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2014年5月26日 (月)

教育改革

金曜日は、午前中に顧問先を2軒訪問。

決算に関する報告や、数字の確認など。

午後は、事務所で3月決算法人の税務申告書の作成など。

夕方に、中海テレビの番組の打ち合わせ。

事務所に戻って、顧問先の方が来所。

当面の経営課題についてのご相談。

土曜日は、午後に理事を務める法人の理事会があり、終わってから3月決算対応。

昨日の日曜日は、中海テレビの県議熱中討論。

テーマは教育行政について。

いろいろな意味で面白かったのではないかと思う。

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【教育改革】

教育委員会が形骸化しているので、首長に権限を持たせて、それをもって改革とする案が、5月20日に衆議院を通過している。

教育委員会という仕組みは、もはや教育委員が退職した校長先生だとか、教育にさほど関心のあると思えない偉い人が就任したりして、もはや名誉職化しているという批判が久しくある。

そうした弊害が思いっきり露呈したのが、滋賀県大津市のいじめ事件だったのだろう。

もう一つ、この教育委員会は制度は、もともと教育を政治から切り離して、教育に政治や誤った思想が介入しないようにするための仕掛けだったのだが、実際のところ、日教組のように日の丸や君が代に反対するなど、左翼的な思想にまみれた教師をたくさん生み出した状況は、もはや理念もクソもないというところなのだろう。

さらにもう一つ、これは私の仕事の経験上感じたことだが、教育委員会の人たちと話をしていると、教育の中央統制を強く感じる。

例えば、今、小学校でダンスが必修になったのだが、なぜダンスなのか?と聞くと、「学習指導要領に書いてあるから」という答えしか返ってこなかった。

つまり、学校現場では、学習指導要領を順守することが何よりも重視され、現場の教師たちにある程度の裁量を持ってもらうことが極めて難しくなっている。

だから、今でも学校の究極的な目標は進学であり、いかに偏差値の高い国立大学に入れるかが重要な評価になってしまっている。

霞が関にとって効率よく人材を確保するための教育であり、地域の実情に沿った教育というもの実行していくことが、上の学年になればなるほど難しくなるのが日本の教育委員会制度だ。 

私は番組の中で、県議の皆様に、比喩的に「左に振れた振り子を、一旦、右に振って、結果、真ん中に持ってこようとする改革ですね?」と聞いてみたのだが、通じただろうか。

与党の改革案は、正直、最善のものとは思えない。

米子市の場合であっても、市長が教育にも責任を持たなければならなくなると考えればわかりやすいだろう。

それでも、改革の振り子をしっかり右に振ってみて、そして、真ん中に戻ってくるのを期待する改革と理解するしかないのが、今、出ている改革案なのだろう。

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コメント

「学習指導要領に書いてあるから」、悲し過ぎる言葉ですね、教員は大学を出て、一般社会を知らないままに20代前半から〝先生〟と呼ばれますからね

40代になった時には、私から言わせれば幼稚園児レベルの大人ですよ

考えてみて下さい、民間の会社に就職した者が、上司、先輩、顧客という大人の中でどれだけ揉まれ続けるか。20年以上揉まれ続けたおかげで、こんなに立派な大人になれました。

ありがとう!

投稿: 会社員 | 2014年5月26日 (月) 21時39分

>会社員さま

かつて学校の先生は「聖職」とも呼ばれていましたが、最近はそういう呼び方はしません。

土曜日授業を復活させようにも、教員の労働問題になってしまう今は、聖職ではなく労働者になっています。

教師にとっては、なかなか難しい時代になったと思います。

投稿: 伊木 隆司 | 2014年5月27日 (火) 08時54分

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