はあられが降るなどとても寒い一日。今日の最低気温は3度、最高気温は7度の予想で、すっかり冬の天気だ。

2日前だったか、街でコートを着た人を見かけた。そのときは、「(まだちょっと早いんじゃないか?)」と思っていたが、昨日、妙に寒いので天気予報を見てみたら、すっかり冬型の気圧配置。

今朝の気温3度は、やっぱり寒い。今日、私は今期初めてコートを着た。手袋はまだいいかと思って出さなかったが、外に出てみて、手袋も持ってくるべきだと思った。

まだ秋だと思っていて、すでに冬が来ていたのに気がつかなかった。私は今日これから山間部へ出かける。雪のために通行禁止になった道路もあると、今朝の朝刊に書いてあった。よりによってこんな寒い日になるとは・・・(苦笑)。

冒頭に書いたフリーペーパー「山陰サイズ」には、地域の情報が満載してある。私は投資に関する基礎知識をコラムに連載しているが、これが意外と好評を博しているとお聞きした。

もっとも今、投資をするような環境にないが、いずれまたチャンスはくるわけで、そのタイミングはみんなが気がついたときはもう遅い。十分に情報を収集して、ことに備えることが大切だと思う。

私はそのほかにも、山陰経済新聞にも寄稿記事を連載しているが、これもありがたいことに好評を博していて、連載の継続はすでに丸6年になろうとしている。

こちらは地域経済について、あるいは中小企業経営について、つれづれなるままに書かせてもらっているが、これを読まれた方からいろいろとメッセージを頂くことが多い。

私の事務所はまったくのゼロからのスタートだったから、何らかの形で私の事務所の存在を認知してもらう必要があった。そういうときにこうした地元紙は貴重であり、雑誌側からも連載の継続を依頼されていて、お互いに良い関係ができていることはてもありがたいことだ。

これまで書きたいことがいっぱいあって、たくさん原稿を書いてその中から選ぶ、なんてことがあった一方で、書くことがなくなって、締め切り直前まで白紙のときもあった。

それでも、がんばって継続することで、私の考えを皆さんに伝えることができ、また記事によっては「励ましてもらいました」なんて感想を頂くと、こちらの方がうれしくなる。

どこまで続けられるかはわからないが、読者から一定の支持を受けることが最低条件だろう。いずれにしてもしっかり勉強して、そして努力して、継続できるようがんばりたい。きっと、それが力になるのだと思う。

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2008年11月18日 (火)

政務調査費

昨日は朝から県庁に出かけ、監査委員の仕事。政務調査費に関する住民監査請求の結果について、知事に報告。

今朝の地元紙には、その内容が掲載されていたが、監査請求のあった政務調査費について一部間違いを指摘し、返還してもらうことになっている。

鳥取県の政務調査費は、1円単位まで領収書を公開しており、透明度では全国的にもトップクラスである。しかし、その中身については、まだ議員間の認識の差などもあって、バラバラな部分も残っている。

ただ、最終的には議員各氏の説明責任の問題になると思っている。例えば、共通経費の按分で、何割を政務調査に入れたか、なんていう話については、ある程度割り切って考えるしかない。

こうした細かい問題をどこまで詰めるかは、今後、説明責任を果たす上で必要と思われる線を決めていただくしかない。監査委員はあくまで基準に基づいて監査するので、それ以上は踏み込めない点もある。

政務調査費については、一時期、だいぶその問題について報道がなされていたが、あれからどうなったのだろう。どこかの地方議会ではマンガ代が入っていたり、その他もろもろひどい話があった。

ただ、少なくとも鳥取県については、現在、1円単位の領収書を公開し、議会事務局と監査委員のチェックが入っているから、かなり透明度が高いと思われる。

このたびオンブズマンに指摘される前段階で、かなりの間違いはチェックして修正済みだった。

しかし、一方で思うことは、あまり細かくしすぎると、事務コストやチェックにかかる時間がかかりすぎ、かえって税の無駄にもつながる。

ほどほどのバランスに落ち着かせるのも、監査委員の仕事だと思っている。

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2008年11月17日 (月)

片山前知事の講演を聞く

金曜日は、全国監査委員協議会連合会(全監連)の総会が東京・新宿であり、日帰りで上京。

私は全監連というものに初めて出席したわけだが、たまたま今年の講演者は、片山善博・前鳥取県知事(現慶応大学教授)だった。

片山前知事の地方自治論は、とてもわかりやすかった。「地方自治の自立」という一本の筋が通っており、相変わらずの歯に衣着せぬ表現は、爽快でもあった。

片山さんというのは、頭がいいだけの人ではなくて、信念の人だと思う。地方が自立するために必要なことは何かを徹底して考えておられるので、なるほどと唸らされることが多い。

そして、元官僚らしからぬ、普通の市民感覚のある人だと思う。例えば、税の無駄遣いということに関して、普通の人が思う常識的な感覚を決して外さないところが、知事時代に支持率が高かった理由だろう。

この週末は、子供の世話に明け暮れた。といっても、生まれたばかりの次男ではなく、もうすぐ2歳になる長男の方。次男へのジェラシーに手を焼いているが、これはまた機会があれば書く。

昨日、注目の「G20」(金融サミット)があったようだが、特に目新しい話は無かったようで、むしろ失望を買ったようだ。そういう意味で、今日の株価がどうなるかは興味深い。

私はこの金融サミットで、新しい世界秩序が作り直される画期的なものが飛び出てくるのかと思ったが、そういうものは特になかったようだ。

フランスのサルコジ大統領は、「このサミットは画期的なものになる」と会見していたから、気がつかないところで何か新しい仕掛けが為されていたのかもしれない。

しかし、日本はあくまで「ドルの基軸体制の維持」を訴えたわけで、改めて対米従属ぶりを発揮したのだが、逆に第二次大戦の前から日本とアメリカには何らかの密約があるのだろうという疑いはますます深まった感がある。

日本はアメリカにコテンパンにやられた報復として、ここでアメリカを“金融敗戦”追い込むことをしてもよいはずだ。しかし、それを絶対にしないところを見ると、単に貿易上の利益があるという理由以外にも、表向きは「対米従属」だが、裏では日米でしっかり利益を分け合おうという動きがあるものではないかと思われた。

「天皇の金塊」に書かれていたように、日本はアメリカと密約して敗戦に追い込まれ、戦後に莫大な富を築いたわけで、その大きな歴史上の流れは今も続いているということなのだろうか。

そういう意味では、論文が問題となって航空幕僚長を更迭された田母神氏は考えがまだまだ浅い。日本はアメリカに嵌められて、濡れ衣を着せられたのではなく、アメリカとグルになって日本を敗戦させ、濡れ衣を着たフリをして、その後の利益をむさぼったということになろう。

今回の金融サミットで、アメリカとの縁を切りたくないのは、お金が無くて困っているアメリカではなく、実は日本の方だということがバレたとも思える。

日本には目に見えにくい、生き残りのための戦略があるのだと思う。

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2008年11月14日 (金)

きれいな海と仕事

昨日は監査委員の仕事で、午前中は鳥取市内の外郭団体へ。午後からは県中部へ移動し、別の外郭団体へ。

ここ数日、鳥取県地方はとても天気がよい。すっきりと晴れ渡った青空に、きれいな海を見ていると、仕事をする気が失せてくる。

平和な気持ちになり、監査という「批判」を加えることを目的とした商売も、何となく矛先が鈍る。そこは何とか気を取り直して頑張るのだが・・・。

気候とか自然環境というのは、あるいは街の風景とうのは、少なからず仕事の士気に影響すると、私は感じることがある。

例えば東京のように、人が大勢いるところでは、自然と“サバイバル”を意識してしまうが、鳥取県のような人が少なく、自然豊かな場所では、ガツガツした気持ちは消え失せていく。

南国と北国では気持ちの張りが違うように、大都市と田舎でも気持ちの張りが違う。

そういう意味では、都市と地方の経済格差を単純に中央集権構造に求めるのは早計だと思う。風土というものが影響することは少なからずあるだろう。

東京的な手法を手本に、「もっとこうすればいいのに」と思うことは多々あるが、なかなかそうならないのは、「そこまでガツガツする必要はない」と、心の奥底で感じているものがあるからだろう。

「そんなことしなくたって平和だし、食べるものは旨いし、何の不自由があろうか」と思えば、それ以上、良くしていこうという動機付けに欠ける。

都会の公園などで見かけるホームレスなど、ちょっとサボれば、あっと間に転落するであろうことを、暗黙のうちに示唆してくれる都会の風景とは全く違う。

ここ数日、東西の移動で本当に美しい海を見た。海にかかる見事なまでの虹(レインボー)も見た。

鳥取県を無理に都市化させる必要はない。もちろん、誰もそんなことは思っていないと思うけど、都会地での議論と地方での議論は違って当然のこともあるわけで、そんなことも意識しながら、仕事を進めて行きたいと思っている。

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2008年11月12日 (水)

米子にサッカースタジアムを作る話

昨日は、午前中に鳥取市内のお客様のところへ。午後から、監査委員の仕事で鳥取県庁へ。

最近、とある方から、米子にサッカースタジアムを作る具体的な構想についてご説明を受けた。

Dsc01178 建設予定候補地は、米子城址のふもと、現在の湊山球場のある位置だ。

この場所について米子市は、米子城の遺構を発掘しながら史跡公園を作る構想を示しているが、私はもう少し議論が必要だと思う。

国の史跡指定を受けて、補助金でやってしまおうとい意図も含めて理解できなくもないが、すぐそばに湊山公園(錦公園)もあるわけで、近いところに公園を2つも作る必要性が感じられない。

仮に補助金がたくさんつくとしても、それは国民の税金である。地元のお金じゃないからといって有利・不利を論じるのもどうかと思う。

たとえコンセプトの違う「史跡公園」だったとしても、今さら米子で歴史といわれてもなあ、という感じがするのだ。

松江市がお城を中心とする観光でにぎわっていることに、少しでもあやかりたいとでも思っているのだろうか。

明治維新のころ、お城を存続させようと街の人たちが取り壊しを阻止したのが松江。商売人が安値で買い取って風呂のまきにしてしまったのが米子。

これは、歴史を重んじてきた松江市民に対し、進取の気性にあふれていた米子市民の違いを表す良い例だと思う。

歴史を大切にするならば、城跡を掘り返して遺構を探すのも一つかもしれないが、進取の気性を大切にしてきた米子の歴史も大切にしなければいけない。このあたりはよく議論が必要だと思う。

市の中心にサッカースタジアムを持ってくることで、駐車場の確保はできなくなるが、それは全く問題ないと思う。

近くに鳥取大学医学部付属病院の駐車場があるから、それを一部借りる手もあるし、米子市役所からも歩いて10~15分程度だから、十分歩ける距離だ。

駅も比較的近いから、駅前通りのにぎわいにつながるし、試合が終われば飲み屋街・朝日町になだれ込むのも容易だ。

写真を見てもらえばわかるが、背後に米子城跡を見据え、とてもロケーションがいい。

なにしろ街のにぎわいに与える波及効果が大きい。史跡公園よりも初期投資が膨らんだとしても、波及効果を考えれば十分に安いはずである。

公共事業というのは、この波及効果を含めてもう少しよく考えて進めてもらいたいと思う。

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2008年10月29日 (水)

日本人の気概

昨日は、事務所で調査事案の片付け、残務整理、午後からご来客が1件など。

先日の土曜日、自民党青年部主催で参議院議員の佐藤正久さんの講演会があり、お話を聞いてきた(佐藤議員の10月25日の活動報告(26日付)をご参照ください)。

佐藤さんと言えば、“ひげの隊長”としてイラク特措法に基づく先遣隊で、サマワの復興に携わった方として有名だ。昨年の参議院選挙(比例全国区)で当選され、現在1期目。全国を駆け回っておられるという。

講演は、自衛隊時代の様々なご経験に基づいて、仕事を進めていく上での基本についてだったが、命懸けで任務を遂行してこられた佐藤議員の話に、深い感銘を受けた。

自衛隊の精鋭部隊を率いて、第一線で指揮をとってきた人物というのは、人間的にとても尊敬できる面があり、強い信念、考え抜く力、リーダーシップ、どれをとってもすばらしい。

ちなみに私の師匠も旧陸軍の士官学校卒の軍人だったが、軍人というのは一般人とは何かが違う。国を背負って立つ気概もそうだし、何かこう、凛としたものがあるのだ。

国を背負って命を懸けて任務を遂行している隊員たちには、当然のことながら家族がいる。イラクへ出発するときは、どの家族もみんな泣いていたという話や、そういう隊員たちの家族を見て、「全員、絶対に生きて帰ってくる」と深く心に誓った佐藤隊長の信念には強い感動を覚えた。

困難な局面では、「考えて、考えて、考え抜く」ことが大事だおっしゃっていたが、同時に「日本人は追い込まれると、とてつもない力を発揮する民族だ」という話にも感心し、なるほどと思った。

確かに日本は2000年の歴史の中で、様々な国難を受けてきた。そのたびに跳ね返してここまできたわけだが、追い詰められて、そこから考えて、考えて、考え抜くことで難局を切り抜けてき。これは経営にも言えることだと思う。

もう一つ、イラクでは20年以上前の日本人の現地での活動に対する良い評価が残っていたという話も興味深かった。20年以上前のイラクでは、民間企業がインフラの整備など、様々な活動をしていたわけだが、そのときの日本人の良い印象が、今回の自衛隊のサマワでの活動を助けたというのだ。

確かに80年代までは、日本はイランやイラクで様々な開発支援活動をしていた。その後、イランイラク戦争や、湾岸戦争などで、日本の民間企業の多くは撤退したが、日本が整備した様々なインフラは、きっと現地の人たちに大いに役に立ってきたのだろう。

日本人の先輩が残した遺産ということになろうが、私たちの世代も、後世にどんな良い遺産が残せるか、しっかり考えないといけないと思った。

佐藤議員の話に、背筋を伸ばされる思いがした。

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2008年10月23日 (木)

今年も母校へ行ってきた

今朝は久しぶりの雨。このところずっと晴天が続いていたから、たまにはいいだろう。

この時期の山陰地方は、全国的にも一番日照時間が長いのだという。年平均の日照時間は太平洋側とさほど変わらないは、この時期に稼いでいるのだと思われる。

そして例年通り、今年もこの季節、山陰地方の日照時間は全国的に一番長いほうだったようだ。

さて、昨日は、午前中に8月決算会社の税務申告書の作成等。午後からは、母校の米子東高にて、総合学習の講師。

昨年に引き続き、公認会計士や税理士がどんな仕事をしているのかについて、総合学習の中でOBとして話をする機会を持った。

昨年は話したいことがたくさんあって、時間が不足気味だったが、今年はある程度、話の的を絞り、できるだけわかりやすく話すことを心がけた。

公認会計士は、世の中でかかわる人の範囲が狭いため、一般にはなかなか知られていない職業だ。私とて高校時代には、仕事の内容をほとんど理解できなかった。

見たことも会ったこともないのに、理解してくださいという方が難しい話だ。だから、もし、私の話がわかりにくかったとすれば、それは私の責任である。

それでも話を終えてから、生徒さんに「私も公認会計士を目指そうかと思う」と感想をもらってうれしかった。なるかならないかは別としても、ビジネスの基礎知識として会計を学んでおくことはとても意味のあることだと思う。

また、終わってからの質疑の中では、「壁にぶつかったことは?」という質問があった。

仕事の中で壁にぶつかったことはほとんどないが、なんといっても国家試験の受験勉強のときに、一番の苦難を味わった。

大学4年生のときの受験は、それなりに努力したつもりだったが、結果的に試験に落ちた。1日12時間くらい勉強したこともあったし、これ以上努力するのは、精神的にきついと思った。

そこでなんとか開き直って翌年の試験を目指したが、勉強に集中できない日が続いたりして、人生の中で一番暗黒の時代だったと思う。

まさに浜田省吾の「19のままさ」じゃないけれど、「受験日はそこまで来てるのに、何にも手につかず・・・」という感じも味わった。

でも、卒業の年に何とか受かって、目の前が大きく開けた。仕事についてからは本当に良い経験ばかりを積むことができて、壁という壁にはぶつかっていない。

辛くて暗い受験時代があったから、仕事が楽しくてしかたがなかった。強いて挙げれば、独立した後、仕事が少なくて年収ダウンした時期が壁だったと思う。

でもやっぱり受験時代の苦労を思えば、仕事ができる今というのは幸せだと思っている。

生徒たちに話をしながら、自分自身が初心に帰ることができたのもまた、昨日の収穫だった。

仕事ができる幸せをかみしめて、これからもがんばっていきたいと思う。

ちなみに、浜田省吾の歌に出会ったのも受験時代だった。専門学校のある水道橋駅の近くの喫茶店でふと耳にした音楽が浜田省吾だった。

深く心に染みたのを覚えている。

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2008年10月22日 (水)

したたか日本

昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは事務所に御来客、その他、8月決算法人の税務申告書等の作成など。

アメリカ発の金融危機は、小康を保っているが、危機が去ったわけではなく、これからさらに大きな事件が起こる可能性がある。

11月の大統領選挙でオバマ氏が当選し、政権交代した場合、これまでの共和党の政策が否定され、どんな政策転換をするかわからない。

日本はアフガン戦争のための資金援助を求められているようで、オバマはイラクからは撤退しても、アフガンはやると言っているようだ。

この金融危機に際し、戦争をやる金などないはずだが、なるほど日本に出させるということなら帳尻は合うというものか。

このたびの金融危機に際し、あまり言われないことだが、アメリカにお金を貸し続けてきたのは、まぎれもなく日本である。日本は金利を極端に下げ、円キャリー取引によってアメリカが日本からお金を借りやすいようにお膳立てした。

これによって、アメリカの金融機関はどんどん円資金を借りて、乱脈融資を行った。しかし、これが引き金となって、アメリカは経済破綻の淵に追い込まれた。

鳥取県出身の田村耕太郎参議院議員は、これについて「アメリカ金融危機の原因は日本にも責任がある」とご自身のブログで述べられているが、私はちょっと違う見方を思い浮かべている。

ここからは私の“陰謀論”になるが、超低金利によってアメリカ金融機関の円キャリートレードを誘い、結果としてアメリカが破綻の淵に追い込まれたのは、日本政府の陰謀だったのではないか?ということだ。

円の低金利は、アメリカからの命令だと言われていて、日本をまるでATMのように使いまくったのがアメリカだった。

しかし、使いまくった結果、アメリカ経済は破綻の淵に追い込まれた。圧力に屈したふりをしてお金を貸しまくった日本の政府日銀は、実はこうなることを予想していたのではないだろうか?

実体のない財産に貸しまくればバブルが起きることは、日本で“実験済み”だ。無法者アメリカを懲らしめるため、アメリカの要求に応じたふりをして、実はアメリカ経済を破綻させてやろうという意図が日本の政府・日銀になかったかどうか。

もちろん、「意図があった」とは口が裂けても言えまい。しかし、結果としてアメリカを破綻の淵に追いやった日本のインテリジェンスというのは、実はすごいのではないかと私は思っている。

結果論かもしれないが、アメリカがアフガン戦争をやるもやらないも日本政府の意思決定は重要なキーファクターの一つになっている。

北朝鮮の拉致問題では梯子をはずされた日本だが、それを逆手にアメリカにNOとも言えるし、YESと言って何らかの見返りを要求することもできる。

北朝鮮情報なら日本政府も決して知らなかったわけではなかろう。それをあえて「アメリカに裏切られた」という世論を作ることに成功しているところを見ると、何か別の作為があったのかもしれない。

しかし、これくらいのインテリジェンスがないと、国家は2000年も存続しない。大昔から中国という大国の圧力に屈しないよう、「負けたふりをして勝つ」という日本のお家芸とも言える生き残り戦術がここでも炸裂したのだろう。

そんな仮説を持ちながら、これからの展開を見ていくとおもしろいかもしれない。日本はなかなかの戦略国家だと、改めて思う。

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2008年10月21日 (火)

年金特別便が来た

昨日は、事務所で原稿書き、8月決算会社の税務申告書等の作成など。

“ねんきん特別便”が私にも来た。私の友人にはすでに届いている人がいて、「間違いがあった」なんて話も聞いているので、私の年金記録がどうなっているか、少々心配していた。

というのも、私は20歳で国民年金に加入して以来、就職と退職を二回づつやっているので、そのたびに切り替えをしたため、間違いが起きている可能性があるなと予想していたのだ。

ちなみに私の友人は、就職してから一度も転職などしていないのに、間違いが見つかったとのこと。どこをどうやって間違ったのか知らないが、ましてや就職と退職を繰り返してきた私の年金記録に間違いがあっても何ら不思議ではないと思っていた。

封を開いて中身を読んでみると、まったく間違いはなかった。ちょっとほっとした。だいたい、間違っていたことを社会保険事務所に申し出ること自体が余計な手間だ。それがなかっただけでもよかったと思った。

Dsc01156_4 年金特別便の表紙には、舛添大臣の直筆署名が大きく印刷されてた。別にワープロの印字で十分だと思うが、毛筆で派手に署名が描かれているのを見ると、この特別便を利用して、自分の名前を全国に売ろうという魂胆が見え隠れする。

参議院全国区で当選しているだけに、そういう意図がないわけではないだろう、と穿ってみてしまう。

「ねんきん」と、やたら平仮名で書くのもあまり好きじゃない。漢字が読めないとでも思っているのだろうか、「ゆうちょ」などもそうだが、庶民を小馬鹿にしたような扱いに感じてしまう。

ところで、私たちの年金は一体どうなるのかという疑問を多くの人々が抱いたことがあると思う。

一つ言えることは、仮に年金原資が足りないとした場合、「国民年金」(一階建て部分)はある程度、給付水準を維持すると思われるが、「厚生年金」(二階建て部分)は真っ先に給付水準を減らされるだろう、という予測が成り立つと思う。

なぜなら、自営業者や学生、フリーターが加入する国民年金は、すでに未納付が多数発生している状況で、さらに年金給付を減らすとなると、より一層未納付が増えることが確実だからだ。

それに対して厚生年金は、会社が給与天引きするので、未納が起こりにくい。ここで帳尻を合わすであろうことは、想像に難くない。

ただ、国民年金だけけでは生活できないと思われ、いずれにしても私の世代は、もはや年金に頼って老後設計をすることなどできないと覚悟しており、一生懸命働くしかないなと思っているところだ。

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2008年10月20日 (月)

19のころ

金曜日は、午前中から午後にかけて監査の仕事。夕方は、顧問先を訪問。

土曜日は、公認会計士協会の研修で東京へ。会場は、お茶の水の中央大学記念館。なつかしい母校の施設である。

ここは、会計士補の時代に2年間の研修を受けた場所としても思い出深いが、初めて訪れたのは大学1年生のときの学園祭。19のときだった。

ただし、学園祭のために訪れたのではなく、八王子のキャンパスが学園祭で使えなかったため、公認会計士受験のための課外授業を場所を移して、講義を受けるために訪れたのだった。

思えば勉強漬けの学生生活で、学園祭にすら参加する暇がないほどだった。久しぶりに記念館に行って、そんな19のころを思い出した。

土曜日の研修には、思いがけず師匠である川北博先生に出会った。なんと、師匠は休日返上で勉強しに来られていたのだった。

80歳を超えてなお、若い人に混じって新しい知識を吸収されようとするその姿に、改めて驚かされた。ちなみに、その師匠に初めて出会ったのも19のときだった。

師匠は、ご自身が19の時に陸軍士官学校を卒業し大東亜戦争に出兵し、国を背負って戦っていた。その話にショックを受け、「遊んじゃいられない」と思ったのが私の19のときだった。

同じ19歳でも時代が違えば、まったく違うものだと思わされたが、「目前の豊穣に酔うてはならぬ」が師匠の教えだった。事実、今の日本は80年代まで見られた“豊穣”がどんどん失われている。

あのとき、目前の豊穣に酔っていたら、今の自分はない。豊かさを維持するのがいかに大変か、何も知らない19の若者にとって、寸鉄の教えだったと思う。

たまたま土曜日は、米子空港への往復の車の中で、浜田省吾を聴いていた。「19のままさ」という歌が好きで、その曲だけはリピートして聴いていた。

今でも目を閉じれば19のままの自分がいる。そのころに人間形成の基礎が出来上がっていたのかもしれないと、改めて浜田省吾の歌を聴いて、そう感じた。

19のころを思い出しながら記念館をあとにした。

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2008年10月14日 (火)

冬がくる前に

金曜日は、午前中に鳥取県庁で監査委員の仕事。午後から鳥取市内のお客様のところへ訪問2件。夜は、そのお客様のところで懇親会。

すっかり寒くなった。「まだ、夏の終わり」なんて思っていたから、長袖シャツ一枚で過ごしていたらとても寒くて、今朝、あわててトレーナーとフリースを出してきた。

もう冬のはじまりなんだと実感した。

人間というのは、頭を切り替えないと体がついていかない。体だけは冬の気配を感じて寒さを認識していたが、頭が「夏の終わり」という認識だったため、下手をすれば風邪をひくところだった。

世界の経済が大混乱に陥っている今はきっと、時代の大きな転換点にあるのだろう。週末にビジネス雑誌や読書などをしていて、そういうことを実感していた。

例えば、今、百貨店という業態が大苦戦している。何でも揃う大型スーパーも売上が減少している。

代わってユニクロやヤマダ電気など、それぞれのカテゴリーに特化して、コストパフォーマンスを高めた業態がうまくいっている。

高島屋も阪神・阪急と経営統合するようだが、小売業全体が大きな時代の転換にある。

そうしたことがしっかし認識され、新しい時代に対応していかないと、経営というのは厳しくくなるのだろう。

「夏が終わって秋が深まり冬になる」ということをしっかり認識し、それに備えるということが大切なのだと思う。

週末に米子の商店街のとあるお店に買い物に出かけた。相変わらず商店街は人通りが少なかったけど、そのお店は昔からしっかり商売をされている。

古くなればなったなりのたたずまいというものがある。何より、客をおもてなしていただく姿勢がここちよい。

少しずつだけど、こうした小さなお店が再び脚光を浴びる日が近づいているような気がした。

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2008年10月 7日 (火)

新たな気持ちで7年目

昨日は、公認会計士協会の非営利法人委員会が本部であり、日帰りで東京に行ってきた。

今日は私の事務所の開業6周年の日なのだが、東京を離れて早くも6年が経ったことに少し驚きを感じている。気がつけば、東京のいろいろな風景が懐かしく感じられるようになっていた。

昨日は、羽田空港到着後、委員会の開始時間まで少し時間があったので、東京時代にお世話になった先輩税理士の事務所を訪問した。

飯田橋にある先輩税理士の事務所のそばには、あずさ監査法人のビルがあった。約12年前、わけもわからず、当時の朝日監査法人の就職試験を受けに行ったが、落とされた。これも今は懐かしい思い出だ。

そのあとすぐに実は第一志望だった太田昭和(今の新日本)に拾われて5年、その後、師匠の税理士事務所で1年、合計6年間、東京で仕事をした。

税理士事務所時代の1年は短かったけれど、ものすごいたくさんのことを勉強し、とても濃い1年だった。

そのときに大変お世話になり、私の仕事の手本となっていただいた方が、昨日訪れた先輩税理士になる。あいかわらずよく勉強していらっしゃって、刺激になった。

委員会が終わってから、飛行機の時間まで余裕があったので、有楽町から銀座、新橋へと歩いてみた。

監査法人時代は、このあたりのスポットが買い物や食事、飲みのメインだったが、昨日、訪れて一番の変化といえば、街に中国人がたくさんいたということだろう。

ピンクのパンツ姿の女性など、ほぼ間違いなく中国人だと思うのだが、中国人の購買力がますます上がっていることを実感した。

新橋の駅近くにこの夏オープンした鳥取県のアンテナショップを見に行ったあと、SL広場の方へ行き、夕食をとった。

「カツヤ」というカツ丼やロースカツ定食を売っている店があり、そこでカツ丼を食べたのだが、これがうまかった。この安さでこの味は、なかなかないと思った。

ちなみに店のスタッフは全員中国人だった。とても手際よく、カツに衣をつけて、揚げていた。若い中国人ががんばっていると、こちらもがんばらなきゃと思う。

安さの秘密は人件費を抑えているということもあるかもしれないし、輸入物だということもあるかもしれないのだが、旨ければそれでいいと思った。

東京で一人暮らしをしているときは、節約ばかりの受験生時代をすごしたことあり、何でも食べて生きてやろうという気持ちが強かった。コンビニ弁当、松屋の牛メシ、マック、その他ジャンクフード、何でも食べた。

昨日は、新橋で中国人の揚げたカツ丼を食べて、なんとなく当時のハングリーな気持ちが思い出されてきた。

東京というのは不思議な街だ。この街では、「働かざるもの食うべからず」が徹底しているように思う。誰も助けてくれないし、人をハングリーにしてくれる。

というわけで、昨夜はハングリーな気持ちを思い出しながら、最終便で米子に帰ってきた。

今日から、私の事務所は開業7年目に入る。ついに東京で過ごした6年よりも米子での仕事の期間が長くなることになる。

ハングリーな気持ちを忘れず、そして、新たな気持ちで7年目を頑張りたい。

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2008年9月22日 (月)

なつかしい風景

金曜日は、午前中に事務所で調べものなど。午後から、県の監査委員の仕事で県庁へ。夕方、事務所に帰着して、残務整理。

休日に、自転車に息子を乗せて、近所を散歩することが増えてきた。

私の住む米子市皆生は、昭和60年の鳥取国体開催を機に作られた国道431号線の開通によって、この20年ほど、劇的に変わった地域として知られる。

「皆生」(かいけ)という地名も、人口が増えたのだろう、何年か前に住所表示が「皆生」「皆生温泉」「皆生新田」の3つに区分けされた。

労災病院の近く、皆生新田は、昔は雑木林の中にぽつんと家が点在するだけで、何もないところだったのに、今や住宅街と化している。

昔の面影はほとんどなく、病院や公園などを眺めながら、昔の風景を心の中で思い出すのが精一杯だ。

クルマに乗るようになって、めったに近所の路地に入ることがなくなってしまったが、自転車での散歩はそうした忘れかけていた近所の風景を心の中で思い出させてくれる。

それとともに、国土交通省の運営する「空中写真」のサイトは、昔の風景を思い出すのに役に立つ。

何の目的でこんな写真を保存していたのかわからないが、家の近所を写した昭和50年ごろの風景が全国どこでも見られるようになっている。

しばらくなつかしさで見入ってしまう。

きっと、息子は息子で今の米子を原風景として心にとどめることだろう。

30年後くらいにどうなっているかわからないけど、これまでの30年のような劇的な変化というのはもうないのではないだろうかと思っている。

むしろ、市街地で進んでいる「衰退」というものが、郊外にも及んでくるのではないだろうか、なんて想像したりしているが、どうなることだろう。

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2008年9月12日 (金)

税務調査

昨日は午前中に顧問先を訪問。午後から7月決算会社の税務申告書等の作成。その後、別の顧問先を訪問。

昨日のローカルニュースで、米子市内のある税理士が脱税容疑で起訴されたというものがあった。

「米子 税理士 脱税」で検索かけて、私のブログにたどり着いた方がいらっしゃったようですが、脱税したのは私ではありませんのでよろしく頼みます(苦笑)。

日本海新聞には実名が載っていなかったので、脱税容疑で起訴されたのが誰なのかわからないという方も結構いらっしゃるようですが、読売新聞のローカル面には実名が載っていますので、上の検索ワードでお調べになってください。

ちなみに容疑については裁判で争う姿勢もあるということなので、事態の推移を見守りたいと思います。

税理士の脱税というのは全国的にも決して珍しいわけではないが、言うなれば警察が盗みを犯すようなものであり、私自身は十分注意しているつもりです。

何より、「容疑」だけでもお客様に迷惑をかけることになるので、その点は重々注意したいと思っている。

「米子 税理士 脱税」というキーワードをグーグルで検索をかけると、確かに私のブログも出てきた。

2年前に書いた記事だが、税務調査に関する記事だ。

今読み返すと、稚拙な文章に見えて恥ずかしいのだけど、ブログを書くということはそういうことであり、自分が成長した跡なのだと思って仕方ないと思わないといけない。

もちろん、私の税務調査に関する基本姿勢は変わらない。

具体的なことは一切書けないけれど、顧問先の方々にいろいろと感謝されていることを思えば、決して間違っていないのだと思う。

まじめに正攻法で行くことしか自分にはできないが、実はそれが最高の対策だろうと思っている。

秋は税務調査の季節。どんな調査がきても万全の体制でお客様をサポートしていく所存だ。

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2008年9月 8日 (月)

政治の世界

金曜日は午前中、午後とも顧問先を訪問。

土曜日には鳥取県選出の参議院議員・田村耕太郎氏と「語る会」に出席。

総裁選で騒がしい自民党の内側の話や、世界経済の見通しなど、ホットな情報を聞くことができた。

マスコミの報道の仕方を見ていると、このたびの自民党総裁選によるマスコミジャックは必ずしも機能していないように思う。

街頭インタビューで市民が「福田さんは無責任だ」とか「一度政権交代する必要がある」などというコメントをやたらと流すということは、自民党に今回は勝たせないという暗黙の了解があるように思われる。

仮に公明党が自民とたもとを分かつようなことがあれば、それで終わり。衆参のねじれは民主党単独か民主党と他党との連立政権で解消される。

田村耕太郎議員は、政府系ファンドの創設のための事務局長として奔走されているが、興味深いのは壁になるのは官僚よりも官僚を擁護する“族議員”の存在だということだ。

それほど自民党と官僚のずぶずぶの関係というのは、解消するのが難しいということなのだろう。

ということは、理屈として、政権交代以外に壁を破る方法はない、ということになる。

地方で今、自民党支持層が民主へ流れていっているのは、自民党を支持していても食えなくなってきたからだ。

その動きが加速されれば、こないだの参議院選挙のように民主が勝つかもしれない。

もちろん民主党政権になれば食えるかというとそうではなく、いずれにしても経済的に自立できるような自助努力を経営者たちはしていかないといけないと思う。

私としては、自民だ、民主だ、というよりも、田村さんのように時代に合った政策を正しいタイミングで出してきた政治家がきちんと活動できるような政治であってほしいと思っている。

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2008年9月 1日 (月)

地産地消

金曜日は午前中に顧問先を訪問。6月決算会社の税務申告に関する業務は完了した。

午後からは事務所で残務整理。夕方に、中海テレビの打ち合わせ。

日曜日は中海テレビの収録。市議討論は、今回で56回目とのこと。途中で選挙などがあって中断した月もあったが、番組が始まって5年が経った。

いろいろと大変なこともあるのだけど、よく続いていると思う。

もともと地方の政治番組としてスタートしたと思っていたが、何かこう、生活情報番組のような雰囲気があり、それは視聴者にとっては良いのかもしれないが、私にとっては正直、物足りないところでもあるのだ。

たとえば、昨日のテーマは「地産地消と食の安全」がテーマだったが、昨今の食品偽装事件や毒入りギョーザ事件などで、食の安全に対する関心が高まっているところで、タイムリーなテーマではあったと思う。

しかし、地産地消というのは本来、地域で生産した農産物等を地域で消費することによって、農家に基礎的な消費基盤を継続的に提供し、もって農業振興をはかるという意図があった。

食の安全を確認しやすいというメリットは最近になってクローズアップされているが、地域の農業生産力を強くするという観点も忘れちゃいけない。

だから、地産地消ができるようになったら、当然、地産外消に移して農家の所得を増やすことを政治は考えないといけない。

こういう重要な政治課題まで番組の中で踏み込んでもらえないのが、私にとっては物足りないが、視聴者にとっては身近な話題を扱うという意味で、それはそれで良いのかもしれない。

まあ、そんな感じで5年がすぎた。

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2008年8月21日 (木)

日本の女性

昨日も県の監査委員の仕事で鳥取県庁へ。夕方、米子に戻って、公認会計士協会の会合に出席。

オリンピックはすでに大会も終盤に近づいているようだが、日本勢に関して言えば、女子の活躍が目立つものの、男子は水泳の北島などを除くと、期待を下回る成績が目立つ。

昨日の女子のソフトボールは、延長の末、オーストラリアに勝ったが、男子の野球は延長の末、アメリカに惨敗した。

柔道もレスリングも、バレーボールもサッカーも、女子のほうが成績がよかった。

日本の女子選手の活躍を見ると、率直に「すごいなあ」と思ってしまう。

政治やビジネスの世界では、日本女性の地位の低さが言われて久しい。

例えば政治家の人数や、企業における幹部社員の人数などで比較して、日本は女性の社会進出が遅れているという国際的なデータがよく出される。

こうしたデータをもって、日本は遅れた国だと、進歩的な論者は言うが、私はそうは思わない。

政治家にしても企業の幹部にしても、家に帰ると妻に頭の上がらない男は多い。

私もだんだんそうなりつつあるような気がするが(苦笑)、表面的なデータだけで日本女性の地位を低く見るのはやめたほうがいい。

スポーツの世界が証明しているうように、表に出したら日本女性はいくらでも世界と対等i以上に戦う。

実に頼もしい限りだ。

やはり日本は女性が支えているんだなあ、という感慨を私は捨てることができない。

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2008年8月19日 (火)

大山黒牛

昨日は県の監査委員の仕事で鳥取県庁へ。夕方、事務所に帰着し、残務整理。

その後、とある会合で、大山黒牛を食する会に参加。県内ではかなりの有名人である西田畜産の代表、西田様とご一緒させていただき、絶品の大山黒牛を味あわせてもらった。

全国的には、いわゆる”霜降り”が和牛の高級ブランドの特徴としては有名だが、西田さんが育てる大山黒牛は、赤身の部分の旨さに特徴がある。

肉が本当に好きな人なら、むしろ程よく赤身の多い肉に肉の本当の旨さを感じてもらえるだろう。

とろけるような霜降りの和牛よりも、最低限の歯ごたえを残したバランスのよい和牛は、この大山黒牛の特徴だ。

西田様によると、今後、この絶品和牛の量産体制を整え、県内及び首都圏などに売り込んでいくそうだ。

和牛に関しては、従来からの霜降り一辺倒の評価から、徐々にこうした赤身のうまみを重視した肉らしい肉に評価が傾きつつあるという。

西田様が育てる大山黒牛は、まさに鳥取県の畜産の期待の星といえる。

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2008年8月 7日 (木)

感謝の気持ちを持つ

昨日は、県の監査委員の仕事で県庁へ。仕事が遅くなったため、そのまま鳥取市内のホテルに宿泊して、今朝はホテルからこのブログを書いています。

そして、今日も朝から県庁に出かけて監査委員の仕事。

ときどき、このブログを読んでくださる方から「いつも忙しいですね」と声をかけていただくことがあります。ありがとうございます。

ただ、私の中では大したことはないと思っています。強いて言えば、忙しさはちょうどいいくらいで、忙しすぎず、暇すぎず、いいペースだと思っています。

まだまだキャパはありますが、少しずつ地固めをしたいと思っていますので、この程度がちょうどよいと思っています。

また、米子からクルマで片道2時間の鳥取市へ来ることが多いので、「大変ですね」といわれることもありますが、これもどうということはありません。

かつて、私は出張族で年間100日以上出張していましたから、そのときに体と精神を鍛えてもらいました。

そのときの経験から言えば、鳥取県内で日帰りで対応できる仕事はありがたいというほかありません。喜んで仕事させていただきます。

鳥取県の公認会計士は現在10名しかおらず、そのうち7人が米子市で鳥取市は2名しかいません。県庁所在地にほとんどいないという、珍しいパターンです。

しかし、こうした偏在もいずれは解消されると思っています。だから私は鳥取市内で仕事ができるうちはしっかりやっておこうという気持ちがあります。

私のように後発で始めた会計事務所はどんな仕事でも引き受けて、一つ一つ着実に実績を作っていく必要があると思っています。

そして、皆様の信頼を築き上げながら、事務所の土台を構築していかないといけないのです。

人はつい自分の置かれた環境を厳しいと思ってしまいがちですが、自分よりも厳しい環境なんていくらでもあるわけで、常に現状に感謝しながらやっていくことが大事だと思っています。

そういう気持ちを忘れたときに、気がつくと傲慢になっていたりして、お客様が離れていくのだろうと思います。

そういう自戒の気持ちを持ちながら、やっていかないといけないと思っています。

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2008年8月 6日 (水)

川の怖さ

昨日は県の監査委員の仕事で県庁へ。

今朝は涼しかった。今日の予想最高気温は30度。

これくらいがかつての夏の標準だろう。

ここ数日続いた、36度、37度なんていうのがこれからの標準になるとしたらちょっとうんざりだ。

夏といえば、海水浴や川遊びだが、県庁の河川管理のプロの方に、川の怖さについて話を聞く機会があった。

昔は川といえば「怖いもの」という認識があったが、最近は河川管理が行き届き、いつのまにかそうした認識がなくなってしまったが必ずしもそうではない、ということだ。

水害を防ぐために堤防を作るなどの河川管理をしているわけだが、それによって安心を得られた代わりに川に対する基本的な認識が薄らいでしまえば、新たな被害を招きかねない。

神戸の事故は本当に気の毒なことだけど、川というのは本来は怖いものだという。

普段は穏やかな表情を見せていても、大雨が降れば急に濁流が押し寄せてくることもありうる。

特に日本の川は急流が多いので、気象条件による急な変化には気をつける必要がある。

大きな川になると、表層部分の流れと、底流部分の流れとでスピードが違うこともよくある。

「足をとられる」なんていうのは、そういう状況があるからだろう。

河川管理としては、一応10年に一度の大雨に備えることになっているが、それとて予想しきれるものではないので、最後は川に対する基本的な認識がものをいう。

川遊びというのは子供にとっては楽しいもので、私にもよい思い出があるのだけれど、一方で危険もあるということは、どんなに河川管理が行き届いたとしても頭の片隅には入れておきたいものだ。

ちなみに夏になると海水浴客がよく沖に流される事故が起きる。

鳥取県の海水浴場の中には、遠浅できれいなところも多いが、そういう海は波が回って、いわゆる離岸流が発生しやすい。

離岸流に逆らって岸にむかって泳ごうとするのは、遊園地のスライダープールで流れと逆方向に泳ごうとするようなもので、体力を消耗し、危険な状況に陥ってしまう。

ちょっとした知識で海や川の怖さというものを頭の片隅に入れておくことで、楽しい遊びが成り立つのだと思う。

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2008年8月 5日 (火)

商売は戦いだ

昨日は、午前中に知人のご尊父様の葬儀に出席。午後からは顧問先を訪問。

昨日、市内のガソリン高騰について書いたが、その後、県内をクルマで走っていると中にはレギュラー1L「178円」なんて看板も出ていた。

ガソリン価格が上がったため、ガソリン消費が落ち込んでおり、すでに過酷な競争が始まっているものと思われる。

消費が落ち込んでいる証拠かもしれないが、ガソリンスタンドではスタッフの方が満タンも満タン、目一杯ガソリンを入れてくるようで、給油してからかなり走ったが、なかなか満タンの表示からガソリンが減らない(苦笑)。

いろいろな業界が苦境に立たされているが、つくづく商売とは戦いだな、と思うのである。

まず、気持ちで絶対負けたらダメだ。

どんな競争になろうとも「俺はタフだ」と自分に言い聞かせ、気持ちで相手に負けないことが大切だ。

そして、ライバルとの知略の戦いでもあり、いかに自分のところにお客さんを振り向かせるか、しのぎを削ることになる。

「戦い」という言葉を嫌う人も当然いるが、これは捉え方の問題であって、私みたいに安穏と過ごしがちな人間は、自分を奮い立たせるためにも戦いの気持ちを忘れないようにしたいのでこの言葉を使う。

このご時勢に「178円」なんていう価格は、ある意味で勝負を掛けていると思う。

同業者には嫌われるだろうし、自分の利益を削ってでもお客さんの数を確保したいという意気込みが見て取れる価格表示だ。

“業界の秩序”だとか、いろいろあるようだけれど、もうそんなことは言っていられない状況なのかもしれない。

消耗戦に入っているが、負けないでほしいと思う。

誰に言っているわけではないが、がんばっている人にそう言いたい。

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2008年8月 4日 (月)

ガソリン高騰

金曜日は午前中に事務所で残務整理。ご来客が2件。午後からは顧問先を訪問。

ガソリンが高騰している。米子市内のレギュラーは187円(セルフ)など、だいたいその辺りに価格が引き上げられた。

全国では190円台も出ているというから、ハイオクになると200円を超える価格も出ているということだ。

私のようにハイオクを使わなければいけないドライバーにとっては、ついに大台に乗ったか、という印象だ。

NYの原油価格は下落傾向にあるので、もうそろそろ天井かと思うが、価格転嫁はタイミングが少し遅れるようだし、すでに小売店によっては価格転嫁しきれていないところもあるようで、下がるスピードは速くないだろう。

それにしてもなにかこう、世の中の前提が変わってきているように思う。

地方の生活にクルマは必需品で、どこへ行くにもクルマを使う、というのも自然と見直す動きが出てきている。

あれだけ騒がれた道路特定財源の議論は、まったく聞かれなくなったが、場合によっては地方においても道路建設より、特定財源を廃止したほうがありがたいという人もずいぶん増えたのではないだろうか。

なるべく公共交通を使うという人もあるだろう。そうしたらJR山陰線のダイヤをもっと充実してほしいという意見がでてもいいと思う。

議論の前提が変われば結論も変わってくるはずだ。

商売の前提も変わってくる。移動手段にクルマを使っている人は、確実にコストアップしているはずだ。それを価格に転嫁できる会社は、ほとんどないと思う。

前提が変わったので、見直し後のコストで経営計画を作り直さないといけない。

変化に対応するということは、ある意味で不自由な生き方かもしれないし、人によっては主体性を損なわれると感じるかもしれない。

ただ、生き残っていくという前提に立てば、社会情勢の変化を柔軟に取り込まないと、自分は変わらなくてもお客さんが変わってしまう。

何かと考えさせられるガソリンの高騰だ。

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2008年7月30日 (水)

努力が報われない道

昨日は県の監査委員の仕事で県庁へ。

ちょうどよい時間のJRが無く、久しぶりにクルマで県庁へ行った。

鳥取市内は朝方の豪雨の影響か、市内に入る手前でクルマの流れが悪くなり、危うく遅刻しそうになった。

やっぱり2時間かかった。

国道9号というのは、努力が報われない道だと思う。

急ごうと思ってどこかの片側2車線で追い越しを掛けても、すぐ片側1車線になり、追い越したはずのクルマに追いつかれる。

1車線になると、抜け道もほとんどないから、先頭の遅いクルマに合わせてダラダラと走ることになる。

そういうことがわかっているから、最近はあまり急がない。

昔は北条バイバスの追い越し可能エリアで、対向車にぶつかる恐怖を味わいながら、一生懸命追い越しをかけていたこともあった。

しかし、今はほとんどやらなくなった。

ときどき急いで追い越しを掛けてくるクルマを見かけると、「(急いでもそのうち追いつくよ)」と心の中で呼びかけてやる。

すると案の定、追い越していったクルマに追いついてしまう。

今でも抜かれるのは悔しいと思ってしまう。だけど、抜かれても抜き返してやろうとは思わなくなった。

事故だけは起こしたくないし、スピード違反で捕まりたくもない。

抜かれる悔しさよりも、捕まる悔しさの方がはるかに大きいから、しょうもないリスクは犯さないことにしている。

「丸くなる」とはこういうことなのかと、しみじみ思っているところだ。

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2008年7月28日 (月)

第一次産業

金曜日は午前中に5月決算会社の税務申告書の作成など。午後からは、顧問先を2件訪問し、夕方は中海テレビの打ち合わせ。

昨日の日曜日は中海テレビの収録。県議熱中討論のテーマは、漁業と農業について。

燃料高騰で「出漁すれば赤字」の状態となった境港の水産業の話を中心に、第一次産業の課題について討論した。

緊急の対策はもちろんだが、中長期的に第一次産業が競争力を持つための政策も必要だ。

いろいろな問題を話し合っているうちに、地域の問題はやがて国の政策の問題に突き当たってしまう。

確かにその通りで、国がもう少し第一次産業をしっかり育てていこうという意思がなければ、地域でできることは限られる。

しかし、ちょうど今、WTOの貿易交渉がまとまりつつあるところだが、日本はまた譲歩を迫られたようである。輸入作物への関税をさらに引き下げられることで合意しそうな雰囲気である。

安い外国産の農産物や魚が日本に入ってくれば、日本の農業・漁業は太刀打ちできない。

国の政策の問題というのは、そういう点も大きいのだが、よく考えれば難しい問題でもある。

工業製品の輸出で豊かになった日本だが、その代わりに農産物の輸入を受け入れてきた。もし、農産物の輸入自由化を拒めば、場合によっては工業製品の輸出も控えることが必要になるかもしれない。

少々、豊かさを放棄してでも一次産業を保護するべきか、結論は簡単ではない。

部分だけを考えれば答えが出る問題であっても、全体を考えるとなかなか困難だと思う問題である。

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2008年7月25日 (金)

街の文化を守れるか

昨日は、午前中に出雲市内の顧問先を訪問。

午後からは松江市内で、ある業界団体向けの講演の講師。テーマは「財務がわかれば会社がわかる」。

財務という仕事を会社経営にいかに活かしていくかという視点で約1時間ほど話をさせていただいた。

午前中の仕事が終わってから、昼食をとるために、6月21日にオープンしたばかりの夢タウン出雲へ行って来た。

山陰最大級のショッピングセンターということで、確かに噂に違わぬ広大な売り場だった。とても30分やそこらで周り切ることはできなかったが、平日の昼間ということもあってか客の入りは少なかったように思えた。

すでにジャスコの鳥取店を見ているので、特に驚きはなかったが、ジャスコよりも庶民的な雰囲気を出していたと思う。裏を返せば高級化のある作りではないという印象だった。

それにしてもこんな巨大なショッピングセンターを作って、出雲市内の商店はどうなるのだろうと思う。

ただ、ガソリン高の影響はこうした大型店への来店客数を少なくしているようで、日吉津のジャスコも来店客がかなり減っているという話だ。

今年の秋には、ジャスコの日吉津店も巨大化してリニューアルオープンする。松江サティも増床工事にかかっているようだ。

まちづくり三法改正前の駆け込み認可で、山陰は新規、増床オープンラッシュだ。

巨大店舗で何でも揃うということは便利でいいかもしれないが、街を構成している商業地が衰退すれば、街の文化が廃れる。米子はすでにそれを味わった。

今さら何を言ってもしょうがないが、当初よりきちんとした都市計画があれば、もう少し節操のある都市開発ができたことと思う。

ただ、お堅い土地柄の出雲に関しては、こうした巨大スーパーが本当に受け入れられるか見ものだ。

何でも古いものを大切にし、松江以上に自らの文化的基盤に誇りをもってきた出雲市民は、もしかしたらこういう巨大スーパーを受け入れない可能性もなくはない。

私は日本の文化を作ってきた出雲文化には尊敬の念を抱いている。

文化のパワーが勝つか、資本主義のパワーが勝つか。

注目しているところだ。

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2008年7月24日 (木)

ドラマの影響

昨日は、県の監査委員の仕事で県庁へ。夕方、事務所に帰着して、残務整理。

ドラマの影響というのは大きいのだなと実感している。

NHKドラマ「監査法人」を見た人が、私の周りに結構いらっしゃって、公認会計士の仕事というものに対する認識をもってもらうことに役立ったと思う。

公認会計士の大半の仕事は、企業または自治体などの組織を相手にし、しかも対応してくださる方は、経理や総務など、組織内のごく一部の方にすぎないから、どんな仕事をしているのか知られる機会がない。

この点、税理士なら税金という普段からなじみのあるものを扱う仕事だと思ってもらえるし、医師であれば産まれたときから関わるので、説明不要なところがある。

しかし、公認会計士というのは、監査という仕事が一般の人には理解されにくいし、外部からチェックしにいくという点で、税務調査のように嫌がられることもなくはない。

ドラマを通して、これを見た人が、少なからず公認会計士の仕事に認識をもってもらったことはとてもありがたいと思っている。

ところが、おもしろいことに、当の公認会計士たちは必ずしもそう思っているとは限らないようで、細かい描写に至るまで「あれは違う」「これも違う」などとドラマの間違い探しをしてしまう者までいるようだ。

今月は、東京、名古屋の出張で公認会計士の集まりに出席したものだから、その集まりで会計士たちが会話しているのを聞いていてわかったことだ。

普段から、監査という仕事のなかで何か間違いがないかチェックしているから、ついドラマを見て、「あんなことは言わない」だの、しまいには「あれが仕事とおもわれちゃ困る」などと言ってしまうのだ。

ちょっと笑える話だ。そんなチェックを入れてどうする。

悲しい性(さが)だと思うけど、仕方がないこともある。それでメシを食っているのだから。

せめて自分はそうなりたくないと、気をつけたいと思う。

細かい話はどうでもいい。むしろ、ドラマの影響で、公認会計士の仕事についての認識が広まったことを私はうれしく思っている。

言葉でいくら説明しても理解してもらいにくいことも、ドラマ化するだけでこれだけわかりやすくなるのだから、ドラマの影響力というものはすごいのだと改めて思った。

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2008年7月23日 (水)

夏バテ予防

昨日は事務所で5月決算会社の税務申告書の作成など。

暑い日に、「暑いっ!」と言ってみてもしょうがないのだが、昨日もまた暑かった。

もうすぐ1歳8ヶ月になる息子が、親が「暑い、暑い」と言うものだから、「あちっ、あちっ」と真似して言う。

最近、いろいろな言葉を真似して言うようになった息子だが、必ずしも真似して欲しくない言葉だ。

夏バテを予防するためには、睡眠をしっかりとることだと思い、昨晩は子供の寝かしつけがてらに10時に寝た。

ふと夜中に目が覚め、「(よく寝たなあ。もうすぐ夜明けかな?)」と思って時計を見ると、まだ2時だった。

早く寝すぎたと思った。

そこから寝られなくなり、いつも通り朝6時に目が覚めたときは、なんだかすっきりしなかった。

寝るのには体力がいるという。

子供は10時間くらい平気で連続して寝るけれど、大人になると睡眠は短く、細切れになりがちだ。

とはいえ、暑い夏は日中、起きているだけでも暑さで体力を消耗する。

睡眠をできるだけしっかりとることで夏バテを防ぎ、しっかり働けるようにしたい。

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2008年7月18日 (金)

みそかつはうまい

昨日は朝から名古屋駅上のマリオット・アソシアホテルで、公認会計士協会の研究大会があった。

今朝の日経新聞によると、会計基準の国際化への対応などが注目されていたようだけど、私が出席した研究発表は、公会計や政治資金監査などの分野。それでも結構な人が参加していた。

午後の後半には、トヨタ自動車取締役相談役の奥田碩氏の記念講演があった。講演のテーマは「日本経済の課題と環境問題」。

私としては、この記念講演が一つの目玉でとても楽しみにしていたのだが、奥田氏は講演の冒頭に少しだけ雑談をした後は、用意された原稿をほとんど棒読みするだけで講演は終わった。

講演の途中で、「(まさかこのまま読み上げて終わるつもりじゃないよな。どこかで切り上げて面白い話を聞かせてくれるんだよな)」と期待をしていたが、結局最後まで原稿を読み上げ、「ご静聴ありがとうございました」となった。

まさかと思ったけど、いやあ、さすがは世界のトヨタのトップだ。原稿はおそらく優秀な部下が作成したものだろう。経済の課題や環境問題について、抜け目なく論点がちりばめられていた。

しかし、あまりに単調な話し方で、居眠りしている人が続出していた。私もさすがに途中で眠たくなった。単調な話し方には、催眠効果があるのだ。

ほとんど顔を上げることなく原稿を棒読みし、声も小さく聞き取りづらく、聴衆を楽しませようなんて発想はまったく感じられなかったが、出てくるだけでもありがたがられるのだから大したものだ。

御礼の言葉を述べられた公認会計士協会の副会長は、「すばらしい講演でした」と絶賛されたが、いろいろな講演を聴いてきた私にとっては、こんなのでもみんな絶賛してくれるのだから、トヨタのトップというのはさすがだなと、逆に感心した。

1時間の講演をもらったら、どうやって聞く人に硬いテーマを楽しんでもらおうかあれこれ考えている私にとって、奥田氏のように「トヨタのトップ」という肩書き一つで原稿を棒読みするだけで何十万という講演料がもらえるのはうらやましい。

印象に残ったのは、「環境問題に対応することが日本企業の競争力を維持することになる」ということや、「環境対応で世界に原発を200基作る計画があるが、リスクが高く無理だ」と発言したことなど。

原発メーカーに環境社会での主導権を渡したくないという気持ちがうかがえたが、ちょっとうがちすぎだろうか。

まあ、いろいろな意味で勉強になった。

最後になるが、私が出張でよく名古屋を訪れていた当時、名古屋名物の「みそかつ」というのがあまり口に合わなかった印象をもっていた。ちょっと独特な感じがしていたのだ。

Dsc01082_2 昨日の帰り、新幹線のホームの売店でせっかく名古屋に来たのだからと、みそかつとエビフライの駅弁を買ってみた。

これが実にうまかった。

みそかつってこんなにうまかったかなあ、と味を見直した。

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2008年7月17日 (木)

名古屋

昨日は、午前中に5月決算会社の税務申告書等の作成。午後からは、名古屋出張。

約7年ぶりの名古屋。監査法人時代は年間30日くらい名古屋に出張していたが、退職後はまったく行く機会がなかった。

名古屋駅上のマリオットホテルや、駅前のミッドランドスクエアなど、高層ビルが立ち並び、風景はすっかり変わっていた。

昨夜は、監査法人時代の同僚と会食。いろいろと情報交換させてもらった。

今日はこれから公認会計士協会の研究大会がある。

つかの間の名古屋出張を楽しみたい。

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2008年7月14日 (月)

靖国神社

金曜日は公認会計士協会の委員会に出席するため東京・市ヶ谷の公認会計士会館へ。

会議の開始前に30分ほど時間があったため、すぐ近くの靖国神社へ参拝した。

前々から少し時間があれば寄ってみようと思っていただけに、念願がかなった。

Dsc01072 九段下の駅から靖国神社へ向かうと、とても大きな社が見えてきた(写真上)。

神社は13日に開かれた「みたま祭り」の準備中で、境内を歩くと両サイドに寄付者の名前が書かれたちょうちんがたくさん並んでいた(写真中)。

Dsc01073 その数の多さにも驚かされた。ちょうちんの名前の中には、「○○遺族会」だとか、「陸軍○○連隊」(おそらく生存者の方のものだろう)と書かれたものもあり、今でもこうして英霊の供養を欠かさずしているのだろうということが容易に推察された。

Dsc01074 そして、本殿の手前の拝殿(写真下)に到着し、二礼二拍手一礼で参拝を果たした。

境内にはところどころに戦争に行って没した兵士の遺言などが掲示されており、遺族の気持ちや出兵する兵士の無念を思うと読むだけで胸がジーンとした。

また、境内に植樹された木には、植樹した人の名前が記されていたりするのだが、中には「○○と○○の母」などというものもあり、戦争で2人の息子を失ったのであろう母親の無念の思いが伝わってきて、また胸が熱くなった。

時間があれば遊就館にも足を伸ばそうと思ったが、通り過ぎるだけの時間しかなかったので今回はあきらめた。

靖国神社を参拝してみて今でも約60年前の戦争の深い傷跡が日本には残っていることを実感した。

また、こうした戦没者の犠牲のもとに現代の繁栄があるかと思うと、もっと現代人は気合を入れてがんばらないと申し訳ないとい気持ちにもなる。

今の日本には様々な問題はあるが、約60年前に靖国の英霊たちが味わった苦労を思えば、もっとがんばって切り抜けないといけないと思わされる。

仕事に向かう前のほんのつかの間の時間だったが、良い気持ちの切り替えができたと思う。

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2008年7月 9日 (水)

低炭素革命

昨日は、朝から鳥取市へ行き、東部総合事務所で監査委員の仕事。

今、北海道で行われているサミットのテーマは、環境問題だそうだ。

しかし、環境問題にはいろいろなものがあって、中には怪しいものもたくさんある。

何でもかんでも「環境」だ、「エコ」だと言っておけば良いとばかりに、余計と思われる環境保護活動に巻き込まれたりする経験は、誰しもあると思う。

理屈で考えればおかしな運動も、「環境問題だから」といわれれば断れない雰囲気さえある。

割り箸だとかレジ袋なんかがそうだ。

例えば米子市では、レジ袋をもらわなくても、専用のゴミ袋をわざわざお金を出して買わなければならないので、レジ袋削減によるゴミの削減を相殺してしまっている。

これでは市民の負担が増えただけだろう。

割り箸にしても、間伐材を有効活用していたところ、割り箸が環境によくないという世論が増えて日本で作れなくなり、中国から輸入しているというおかしな話もある。

ところで今回のサミットでは「低炭素革命」というキーワードが出されている。

昭和48年ごろの石油危機のころに「省エネ革命」を実現した日本が、今度はCO2をなるべく出さない社会を作る「低炭素革命」という手段でこのたびの原油高騰を乗り切るという政策らしい。

日本は他の先進国に比べれば十分に環境に配慮した技術や政策を進めてきたわけであり、これからの世界的な環境問題の進展においてはリードできる立場にある。

そこで、この低炭素社会の実現に向けて、政府や企業を巻き込んだ大掛かりな動きが進むことが予想される。

それが地球環境に対して本当に良いかどうかは後にならないとわからないこともあるだろうけど、そういうテーマで産業をひっぱっていくという点には注目が必要だと思う。

環境問題というのは、純粋な活動もあるだろうが、われわれがメシを食うために政策的に推し進める戦略も含む問題だと捉えればわかりやすい。

怪しげなものの中から本物を見抜く力が必要だと思う。

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2008年7月 8日 (火)

長引く不景気

梅雨も明けたということで、昨日から背景を変えてみました。暑い夏がやってきたようなので、少しでも涼しげな背景をと思い、選んでみました。今後ともご愛顧ください。

昨日は、午前中に事務所で仕事の資料作り。午後からは顧問先を訪問し、決算に関する打ち合わせなど。

今日のタイトル、「長引く不景気」というのも実に暗いタイトルだ。

しかし、いろいろな会社の経営者と話をしていると、鳥取県の経済が日増しに厳しさを増しているように感じてしまう。

一部に好調な業種はあるものの、当地の経済の基礎となってきた公共事業は厳しく、それが様々な業種に影響を及ぼしているように思う。

大手スーパーだって例外ではない。郊外型のジャスコなどはガソリン高で、客足が遠のいているという話もある。ちょっとした買い物なら、みんな近所のスーパーで済ませてしまうのだ。

公共事業が減る8月までに、さらに倒産件数が増えるのではないかという憶測も一部にはあるようだ。

長引く不景気に、本気で転業を考えている経営者も少なくない。しかし、何に転ずるかはとても難しい。

農業は大きな期待があるものの、転業してすぐに利益が出るわけではない。土を耕し、種をまき、収穫が上がるようになるまでかなり時間がかかる。

それでも選択肢の一つとして有力案であることには間違いないが、事前の準備をしっかり行うことが重要だ。

私は、公共事業という政府の果たしてきた利益の再配分機能が衰えたことで、金融市場に利益がシフトしていると考えてきた。

だからこその株式投資であり、それは金融市場に集まった利益を奪いに行くことでもある。そして、昨年までは理屈どおりずっと勝ち続けてきた。

しかし、同じ金融市場の中でも商品市場の過熱が思った以上に進み、昨年後半から思うように勝てなくなった。

金融市場の利益を奪いに行くには、情報武装が欠かせないわけだが、個人レベルで入手できる情報には限りがあり、限界を感じているのも事実。

今であれば、過熱する商品市場からもう一度、株式市場に資金が流入するタイミングはどこかを探ることが必要な情報であるが、容易に入手し、分析することはできない。

やっぱり地道にこつこつと収入を得る手段も合わせて持っておかないと、リスクが高まってしまう。

何かいい手立てはないものか。

この問いがとても切実に感じられる今日このごろである。

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2008年7月 4日 (金)

教育からはじめる

昨日は県の監査委員の仕事で県東部の施設を訪問。

いろいろな仕事を通じ、いろいろな人と出会い、いろいろな話をする中で、あらゆる問題の根源がどこにあるのか、少しずつわかってきたように思う。

いろいろなところで教育というものが根底から崩れているように感じる。教育こそがあらゆる問題を根底から解決する力を持つが、あらゆる面で基盤が崩れかかっている印象を受ける。

そういうようなことを私が偉そうに言う権利などないだろう。もちろんそれはわかっているが、誰も言わないなら私が言わないといけないし、同じ問題意識を持つ人を発言することによって探していかないといけない。

わかっている人はすでに行動している。トヨタ自動車はすでに自前の学校を作って、未来を担う子供たちを育てている。

都会では、すでに公立校の人気はなく、私立校が人気である。公立は国(文科省)の政策に縛られ、地域で独自に改革していく機運が芽生えない。地域の教育は地域で考えるよう分権するだけでも改革になると思う。

今、世界のいろいろな仕組みをつくってリードしているユダヤ人にしても、やはり教育というものを一番重要視している。

時間はかかるけど、本当に問題解決を図ろうとするならば、教育から手をつけないといけないだろう。

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2008年7月 3日 (木)

監査という仕事

昨日は、鳥取県監査委員の仕事で、西部、中部の各施設を訪問した。

監査という仕事は、監査対象となる組織から報酬を頂きながら、その組織に対して批判的に意見を述べていく仕事なので、難しいと思うときがある。

難しいという意味は、「報酬を頂いているから批判しにくい」のではなく、「何も言わないときのほうが喜ばれる」ことが多いので難しいのだ。

つまり、批判するために報酬をもらっているはずなのに、何も批判しないときのほうが、監査を受ける側からすれば何事もなく終わるわけで喜ばれてしまうことがあるという点が難しいと思うところだ。

しかし、良い企業ほど、「もっとしっかり見てください」とか、「厳しい意見でも、小さなことでもいいから何でも言って下さい」と積極的な要望を頂く。

こういう会社というのはすごいと思う。支払うコストに対して最大限のパフォーマンスを求めるわけだし、外部の人間からの批判を建設的に改善につなげるきっかけにしようとする姿勢が現れているからだ。

ただ、そういう組織というのは必ずしも多くない。

県の監査の場合は、報酬の出所は“税金”ということになるので、納税者(=県民)に代わって県の事業が有用かチェックすることになる。

よくあることだが、例えば訪問した先に母校の先輩がいたりする。あるいは知り合いがいたりする。

でも、一切、心を動かさないことに決めている。何があっても同じ気持ちで挑むよう決めている。

プロとしての仕事を試されているような気もして、何があってもしっかりやろうと決めている。

良い批判は建設的な改善を導くことができる。

そういうことを目指して頑張っていきたいと思っている。

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2008年6月27日 (金)

農業の可能性

昨日は午前中に鳥取県監査委員の仕事で関金町にある県立施設へ出かけ、午後からは米子に戻って顧問先の株主総会に出席。

県の監査委員として、各所を回っているうちにだんだんと気づいてきたことがあるが、教育と農業、福祉の3分野に関しては、政策が二転三転することもあり、現場が混乱している節がなくもない。

中でも農業分野に関しては、鳥取県の場合、豊かな自然を活かせる分野でもあり、もっと改革のスピードを上げていかなければいけないのに、なかなか進んでいないのが現状だ。

例えば、農家の高齢化と後継者不足が問題になっているが、若者の中には農業に就きたいというものも少なくないのに、いかんせん就職口が少なく、ミスマッチが起きている。

農業がまだ“家業”であるため、息子が継がない限り、後継者不足となってしまうのだ。

国の政策はすでに変わっている。農林水産省は「21世紀農政」というビジョンを作り、国際競争力の強化や自給率のアップを目指す方向に舵を切っている。

対応が遅れているのは県などの自治体とJAなどだろう。これらが参入障壁をなくす努力をして、大規模化を図らなければ問題解決にならない。

産業技術の分野では、先端企業と地場の中小企業とでは大きな技術格差が着いているので、簡単に追いつける分野ではない。

しかし、農業分野は鳥取県の豊かな自然を活かせることもあり、全国に比して決して劣るわけではないので、十分競争力をつけていける。加えて人手が必要な仕事だから、雇用対策にもなる。

県の幹部は口を開けば「なかなか難しくて・・・」とか「国の政策が悪いので・・・」といわれるが、やる気の問題だろう。

最終的にはトップの決意の問題だとは思うけれど、こうした重要な分野での改革がきちんと進んでいるか、しっかりチェックしていきたいと思う。

追伸

今朝は熱も下がり、風邪は治ったようです。ご心配いただきありがとうございました。

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2008年6月25日 (水)

公立病院

昨日は、午前中に5月決算会社の税務申告書の作成等。午後からは鳥取県庁で県立病院運営評議会に出席。

公立病院の運営は、地域住民への福祉を果たす役割と、一方で医業として採算をとらなければならない面と両方あり、難しい問題が多い。

病院側に最大限の努力を促しながら、県費による負担をいかに軽減するかが問われているが、人口の少ない地域では患者数にも限りがあり、コスト減で採算を合わせようとすれば、高度な医療は提供できなくなる。

難しい問題はいろいろあるけど、一生懸命知恵を絞っていかないといけないと思う。

ところで私は、昨日の朝からのどが痛くなったしまった。息子が夏風邪にかかり、熱を出していたのだが、それがうつってしまったようだ。

昨晩からは熱も出て、今朝もまだ下がらない。

息子は最近、外出する機会が増え、いろいろな人ごみの中に出ることが多くなった。

私の友人たちの子供を見ていても、保育園や幼稚園に通うようになると必ずといっていいくらいみんなすぐに風邪をひく。

小さい子供は免疫がないから、あっという間にウィルスに感染する。そしてそれが親や家族にうつる。

我が息子はまだ保育園や幼稚園には通っていないが、子育て支援のイベントなどに最近はよく行っているようで、おそらくそうした中で風邪をもらってきたのだろう。

もう一つ、最近は梅雨の合間で、急に蒸し暑くなったり涼しくなったり気温の変化が激しい。そういうことも子供の体調に影響したのかもしれない。

風邪を引きながら丈夫になっていくとはいえ、私にうつす必要はなかろうに(苦笑)。

子供経由で風邪を引く友人も多いが、「子供から移された風邪はひどい」というのも本当らしい。

これからもこういうことがあるのかと思うと、ちょっと気が重くなるのであった。

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2008年6月23日 (月)

教育を語る

金曜日は事務所で一日中、調べものをしたり勉強をしたり。

日曜日に中海テレビの市議討論の収録。テーマは「教育」。

教育ほど重要で、だけど難しいテーマはないと思っているが、番組ではいろいろとよい意見が出てきてよかったと思う。

米子市の教育基本指針には、「挨拶」や「家庭学習」など、本来、家庭できちんとやるべき話も「学校教育」の中に入っている。本当はこれはおかしいことだ。

おかしいけれど、それを学校でやらなければならない現実に、今の教育問題のポイントがあると思う。

昨今、児童・生徒のあいだで問題になっている裏掲示板などの問題も、「情報モラル」の問題として教育指針に入っているが、やはりこれも家庭で親が教えるべきことだと思う。

昔から家庭でどんなテレビを見せて、どんなテレビを見せていけないか、あるいはテレビの内容で不適切なものがあれば、大人が教えてやるなどということは家庭の問題である。

情報が氾濫していくペースに昔の親たちがついていけなかった現実はあったと思う。現代におけるネットについても同様で、ネット情報にどんなものがあるのか、そのスピードに親が気がついていない可能性は高い。

しかし、子供がどんな問題に巻き込まれ、あるいは加害者になりかねないかということは親がもっと把握しておかないといけないことだと思う。

というように今の学校では、本来、親が教えなければいけないことも学校で抱え、その上にやっと「基礎学力の向上」など学校が本来担うべき役割がようやく入ってくるのである。

この実状は、よく知っておいたほうがよい。

都会では、結局、こうしたしつけからやらなければならない公立学校の人気は低下し、私学が上位に来ている現実がある。

塾が繁盛するのもゆとり教育の影響で基礎学力低下を心配する親の意向が働いている。

そうしてみると、子供の学力格差は、学校でつくのではなく家庭ですでに決まってしまうともいえる。

番組を通じて学校教育の問題を議論するうちに、教育の基本は家庭にありということを実感した。

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2008年6月11日 (水)

本間教授の講演

昨日は午前中に顧問先を訪問。決算に関する打ち合わせ。

午後からは高橋経営研究所主催の講演会を聞きにいった。講師は関西社会経済研究所所長の本間正明所長。

本間氏は小泉内閣時代の経済財政諮問会議の民間議員、安倍内閣時代には政府税調の会長を務めていた方。残念ながら議員宿舎にまつわるスキャンダルで会長を辞任された。

演題は「わが国の経済財政運営の今後の課題」だった。最初のうちは、大学の講義を聞くようで退屈だったが、後半になってから具体的な話が出てきて、それなりに面白かった。

日本の景気は下降局面に入っていること。外国人が日本のマーケットを高く評価していないこと。日本の社会の低賃金化が進み、リスク許容度が下がっていること。などを現状として説明された。

私は、もし質問の機会が与えられたら「なぜ、あなたは財務省の謀略にかけられ、政府税調会長の座を追われたのか?」と尋ねようかと思っていた(半分冗談だが)。

しかし、本間教授は私が質問するまでもなく、講演の中で「日本の法人税率を下げる必要を訴えたことが財務省の逆鱗に触れたようだ」と話された。

なるほど、財務省は今、消費税増税のキャンペーンに躍起になっているところ。日本の財政赤字を理由に一生懸命、マスコミや族議員を動員して増税の一大キャンペーンを張っているのに、お膝元の税調会長が減税を打ち出せば、これほど都合の悪いことはない。

そこで、昔からわかっていた本間教授のプライベート事情を逆手にとって、議員宿舎に住まわっていた氏のスキャンダルとしてマスコミにリーク。本間教授は失職せざるを得なくなった、ということなのだろう。

財務省はこういうことをしているから、国民から支持が得られないのだろう。日銀総裁人事にしても、こういう事件の怨恨が遠巻きに働いているかもしれない。

仮に自民党の中の有力者と民主党の小沢氏が裏で結託すれば、衆参ねじれを利用していくらでも官僚の横暴をけん制できる。今の政界には、財務省を筆頭とする官僚支配に対する不満が鬱積しているとも聞く。

いろいろな話の中では、大阪府の現状についても話された。リーダーが変われば地域が変わる可能性があるということのようだ。

大阪府の橋下知事の改革は全国に広がる可能性があるという。日本の再生はきっと、地方から起こるのだろうと思った。

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2008年6月 6日 (金)

教育現場

梅雨も間近ということで、背景を変えてみました。

昨日も監査委員の仕事で一日中、鳥取県西部の県立施設を訪問し、ヒアリングをしていた。事務所に帰着後は顧問先へ出かけ、決算の打ち合わせ。

昨日は主として県立高校を初めとする教育施設を訪問した。それぞれの学校が皆、独自のカラーを出そうと努力している姿が見て取れた。

時代によって教育関係者の抱える悩みは変わっている。例えば、「最近の学生はおとなしい」などという悩みは、解決策が見出しにくい。

これだけ豊かな時代になって、しかも子供の数も減れば特に競争する必要性もなくなるし、子供にしたって何のために働くのかわからなくなることだってあるだろう。

これが昔のように「豊かになりたい」という希望を人々が持ち、しかもベビーブームやらで子供の数が多ければ、必然的に競争社会を意識せざるを得ない。

しかし、地方の経済は確実に貧しくなっている。今までのように行かなくなっていることにどれだけの生徒や先生が気がついているかはわからない。

また、「進学率」なんていうのも難しい問題だ。これを意識しているのは学校の先生と卒業生(OB)だろう。

自分の卒業した学校の生徒が良い成績を残せばOBにとっては誇りに思うし、生徒たちが良い進学実績を残せば先生にとっても鼻が高いだろう。

しかし、当の生徒たちがそんなことを意識して勉強するとは思えないし、妙なプレッシャーに感じるかもしれない。

特に今は新しい時代に入って、「学歴」というものの価値が急速に落ちてきているように思う。大学が社会の変化について行けていない面が一番大きいと思うが、良い大学を出た人の情けない行動なども大卒の価値を急速に落としている。

タクシーに乗って運転手にビールなどを振舞われて、いい気になっている官僚のニュースを見て、「自分には関係ないニュース」だと思ったら気をつけたほうがいいと思った。上に立つものの振る舞いではないだろう。

いろいろな社会の問題が、教育現場には押し付けられている面があるので、学校の先生も真面目な先生ほど気苦労も多いことと思う。

それでも試行錯誤の中で、生徒にとってよい結果が出るようそれぞれの学校にはがんばってほしいと思った。

ちなみにユダヤ人社会では、何よりも教育の充実を重要視する。廃墟の中から、まず最初に学校を建てるのが彼らのやり方だ。

地方財政は厳しいと思うが、そのような状況下で教育予算が不当に減額されることのないよう、しっかりチェックしていきたいと思う。

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2008年6月 3日 (火)

ガイナーレの挑戦

昨日は、事務所で残務整理。調査事案の片付け、たまった雑誌の読み込みなど。

夕方、とある団体が主宰した講演会に出席。講師はガイナーレ鳥取の社長である塚野真樹氏。

今期のガイナーレはJ2への昇格を目指して戦うも、連敗が響いて一時は「昇格危うし」の声が聞こえてきた。しかし、ここへ来て3連勝で9位に浮上。

昇格条件の4位にはまだ達しないが、社長は「何とか4位以内に」と話していたので、今後の戦いには期待したいところ。

数字的にはまだ期待が持てるが、これから暑い季節を迎えて本当のサバイバルが始まると思う。

昇格条件にはいくつかのハードルがあるようだが、観客動員(1試合あたり3000人)は着実に底上げがなされてクリアしそうな勢いだ。

しかし、「4位以内の成績」と「運営会社の財務状況」が今いちばんの心配ごとだそうで、これが実質的な昇格のハードルになると社長は話されていた。

もし私が大富豪なら、米子に1万人以上収容できるスタジアムの建設と、スター選手の獲得に力を貸したいところだが、残念ながら大富豪ではない。

しかし、大富豪でなくてもアルビレックス新潟の例があるので、市民や行政の盛り上がりをいかに起こしていくかもまた、大切なことだといえる。

いずれにしても、ガイナーレの挑戦はいろいろな意味で刺激になる。ぜひがんばって欲しいと思う。

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2008年5月23日 (金)

うれしい話

昨日は、午前中に顧問先を訪問、午後からは事務所で3月決算会社の税務申告書等の作成。合間に中海テレビの番組打ち合わせ。

今月の中海テレビは、米子市政討論会が米子駅の南北一体化問題等を、県議討論はお隣の島根県の県会議員をお招きして中海の水質浄化や周辺の活性化策を話し合う。ご期待ください。

先日、ある会社の社長と会食をしていたときに、うれしい話が一つあった。

その方の知り合いのご子息が公認会計士を目指しているというのだ。しかも、その理由が、私が昨年秋に母校で行った職業紹介の課外授業を聴講してのことだという。

一生懸命話をした甲斐があったというものだ。もちろん、目指すとなれば大学生活は受験一色になるだろうけれど、若いときの苦労はきっと何かに役に立つ。大いにがんばってもらいたいところだ。

私が公認会計士を目指していた時代とちがって、この業界も決してバラ色ではなくなっている。ただ、今のところ監査法人は大量募集をやめていないようであるし、常に会計・経理の知識をもった人材の求人もあるようだ。

しかし、大量合格時代に入って合格前の努力よりも、合格後の努力がより一層求められる時代になっている。もちろん、努力次第でどうにでもなる世界であることに変わりはないので、業界の魅力そのものが衰えたとは思っていない。

また、会計の知識はビジネスの基礎をなすので、公認会計士の受験をして、必ずしも公認会計士の仕事をする必要もない。基礎的な知識をベースに、いろいろなビジネスを手かげることができる。

それにしても、高校生が早めに自分の進路を決めてしまうことはとてもいいことだと思う。今は、たくさんの選択肢がありすぎて、かえって何を選んでいいのかわからない時代になっていると思う。

そのため学校の進路指導も、たくさんの選択肢を提示するのが当たり前になっていると思うし、それが教師としての役割になっているものと思われる。

しかし、自分の経験上、高校生のときに社会の何がわかるかといえば、何もわからないに等しかったので、あれやこれや選択肢を提示されてもかえって何もわからなくなると思う。

その点、実に単純に、「儲かりそう」だとか「自由業っぽい」というイメージだけ決めてしまった私は余計な“自分探し”をしなくてよかったと思っている。

人間は放っておくと“自分探し”をしてしまうものなので、それをするなとは言えないが、したところであまり意味がなかったとわかるのは後になってからだ。

もちろん、そのことが後でわかれば迷い悩むことも決して意味が無いとは言えないが・・・。

例えば医者の子が医者を目指すケースは多いと思うが、彼らには迷いがない分、早いうちから勉強に集中できる。医者の子だから成績がよいわけではなく、早くから目標を固めているから成績がよいといったほうが適切だと思う。

商売人の子が商売人になろうとする場合は、学校の勉強はあまり必要でない。読み書きそろばんができれば、あとはむしろ人間関係の構築の仕方とか、相手の心の読み方など、学校では教わらないことを実践で身に着けるのが早道だ。

いずれにしても、「迷う」より「決めてしまう」ことは、一つのコツであり、これは大人になってもいえることだ。

そういう風に進路指導すると、不親切ととられかねないので、先生は決してそうは言わないところに難しさがある。

いずれにしても、公認会計士を目指すと決めたなら、ぜひがんばってほしいと思う。

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2008年5月15日 (木)

自分をよく知ること

昨日は、県の監査委員の仕事で県中部の施設の訪問など。

監査委員の仕事は、県政をチェックするという大義があるが、自分を再発見する仕事でもあると思うことがある。

昨日、現地へ行った中で、「船上山少年自然の家」という主として小学生向けに自然体験や集団生活を学んでもらう施設があったのだが、私は24年前の小学5年生のときに学校の行事でそこへ行った記憶がある。

「規律」とか「奉仕」とか、あるいは「集団生活」などというものは、自由を愛する私が子供のころから苦手とするものであり、少年自然の家に対しては楽しい思い出を持っていなかった。

しかし、24年経った今、仕事を通じて当時を振り返るに、私は集団に居るよりも個になって自由に活動した方が力が発揮できるのではないかと気が付いたのも、こうした経験が土台にあったからかもしれないと思うのである。

つまり、自分という人間の特徴をつかむ上では貴重な経験だったと、今、気づいたのである。そうした経験を経て、その後、高校時代に意を決して、自分の力で何とかなる公認会計士になろうと思ったことに、つながったのではないかと自己分析している。

例えば、昨日、監査で行った中には、畜産試験場という施設があった。牛の遺伝子研究などを通じて良質な和牛を生産するための研究施設なのだが、研究内容の説明書類の中には、元素記号が出てきたり、私が一番苦手としていた化学の分野の話が出てきて正直、難しいと感じた。

高校時代に化学の授業にはまったく興味が沸かず、成績も上がらず、自然と文系に進んだ私にとって、今回の仕事の通じて研究の内容を読んだだけで、目がくらんでしまったことをうけ、皮肉にも私が高校時代に下した判断は間違っていなかったと再認識できたのだ。

人には得意・不得意がある。不得意分野で頑張ることはモチベーションが続かないが、得意分野なら努力しなくてもすいすい頑張れることもある。

人生で成功をしようと思えば、まず自分を知ることが何より大切なわけだが、学校時代にいろいろな体験を通じ、苦手なことを含めて自分を知ったことが、実はとても大事なことだったのだと、今になって気付いた。

学校時代に少年自然の家に行って規律や集団生活が苦痛に思えたことも、化学の授業がさっぱり理解できなかったことも、実は重要な経験だったことが今の仕事を通じてよくわかった。

若いときは、何事も経験なのだと実感した。

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2008年5月14日 (水)

ドイツ車

昨日は、事務所で3月決算会社の申告書の作成など。

クルマの車検がやってきた。購入して3年経つが、エンジンはますます快調。乗るほどに味が出てくるドイツ車らしく、私の体の一部のように動いてくれるようになった。

フォルクスワーゲンのゴルフは、ドイツでは大衆車に位置づけられるが日本車のテイストとは明らかに違う作りになっている。

日本車から乗り換えた人にとって、第一印象はとにかく「ハンドルが重い」ということではないだろうか。最初は運転しにくくてしょうがないのだが、しばらくするとこれがちょうどよくなるから不思議なものだ。

そして、やがては自分の思い描いたとおりにカーブを切れるようになる。しばらくしてコーナーリングを思い通りに曲がるのが病みつきになった。

日本車の場合は、ハンドルに“遊び”が多く、パワステがよくきいているので、初めて乗ったときでも戸惑いなく乗れるのだが、ワーゲンから乗り換えるとこの遊びの多さがかえって不安定に感じてしまう。

この車検の間、同じくワーゲンのベントを代車としてを借りているが、これは今のゴルフよりももっとハンドルが重い。おそらく10年以上前のモデルと思われるが、パワステオイルがなくなっているのではないかと思うほどだ。

しかし、これまた不思議なことに、しばらく乗っていると、このハンドルの重さがだんだん体になじんできて、だんだんちょうど良くなってくるから不思議なものだ。

どちらも慣れればどうということはないのだが、ワーゲンと日本車の決定的な違いを挙げるとすれば、一番にハンドルの安定性が挙げられるだろう。

今のゴルフには10年は乗りたいと思っているが、維持費については日本車に分があるのは間違いない。今回の車検も、今、増えてきたガソリンスタンドの安い車検などが受けられないし、やはりディーラーに持ち込まないといけないところがあり、車検を安く済ませることは難しい。

エンジンもハイオク仕様なので、このガソリン高騰の時代には、リッター170円以上もするとなると、「次は日本車にしようか」と思ってしまう。

あれこれ迷うこともまた、車選びの面白さ。買い換えるのはまだまだ先の話なので、じっくり考えようと思っているところだ。

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2008年5月13日 (火)

平井知事がテレビ出演

昨日は午前中に事務所で3月決算会社の税務申告書等の作成。午後から顧問先に行って決算に関する打ち合わせなど。

帰宅して、子供を風呂に入れたあと、たまたまテレビをつけてみるとTVタックルに平井鳥取県知事が出演していた。テーマは道路問題などについだった。

鳥取県はご存知の通り、全国的にも高速道路の整備が遅れている地域であるが、これまで順番待ちをしてきてようやく鳥取県の順番になったところで、道路特定財源の問題が起きた。その点の不合理さを平井知事はテレビを通じて訴えていた。

ただ、これまでの道路建設の実態を番組で振り返ってみて思ったことは、「道路を作る」ということよりも景気対策のために「工事を配分する」という思想が強すぎ、弊害も大きくなっていたということだろう。

「工事を配分する」ということが目的化してしまうと、「どういう道路が必要か」とか、「優先順位はどうつけるか」という議論が後回しになってしまい、地元の議員の力関係などで道路予算の配分が決まってしまう。

だからかどうか知らないが、鳥取県内には山間部にきれいな道路が先について、主要なバイパスである山陰道などの整備は後になってしまった。

北海道の作りかけの道路の話もひどかった。鳥取県内にも作りかけて、予算が厳しくなったので道路建設が遅々として進まなくなった道路工事がいくつかある。

こうした道路については、昨年度まで委嘱をうけていた県の公共事業評価委員の仕事でも直面したが、工事をストップすると今までかけた多額の予算が無駄になるから、最後まで作ったほうがよいとう結論になってしまう。

こういうことではいくら予算があっても足りないし、いつになっても「必要な道路」が整備されない。なんで当初からもっとよく考えなかったのかと思う。

結局は、「道路を作る」ことよりも「工事を配分する」思想が強かったからだと、その弊害の大きさに、つくづく残念に思うのである。

番組では、平井知事が猪瀬東京都副知事と白熱した議論になったところが少しおもしろかったが、そこは調整力に長けた平井知事がうまくまとめてしまったので、さすがというべきか、あるいはもうちょっと押してもよかったとも思えた。

さらに、片山前知事もインタビューで出演していたが、あの人はさすがに「なるほど」と思わせる理論を述べていた。

道路の話は、こうした議論を通じてかなり問題点が鮮明になってきたように思う。きちんと反省して、次の世代にバトンタッチしないと禍根だけを残すことになるので、この際、膿はすべて出し切ってほしいところだ。

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2008年4月22日 (火)

80年代のヒット曲

昨日は、事務所で3月決算会社の税務申告書の作成など。

昨晩9時からスマップの番組で80年代のヒットアーティストを集めて、懐メロライブをやっていた。私にとって80年代というのは、もっとも音楽を聴いた時代でもあり、キラ星のごとくヒット曲があった。

当初は番組を見るつもりはなかったが、つい見入ってしまった。

ある音楽評論家によれば、80年代のJ-POPが一番充実していた、という評価がある。確かに華やかだったし、メロディも複雑でなくシンプルに聴ける。今の流行の音楽は、凝った音楽性でかえって聴きづらいように思うことがある。

歌唱力のあるアーティストも多かった。久保田利伸が最後に歌っていたが、やっぱり上手だったと思う。できればスマップと一緒に歌わないで、久保田だけの歌声を聴きたかった。

バービーボーイズなんていうバンドも一夜限りの復活を果たしていた。今思えば、変わった歌を歌っていたと思うがよく聴いた。

番組を見ていて、80年代というのが20年前だということに驚いた。TMネットワークのGET WILDが20年前の曲だという。

昨日、出ていなかったアーティストでも、まだまだたくさんいい歌があった。

しかし、20年という時は確実に過ぎている。

人間はそうした思い出を引きずりながらも、前を向いて生きていかないといけないものだと実感した。

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2008年4月18日 (金)

どちら様(冷汗)

昨日は、県の監査委員の仕事で朝から倉吉市内へ。夕方、事務所に帰着して残務整理。

私は職業柄、いろいろな人に出会う。人に出会うのが仕事と言ってもいいくらいだ。

しかし、出会った方の名前を覚えるのが苦手で、顔は覚えているのに名前が出てこないことがしょっちゅうある。

先日も駅でどこか見覚えのある方に出会ったが、私にはかすかな記憶しかなかった。そうしたら先方から挨拶をされた。

本当なら「大変、失礼ですが、どちら様でしたでしょうか?」と尋ねるべきだが、相手が明らかに私より年上の方だったので、その「失礼」をする勇気がなくて、「ああ、どうも。これは、これは」とごまかしてしまった。

結局、わからずじまいで別れてしまい、「(誰だったか?)」と後から気になってしょうがない。

私は地元のケーブルテレビに毎月出ているので、私の顔を知っている方からたまに挨拶をされてしまう。

「テレビで見てます」と言われれば、「ありがとうございます」ともいえるのだが、「こんにちは」とだけやられると、ついつい「ああ、どうも。これは、これは。」と返し、「(はて、どこで会った人だったか?)」と悩むことになる。

いずれにしても、私の記憶力が弱いせいであり、数々の非礼をこの場を借りてお詫びしたい。

田中角栄は名前を覚える天才だったそうだが、よく考えるとこれは「絶対、覚えてやろう」という強い気持ちが、名前を覚える工夫のようなものを角栄にもたらしたのではないかと推測する。

角栄は人を使う名人でもあったようだが、「天才」という一言で片付けないで、隠れた努力があったことに目を向けたいと思う。

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2008年4月17日 (木)

男女共同参画

昨日は朝から県の監査委員の仕事で倉吉市内へ。夕方、事務所に帰着し、残務整理。

男女共同参画という社会運動がある。国の政策でもあり、県も市町村も国に右倣えで、いろいろな政策を実施している。

しかし、「男女が・・・(中略)・・・ともに責任を担う社会」などという“美しい”理念とは裏腹に、この運動は単なるフェミニストによる女性解放運動の場と化したり、ジェンダーフリーという強烈な左翼的平等思想の啓発(洗脳)の場と化している側面が無きにしもあらずである。

能力のある女性を社会の様々な場で活かすことは、地域にとっての利益だし、ひいては国益にもつながるので、大いに取り組むべきだ。また、真面目に女性の活用を考えることは、企業にとっても必要なことである。

しかし、そうした本来あるべき活動が、フェニニストたちによる「女性解放運動」だとか「性差をなくせ」という過激な主張に利用されるようでは、社会の反発を生み、人間の理にかなっていない以上、永遠に理解されることはなく、世の中の片隅に追いやられるだけである。

こうした女性たちの運動を財務省の主税局が利用し、昨年の税制改正では配偶者控除の上乗せ部分としての「配偶者特別控除」が無くなってしまった。

「働く女性の動機付けを奪う」などというのは屁理屈であり、所得税はあくまで基礎控除や給与所得控除を超える範囲からしかとられないわけで、別に稼いだ金すべてに税金をかけらられるわけではない。

家庭で子育てに専念する女性を「メス」とかいって侮蔑する上野千鶴子氏(東大教授)のような強烈なフェミニストにまんまとしてやられたわけだが、それを財務省主税局が利用し、増税策に転換された。実にマヌケな話だ。

思想信条の自由は犯してはならないから、活動自体は自由だ。しかし、税金を使ってそれをやるとなると話は別だ。

こうした妙な思想に行政が利用されることがあってはいけない。男女共同参画事業の理念には賛同するが、やっていることが理念と整合がきちんと取れている必要がある。

外資系企業などでは、女性の活用がとてもうまく行っている例が見られる。日本の保守派ももう少し国益の観点から女性の能力をどう世の中に活かしていくか考える必要があると思う。

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2008年4月15日 (火)

気がついたら3年

昨日は事務所で調べ物や勉強など。夕方は、フィットネスクラブへ。

思いつきで始めたこのブログも、気がついたら4月10日で3年経っていた。営業日には原則、毎日書いてきたので、記事も相当数にのぼる。

ブログが流行しはじめていた当時、「とりあえずやってみよう」という軽い気持ちで始めた。自分に書く義務を課さないために、「きまぐれに書こう」という当初の意志を表し、タイトルを「気まぐれ日誌」にした。

しかし、毎朝、事務所に着いたら書く習慣がついてしまい、内容は“気まぐれ”でありながらも、かなり規則正しい習慣になってしまった。

効果としては、私の普段の活動や考え方を顧問先の方々や私の知人などにお知らせできる機会を得たことであり、いろいろな方から、「いつも会っているような気がします」といわれるのはありがたい。

デメリットとしては、実名で寄稿している分、私の意見が私の想定する範囲を超えて遠くへ伝わってしまうことだ。

私とは相容れない考えの持ち主から匿名のコメントがあって、いちいち付き合う筋合いはないだろうと思って、その方のコメントを削除したり拒否したこともあった。

世の中には、匿名の者からいわれのない非難や中傷を受け、または自らのちょっとした失言で“炎上”したりと、ブログにまつわる失敗や苦労は多いように思う。

私にもそのリスクはあるわけだが、匿名での批判というのは、基本的に受ける筋合いのものではないと思っている。発言に責任を持たず、いつでも逃げられる人と議論してもしょうがないからだ。

さて、IT活用の重要性がいわれて久しいが、ここへ来てITという“道具”の使い方を再考する時期に来ているように感じる。

私がブログをはじめた3年前は、まだブログという新しい広報ツールが新鮮だったが、いまやブログなど無数に書かれており、明らかに淘汰の時代に入っている。

つまらないブログは読まれず、むしろ営業的にも逆効果になる場合もある。何をどう伝えるのかというビジョンをしっかり持つ必要があり、書けばよいという時代はすでに終わった。つまり、「気まぐれ日誌」の中身が本当に「気まぐれ」ではダメなのだ。

そういう意味で、私は「IT活用」という命題をもう一度考え直していきたいと思っている。例えば「会計事務所にとってインターネットはどう活用できるか」という切り口でもう一度、勉強しなおす必要があると思う。

ネット時代の草創期はとうに過ぎ、WEB2.0という流行語もすでに意味をなさなくなっている。

ネットを活用した商売やPRなどはすでに当たり前のものとなった昨今、時代の変化を見つつ、今後、どうネットを活用していくかについてもう一度勉強しなおしたいと思っているところだ。

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2008年4月 4日 (金)

日韓交流

昨日は、午前中は事務所で調べ物と勉強。午後からは顧問先の訪問など。

夕方、大山ロイヤルホテルで、今日から開催される韓国プロゴルフツアー(SBSコリアンツアー・エマーソンパシフィック鳥取県オープン)の歓迎レセプションに、協賛企業の一つとして出席してきた。

Dsc00980 レセプションには今大会のメインスポンサーである、エマーソンパシフィックの李重明会長(写真)をはじめとする大会関係者や出場するプロ選手などが集まっていた。

会場に入る前、ホテルのロビーでひときわ体格のいいおじさんに遭遇した。元プロ野球選手で3000本安打を記録した張本勲氏だった。

昨日開かれたプロアマ戦にゲストとして参加していたらしい。横幅もあるのでテレビでは特別大きくは見えないが、実際に見てみると周りの人から頭一つ抜きん出ていて、しかもがっちりしていた。

韓国のプロツアーが日本で開催されるのは、これが初めてらしい。そう言われてみれば確かに今まで聞いたことがない。

この大会が定期的に開かれることによって今後の日韓交流や山陰への観光客の増大につながれば、地域経済にもよい影響をもたらすと見られる。

これまで鳥取県が行ってきた韓国との交流は、竹島問題などもあっていまいち軸足が定まっていなかった。隣の島根県が「竹島の日」を制定して、領土問題の早期解決を訴えていることとの整合性を疑問視する声もあった。

平井知事になってから、交流が活発化してきていることは評価できる。

領土問題はアメリカによって仕掛けられた日韓分断作戦の一環だから、お互いこの認識をもって、よい解決案を提示しあうことが大切だと思っている。

もし、領土問題を理由に日韓が対立すれば、アメリカの思う壺である。東アジアでアジア人同士が手を組むようなことがあれば、それこそ日本に米軍が駐留する必要もなくなる。

韓国もアメリカに利用されている面があり、気の毒なところはあるわけで、日韓両国とも、もっとインテリジェンス能力を上げる必要があるだろう。

そういう意味で、日韓に未解決の領土問題があることはよく理解した上で、交流を促進することは大切なことだと思う。

レセプションでは、「アニョハセヨ(こんにちは)」以外、韓国語がまったくわからなかった。機会があったら勉強しようと思った。

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2008年4月 1日 (火)

夢に向かって

昨日は、事務所で残務整理や調べもの。それが終わったら勉強。

久しぶりに1日中、事務所でゆっくり過ごした。

私には以前からずっと密かに温めてきた夢がある。それはワイン選びのスペシャリストである「ソムリエ」になることだ。

いつも自宅でワインをいろいろと賞味しながら、同時に書物でワインの産地や歴史、年代によるブドウの作柄状況等を調べ、紹介されているワインの味と相互に確認する作業を趣味として繰り返していた。

そうするうちに、次第にワインのテイストと雰囲気、シチュエーションなどのパターンがわかるようになってきた。

私はおそらく通常の人よりも味覚がすぐれているようで、ワインのちょっとした味の違いがわかるのである。

公認会計士としてすでに12年のキャリアを積んできたが、お蔭様でなんとか一人前になり、事務所の経営も安定軌道にのり、家族も養えるようになった。そして先月末には終の棲家となるであろう家のリフォームも完成した。

私はここで一つ区切りとして、新しい夢に走りたいと思う。その決意をしたので皆様に報告したい。

その第一歩として、私は本格的なソムリエ修行のためにフランスへ留学を決めた。

当初は大反対だった家族もここへきて賛成してくれた。私はやると決めたら必ずやり遂げる人間だ。フランスで一流のソムリエになって、日本の社交界に美しい花を添えるべく、凱旋したいと思う。

新年度の始まりを、新しい夢に向かってのスタートといたしたい。

   

以上、今日の日記でした。

  

まあ、4月1日(エイプリルフール)ですから、こういう冗談もありですかね。

そもそも、ワインなど一口か二口、口に含むと顔が真っ赤になるタチですから、味わう余裕なんかないですね。お茶と饅頭で十分楽しんでます。

味覚はおそらく人並み以下で、ワインの「甘口」と「辛口」の区別すら危ういです(苦笑)。

日本の住み心地がいいので「外国へ留学」っていうのも、無いですね。いまさらフランス語を訓練する気力などもありません。

こういう文章が書いたのは、「神の雫」という漫画を読んでいるからです(欄外にアマゾンのサイトをリンクしておきます)。これを読んでいるだけで、なんだかワイン通になったような気がするのです。

公認会計士を12年やってもまだまだ修行が足りなくて、もっともっとがんばらないといけません。一つの仕事すら満足に極めていないものですから、もうちょっとこの仕事でがんばりたいと思ってます。

これをもって、年度初めのご挨拶といたします。

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2008年3月27日 (木)

コブクロ

昨日は、鳥取市内の法人の会計監査で朝から鳥取市内へ。夕方事務所に帰着し、残務整理。

桜の季節がきたこともあり、背景を変えてみた。いつの間にか春が来ていた。季節が着実に巡っていることを実感する。

やるべきことをしっかりやっておかないと、時間は待ってくれない。あっという間に歳をとるだろう。子供を見ていて、「こんな時が自分にもあったのか」と思う。その自分がもう34歳のオッサンだ。

今日という日を一生懸命生きることを改めて心がけたいと思う。

最近、車の中でコブクロを聞いている。1ヶ月ほど前だったかたまたまNHKの番組で彼らの特集を見た。

真剣に曲作りに励んでいる姿が印象的だった。亡くなった母を想い、故郷のことを歌った「蕾」(つぼみ)という歌が気になって、それが入ったアルバムを買ってみた。

ついでに以前に出した2枚組みのベスト盤も買ってみた。合わせて聞いてみて、最初のうちはどの歌も同じように聞こえたが、繰り返し聞くうちに“味”が出てきた。

新しいアーティストは次から次へと登場するが、結局、残るのは歌唱力があって、曲作りがしっかりしている歌手だけだ。コブクロは、歌唱力、曲作りのいずれもしっかりしていてレベルが高い。

特に日本語の歌詞を大切にしている点が好きだ。サビの部分は必ず日本語になっている。コブクロの歌は日本語の美しさを教えてくれる。

当初は、「コブクロ」というデュオの名前が、なんだかコミックバンドのような印象を受け、“食わず嫌い”をしていた。実際にはどの曲もしっかり歌詞が作られ、そして真剣に歌い上げられている。

デビューして何年になるのか知らないが、これまで着実に若手の中では実力派として地位を築いてきたと思う。そして、ここからが彼らの勝負になるのではないだろうか。

浜田省吾も長渕剛も、生き残った一流の歌手は皆、途中で曲作りに行き詰まり、路線を変えたり歌い方を変えたりして試行錯誤し、はたまた原点に回帰したりしている。そして、歳をとってとても深みのある歌を歌うようになる。

実力があってもグレイのように、新しい曲が出てこなくなったアーティストもある。本当に厳しい世界だと思う。

コブクロはどうなるのだろうか。

ものすごい余計なお世話だと思うが、数少ない実力派だけに彼らの将来が楽しみでもある。

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2008年3月26日 (水)

メンテナンス

昨日は午前・午後とも事務所で仕事。勉強会のレジュメづくりなど。夕方は内部統制に関する勉強会。

今朝はブログがメンテナンス中で更新できず。

外出先から携帯で更新しているが、かなり書きづらい。

というわけで今日はこの辺で失礼。明日、改めて書きます。

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2008年3月25日 (火)

日本国の浄化システム

昨日は午前中に顧問先の税務調査の立会い。午後から依頼を受けている会合に出席など。

国会審議はストップしたままで、予定されている税制改正議案も通らない可能性が出てきた。例えば、非上場株式の評価について、相続時に評価減ができる改正案についても、この年度末については法案成立は見送られそうな様子だ。

今のところ漏れ伝わる話では、9月に改正法案を通して、この4月に遡及して適用する、というような案も出ているようだ。

いずれにしても、現場には迷惑千万な話である。政治に対しては「何やってんだか!?」と呆れる気持ちでいっぱいだ。

ただし、こうした怒りを福田首相にぶつけるようになると、大手マスコミの意のままになりそうなので注意が必要だ。

大手マスコミは、内閣支持率を下げてみたり、審議ストップの原因を福田首相の指導力のせいにしてみたり、投書欄に「他人事みたいな態度だ」などと福田首相の悪口を書かせたりして、徐々に“福田おろし”に動いていると見える。

CIAの手先といわれる読売新聞がそういう論調を強めているところを見ると、それもこれも福田首相がアメリカから来た改革指令をことごとく突っぱねているからだろうと推測しているが、こうしたことは必ずしもアメリカ帝国が悪いわけではなくて、既得権を手放そうとしない国内派の連中にも悪いところがあるのは間違いない。

道路にしても、さっさと作ってしまえばいいものを、利権が長く続くようにだらだらと余計なことをしながらわざと道路建設を遅らせたりするから国内派はダメなのだ。

そういう連中は、アメリカの圧力をうまく使って駆逐してしまおう、というのが官僚の中にいる本当の愛国派の常套手段でもある。

でも、そのときに上手に立ち回らないと日本から富が流出してしまうから、そこのところはうまくやってもらいたところではある。

国内派も自分の利益ばかり主張する“利権派”ではダメで、自分の利益を放棄してでも日本の利益を目指す“愛国派”でなければダメだ。

愛国派が利権派をアメリカを利用して駆逐しようとする動きが、日本が古来から中国などの帝国と付き合いながら培ってきたノウハウであり、浄化システムなのだろうと思う。

日本という国では、利益を独り占めにしようとする存在はやがて駆逐される。これを「出る杭は打たれる」とも言うが、利益は「分け合う」ほうがシステムが持続することを日本人は心の奥底で知っているのだろう。

道路はきちんと作ってほしい。しかし、今までのように利権派が利益を横取りするようではいけない。

何事もうまくやってもらいたいものだ。

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2008年3月19日 (水)

占いは使い様

一昨日は、午前中に顧問先を訪問。午後からは事務所で確定申告に関する相談など。

昨日は、風邪が完治せず咳と鼻、喉の痛みに微熱が続いていたため、予定していた東京出張をキャンセルし、自宅で静養。

おかげで今朝は、症状がだいぶ軽くなった。

今回引いた風邪は咳がひどく、特に就寝前が大変で、おとといは夜中の3時すぎまで寝られなかった。

じっと寝ていても、かえってつらくなるだけなので、携帯のサイトで久しぶりに細木数子の六星占術を見ていたら、先週末から月曜の3日間は、日の大殺界。そして、3月は月の大殺界のど真ん中。

「大殺界」とは、六星占術でいうところの最も運勢の悪いときに当たるのだが、今回の風邪は、月と日のそれぞれの大殺界が重なったとても運勢の悪いときだったようで、ドンピシャで占いが当たっていたわけだ。

深夜に咳が出て寝られなかった月曜の夜、「引越しもがんばったし、その間、仕事に穴を開けないようにがんばってきたはずだし、なぜこんなひどい仕打ちに会うのだろうか」と、悔しい気持ちを感じていたが、占いを見て、「なるほど」と合点がいった。

いつもと同じようにがんばっていても、違う結果が出てしまう不思議さを読者の皆さんは感じたことがないだろうか。

私はこれを運勢周期によるものだと理解している。

細木数子に関しては、裁判の問題など様々な報道もあり、また彼女自身のパーソナリティから批判も多いことは承知しているが、占いの手軽さと正確性、わかりやすさに関しては評価できると思っている。

彼女の六星占術がベースにしている東洋占星術には、四柱推命や算命学、万象学などがあるが、いずれも本当に人間が経験した運命周期をもとにした統計学の賜物だ。

古来から人間は、人間にはどうしようもない運勢というものを感じており、それを宇宙の原理としていかに観察し、読み解くかを研究してきた。その一つの集大成ともいえるのが東洋占星術で、2000年ほど前に中国で完成したという。

当時の利用法はもっぱら軍事目的だといわれているが、例えば敵方の将が運勢の落ちているときに攻め込む、などの使い方をされたらしい。

今回の私の風邪は、今思えば引越しと確定申告期が重なり、疲れ気味だったかもしれないが、そうしたことに運命周期の落ち込む時期が重なったとわかれば、なるほどと受け入れられるものである。

占いは「信じるか、信じないか」ではなく、「運命周期をいかに把握するか」だと思う。そしてそれを利用し、いかに結果につなげるか、だと思っている。

そういえばこのところ占いにはまったく目もくれていなかった。たまにはサイトをのぞいてみるのもいいかもしれない。

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2008年3月13日 (木)

シンプルな秘密

昨日は、午前中は事務所で確定申告書類の作成。午後からは郡部の商工会へ行って確定申告相談。

天気は良いのだが、車に乗っていると遠くがかすんでいて、あれは一体なんだろうと思っていた。天気情報だと「濃霧」だということだが、花粉にみえてしまったのは、調子の悪い鼻のせいだろうか。

昨日、日銀総裁人事は参議院で否決された。民主党の期待することは、そんなことではないんだがなあ。

例えば道路財源については、道路以外の福利厚生などに散財されていることが明らかになっている。これは地方の道路整備が遅々として進まない原因になっていることだろう。

こうした問題点に鋭くメスを入れて、計画された道路整備がきちんと遂行されるように促すことが民主党には求められるのだが、これを一般財源化してしまうとそれこそ何でも使えてしまうわけで、道路財源の問題点を覆い隠してしまう。

だったら暫定税率のみならず特定財源にかかる税そのものを廃止するのが筋だろう。

昨日、日銀総裁人事のことを書いたが、少し補足しておきたいことがある。

世の中には「経済」については苦手にしている人が多いように思う。特に大学などで「経済学」を勉強したことのある人は、真面目な人ほど経済のことがわからなくなるようだ。

私も大学時代に経済学を学んで、何を言っているのかさっぱりわからなかった。経済学を得意としている連中というのは、数学の解法よろしく、ひたすらモデルを暗記している人だった。

いまでもテレビや講演にくる経済学者の話はよくわからないが、大人になってから、なぜ経済学がわかりにくいか、その原因がわかった。

実態経済にとって本当に大事なことは実にシンプルで、そのシンプルな事実をカモフラージュするために難しい経済“学”があるといっていい。

そのシンプルな事実とは、「通貨の発行量をいかにコントロールするか」で経済政策は決まる、ということである。

もし、財布の中身が突然10万円増えたら、だれだって物を買ったりいつもよりうまいものを食ったりして、散財するだろう。そうすれば景気はよくなるが、やりすぎると物価が高騰してしまう。

そんなこと誰ができるのかといえば、日銀が輪転機を回して、なんらかの形で市中に流せば簡単にできる。

長くなるので書かないが、1980年代のバブルのときは、日銀は実際にそうしたし、2003年以降の福井総裁は、同じことをやって世界経済のバブル生成に大きく貢献した。ちなみにその傍らでアメリカに資金送金したのが溝口財務官(現島根県知事)だ。

「量的緩和」なんて難しい言葉を使うからわからなくなるが、要するに「紙幣の刷り散らかし」をやったのだ。

こうしたことは実に簡単にできるが、経済に対してものすごい影響力のあることだから、権力者がしっかり管理しなければならないことで、権力の象徴ともいえる強大な権限なのである。

江戸時代までは、当然に江戸幕府がこれをもっていて、例えば吉宗の時代には、荻生徂徠という老中がいろいろ提言して、貨幣の質を上げたり下げたりして、デフレをやったりインフレ誘導したりした。

しかし、明治政府になると日銀を作らされて通貨発行権を英米に剥奪された。日銀はやがてFRB(アメリカの中央銀行)の影響下に置かれるようになり、世界経済をコントロールする権力は、FRBをコントロールする金融財閥に移った。

「中央銀行の独立性」とは、金融財閥の権力を守るために必要なロジックであり、鵜呑みにしてはいけない。そして、アメリカが物を作れなくても豊かでいられるのは世界の金融を支配しているからである。

日銀の総裁人事の背景には、奈良の律令の時代から日本国の金庫番をしてきた大蔵省(現財務省)と、アメリカ金融財閥のバトルの構図が見て取れる。

民主党が誰に指示されて動いているのかわかるというものだ。

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2008年3月 5日 (水)

物は所有しない

昨日は、事務所で調査事案の片付け、顧問先との決算打ち合わせなど。

花粉が飛び交う時期になると、わけもなくくしゃみが出るときがある。1日5回ほどなので、治療の必要性は感じないが、花粉の影響を受けているのかもしれない。

このたびの引越しを機会にテレビを新しく購入することにしたが、今や主流となった薄型テレビもだいぶ値段が下がってきた。

2年前、結婚を機会に新居に移ったとき、パナソニックの28型ブラウン管テレビを2万5千円で買った。そのときはブラウン管テレビの安さに驚いたが、もはやブラウン管の時代は去ったと実感したものだった。

当時、液晶やプラズマなどの薄型は1インチ1万円を切るか切らない価格だったが、「薄型は必ず大きく値下がりするよ」という私の友人のアドバイスもあり、とりあえずブラウン管を買っておいた。

今や32型のシャープアクオスが10万円を切るなど、友人の予想どおり大きく価格が下がっていた。

薄型テレビ業界の競争の激しさというのは、まさに“仁義なき戦い”になっており、シャープとパナソニックを軸とした業界再編や撤退するメーカーも相次いでいる。

この“仁義なき戦い”の前に勢いのあった韓国のサムスンやLGも一転してピンチに陥っているという。液晶工場の建設には巨額の投資がいるというのに、まったくもって恐ろしい業界だと思う。

引越し後のダンボールの整理作業は、昨晩でほぼ終わった。引越し作業の片づけをしながらつくづく思ったことは、「物はできるだけ持たないようにしたい」ということだ。

私の親や祖父母の世代になると物が貴重な時代だったので、とにかく何でもとっておくことが一つの習慣だったと思う。

しかし、そうしたものは時間が経つとほとんどが価値の無いものであり、いずれ廃棄処分することになるのだが、それにはものすごい労力を要する。「捨てる」という作業には本当にエネルギーがいるものだ。

時代が変わり、「物が多い」ということは必ずしも良いことではなくなった。物があふれる時代には、安くて良いものが次々に出てくる。普段から所有していなくても、必要なときに買い物に行けば、すぐに手に入る。

そうした時代には、物があふれ、物にうずまる生活というのは、どこかスマートでない気がするのだ。

私はこれから身の回りの物をできるだけ少なくすることを心がけたいと思っている。物をできるだけ少なくするためには、買うときに「良いものを長く使う」など、よく考えることが必要になる。

物を少なくして、できるだけシンプルな生活にすることが、生活の質を高めるために必要なことだと引越しを機に感じている。

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2008年3月 3日 (月)

引越し

この週末は引越し作業に追われた。

昨年他界した祖父が住んでいた実家の一部をリフォームし、2年4ヶ月住んだ錦町のマンションを離れた。

Dsc00957 11階の部屋から見える大山の方向から昇る朝日もこれで見納め。

数年に一度、転々と引越しを続けていた私だが、ようやくこれで落ち着きそうな気がしている。

引越しは東京に住んでいるときに4回。米子に帰省してから2回しているので慣れているといえばそうだが、何度やっても大変だ。

根っこが生えたかと思われるような家具でも、引越しのときは根こそぎ次の場所へ移さなければならない。

東京時代、最初の2回は学生時代だったので友人に手伝ってもらった。運ぶ途中で家具を破損されたりもしたが、それも仕方のないことだった。

2回目のときは、梱包作業の時間を読み誤り、引越し当日の明け方まで泣きそうな気持ちで梱包作業に追われたことが思い出だ。

3回目の引越しのときに始めて専門業者に頼んだが、その手際のよさと腕力の強さに関心したものだった。しかし、都内の中小の業者だったからなのか、壁のクロスを家具でひっかかれたりもした。今思えば、荒っぽい仕事だった。

4回目は、東京から米子に帰る引越しだったが、お金に余裕も出来たころだったので、大手の日通に依頼をした。家具を毛布でくるむなど、家や家具を傷つけないための配慮は完璧で、その手際のよさには感心させられた。

また、実家の2階の窓へシートと紐を使って実に上手に大きな家具を運び込んでくれたりもした。「引越し王・日通」というが、称号に偽りはない。それ以来、引越しは日通を使うことにしている。

このたびも日通に依頼をしたが、完璧に仕事をしてくれた。学生時代に自分たちで引越しをやっていたことが懐かしいが、今となっては自分たちでやるなんてことは考えられない。

「餅は餅屋」で、プロに任せる方が安心感があるし、家具が破損してしまうことはまずないわけで、結局は安くつくのかもしれない。

引越しには慣れている私だが、この度は事情が違った。

Dsc00964 息子が回りをちょろちょろして、引越し作業のお兄さんたちの邪魔をしようとするのだ。

引越し作業が終わってから、新居に詰め込まれたダンボールの山を一気に片付けてしまいたかったが、息子に何度も遊びをせがまれ、幾度も中断をよぎなくされた。

結局、私の書斎だけが片付かず(苦笑)、今夜、帰宅して、作業をすることになった。

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2008年2月26日 (火)

トイレこぼれ話 その2

昨日は午前中に県庁へ行って、監査結果についての知事報告。午後から米子に戻って会合が1件。事務所にご来客が2件。合間に確定申告の書類を作成。

最近のトイレはますます進化していて、水垢の付きにくいものや、水を流す量が従来製品に比べて大幅に減少しているものなど、「たかがトイレ」と思いきや、その品質の向上には目を見張るものがある。

中には、センサーで自動的に便座が上がり、離れると水が流れるものまである。そのため子供たちの中には、トイレの後、流すことをしない子供が増えてきているという。それはそれで困ったものだ。

また最近は、至るところにウォシュレットタイプの便座が普及してきている。以前から芸能人を中心に「ウォシュレットがないとダメ」という人が増えているなあ、と感じていたが、これまで私自身は特に必要性を感じていなかった。

しかし、いたるところに普及したウォシュレットをときどきではあるが、使っているうちに、だんだんと「ないよりあったほうがいいな」と思うようになってきた。きっと、私のような人は全国にいるのだろうから、少しずつトイレ文化も変わっているのだろう。

至るところに普及したウォシュレットだが、ときどき勢いの良すぎるにウォシュレットに遭遇するときがある。

先日もあるホテルで会合があり、その途中でトイレで用を足したときにウォシュレットを使ったら、その勢いの強さに飛び上がりそうになってしまった。

レーザービームで突き刺すような勢いに、おしりがきれいになるどころか、さらに便意が促されたような感じになってしまう。あの水の勢いの強さに耐えられるおしりの持ち主って、いったいどんな人だろうと思った。

水量を調整すれば済むことなのだが、私の住んでいるマンションは水圧が低いのか、かなり強くしておかないと意味をなさない。古いだけかもしれないけれど、建物によって水量の調整というのは違うように思う。

ふと、「(これは誰かのいたずらだろうか?)」と思うこともある。しかし、いたずらだとしても個室の中だから誰の仕業かわからないし、もしかしたら本当に強い勢いでないとダメだという人もあるだろう。

そういう意味では、新しいトイレでの注意事項やトイレのマナーが必要なのかもしれない。

まず、自分が普段使わないところのトイレでは、ウォシュレットの水の勢いに注意しないといけない。そして、使い終わったら次の人のために少し弱めに水量を調整しておく、などの注意とマナーは必要かもしれない。

「次の人のために水量を強くしておく」、なんてことをすると、どこかの誰かがトイレで声にならない悲鳴を上げている、なんてことになるのでやらないようにしましょう。

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2008年2月14日 (木)

大山(だいせん)

昨日は午前中に12月決算会社の申告書等の作成。午後からご来客が2件。その他、残務整理など。

昨晩は、事務所から帰ろうとすると、フロントガラスが凍っていて足止めを食らったが、今朝もまたフロントガラスが凍っていた。

これまでの霜とちがい、一部解けた雪が再び凍っているようで、氷解スプレーを使ってもなかなか解けなかった。

昨年、雪不足に泣いた大山(だいせん)のスキー場だが、今年は雪が豊富にあるようだ。

Dsc00927 写真は、2月11日に久しぶりに晴れた米子から見た大山である。自宅マンションから撮ったものだが、冬の大山は格別にきれいで、近くに住むものにとって、ふるさとの最も象徴的な風景といってもいい。

子供のころから大山を見て育った。東京時代に米子に帰省するとき、飛行機から大山が見えると、「ああ、帰ってきたな」と実感したものだった。

道路整備や宅地開発が進んで、私の子供のころからは風景が様変わりした米子市内だが、大山が見える風景だけは変わらない。「伯耆富士」とも呼ばれるが、富士山とはまた違った趣がある。

ちなみに私が初めて富士山を見たのは、18歳のときだった。大学受験のため東京に向かう東海道新幹線の中から見たものだったが、山すそがきれいで大山のような荒々しさはないが、いきなり眼前に大きな山が現れて強い印象を受けた。

都心から見る富士山もまた魅力的だった。かつて住んでいた阿佐ヶ谷のJR中央線のホームから、晴れた日に見える富士山はなかなか感動的だった。

近くに見える山々の風景はいつもと変わらないのに、晴れた日にだけ富士山が遠くに浮かび上がるように見える。東京からは距離があるので、晴れた日しか見えないのがまた貴重な光景なのだ。

富士山は飛行機の上からもよく見える。東海地方が曇りでも富士山だけは、歌にもあるとおり、頭を雲の上に出し、その姿を機内から見せてくれる

大山(だいせん)の話に戻す。

関東では「大山(おおやま)」という地名があるためか、「大山(だいせん)」のことを「おおやま」と読んでしまう人が多いとのことだが、「山」という字を「せん」と読むのは、呉音といって漢音に先立って5・6世紀ごろに百済を経由して日本に入ってきた読み方だそうだ。

そして、この地域には「大山(だいせん)」の他、「氷ノ山(ひょうのせん)」、「蒜山(ひるぜん)」など、山という字を「せん」と読ませる山がいくつかある。

このことは、山陰という地域が古くから中国や朝鮮半島と交流があったことを示しており、出雲大社がそうであるように、日本の神話時代から歴史を持つ地域だということを象徴している。

そういう意味でも、この地域の歴史には奥深さがある。もっと地元の歴史を知りたいと思うし、知ればまた違った誇りがこの地域に住む人々に芽生えることだろう。

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2008年2月 8日 (金)

気持ちが積極的になるCD

昨日も鳥取市内の法人で一日中、会計監査。

雪は米子のほうが多く、鳥取市に入るころにはあまり積もっていなかった。帰りも米子に近づくにつれ、気温が下がり、雨が雪に変わり、道路に積もりかけていた。今回の寒波は西のほうが雪が多いようだ。

ちなみに今日も鳥取市内の法人に行って、会計監査。早めに出発しないと、雪で道路の情況がどうなっているかわからない。

3日間で米子ー鳥取間(往復200Km)を3往復することになるが、退屈な車の中ではだいたいCDを聴いている。

6連奏チェンジャーの中には、中村天風の講演CD、浜田省吾(×3枚)、長渕剛、ジャズのオムニバスが入っている。

中村天風は言わずとしれた「積極的精神」の強烈な推進者であり、講演の中でもその大切さをときに自身の体験から、ときにユーモアを交えながら講義してくれている。

おそらく昭和30年代ごろの音源。90歳にならんとする天風の声はかくしゃくとしていて、その迫力に驚かされる。

浜田省吾の歌は、20代から40代の男の気持ちを実に巧みに表現していて、しんみりもするが励まされもする。

特に「I’m father」という曲は、父親の気持ちを歌った曲で、生活を守るためになりふり構わずがんばるんだというメッセージがこめられていて、大いに共感できるところだ。

長渕剛のCDは、このたびは「逆流」のアルバムを聴いている。これは長渕の初期のころのアルバムで、困難を排してがんばるんだという気持ちを歌った「逆流」という曲は、特に好きな曲だ。

こんな風に気がつくと「積極的」をテーマに6連奏を選んでいたわけだが、最後のジャズだけは、さすがに聞き流したいときに良いので入れている。

積極的な気持ちになって仕事に向かうことはとても重要だ。ただし、会計監査の仕事はあまり積極的にがんばると相手の方に嫌がられるので、決められた手続きを粛々とこなしているのであった(苦笑)。

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2008年2月 6日 (水)

トイレこぼれ話

今日もまた雪の予報だが、ここのところずっと雪の予報でも平野部では雪が降っていない。今朝もまだ雪は積もっておらず、今日もまた肩透かしを食らうのだろうか。

昨日は米子市内の会社で一日中、会計監査。夕方、事務所に戻って残務整理。

突然ですが、皆様はトイレで小用を足すとき、何か心がけていることはありますか。

私は、ある商売に関する本を読んでいて、「(なるほど)」と思ったことがあり、最近、実践している心がけがあります。

私たちは小用を足すときに、グッといきんでいないだろうか。しかし、これがあまりよくないということが、ユダヤ人の間では常識らしい。

私なんぞはできるだけ勢いよく出すことがいいと思って、「しょんで便器、砕いたるで」というぐらいの気持ちで勢いよく小用を足すことがよくあった。

もちろん、一度も便器を砕いたことはないが、「勢いこそが重要だ」みたいな根拠の無い信仰を持っていた。

しかし、尿道というものは1本のホースのようなものであり、本物のホースといっしょで圧力を掛けすぎると劣化が早くなるという。本当か嘘かわからないけれど、ユダヤ商人がそういう風に言っているらしい。

「(なるほどなあ)」と思って、そのときから小用を足すときは、自然に流れるにまかせてゆるゆる~っと出すことにした。

なんだかそれだけで、健康になった気がするから不思議なものだ。

体に余計な負荷を掛けるということは、何事にしても健康には悪く、あくまで自然体がいいのだろう。

「勢いが大切だ」などと思っている方は、ぜひ実践されてはいかがでしょうか。

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2008年1月31日 (木)

勝つために

昨日は午前中に打ち合わせ1件。午後から12月決算会社の税務申告書の作成に着手。

その他、雑誌への寄稿文の作成など。

夜、家に帰るとサッカー日本代表の試合をTV中継していた。前回はチリを相手に無得点に終わっただけに、前半0-0で折り返したとき、「また決定力不足かよ」と思った。

同時並行してNHKのBSでは再試合で話題となっているハンドボール男子の日本-韓国戦を中継していた。

こちらがとても面白く、サッカーとハンドボールと時々チャンネルを変えながら交互に見ていた。

残念ながらハンドボール男子は韓国に敗れたが、スピードとテクニックを十分に堪能させてくれた。ハンドボールの魅力を改めて知ることになった。

それにしても残念だなと思いつつ、チャンネルをサッカーに変えると、なんと決定力不足に泣く日本が1点を入れていた。いいところを見逃してしまった。

その後もサッカーを見ようと思ったら、「早く子供を風呂に入れてほしい」という妻の要望が入り、「どうせ、もう点は入らないから」という一言に、「それもそうだな」と思い、子供を風呂に入れた。

すると日本代表はその後、2点をとり3-0でボスニアに勝ったというではないか。

「日本は決定力不足だから」という先入観を覆してくれたのはありがたいが、3得点すべて見逃したのは痛かった。

高校時代、母校にはとても優れたハンドボールの先生がおられた。その先生はその後、いくつかの高校を転々されたが、行く先々でハンドボール部を強豪高に育て上げ、現在は境高校にいらっしゃるようだ。

そして、今は境高校がハンドボールでは県下無敵である。

その先生に高校時代、「ハンドボールをやらないか」と誘われたことがあるが、激しい練習を見てお断りした。とてもついて行けないと思った。

しかし、強くなるためにはあれくらいやらないとだめなのだろう。私は今からでもいいから、自分として努力できることはしっかりやりたい。

ハンドボールの試合を見て、そんな高校時代のことを思い出していた。

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2008年1月29日 (火)

非営利法人委員会

昨日は、日帰りで東京出張。午前中の便で東京に行き、新宿の紀伊国屋書店で専門書の仕入。午後から市ヶ谷にある日本公認会計士協会の本部会議室で非営利法人委員会に出席。最終便で米子空港に帰着。

私は去年から公認会計士協会中国会の非営利法人委員長となったため、地区を代表して協会本部の委員会に出席してきた。

委員会ではこれから公表される実務指針や監査上の取扱いなどにつき審議を行い、ここで承認されたものが理事会の決議を経て、公開草案として公表されることになる。

これまでの会計基準改革は主として民間企業のものが大半だったが、これからの改革は公部門(パブリックセクター)が中心となる。

今の日本では「改革機運が後退した」との見方が大半だが、そんな中でも公認会計士協会では着々と基準の改定とその実務指針や監査上の取扱いなどが議論されている。

公益法人改革、社会医療法人の制定、自治体の会計改革、生協や社会福祉法人、農協などの改革は、まだ始まったばかり。パブリックセクターはこれから激動の時代となるだろう。

そんなパブリックセクターにとって激動の時代に、協会の非営利法人委員として改革の最前線の状況に参画できる機会が得られたことはとても有意義なことだと感じている。

会議の途中の休憩時間に、ふと通りかかった協会本部6階の応接室には、会計士協会の歴代会長の顔写真がずらりと並べられていた。

その中には、我が師匠である川北博先生や、母校の大先輩にあたる藤沼亜起先生(元国際会計士連盟会長)、古いところでは日本初の監査法人を作り、私の古巣の創業者でもある大田哲三先生の写真までもがあった。

こうした人たちが会計士業界の礎を作ってこられたわけで、偉大な先輩方の薫陶を胸に、私も少しはがんばって社会に貢献したいと思った。

私はまだまだ努力が足りんですなあ。

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2008年1月28日 (月)

議員報酬

金曜日は午前中に出雲市内の顧問先を訪問。午後からは米子市内の顧問先を訪問し、その後、中海テレビで番組の打ち合わせ。事務所に帰って残務整理。

Dsc00909 土日の米子市内は雪。あっという間に解けたけれど、大山のスキー場の雪は120センチ以上だそうで、今年は雪が十分あるようだ。

写真は土曜日に自宅マンションから撮影した大山だが、雪化粧した冬の大山は実に美しい。米子市に住む者にとって、この眺めは宝の一つだろう。

中海テレビの市政討論会では、議員報酬はいかにあるべきかについて討論を行った。

昨年来、米子市議会議員の報酬が高いという新聞記事や投稿が相次いだため、市民の関心も高まっているところではあったが、議員報酬はいくらが妥当かについて、根拠のある答えというのはないので、議論は正直言って難しかった。

米子市の場合、米子市より人口の多い鳥取市よりは低く、米子市より人口の少ない倉吉市や境港市よりは高く設定してある。全国の類似規模の都市の中では「中の下」といったところか。

つまり、近隣都市や人口規模で類似の都市と比較して、高すぎず低すぎない水準に落ち着いているのが現実だ。

結局、そのときの報酬額が市民感情として受け入れ難いものでなければ、そこで割り切られるのだろうと思う。報酬がいくらかについては、重要な話のようにも思うが、いろいろ議論しても結局はそうしたところに落ち着く。

あとは自治体の財政事情にもよるのだろうが、どこの都市も多かれ少なかれ財政事情は厳しいため米子市だけが取り立てて議員報酬を少なくする理由もなさそうだ。

それよりも問題なのは、市民が議員がどんな活動をしているのかあまり知らないということだと思った。身近に知れば、よく頑張っている議員もたくさんいるわけで、そういう場合、報酬が高いか低いか見方が変わってくるだろう。

議員というのは選挙をやらなければいけないから、それを戦い切るためにはある程度、貯蓄もしておかなければならない。

少なくとも、議員の活動状況を知らずして、一面だけ見て高いと批判するだけでは決して建設的な議論にはならないということだ。

それよりも、議員と連携してよりよい街が作れれば、それが一番だと思う。

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2008年1月21日 (月)

華麗なる一族 その2

金曜日は事務所で申告書類の作成。一段落したところで夕方からフィットネスクラブへ。今年初めての運動(苦笑)。

正月太りで、腹が突き出てきた。我が息子も、母乳を完全に卒業したせいか食欲旺盛で実によく食べるのだが、はちきれんばかりに腹が突き出てきた。同じだ(苦笑)。

週末に、HDDに録画したドラマ「華麗なる一族」を見終えた。1週間で10本すべて放映してくれたおかげで、実に充実した1週間だった。

あらすじは銀行や鉄鋼会社を経営する財閥一家の悲劇と栄枯盛衰を描いたものだが、血統に関する重大な誤解が全編にわたって悲劇のドラマを造る。

主人公の鉄平(木村拓哉)が最後に自分の血統をのろい、自害して果て、その血液型から奇しくも誤解が解け、悲劇に輪をかけた。

人間というのは不思議なもので、「自分とは一体何者か?」という問いかけを無意識のうちにするものだ。その答えを自分なりに出しながら人生が形作られるのだが、「自分は生まれてはいけなかった」という答えを出さざるを得なかった人間がたどる末路には悲劇が多い。

「自分とは何者か?」という問いに対する答えがいかに大切か、全編を通じて改めて認識させられた。

もう一つ、財閥を維持するために犠牲にされた家族の悲劇が印象的で、家族の幸福とは一体何なのか、もっと言えば「金」か、それとも平凡であっても「絆」なのか、考えさせられる内容だった。

鉄鋼会社を経営する鉄平は、銀行家の父(北大路欣也)と至るところで衝突し、最後は会社をつぶされ、職を解かれてしまう。その父も、最後の最後には守るべき銀行を守れなくなってしまう。

そうしてみると、栄華というのは実にはかないものだ。父が息子を犠牲にしてまで守ろうとしたものは一体なんだったのか。財閥がなくなったとき、何が残るのか。そのときに帰るべき家庭がなければ、結局は幸福でなないのではないだろうか。

最後に鉄平が遺書の中で、心に空いた穴を埋めようとがむしゃらに仕事をしてきたのかもしれない、というようなくだりがあったが、財閥を作るような人たちというのは、心が乾き、どこか満たされないものがあるのかもしれないと感じた。

その他もろもろの感想があるが、この辺にとどめておきたい。

とてもおもしろかった。このドラマを勧めてくれた岡山の友人に感謝します。

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2008年1月15日 (火)

華麗なる一族

金曜日は午前も午後も顧問先を訪問。

3連休は子供が熱を出したため、ほとんど家で過ごした。子供の熱は2回目だったが、前回は37度台ですぐ下がった。今回は39度から40度の熱が出て、はじめて本格的な病気になった。

いつも活発に動き回ってはいたずらをするやんちゃ坊主が、ふとんの上でぐったりしていた。熱が下がった後に麻疹が出て、不機嫌な状態が続いていたが、昨日あたりから良くなってきた。

いろんな方から子供の病気のことは聞かされていたので、特別心配をするということはなかったけれど、完治するまでは心配はするものだ。

幸い熱も下がり、快方に向かっているが、母乳を卒業したこれからは様々な病気との戦いになるという。それを克服しながら免疫力をつけて大人になるのだが、そうしてみると子供というのも気楽そうに見えてなかなか大変だと思う。

土曜日に山陰放送でドラマ「華麗なる一族」の再放送をやっていた。普段、めったにドラマを見ない私だが、「とてもおもしろい」という友人の評を聞いて、今回は見てみることにした。

とてもおもしろかった。土曜だけで一気に4話放送したのだが、HDに撮って子供が寝ている間に見たが、早く続きが見たい。

最初に放送したときは、私はどうも木村拓哉の演技が好きではないため敬遠してしまったのだが、この度のドラマは演技の癖があまり出ていなくて好感が持てた。“食わず嫌い”だったと思う。

財閥の中での人間関係というのは、気持ちのいいものではないが、一方で財閥を守らななければならないという当代(北大路欣也)の気持ちもわかる。

どんなドラマが展開するか、5話以降が楽しみだ。

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2008年1月11日 (金)

タイヤと燃費

昨日は、午前中に監査委員の仕事で鳥取市内へ。午後からは事務所に戻って、諸々の仕事を片付けた。

ガソリンの値上がりで車の燃費が気になる昨今だが、タイヤの良し悪しも燃費にけっこう影響してくるものだ。

冬用タイヤは“臨時”ということなので、いつも安物で済ませる私だが、2年前の交換時にお店の方から「東北や北海道で一番売れていますよ」という説明を受けて、買ってみたのがブリジストンのブリザックだ。

しかも、「山陰のやわらかい雪にも強い」ということで、「それなら」と買ってみたが、去年も今年も雪が降らないのでほとんどその性能を試す機会がない。

しかし、このスタッドレスにかえると純正のタイヤをつけているよりころがりがよく、燃費がリッターあたり1~2Km向上する。

通常は、普通タイヤのほうが転がりがよく、燃費もいいはずだが、私の場合は逆だ。冬の方が燃費がいい。もし、暖房を使わなかったらもっとよくなるはずだ。

タイヤが少々高くても、ガソリン代の節約で何年か経てば、十分ペイすると思う。道路を掴む感触も滑らかで、タイヤというのは車の走りにとって重要なんだと実感した。

それにしても、暖かい冬だ。雪が降らなきゃスタッドレスを履く意味はない。去年なんか、まったくといっていいほどスタッドレスタイヤが雪に触れる機会がなかった。これじゃホント意味がない。今年はこれからどうなのだろうか。

そんなに雪は降らなくてもいいけど、「東北・北海道で人気No.1」というタイヤの性能を少しは試させてほしいところだ。

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2008年1月10日 (木)

一流メーカーの心意気

昨日は、鳥取県監査委員の仕事で一日中、鳥取市内で仕事。夕方に事務所に帰着して残務整理。

今朝は車のフロントガラスが霜で凍った。いつもの私ならこれが解けるまで5分から10分待つのだが、友人にもらった「氷・雪とかしスプレー」のおかげで、すばやく除去できた。

こんな便利なものがあるとは知らなかった。今日はこれからJRに乗って鳥取市へ行くが、十分間に合いそうだ。ありがとう!

昨日は、鳥取市内のとある大手家電メーカーの子会社に行ってきた。鳥取県も一部出資をしているので監査の対象となったのだが、そこでは最新の技術で世界に伍して戦う工場関係者の姿があった。

一流メーカーの工場というのは、その清潔さもさることながら、工場関係者の士気もとても高い。日本の一流メーカーを見るたびに、日本の底力がものづくり産業によく現れていると思う。

社員の一人一人に対して、資格や技能の取得など、細かく目標が管理されており、その成果はすべて食堂の掲示板に貼り出される。工場の中には、「世界の一流製品を作る」という目標が当たり前のように掲げられている。

品質管理からコスト管理、人材教育まで、はっきりいって厳しいと思うけれど、そうした努力を重ねて初めて世界に伍してやっていけるのだと再認識をした。

県の関係の仕事というのは、補助金にまみれて足腰が弱くなった組織だとか、過去からのしがらみで身動きが取れない団体や歴史的な役割を終えたのに、雇用確保のためだけに存続する団体など、どうしようもない話が多い。

公的部門の生産性の悪さは日本の国力をそいでおり、監査委員というのはそうしたものにも切り込んでいかないといけないのだが、時に正論が通らない世界だけに、うんざりすることがある。

しかし、昨日行かせていただいた会社は、誰にも頼れない中で、独自の技術を切り開き、世界に伍して戦っていた。

かつては半導体の工場だったものが、今はLEDを生産しているのだが、すでに台湾や中国との競争が始まっている。将来はどうなるかわからない。

それでもそこの社長さんは「いよいよダメなら、海に行って魚とって売るよ」とおっしゃる。半分冗談とは思うが、その心意気には感動した。

私も同じ気持ちだ。会計事務所がダメになったら皆生温泉の旅館でふとんの上げ下ろしのバイトしてでも食いつないでみせる、と思って独立した。

かつて、東京時代に世界の一流メーカーを監査していて、そこで働く人々の心意気に何度も感動させられたが、それと同じような感動を、鳥取で味合わせてもらった。

地元にもすごい会社はまだまだある。

昨日は、すがすがしい気持ちで鳥取市を後にした。

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2008年1月 9日 (水)

時代が変わった

昨日は、午前・午後とも顧問先を訪問。夕方は事務所で打ち合わせ。昨日で年末調整事務も一段落し、少々、ほっとしているところだ。

顧問先の経営者とお話しながら、認識を改めなければならないと感じることがある。それは、「日本はすでに後進国であり、衰退期に入った」ということだ。

もちろん、本当に衰退期に入ったかどうかはわからないけれど、一人当たりのGDPが世界の18位ということであれば、「豊かな国」とは必ずしもいえないし、政府の政策も将来の発展を考えたものというより、目先の票を気にした小手先の政策が目立つ。

例えば年金問題にしても、これから死に行く人々に若者から税金を取り立てて援助したところで国が発展するはずがない。

これからの世代にしっかり支援が行くようでないと国が発展するはずがないだろう、ということは確実にいえる。

ちなみに、日本の財政支出が高齢者に厚く、若者に薄いという指摘を鳥取県選出の赤澤衆議院議員がおっしゃっていて、なるほどと思った。

それらのことを考えると、現在の地方の不景気というのは「普通の状態」ではないだろうか。今までと比べるからみんな「景気が悪い」と口々にいうが、衰退期にはそれは当たり前のことであり、日本はすでに後進国になったのだから、生活が豊かなわけがないじゃないかと思う。

また、これからの世代にしっかりと教育などに金をかけていないので、将来の発展を支える人的パワーが明らかに不足するだろう。これも衰退期に入る原因といえるのではないか。

時代というのは変遷していく。国も勃興期があって成長期があって、成熟期を迎えたら、そこで踏みとどまるか、あるいは衰退していくことになる。

ある経営者が言うには、「学生が暴動を起こさない国は発展しない」そうだ。日本も60年代の学生運動の後、大きく経済成長した。中国も天安門事件などの後、現在も暴動が多数起きているようだが、大きく発展している。

これが正しいかどうかはわからないが、