お金と人生哲学

2014年4月11日 (金)

お金は貯め方より使い方

昨日は、午前中に顧問先を7軒訪問。

決算に関する打ち合わせや、消費税対応についてのご相談など。

午後は、事務所に戻って、諸々の仕事の片付け。

顧問先の方のご来客が1件。

当面の経営課題などについての討議。

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【お金は貯め方より使い方】

新社会人を迎える4月は、新聞にお金(マネー)に関する記事も増える。

そのほとんどは、「お金を貯めましょう」、「投資もやってみましょう」みたいな記事だ。

学校では、お金について学ぶ機会がない。

私らのような会計系の資格や、ファイナンシャルプランナーくらいがお金について学ぶ機会を持つが、真面目にこういう勉強をしていても、お金のことはわからない。

お金のたまる社会人への道 まず100万円に挑戦」(日経新聞)

100万円を目標に貯金しよう、という話だが、典型的な“お金のプロ”の話だ。

お金のプロというのは、貯め方ばかり話をして、「ときには自分にご褒美を」という程度にしか使うことを書かない。

逆だと思う。

「まず自分のためにしっかり使おう」であり、それでも余るようなら「貯金などほどほどにして、投資でもしよう」が、自分の可能性を広げるための行動だろう。

本当に大切なのは、「いかに使うか」であり、お金は間違いなく貯めるより使う方が難しい。

私が社会人になってすぐ、まだ初任給も出ていない状況で、まっさきに向かったのが自動車のディーラーだった。

そのころ新しく発売されたVWのPOLOが欲しくて、監査法人への就職が内定するや否や、ローンで契約してしまった。

手に入れたPOLOの走りはすばらしく、爽快だった。

この使い方は、今思えば、ちょっとどうかと思うが、それも勉強だろう。

その他、本だけは、食費よりも優先して、といったら大げさかもしれないが、それくらいの気持ちで、しっかり買ってきた。

最初のうちは、スーツも買わなければいけなかったし、まったくお金がたまらなかった。

しかし、そのうち仕事が忙しくなり、出張と終電帰りが続き、給料を使う暇がなくなって、自然に借金がなくなり、やがて貯まりはじめた。

それで、貯金で遊ばせとくのは問題だと思って、株で運用するようになった。

そういう意味で、ほとんど貯金をしてこなかったわけだが、せっかく自分の力で稼げるようになったのなら、自分のためにしっかり使えばいい。

使うことで次のステップが踏める。

社会に出れば、不自由なことも多いけれど、唯一、金の使い方は、自分の自由だろう。

それなのに、いきなり「貯金しよう」では、つまらなさすぎる。

若い人たちに、こないだの講演でも話したのだが、入ってきたお金は、精一杯の知恵を絞って使ってください、と言った。

お酒など、付き合いに使う人は、人脈が増える。

本に使った人は、知識が増える。

仕事に必要な資格試験のために使った人は、そうした技能が増える。

それでも使いきれないお金があれば、お金に仕事をさせる(投資する)。

100万円貯めると、その100万円が使えなくなる。

いきいきとしたお金の使い方を、自分で考えるのが社会人だと思う。

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2011年12月21日 (水)

お金と人生哲学 4

昨日は、午前中は鳥取市内の顧問先を訪問。

会計処理等についての意見交換など。

午後は、鳥取市内の別の顧問先へ。

事業承継等に関する相談など。

今朝は、6時から倫理法人会境港支部でモーニングセミナーの講師。

講演のテーマは「お金と人生哲学」

いろいろな事例をもとに、お金とどう付き合っていくべきか、話をした。

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【お金と人生哲学 4】

今朝のモーニングセミナーは、「お金と人生哲学」というテーマで話をしたが、正直、こんな話がどこまで受けるのか、心配だった。

結果、思った以上に反応がよくてホッとした。

「いかにお金を稼ぐか」、そのノウハウを説いた本はいくらでもある。

しかし、稼いだお金を何に使うかについてまで書いた本は稀である。

今日の話の中では、「お金は稼ぐよりも使うほうが難しい」ということ、また、「自分自身がどう人生を楽しんで充実したものにするべきかという人生哲学がないと、お金をコントロールすることが難しい」ということを話した。

お金が無いときは、どんな会社でも努力と工夫の限りを尽くそうとするが、一旦、お金が入りだすと、そのお金を浪費してしまうか、それとも将来のために適切な投資をするかによって、その後の命運が決まる。

結局、お金をいかに稼ぐかよりも、お金をいかに使うかがはるかに重要で難しい。

お金がないうちは、いかにお金を稼ぐかだけに神経が行ってしまうが、事業をしていると、思わぬ幸運などにより、ポンとお金が入ってくることもよくあること。

しかし、そのときにお金が入ってきたら何に使うべきか、十分な準備が出来ていないと、結局、浪費することになる。

浪費して終わりならマシだが、お金があるときに限って、怪しい投資話などが舞い込んできて、必要以上の借金を伴う出費を行ってしまう。

言ってみれば、自分の人生哲学の器からはみ出るお金は身につかないどころか、自分に刃を向けて返ってくることさえあるのだ。

お金に振り回される人生にならないようにするために、自分にとって人生の中で何が重要なのか、普段から考えておくことが重要なのだと思う。

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2011年11月24日 (木)

お金と人生哲学 3

火曜日は、県の監査委員の仕事で鳥取県庁へ。

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【お金と人生哲学 3】

大王製紙の創業家が起こした事件を見るに、お金と人間の幸福について、改めて考えさせられる。

三代目が会社から100億円を借りてつぎ込んだ先は、その大半がカジノだったという。

昨日の新聞紙上には、彼の生い立ちがいろいろと書かれていた。

小さいころから、家庭教師がつき、愛媛から飛行機で東京の塾に通わせていたという。

親の思惑通りに東大に合格し、若くして取締役に抜擢され、創業家のお坊ちゃまとして特別扱いされてきた。

このようにお金に一切不自由することなく育った彼の末路を見て、どこに問題があったと思われるだろうか。

一言でいえば、心が渇ききっていたということだろう。

周りが特別扱いするということは、彼にとって親身になって相談に乗ってくれる人がいないということである。

もっといえば、親身になって叱ってくれる人がいなかったということでもある。

周りの幹部たちは、皆、自分の保身のために社長となった御曹司を持ち上げるだけ。

そして、そういう周囲の態度は、彼自身も敏感に感じていたはずだ。

頭の良い彼は、そのことを直接不満として口にすることもなく、自らが置かれた立場を理解して、日々を過ごし、社長という役割を演じてきたことだろう。

しかし、その一方で心が渇き、その心の渇きを癒すためにギャンブルに走った。

呑む(=酒)、打つ(=ギャンブル)、買う(=女)は、男の本能的欲求だ。

普段の生活の中で、心の渇きが癒されないと、そのいずれかに過度に依存し、堕ちていく。

第1回で書いたように、どうやって金持ちになったか、そのプロセスが大事である。

周りの人の幸福といっしょに金持ちになった人は、決してこういう事態には陥らない。

もちろん、この事件をきっかけにして、彼が幸せな人生に転ずる可能性は十分にある。

このような状況に陥ったところで本当の友人がわかるというものだが、その周りの人たちと真に心の触れあう付き合いを通じて、彼の心が癒されれば、きっと幸福が訪れるはず。

そのとき、お金は必要なだけあればよく、本当に大切なものが何かを心から実感できるのかもしれない。

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2011年11月22日 (火)

お金と人生哲学 2

昨日は、午前中に顧問先を訪問。

業績動向の確認と期末賞与、人事案件に関する相談など。

午後は、事務所で今日の仕事の予習や調べ物など。

昨日の最高気温が12度。

今朝の最低気温は4度。

真冬並みの寒さ。

一気に秋が深まっていく感じ。

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【お金と人生哲学 2】

お金と人生哲学 2回目は、貯蓄と投資について。

昨日の読売新聞の人生案内に、事例としてはとても参考になる相談が乗っていた。

人生案内(読売オンライン) 貯金数千万円でも平凡な私」(2011年11月21日)

40代の女性からの相談の内容は、十数年、コツコツ真面目に貯金をしてきて、その額は数千万円にのぼるが、平凡な人生でつまらないというものだった。

それに対する回答も平凡であまり参考にならないのだが、貯金を数千万円も貯めるということは、決して褒められた話ではない。

使う目的もなく貯金をするようになると、その貯金はやがて使えなくなってしまう。

例えば100万円貯めると、その100万円が使えなくなる。

1000万円貯めると、その1000万円が使えなくなる。

目的もなくお金を貯めると、だんだん預金通帳に貯まっていく残高そのものに満足を覚えるようになり、気がつかないうちに貯蓄そのものが目的になってしまう。

これは、お金と人生を考える上でとても重要なことだ。

お金はいろいろな経験をしたり、知識を蓄積したり、旅行などで見聞を広めたりするために必要な“道具”で、いわば人生を充実させるための道具。

道具そのものに価値はなく、使ってナンボがお金の正体だ。

限られた予算内でお金を使おうと思うと、いろいろと頭を使う。

少ないお金をどのように効率よく使おうかと悩むことで、いろいろな勉強にもなる。

旅行に行くのにお金が少ないとき、どのルートをたどり、どこの宿を使うかをいろいろと調べることで、旅が充実してくる。

ファッションにお金を使ったり、友人や恋人などとの会食にお金を使ったり、どれもこれも頭を使うことを伴い、そして使った結果、人生にいろいろな彩りを添えてくれる。

入ってくるお金を使わずに貯蓄すれば、確かに貯金は貯まるだろうが、何も経験せず、何も楽しい思いをすることもなく、知識も蓄積せず、つまらない人生、平凡な人生になるのは当たり前だ。

そのような状態に陥った場合は、逆に強く意識してお金を使うよう努めることが治療法として必要だ。

だから、読売オンラインの人生案内の相談者に対する答えは、「強く意識してお金を使うよう努めなさい」が回答になる。

お金は貯めるよりも使うことのほうが難しい。

よく儲かっている会社の決算書を見ると、実にうまくお金が使ってある。

事業に成功しようと思えば、資金調達よりも、どこにいくら使うかの配分の方がはるかに重要だが、よい業績を上げている経営者は、お金の使い方がうまい。

また、周り人を気分よく仕事させるために、使い方もときに大胆ですがすがしい。

お金を使うことはすべて勉強になるし、お金を使うから失敗も起きて、それが自分にとっての肥やしにもなる。

人生をいかに充実した楽しいものにするかは、いかに貯金するかではなく、いかに使うかにかかっている。

お金はあの世にもっていくことはできない。

この世での楽しい思い出を残してあの世へ行くことが大切だ。

小銭を貯め込むようなことをやめて、余ったお金は努めて使うようにすると、だんだんと人生が開けてくる。

私の場合、まず本にだけはお金のないころからふんだんに身銭を切ってきた。

社会人になって給料が入るようになると、本屋に行くたびに5~6冊づつ“大人買い”をして読み漁った。

それから、車が好きで、社会人になってすぐ、初任給も入らないうちからローンを組んで車を買った。

監査法人に内定が出た次の日、私の足は近所の自動車ディーラーに向かっていた。

その後に少しずつ給料が上がっていき、勝手に貯金が出来始めてからは、余った貯蓄のほとんどすべてを株などの投資に回してきた。

最近、家族ができてようやく貯金らしいものが少しできてきたが、これもどんどん使っていこうと思っていて、基本的に貯金はできるだけしないようにしている。

お金は使ってナンボで、こうしたお金のダイナミズムこそ、学ばなければならない教養なのだろう。

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2011年11月17日 (木)

お金と人生哲学

昨日は、午前中に顧問先を1軒訪問。

最近の経営状況や課題について意見交換。

昼から商工会議所青年部の理事会に出席。

その後、仕事のオファーがあって、市内の法人を訪問。

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【お金と人生哲学】

職業がら、お金にまつわる事件にはたくさん出会ってきた。

22歳のとき、受験勉強から実務の世界に飛び出して、机上の論理ではわからないお金にまつわる人々の人生というものをそばでいろいろと見てきた。

この業界でのキャリアが16年目の私は、まだまだ経験が深いとは言えないが、少しずつ「お金と人生哲学」についてわかってきたことを情報発信していこうかと思う。

今日はその1回目 (2回以降があるかどうかは不明(笑))。

初回の今日は、お金の多寡が人生の幸福を決めないことについて。

 

お金がないときというのは誰だって「もっとお金があったらなあ」と思うものである。

決して貧乏していないとしても、「もっと自由に使えるお金が欲しい」と思うのが普通だろう。

しかし、お金持ちというのは、必ずしも幸せな人ではないのが現実。

これはお金持ちでない人から見れば不思議な話だが、事実である。

要するにどうやってお金持ちになったかが重要で、周りの人を幸福にしてお金持ちになった人は、それなりに充実した人生を送るが、そうではなく、周りの人を犠牲にしてお金持ちになった人は、どこかでその報いを受けることになる。

後者の人が意外に多いことに気づくのだ。

人間には嫉妬(ジェラシー)という感情がある。

特に平等意識の高い日本では、どうやって金持ちになったかで尊敬と軽蔑の相反する評価が下る。

「あの人は立派な人だ」と周囲が思えば良いのだが、「奇妙な商売で金持ちになった」、「人を騙すようなことをして稼いだ」などと噂が立てば、たちまち軽蔑の対象となる。

それが恨みや妬みの感情にもつながり、普段は何もなくても、いつ何どき、何かの拍子でふと顕在化して、当の本人を不幸へと突き落としていく。

だから、お金持ちになったプロセスが大事で、周りを幸せにしたか不幸にしたかで、最後は必ず帳尻が合ってくる。

要するにお金持ちになる前から、周りの人とともに幸せだと感じられる人は、お金持ちになろうがなるまいが幸せになることができる。

しかし、自分やその周りが不幸であることをお金の力で解決しようとして金儲けにまい進する人は、結局、お金持ちになったとしても不幸のままか、あるいはもっと不幸になっている。

お金の多寡が幸福かどうかを決めるのではないのはそうした理由によるものと思われる。

お金そのものを目指すのではなく、今の自分のままでも幸福と思える生活をすることが、まずは何よりも大切だということになる。

 

次回へ続く (かもしれない(笑))

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