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2010年3月 9日 (火)

一隅を照らす

昨日は、一日中、ひたすら確定申告の書類を作成。

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【一隅を照らす】

教育について、私のような門外漢が語ると、「何をわかったようなことを言うのか」みたいな反応があるから、あまり言いたくはないが、私も子を持つ親になったわけで、教育に関心をよせないわけにはいかなくなった点はご理解願いたい。

最近の傾向として、特に若い世代に増えているのが、「世界に一つだけの花」を目指そうとしている人だろう。

スマップの歌だが、しかし、みんなが「世界に一つだけの花」になれるわけではない。(と、言った瞬間、教育界からは批判がきそうだ)

若いときに見る夢も、やがて現実が見えてきて、ある意味で妥協しながら、目指すべき着地点を見定めていくわけだが、そのときに頭の中にいつまでも「世界に一つだけの花」が見え隠れすると、そういうわけにもいかなくなる。

「世界に一つだけの花」は、持っている力が皆、平等であるならば成立するが、実際には、能力には差があり、本来ならば、その差をお互いにカバーしながら社会は成り立っていかないといけない。

左翼的平等主義者と、現実を見据える保守主義者とでは、このスタートが違う。

保守主義者は、現実にある能力差をあるがままに受け入れたところから議論をスタートさせるが、左翼的平等主義者は、理想からスタートさせる。

この違いは、教育方法の差になって現れる。

しかし、平等を叫べば叫ぶほど、格差が拡がることに気づいている人はまだ少ない。

昔の日本だったら、能力のある者は、ない者に対し、それなりの施しの気持ちもあったのだろうが、平等が前提になると、結果についても自己責任であり、格差が放置されがちになる。

共産主義も新保守主義(=ネオコン。小泉内閣時代に日本に入ってきた市場原理主義の思想)も、いずれもユダヤやキリスト文化の中で生まれた思想だ。

日本に昔からあった考えは、「一隅を照らす」であり、自分なりに、自分のポジションで全力を注ぐことが重要だという教えで、決して世界に一つの花ではなくても、自分の努力は確実に世の中の一隅を照らしているという考えだ。

中庸のところに日本の良さがあったと思うわけで、私はこれからも「一隅を照らす」努力をしたいと思っているところだ。

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コメント

「学習院でもこのざまか」
学習院なんかもう要らんな...
この記事も含めて、全く同じ感想を得ました。

さて、公立の小学校では学年によって差はありますが、さながら動物園です。
参観日では、より落ち着きが無くなるでしょうから、サファリパークになります。
特に低学年。

あ、騒いでいる子の親は何も言いません。
先生も昔のように怒りませんし、叩きません。


うちの子には、愛国躾教育を施してあるので、まるで大人のようにじっと座っています。
今日は学期末懇談なので「○○ちゃんは、素晴らしいですね」ってきっと言われてきます。


でも、子ども(ひらがなに変換しやがる!!)ですから時に悪さをして怒られます。
うちは女の子なのであんまり叩きはしませんが、だいたい泣くまでやっつけます。

で、必ずこう言います
「お父さん(お母さん)は、お前に"いい大人"になって欲しいから怒るんだよ。」

うちでやってる躾は、それだけです。


「世界に一つだけの花」教員組合は、この唄が大好きなようです。

ナンバーワンを目指さなければ、オンリーワンにはなり得ないのに...。

学校とは、現実社会で生きていける"大人"を養成する機関です。
最初から挑戦することを是としない人間を育てて何の意味があるのでしょうか?
そんな学校なら、事業仕分けに掛けてしまえばいい。

しかし、前段にも書きましたが、今問題になっているのは、家庭教育「躾」の範疇だと思います。

もしうちの子が参観日で騒ごうものなら、きっとその場で罵倒します。泣くまで。

投稿: 某市議会議員 | 2010年3月 9日 (火) 13時25分

左翼的な理想平等社会の行き着くところが、モンスターペアレンツやクレーマーのはびこる社会でありましょう。

今は誰でも発言の機会を得、自分に都合のいい事を発信できる。
「平等」という、誰も否定できない言葉を武器に、自分の主張をねじ込もうとする。

インターネット社会のひとつの弊害でしょう。


平等とは、まず自分の責任を果たすこと。与えられた役割を全うし、人からも補完してもらう社会の有り様。

「一隅を照らす」とは、人間の基本に立ち返る、立派な考え方だと思います。

投稿: 桃太郎 | 2010年3月 9日 (火) 15時30分

「一隅を照らす」素晴らしい奥ゆかしい言葉です。

私は、歌唱「世界に一つだけの花」は、オンリーワンを強調してるのではなく、いやオンリーワンとは、「一隅を照らす」自分なりに自分のポジションを全うする。それが世のため人のためと言った考えがあるのではないかと。

「もっともっと特別なオンリーワン」⇒一隅を照らすとの解釈こそ、作詞家のメッセージではないのかと思うのです。

投稿: 名無し | 2010年3月 9日 (火) 23時52分

>某市議会議員さん

「動物園」ですか・・・。
噂には聞いていましたが、やっぱりそういうことってあるんですね。

私らのころは、参観日はなんだか緊張して、みんなじっと座っていたように思いますが。

やっぱりこのままではまずいと思います。
そう思う人から、まずは自分の家庭できちんと子供をしつけることをしていかないといけないと思いますね。

投稿: 伊木隆司 | 2010年3月10日 (水) 08時34分

>桃太郎さん

モンスターペアレンツは、私の身近でも聞いたことがあって、かなりひどいらしいですね。
おっしゃるとおりで、「平等」という言葉をたてに、実際には、かなり横暴な主張をねじ込もうとします。
また、気の弱い先生に付け込んで、要望をエスカレートしたりします。
ひどいもんですよ。


投稿: 伊木隆司 | 2010年3月10日 (水) 08時37分

>名無しさん

そのように解釈すれば、全く問題ないどころか、いい歌だと思います。
ただ、実際には言葉尻だけが捉えられて、誰でも華やかな立場で活躍できると思いこんでいる若者が増えているような気がして、つい、書いたところです。

まだ社会のなんたるかもわからない段階で、「これは自分の仕事じゃない」とか言って、就職をためらったり、離職してしまう若者が多いと聞くので、残念なことだと思っているところです。

投稿: 伊木隆司 | 2010年3月10日 (水) 08時42分

「家庭教育」の復興無くして、日本の明るい未来は無いように思います。
我が国教育の奇妙さ加減に気付き始めた、僕たちの世代が行動を起こさない本当に手遅れになっちゃいます。

「個性重視」「子どもの権利」そして「友達親子」
こういった風潮が招いた悪しき流れ...。

一人一人の大人、親が、責任感を持つことが最も大事なんでしょうね。

投稿: 松田ただし | 2010年3月10日 (水) 09時28分

あ、実名で書いちゃった(^◇^;)
(URLも載ってるからどうでも良いですが)

投稿: 某市議会議員 | 2010年3月10日 (水) 09時29分

>某市議会議員さん

突きつめてくとそうなると思います。
まず、家庭であり、気付いた人から始めないといけないと思います。

選挙も近いですね。
我々の世代の代表として、活躍を期待しています。

投稿: 伊木隆司 | 2010年3月10日 (水) 15時37分

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