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2013年10月10日 (木)

第二の人生

昨日は、午前中に事業承継関連の調べものなど。

午後は、米子東高校へ行き、総合学習の講師。

職業紹介として、公認会計士の仕事について話をしてきた。

案内役の先生が、私が高校時代の担任の先生で、びっくり仰天した。

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【第二の人生】

一昨日の夜、TBS系列で「壮絶人生ドキュメント 俺たちはプロ野球選手だった」という番組をやっていた。

録画して昨晩、見たのだが、プロ野球選手の引退後の第二の人生というのも人それぞれで、興味深かった。

日ハムのエースだった西崎は、今は解説者としてやっているが、再びコーチや監督としてユニフォームを着ることを夢見ているという。

細身だった体もすっかり中年体型となっていたが、解説者になれる人はとても恵まれている方だ。

クロマティにデットボールを当てて、仕返しに殴られた元中日の宮下は、実家の米穀店を継いで、お米を運んでいた。

巨人の5番打者だった西岡は、今は焼き肉店のオーナーだが、そう簡単には儲からないようで、毎日、フル稼働だった。

稼業を継いで漁師になったり、中にはハローワークで職探しをする選手もいた。

番組でもっとも印象に残ったのは、元オリックスの高橋智選手だった。

194センチの長身からのパワーあふれる打撃は、とても印象に残るものだったが、引退後、野球関係の仕事が来るかと思ったら、ほとんど来ず、職を転々として、今、ようやくエレベーターの保守の仕事に落ち着いていた。

スター選手だった高橋氏の場合、「元プロ野球選手」のプライドがしばらく捨てられず、転職がなかなかうまくいかなかったという。

多くのプロ野球選手は、少年のころから野球一筋で来ているので、引退後に初めて世間の風の冷たさを知ることになる。

プロ選手になれるといだけでもすごいことだが、人生は引退した後の方が長いから、いろいろ苦労もするのだろう。

 

私は、昨日、母校の高校生向けに、職業紹介の講義をさせてもらった。

大半の生徒は、プロ野球のような華やかな世界に行くことなく、地道に努力を重ね、何とかして安定した稼ぎが得られるような職業に就く。

この「地道に努力を重ねる」ということの中の一つに、国家資格を目指してみるというものがあるということなのだろう。

私もかつて、野球少年だったころは、プロ野球選手にあこがれた。

だが、早々に夢破れ、「地道に努力を重ねる」方向に進むことになった。

そこには、プロのような誰もが注目する華やかな世界はないが、それでも世の一隅を照らし続けることもきっと大切なことだと思っている。

そして、これから学ぶ人たちにとって、会計の知識は、きっと世の中を渡っていく有効なツールとなるだろう。

可能性のかたまりである高校生には、どんな道に行くとしても、しっかりがんばってほしいと思う。

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コメント

運動が得意だった、容姿端麗な美男美女だった、あれから20年以上経ち今はどう?

なぜ、勉強が大切かと言うと脳が最も衰えない、又は高いレベルを長期間維持できる。

スポーツはもって40歳である。松井、イチロー、清原、桑田、全て終わった。将棋の羽生は今なおトップ棋士である。さすがに60歳になれば衰えているだろうが、恐らく現役でトップレベルにあると思う。

少年少女よ、勉強しなさい。脳は最も信頼できるパートナーである。

投稿: 会社員 | 2013年10月11日 (金) 21時51分

>会社員さま

なるほど、「脳が最も衰えない」というのは納得ですね。
長く活躍しようと思ったら、脳を鍛えるということが大切だという意味がよくわかりました。

投稿: 伊木 隆司 | 2013年10月12日 (土) 08時46分

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