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2011年9月 2日 (金)

大相撲

昨日は、県の監査委員の仕事で朝から鳥取県庁へ。

夜は、鳥取市内のホテルで内外情勢調査会の講演会に出席。

講師は、大相撲の元横綱大乃国の芝田山親方

演題は「大相撲 ‐改革と承継」。

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【大相撲】

昨日、講演の行われたホテルに到着したとき、偶然にも芝田山親方がホテルのロビーに到着されたところだった。

そして、私がエレベーターに乗ったとき、これまた偶然にも親方と乗り合わせてしまった。

しかも二人きりで!。

「今日は講演聞かせていただきます。よろしくお願いします」と、声をかけたら、「ああ、そうですか」と言われた。

芝田山親方が現役時代は、私もよく相撲を見ていた。

ただ、横綱大乃国の印象となると、千代の富士の全盛時代と重なっていたこともあり、やや薄いものであったと思う。

引退してから最初に大相撲の八百長問題が週刊ポストに掲載されたとき、大乃国はガチンコ力士として書かれていた。

千代の富士の連勝記録を止めたのも大乃国だったが、それもガチンコ相撲を貫いたからだという記述だった。

最近、テレビで親方を見たのは、スイーツの話だった。

親方自ら、小豆からあんこを作る姿をみて、その味へのこだわりがすごいと思った。

また、自らロールケーキを焼いている姿を見て、ロールケーキなんて、買って食べるものとしか思っていなかった私は驚いた。

私も甘党だが、和菓子も洋菓子もこだわりの強い親方の甘党は筋金入りだと思った。

講演が始まる前に、親方と少しだけ話をする時間があり、「テレビで小豆からあんこを作る姿を見て、すごいと思いました」と私がいうと、親方は「自分の親がそうしてあんこを作ってくれたので、育った環境が大きいんです」と言われた。

真剣勝負を貫き通したこと、スイーツ好きなこと、この2つがわかってから、現役を引退された後になってではあるが、芝田山親方には少なからず好感を持っていた。

講演は、親方が大相撲の世界に入る前、実家の北海道で農業を手伝う少年だった時代のことから話をされた。

農作業を通じて、地道な作業を積み重ねることの大切さが自然に身についたとおっしゃった。

相撲の世界に入って、稽古が非常に厳しかったこと、ニ子山部屋へ出げいこに行って、猛烈に鍛えられたことなどを話された。

当時のニ子山部屋には、横綱若乃花(二代目、現間垣親方)、大関隆の里(現鳴戸親方)、関脇若島津(現松ヶ根親方)など、当時のスター力士がキラ星のごとくいた。

そして、ニ子山部屋の師匠は土俵の鬼といわれた初代若乃花であり、稽古の厳しさも角界一だったという。

この時代の力士の名前が、親方の口からバーっと出たとき、私はその一人一人の顔と体型、あるいは回しの色などが頭に浮かべることができた。

この時代、私はよく相撲を見ていたのだと、改めて思った。

相撲を見るのが好きだったんだと、今になって気付いたのである。

本当に厳しい世界を生き抜いてきた親方も、今は弟子を育てる立場。

現代の若者と親方が新弟子だったころと、あまりにも環境が違っていることに、親方もいろいろ戸惑っているという。

つまり、自分が厳しい稽古で鍛えられて強くなったプロセスを、同じように今の若者にやるとあっという間に夜逃げしてしまうという。

また、外国人が増えた今、相撲界の習慣を押し付けるとトラブルになり、親方もいろいろ苦労されているご様子だった。

加えて、昨年から大問題になった賭博事件や八百長問題への対応で、相撲界は大改革を迫られている現状を話された。

これだけ時代環境が変わった中で、大相撲の伝統を守ることがいかに難しいか、変化しようにも簡単でない部分が多々あることがよくわかった。

講演時間は90分だったが、その90分間、一生懸命話をされた姿が印象的だった。

心のこもった講演で、本当に真面目に相撲に取り組んでこられたことがよく伝わった。

相撲界の改革と、弟子の育成という、二つの難題に取り組む親方を応援したいと思った。

Photoいただいた名刺の裏には、「身体の大きな少年・力士志望の青少年がおりましたら、是非ご紹介ください」とあった。

地方に行ったら常に相撲部屋へのスカウト活動をしているという。

もし、みなさんの周りに該当する若者がいらっしゃったら、私にご連絡ください。

芝田山親方をご紹介いたします。

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