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2013年8月20日 (火)

桜島の思い出

昨日は、県の監査委員の仕事で鳥取県庁へ。

住民監査請求の監査結果について、平井知事に説明。

午後は、事務所に戻って6月決算法人の税務申告書の作成など。

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【桜島の思い出】

今年の桜島は、例年にも増して火山活動が活発のようだ。

一昨日の噴煙をテレビニュースで見たが、ものすごい迫力だった。

 

桜島を見るたび、思い出すものがある。

2004年の8月21日に行われた、長渕剛の「桜島オールナイトコンサート」だ。

早いものであれから9年が経った。

私の友人に、熱狂的な長渕ファンがいて、誘いに乗って、米子から約14時間ほどかけて鹿児島の桜島まで行ってきた。

朝の6時に岡山からツアーバスが出るというので、米子を午前3時に出発した。

岡山から約9時間で鹿児島に到着。

そこから、延々と長距離を歩いてコンサートのための特設会場に付くころには、夕方になっていた。

桜島についてから、この会場までの山歩きが本当に疲れた。

まだ、暑い時期だったし、午前3時に米子を出発したので寝不足で、会場に着いたときにはすでにヘトヘトだった。

“オールナイト”といっても、長渕が登場したのは、すでに午後9時ごろだったのではないだろうか。

「おまえら、朝まで歌うぞ~!」みたいな感じで始まって、桜島を指さし、「あの山の向こうから、太陽を引っ張りだせ~」と長渕に煽られたのを覚えている。

そりゃ、朝になれば、自然と日は昇るわけだが、長渕にかかると「お前らの気合いで引っ張り出せ~」になるのだ。

オールナイトコンサートは、途中に長い休憩を何度も入れながら、本当に朝まで歌った。

こっちはしょっぱなからヘトヘトで、何度もしゃがんで、しかし、会場が会場だけに、仮眠すら取れず、過酷な体験をした。

オールナイトコンサートというのは、言葉の響きはかっこよくても、実際には、蒸し暑さと寝不足との戦いなのだ。

ただ、長渕の歌はとてもすばらしかった。

「ひざまくら」という初期のころの歌をアコースティック一本で引き語りをしたのが、もっとも感動した。

戻ってから、アルバム「風は南から」を買ったほどだった。

朝になると、桜島の方向から太陽が出た。

“俺たちが引っ張りだした”のだと思った。

長渕は偉大な詩人だと思った。

そして、観衆を魅了する天才だと思った。

 

私は、このコンサート会場のトイレで、財布をなくすという失態をしたのは苦い思い出だ。

用を足すときに落としてはいけないと思って、棚の上において用を足していたら、そのまま置き忘れてトイレを出てしまった。

途中で気付いて、戻ってみたが、すでに無かった。

 

もう一つ、帰りのバスのこと。

疲れ切って、帰りのバスのバス亭までたどり着くと、岡山へ戻るツアーバスが何となく満員の様子。

運転手が「まだ乗れますよ」と、私たちに呼びかけてきた。

「よし、これに乗ろう」といって、友人と乗り込むと、空いていたのは補助席だった。

「マジっ!?」と言葉を失いつつ、友人と「しょうがねぇなぁ」といって、通路に補助席を出して、すわり心地の悪いまま9時間、岡山まで戻った。

リクライニングもなく、しかも背もたれは背中の途中までしかない補助席に9時間乗って帰ってきた。

とても過酷なツアーだったが、それだけに思い出に残っている。

誘ってくれた友人には感謝している。

ちなみに、その友人は私の結婚式で「乾杯」を歌ってくれた。

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