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2015年12月28日 (月)

実りの10年はつかめるか

金曜日は、午前中に顧問先を訪問して、当面の経営課題についてのご相談など。

午後は、事務所で諸々の書類の整理など。

夕方に、中海テレビで番組の打ち合わせなど。

日曜日は、中海テレビ「県議熱中討論」の今年、最後の収録。

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【冬季休業のお知らせ】

当事務所は、明日29日(火)~1月3日(日)を冬季休業といたします。

年始は、1月4日から始業いたします。

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【実りの10年はつかめるか】

このブログも、もう10年を超えて書き続けていますが、時折、思わぬ方から「読んでますよ」などと声を掛けられると、恐縮してしまう。

タイトル通り「気まぐれ」に書いているだけですから。

仕事のことは守秘義務があるから書けないため、適当にネタを探し、綴っている。

もはや“ブログブーム”も去り、いつやめてもいいのだが、とりあえず「気まぐれ」が続く限り続けようとは思っている。

このブログのサブタイトルを、「実りの10年をつかもう!」に変えたのは、2011年の6月のことだった。

バックナンバーで、2011年6月17日のブログを読むと、そのときのことを思い出す。

私はあのとき、東日本大震災後の日本に吹き荒れる逆風が順風に変わり始めるのを予感していた。

「失われた20年」と言われる中で、日本人は巨万の富を蓄えていた。

個人の保有する金融資産は1600兆円を超え、これが数%動くだけでも経済にものすごいインパクトを与えられる。

当時だって、すでに各分野で技術力は世界を凌駕していた。

ほんの少しのきっかけを与えるだけで、日本経済は転換する。

そのきっかけが東日本大震災の復興需要だと思った。

大量の公共事業の発注は、地方経済の起爆剤になりうると思った。

2000年代は、小泉改革によって地方の公共事業が「悪玉」に仕立て上げられ、地方の食い扶持がどんどん削られた時代だった。

東日本大震災は、皮肉にもそうした風潮に反省を与えるきっかけになった。

そうした動きを見て、「実りの10年」が来ることを予感した。

予感は当たっただろうか?

東京にオリンピックが誘致されたのは、その後だったが、2020年をめがけて経済が反転しはじめた。

「地方には恩恵がない」という人もいるが、恩恵はつかみに行くもので、指をくわえて待っていても恩恵にはあずかれない。

2016年は、経済面では厳しい局面がいくつか予想されている。

消費税増税の最終的な判断も来年になるだろうし、中国経済への懸念、ヨーロッパのデフレや中東情勢の不安など。

しかし、不安な面を挙げればキリがない。

いかに明るい未来を見出すかだと思っている。

そんな話が見つかれば、また、来年もこのブログで「気まぐれに」綴っていこうかと思う。

 

今年の業務は今日で終業として、来年は1月4日から仕事を始めます。

今年1年のご愛顧を心から感謝いたします。

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コメント

こちらのブログのおかげで、平日の朝は、毎日的確な「先を見通す眼力」を認識することができました。

今年一年、ありがとうございました。

投稿: 【uz】 | 2015年12月30日 (水) 12時15分

>【uz】さま

そう言っていただけると、書き手として励みになります。
こちらこそ、ありがとうございます。
良いお年をお迎えください。

投稿: 伊木隆司 | 2015年12月31日 (木) 13時30分

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