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2016年1月 5日 (火)

箱根駅伝の現実

昨日は、仕事始め。

事務所で朝礼をしてからは、年末調整事務のフォローや山陰経済新聞の原稿書きなど。

午後に、米子市主催の「新年のつどい」に商工会議所青年部会長として出席。

その後、事務所に戻って諸々の仕事の片づけ。

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【箱根駅伝の現実】

昨日の大発会は、大荒れの相場だった。

上海株の暴落で、株は下がり、円は上がった。

ただ、中国経済のリスクは昨年からずっと意識してきたことだから、想定内のこと。

内需関連株を手掛けることで、リスクを最小限にヘッジするのみ。

ということで、株の話はまたの機会にするとして、BLOGOSの次の記事が気に留まった。

意識朦朧の選手を大写しにする箱根駅伝に「お茶の間残酷ショー」との批判 「日本に過労死が多い理由がわかる」という声も』(BLOGOSより

昨年の正月は、家族で東京に滞在し、箱根駅伝を沿道で応援するという念願を果たしたところだった。

しかし、お目当ての母校、中央大学はシード圏外に沈んだ。

今年もそうだった。

今年の場合、もう、最初から期待はしていなかった。

期待しないで、復路の中継を途中から見ると、たまたま中央大学が大写しになっていた。

「おおっ、もしや?」と期待したのもつかの間、実は、タスキをつなげないぎりぎりだったようで、繰り上げスタートの無念を映すための演出映像のようだった。

結果、“無念の繰り上げスタート”を食らっていた。

「そこまで落ちたか」と思った。

近年、箱根駅伝では「古豪」と呼ばれる母校の成績が振るわない。

しかし、その理由を探ると、当然かなあという感想を持つ。

もはや、駅伝がショーと化し、スポーツの祭典から離れた感が著しく、中学・高校レベルからの「青田買い」競争は激しく、スカウトに金品が飛び交う様子をうかがい知るにつれ、「もう勝てないかな」と思わざるを得ない。

野球のように、選手獲得に一定のモラルをはめるルールが無いので、陸上選手のスカウトはやりたい放題のようだ。

箱根駅伝で成績が上がると、私学の場合、その年の受験者数が大きく伸びるので、「広告塔」としての価値は高く、こぞって選手獲得に“投資”する。

要するに中央大学は、従来から学内ルールとしてやってきた学業成績を含むスポーツ推薦の決まりを守り続けているので、無秩序と化した競争には勝てないのは当然だ。

それを外してまで、この競争に加わるのかどうかということなのだろう。

ネームバリューのある大学でも、例えば早稲田は、所沢に人間科学部、スポーツ科学部を設置して、スポーツ特待生はそちらで処遇している。

別名「所沢体育大学」とも呼ばれているようで、これは早稲田なりの割り切り方だ。

中央というのは、そういう思い切ったことはやらない(やれない?)大学だ。

BLOGOSの記事にあるように、日本人にとって箱根駅伝がドラマとして受けるので、各大学にとっての宣伝効果はまことに大きく、やめられないどころか、ますますエスカレートしている。

日本テレビのドラマ仕立ての演出は実に見事だと思う反面、日本の陸上の長距離界が近年、伸び悩んでいるのも、おそらくは駅伝に偏りすぎているからで、どこかで自制も必要だ。

そんな思いを抱きながら、今年の箱根駅伝はほとんど中継を見なかった。

母校が沈んだからこそ見えてくる風景というのもあるのだなあ、と実感している。

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