« 将棋 | トップページ | 狙いは何か? »

2010年11月 1日 (月)

星野監督

金曜日は午前中に事務所で調査事案の片付けなど。午後は顧問先を2軒訪問。その後、中海テレビの番組打ち合わせ。

土曜日は、商工会議所青年部の中国ブロック大会。中国ブロックの青年部会員を中心に、約1000人が米子に集結した。

記念講演に、プロ野球楽天監督の星野仙一氏がやってきた。

招聘したときは、まだ監督に就任していないかったが、つい最近、楽天監督に就任し、一躍時の人となった。

日曜日は、中海テレビの県議熱中討論の収録。

テーマは関西広域連合について。

このテーマ、実に興味深い話がいくつかある。地方分権の行方がどうなるか、道州制がどうなるか、官僚支配がどうなるかなど、様々な思惑が絡む話になっている。

日本の将来を占うテーマでもあり、機会があったらまた書きたい。

----------------------

【星野監督】

私はカープファンなので、星野監督のファンではないが、その人柄には少なからず好感を持っていた。

しかし、北京五輪の後の評価をメディアを通じて聞いて、正直言って私の中での星野監督への評価は下がっていた。

しかし、土曜日に講演を聞いて、好感度が上がった。

とにかく批判を恐れずやってやろうという考えの持ち主だった。

講演では北京五輪後のことにも触れていた。「負けたのだから批判されても仕方ない」とはっきり言っていた。

それよりも、「批判するより、される側に居たい」という言葉にはさすがだと思った。

幼いころから家が貧しく、母親のなけなしの稼ぎでグローブを買ってもらった話には、ちょっと涙が出そうになった。

高校時代、甲子園一歩手前で、米子南高に敗れた話はおもしろかった。

米子には縁がある人なのだ。

63歳になってなお、新しい挑戦をするというのはすばらしいことだと思う。

「常に挫折をバネにしてがんばってきた」と言っていたのが印象に残った。

楽天イーグルスは遠い地域の球団だけど、東北の地で熱く燃えてもらいたいと思う。

|

« 将棋 | トップページ | 狙いは何か? »

コメント

星野監督の講演会があったんですね。聞いてみたかったですね。
ちょっと熱苦しい感じが嫌な人もいるでしょうが、あのハングリーさはすごいし、見習うべきところもあると思います。
米子南校に敗れて甲子園を逃したということは、春のセンバツでしょうか?
監督になると忙しくなるでしょうから、ギリギリのタイミングで貴重な講演でしたね。

投稿: 井 | 2010年11月 1日 (月) 09時46分

夏の甲子園は昔は1県一校では無かった時代のことです。
岡山と鳥取で東中国地区で1校の時代の話です。
準決勝で強豪だった米子東高に勝って、決勝は弱いと思われた米子南高。
出られると確信すると、試合前の夜寝られなかったそうです。
結果は3点取られて負け。
今でも米子では、当時の野球部のメンバーが星野投手の倉敷商に勝ったことが語り草になっているとのことでした。


投稿: 伊木隆司 | 2010年11月 1日 (月) 09時57分

星野さんの講演会は私も聴講したいですね。
米子南高校の硬式野球部は,男子生徒の減少で,現在でも廃部?休部?状態だと思います。私が在校生の時も男子生徒が全校生徒の1/6だったのですよね!!
1960年代に硬式野球部は甲子園に3回出場しているのですよ。
学校の敷地内に甲子園出場記念碑がありました。
年配の教師が授業中に,「星野さん在籍時の倉敷商業に勝利をして,甲子園に出場した!。」
よく語ってましたね。
私達生徒には,実感がなく伝説の話でしたが!!
夏の選手権,春のセンバツで,甲子園のアルプススタンドで野球部の応援する事が夢でした!

私の親戚も,米子東高校を卒業してからも,同校野球部が夏の甲子園に出場した時に,吹奏楽部OBとして応援に駆け付けていました。

伊木さんは,米子東高校の在籍時に,野球部の応援に甲子園球場に行かれました?

投稿: 南高校の卒業生 | 2010年11月 1日 (月) 15時39分

黄金期があったということは、今の南高の様子からはちょっと想像できませんが、確かにあったんですよね。
私が高校在学中は2度甲子園に出て、応援にも行きましたよ。
しかし、それ以来、春に一度でたきり、夏の甲子園は出場していないとのことです。
何かとがんばってもらいたいとは思いますね。


投稿: 伊木隆司 | 2010年11月 1日 (月) 18時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 将棋 | トップページ | 狙いは何か? »