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2007年3月

2007年3月30日 (金)

ゴミの有料化

昨日は、午前中に3月決算会社の決算方針や、新年度に新たに設置する部門についての会計処理についての打ち合わせを、また、午後からは2月決算会社の税務申告書作成についての打ち合わせ、収支チェックの依頼のあった団体へ結果の報告などを行った。

その後は、依頼を受けた事業承継対策についてのプランを考えていた。事業承継対策というは、代替わりをするとき、または代替わりをした後に、株の引継ぎなどの問題が生じるので、その解決を図るための対策だ。

どこまできっちりやるかによって異なるが、株の引継ぎの手段や時期などを慎重に選ばないと、後々面倒くさいことになりやすい。加えて家族問題が伴うケースもあるので、神経を使う仕事でもある。ただ、その会社にとってはとても重要な問題でもあるので、お話をよく聞きながら進めたいところだ。

さて、明日が土曜日なので、今日は実質的に年度末となる。

米子市では、4月からゴミ出しの有料化が実施されるため、“駆け込み”でゴミを出す人が多く、今週のごみ収集は、どのトラックもゴミを満載して、しかも1往復では足らず、2往復くらいしているようだった。

私もこれを機会に家にある不要なものを整理して出そうと思っていたが、結局、多忙を理由にゴミ出しができなかった。一袋あたり60円なら、3杯くらい出しても本当は大したことはないのだけれど、「有料化」というのは当初は心理的な負担を感じてしまう。

4月に入ると休日に時間がとれそうなので、家の片づけをしようと思うが、4月になってからたくさんのゴミを出すのは、なんとなく間抜けな気がしてしまう。

お隣の境港市は、不燃ごみについては一定量まで無料にしていたことから、米子市からゴミが移動してくることを警戒して、制度を見直すそうだ。隣の市町村に迷惑をかけるようなことを米子市民にはしてほしくないが、有料化になれば、残念ながら不法投棄を含めてそういう問題は起きるのかもしれない。恥ずかしいことだけど。

ゴミというのは、消費者として出さない努力をしても、どうしても出てしまうものだ。不要なダイレクトメールなんてしょっちゅう来るし、何か物を買えば包装紙やパッケージがゴミとなる。有料化にすればゴミの量が減るという人もいるけれど、普段からゴミなどできれば出したくないと思っている者からすれば、有料化にしてもゴミを減らす動機付けにならない。

ゴミ出しの有料化というのは、そういうことも含めて、はっきりいって良い政策とは思えず、苦しい財政運営の裏返しだというのは間違いない。

有料化が定着するまで、変な問題が起こらなければいいなと思う。

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2007年3月29日 (木)

怪しい報道

昨日は、午前中にお客様からの税務相談、午後から1月決算会社の税務申告書の作成を行った。

目標時間の17時に終了せず、結局終わったのが18時過ぎ。それからフィットネスクラブへ行き、軽く1時間汗を流す。

帰ってから食事をして、子供と遊んで、その後、寝かしつけ。最近は、寝返りのイメージトレーニングと称して、子供の体を左右にゴロンとゆっくり転がして遊んでいる。寝返りを打つイメージを体感してもらおうという狙いだ。

昨日も例によって、9時をすぎたころから大泣きを始めたが、昨日は5分ほどで消火。しかし、そのあと再び目を覚まし、ご機嫌モードになり、私が添い寝をすることになった。泣きが足りなかったのだろうか。

私はフィットネスクラブで体力を消耗させていたせいか、子供よりも私が先に寝てしまった。妻に起こされ、選手交代。こういう負け方があったのか。

さて、今朝のニュースで、TBSが不二家をめぐる一連の報道の中に事実誤認があったというものがあった。不二家事件は、例によって怪しさいっぱいで、事件の発覚前に外資系投資銀行が大株主になっているし、賞味期限のごまかしで誰も腹痛などの被害が出ていない点なども、お得意の“株下げ攻撃”のように思っていた。

そうしたものに追い討ちをかけるのが報道の役割であるが、TBSは「事実誤認」といっても、こういうのは「意図的」であって、「捏造」といえるのではないか。だとすると報道はそこまでして、投資家たちの利益に加担していたことになる。西武事件や日興証券、三洋電機などなど、誰も被害を蒙っていないのに株価がどんどん落ちていく(落としていく)手法は、お見事ですなあ。

そういえば、今朝のネットニュースでは、痴漢で逮捕された植草教授が公判で無罪を主張したという記事が配信されいた。

99.9%の人が植草教授は単なる変態だと思っていらっしゃるでしょうが、この人は権力に対して真っ向から批判の声を上げていた人物だ。それは何かというと、りそな銀行をめぐる竹中大臣(当時)の政策について、「インサイダー取引疑惑があるから、検証しろ」といってたのだ。これはある意味でここ数年で最大のタブーではないだろうか。

2003年のりそな事件をめぐって、金融当局がそれまでの厳しい政策から保護政策に転換したのをきっかけに、株価が反転高騰をはじめた。この反転上昇で大もうけをした海外の投資家が多数いる。それも半端な額ではない。外国人投資家が儲けたということは、それだけ日本から外国へ富の流出が起きる。

それはいかんじゃないかと、竹中大臣と外資系金融機関の癒着を責め続けていたのが植草教授だから、彼はある意味で触れてはいけない事実に触れようとしていた。痴漢が本当だったとしても彼は単なる変態ではなく、権力にたてついた変態だ。

こうしてみるとメディアの報道というのは実に怪しく、鵜呑みにしているといいように騙されるということだ。常に裏を読んで、本当のことを知る努力をしていないと、先のことを見通す目が狂ってしまう。改めて、そのように思った。

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2007年3月28日 (水)

たそがれ泣き

昨日は午前中は、会計監査の残務整理。午後は打ち合わせ2件と、依頼を受けていた団体からの収支報告のチェック作業。

目標としてた7時帰宅はならず、8時過ぎとなってしまった。

5ヶ月目に入った息子は、最近9時を過ぎたころに大泣きをするのが習慣になっている。こちらももう慣れたもので、昨日はすべて私一人で、なだめて、寝かし付けた。

大声を出すことは、大人でもストレスの発散になる。また、声帯から腹筋まで、体の基礎的なパーツを鍛えることにもなる。3ヶ月を過ぎた乳児が、夜に泣く現象は、原因がわかっていないようだけど、みんな同じような経験をされているようで、きっと、くぐり抜けなきゃならないトンネルなんだろう。

最初のころは、あきらめてどうしようものなくなってふとんに置いたりして、さらに泣きに火が付いたこともあったけど、今は、「その程度の泣きで、この私がひるむとでも思うか?」などといって、結局最後は寝かしつけて、父親の全面勝利が続いている。

子供もそういうのを我慢して、くぐりぬけないと大人にはなれないのだろう。私は30歳を超えた今でも苦労して、耐えなければならないことがたくさんある。それでも、若いときに経験した苦労のほうが大きいから、少々のことでは動じない。

いかに苦労をして、失敗を経験して、大人になるかが重要だななどと、まだ乳児だから早いのだが、自分を振り返ってそう思う。

たぶん、これからの人生も四苦八苦なんだろうけど、人生そんなものと諦めて、常に前向きにがんばっていきたいと思う今日このごろだ。

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2007年3月27日 (火)

60歳まで働ける体づくり

3月決算会社にとっての年度末を迎え、あわただしさが増してきた。法人顧客が多い当事務所にとっては、これから5月までが繁忙期になる。決算方針等を早めに固めることが、次年度へのスムーズな移行を促す。

私は、決算というのは、決算日を迎えるまでが、もっとも重要だと考えてお客さんに対応をしている。だから、この時期は何にでも対応できるよう、普段よりもより一層の緊張感をもって仕事に挑んでいる。

それでも、昨日は夕方にフィットネスクラブへいった。時間は作ればできるものだと実感した。要は「やらなければいけない!」という動機付けがうまく働くかどうかの問題なのだろう。

運動を長く続けるためには、どんな動機付けがいるだろうかと考えているが、私の場合、「ダイエット」というのはあまり眼中にない。むしろ、少々腹が出ているほうが、恰幅がいいというか、儲かってそうなオヤジに見えて商売にはいいかもしれない、というくらいに思っている。

私が常々思っていることは、「60歳までバリバリ働ける体力を養いたい」ということだ。今までは学生時代の部活動の貯金でなんとかやってきたが、体力の落ち込みを感じる今、体を再構築して60歳までしっかり働ける体を作っておきたい。

そのためには、日常的に運動していなければならないし、また、それは部活動みたいなハードなものではなく、緩やかでいいので、長く続くものでないといけない。少々太っていてもいいから、活力みなぎるビジネスマンでいたい。そういう思いで体作りに励みたいと思っている。

実際、フィットネスクラブで汗を流してみると、夜の睡眠が深くなるし、その分、朝の目覚めもいい。今朝方も、4時ころに子供の声で目が覚めたが、私はアッという間に寝入ったので、ほとんど影響なしだ。

60歳までバリバリ働ける体を目指して、これから体力づくりに励もうと思う。

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2007年3月26日 (月)

週末の日誌

土曜日は約2年ぶりのゴルフ。風雨が強く、スコアは散々だったけど、「ゴルフって、やっぱりおもしろいな」と思い直した。

この2年間は、ずっと「多忙」などを理由にゴルフから遠ざかっていたけれど、たまたまきっかけがあって再開することになった。

土曜日は、折からの風雨で、後半途中からは寒さからかくしゃみを連発。目がショボショボしてしまって集中が切れた。隣のコースや林の中にボールを探しにいくことほど面倒くさいものはない。

しかし、いい運動になるし、もう少しまともなスコアがでれば(せめて100を切るくらい)、十分楽しめると思う。

日曜日は、午前中は子供の世話。午後から中海テレビの収録。今回は、前半が米子市議会での予算案否決についてで、後半は改正から1年が経った介護保険制度のその後についてだった。

予算案の否決については、個別の政策的な話よりも、市当局の説明責任を求める声や野坂市長への事実上の不信任の意味合いが強い。政策的な話だけなら妥協もできただろうが、問題はもっと根深いところにある。今後の成り行きを見守りたいところだ。

高齢者福祉についても、米子市の場合は地域包括支援センターの取り扱いに問題が起きている。市としてもう一度、福祉に対するビジョンを練り直す必要があろう。

夕方からは、友人宅へ招待され、同じく昨年産まれた友人の赤ちゃんと、わが息子が初対面。といっても、まだわけがわかっていなくて、途中からわが息子は寝入ってしまった。

友人の赤ちゃんは、わが息子より5ヶ月ほどお兄ちゃんになるが、ゼロ歳児というのは、5ヶ月も違えば、ぜんぜん体格が違うものだ。9ヶ月になる友人の赤ちゃんがずいぶんしっかりして見えた。逆にいうと、あと5ヶ月もすれば、うちの息子もハイハイをしたり、おもちゃで一人で遊ぶようになるのか。

わが息子は、昨日でちょうど産まれてから丸4ヶ月がたった。いろいろあったけど、何とかここまで大きくなってくれた。ここ3日間ほど、明け方に授乳で起きた後、おしゃべりするのが定例になっている。「あーーうーーー」とか「あうぇーーー」とか、けっこう長く声を発し続けるところに成長の後が見えるのだが、夜中にこれをやられるので、こっちは睡眠不足だ。

しばらく我慢が続く。

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2007年3月23日 (金)

フィットネスクラブ

意を決して、フィットネスクラブへ行くことにした。

運動不足を解消したくて、ずっと前からジム通いでもしようかと思っていたが、時間の都合もあって、のびのびになっていた。

実は1年以上前に、意を決してとりあえずジャージとシューズを購入していた。しかし、そこからまた「もうちょっと待とう」と思って、ずるずると時間をすごしてきた。それから1年以上もクルマのトランクにジャージとシューズを置きっぱなしのまま、時間がすぎた。

そのうちにお腹がさらに出てきて、ホックの締まらないズボンが出たため、もう潮時だと思っていた。

そんなところに、友人たちがジム通いを始めたと相次いで報告があった。みんなが活き活きとした表情をしているのをみて、ついに先週の土曜日、決断をした。

友人に言われた。「時間は作らなければダメだ」と。

確かにそうだ。私はいろいろと言い訳をしながら、「仕事をする時間」は作ってきた。ジム通いだって、あえて時間を作らないとできるわけがない。事務所経営が安定するまでは、気が抜けなかったのは事実だが、すでにちょっとやそっとじゃ潰れない経営体質ができた。もはや、言い訳はできない。

そして昨日、米子市内某所のフィットネスクラブに友人の紹介で入会をした。

まず、体のデータを検針してもらった。体脂肪率が23%で、「太りぎみ」だそうだ。ここ3年間ほど、ほとんど運動をしないで、食事だけはしっかり食べてきたから当然かもしれない。もはや、陸上で短距離ランナーだったころの面影はない。

考えてみれば、高校卒業後の15年間、あのころ運動した貯金でここまで暮らしてきたような気がする。監査法人時代の出張生活も、独立後の仕事詰めの生活も、体力的に破綻しなかったのは、それまで蓄積した体力のおかげだったと思っている。

しかし、ここへきてその貯金もすでに枯渇していることに、自分が一番気がついている。仕事は体力だ。体力がなくなると気力が萎え、思考力も落ちる。頭脳労働だからといって体力をおろそかにすると、肝心の頭が疲労で働かなくなる。

まあ見ていてください。私は筋肉の鎧をまとった会計士に変身しますから。

しかし、運動したあとは食事もうまくなる。これまで気にしないつもりでいたけど、やはりどこか食事の量を気にしていた節はある。これからは、運動量に見合った食事をとることが可能となる。それがとてもうれしい。

実は、先週の土曜日にジム通いの意を決してから、すでにジムに通ったつもりで食事をたらふく食べるようになっていた。これでジムに通わなかったら大変なことになっていただろう。

昨夜も、一通りメニューをこなし、家に帰ってしっかり食事をとり、昨日のお彼岸で残っていたおはぎも食べた。

頭の中のイメージで、私はすでに筋肉の鎧をまとったつもりでいるようだ。

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2007年3月22日 (木)

春分の日に思う

火曜日は、夕方に奈良の友人宅へ行った。彼はいつも最新のビジネスの動向について教えてくれる。

クルマで片道4時間半。ぶっ飛ばしたつもりだったけど、吹田のジャンクションで事故渋滞のため30分の足止めを食らった。行きも帰りも事故現場に遭遇し、結構事故をしているものだなと思った。

あのあたりは、時速100キロで車間距離は10メートルほどしかとらないから、追突事故なんて珍しくないだろうし、一度事故が起きたら大事にもなりやすい。それでも上海よりはぜんぜんマシだから、それを思えばまだいいほうかもしれない。

友人宅では、ビジネスの最新動向や今後の見通しなどを教えてもらった。彼と私は小学校からの同級生だが、たまたま昨年、私と同じく第一子が誕生した。子供が生まれると価値観が変わるといわれるが、確かにそうだとお互い納得しあった。

それまではお互い仕事が第一の人生だったけど、子供と接していくというのもかけがえのない時間だし、そちらも重視したい。しばらくは、このジレンマと戦いながら、どちらにおいても成果を出していかないといけない。

そんなこんなで、深夜3時まで話込み、翌朝8時に起きて、それからまた11時過ぎまで話しをしてきた。

その後、私は帰路につき、4時間ほどで家にもどって、昨日はお彼岸、妻の実家のお墓へ参ってきた。子供は初めてのお墓参り。しゃべれるようになるまでは参らない方がいいという言い伝えがあるらしく、今まで控えていた。しかし、子供は眠ったままだったが・・・。

仕事と家庭。私は両方を充実させたいと思っているが、最後は家庭が重要だと思っている。もちろん価値観は人それぞれだろうけど、それぞれの人が、そうしたせめぎあいの中でいろいろともまれて行くことが、人生なんだろうか。そんなことを思った、春分の日の休日だった。

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2007年3月20日 (火)

ビスタ

先週、仕事の最中にスタッフのノートパソコンが急に暗くなって画面が見えなくなってしまった。どうやら、液晶のバックライトが消耗したらしい。

パソコンは会計事務所では仕事上の必需品だから、すぐに修理に出すか、新しいのを買うか決めなければならない。

そのパソコンは、使い始めて4年ほどのIBM製だが、すでにバッテリーが消耗し、充電できなくなっていた。そこで、急ぐ事情もあって新規に購入することを決めた。

今はちょうど新しいOSである、ウィンドウズビスタが発売されたばかりで、XPと両方が市場に置いてある状態だ。XPモデルは処分価格のはずだが、ネットで調べると思ったよりは安くなっていない。ビスタが不人気で、案外、よく売れているのだろう。

しかし、私は新しいものを試したいという気持ちもあって、ビスタ搭載のパソコンを買うことにした。

機種は、ソニーのバイオノート。私にとっては、悪夢を思い出させるソニー製だ。思えば、2年前の夏、突然にパソコンが立ち上がらなくなり、意味不明のメッセージが出るようになった。それは「死のエラー」と呼ばれるもので、リカバリをかけるしかないというエラーだった。

それまで、パソコンの調子が非常によくトラブル知らずだっため、こまめにバックアップすることを怠っていて、数ヶ月分のデータがすべて消えた。まさに悪夢だった。

それでもソニーを買ったのは、近くの電機屋さんですぐに買えるという理由もあるし、東芝などと比べて、機能的に必要なものが揃っていたという、これといった大きな理由はない。とにかく、急いで仕事に間に合わせたかった、といのが一番かもしれない。

使い始めて1週間がたつが、ここまでビスタについての感想は、「バグが多い?」という印象を持っている。

初期不良だろうか。たとえば、インターネットエクスプローラーで、「お気に入り」の整理をしようと、削除をかけても亡霊のように削除できないものがあったり、同じく閉じても閉じられない亡霊が出たり。

また、バグではないけど、お気に入りの登録がめんどくさくなっている。

それから、従来のアウトルックエクスプレスがなくなり、「ウィンドウズメール」というのに変わったが、データの移行にとてもどまどった。従来のように一筋縄ではいかなくて、ネットからフリーソフトをダウンロードして、なんとか事なきを得た。

そして、現段階においてもプリンターのドライバーをうまくインストールできないでいる。

今のところ、ビスタがとりわけ使い勝手がよいとは思えない。慣れの問題もあるだろうが、XPの完成度が高かったことがよくわかる。プリンターなど、周辺機器がXP対応だったりすると、簡単に互換できない点が不満だ。

また、ビスタの売りなのだろうが、いろいろなアイコン等が、立体感のあるものに変化しているが、実際上、別に必要な進化とは思えない。ワードやエクセルの指示コマンドもビジュアルに変わって、かえってわかりにくいものもある。また、新しい指示を覚えないといけないので、これは踏襲してほしかったところだ。

昨日は、仕事が少し落ち着いたこともあって、データの移行作業等を一気に片付けようとしたが、思いのほか時間がかかった。うまく動いてくれないパソコンと格闘するという不毛な時間をすごした。私のようなパソコンの素人にもわかりやすくしてもらいたいところだ。

そのうち慣れるのだろうけど、今のところ、ビスタにはなんのアドバンテージも感じていない。早く慣れて、使いこなせるようにすることが、当面の課題か。

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2007年3月19日 (月)

三つ子の魂 百まで

Dsc00627 3月も半ばだというのに、今朝の米子は7時半の時点で気温は1度。昨日、車のタイヤをノーマルに履き替えた。これで雪が降ったら笑うしかないが、今日は、夕方から雪の予報。積もらなければいいが・・・。

写真は、昨日撮った大山。自宅マンションのベランダからきれいに見えたので、写したもの。左の端に見える白い部分が中ノ原スキー場だが、この時期になって雪が付いてきた。

暖冬で、経営が厳しかったのは、スキー場だけではない。衣料品の小売業も冬物があまり売れず、タイヤ屋さんもスタッドレスタイヤの売れ行きが芳しくなく、板金屋さんもスリップ事故が無くて仕事が大きく減った。

天気に左右される商売というのは、悪いときにどうするかを常々考えておかないといけないのだが、人間、なかなかそうはいかないもの。それにしても今年の冬は例年になく暖冬だった。

前置きが長くなったが、私が最近、モットーにしている育児の心がけは、「三つ子の魂、百まで」である。いろいろ育児に関する本を読んだり、人に経験を聞いたりして、総合して言えることは、3歳までの育て方で、その後の人生の大部分が決まる、というものだ。

つくづく思うことは、昔の人が考えた言い伝えやことわざというのは、決してバカにできないどころか、真実を鋭く突いていることが多い。“迷信”といって斬って捨てるのは、科学信仰に頭をやられた現代人のおごりだと思う。

そういうこともあって、私は経験則に基づく年長者の意見というのを実にありがたく拝聴させていただくことにしている。

そこで育児については、「勝負は3歳までだ」というのが私の出した一つの結論だ。

乳児というのは、まだ言葉や目に映ったもの認識力がないから、言語的に、あるいは映像的に、物事を記憶することは出来ないけれど、そばにいる人の感情の認識能力は極めて高い。例えば、親が機嫌が悪かったりすると、鋭く検知して「泣き」で応えてくれたりする。逆に親の機嫌がいいときは、子供も自然に笑顔を浮かべたりする。

これは乳児の持つすごい能力なのだが、3歳までの育児はこれに働きかけるしかない。つまり、親が愛情たっぷりに接してやることが、とても重要で、これに勝る育児はないのではないだろうか。

感受性の優れた人は、人の気持ちが理解できたり、コミニケーション能力に優れたりするが、それは3歳までの育ち方に大きく左右される。だから、育児の勝負は3歳までで、後は少々ひねくれても何とかまっとうに育ってくれるものと思う。

逆に言うと、中学受験(鳥取県には無いが・・・)などの段階から教育に力を入れても遅いということで、知識だけが豊富で人の気持ちを平気で逆なでするような人間にならないようにするためには、乳児の間にしっかり親とコミニケーションを取っておくことが一生を決める。勉強なんて出来なくても平気だけど、人の気持ちの分かる温かい人間になってもらいたい。

「3つ子の魂、百まで」。昔の人は、すごいことを言うものだ。

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2007年3月16日 (金)

花粉症 明日はわが身?

花粉症の季節が到来しています。

私はまだ花粉症ではないですが、この季節になると明らかにくしゃみの回数が増えます。

普段の季節なら、くしゃみは1日に1回するかしないかだと思いますが、この季節になると、朝2回、昼5回、夜2回、くらいはくしゃみをしてしまいます。

花粉症でない人も、大量に花粉を吸い続けることで、そのうちに発症するとよく言われますが、ここ数年、私はこんな状況で、いつ発症するだろうか、とある意味、覚悟を固めてはいます。

花粉症の苦しみは、直接わかりませんが、私がかつて、東京で一人暮らしをしていたとき、築3年の鉄筋コンクリートのアパートに住んでいたときのことです。

壁一面に、うっすらカビが生えてきて、エアコンを使うとどうやらそのカビが飛散するらしく、くしゃみが止まらなくなったことがあります。そもそもなんで壁にカビが生えるのかがわからなくて、最初はカビに気が付きませんでした。

後で知ったのですが、築2~3年くらいのコンクリートの建物は、コンクリートに含まれる水分が浮いてきて、カビの原因となることがあると書かれていました。

くしゃみが連発するときというのは、はっきりいって、つらい。だから、私は今のところ花粉症ではないけれど、そのつらさは理解できるのです。

しかし、そのうちに私も花粉症になるのかもしれません。ただ、こればっかりはどうしようもないような気がします。

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2007年3月15日 (木)

覆水、盆に返らず

季節感のある背景がみつかったので、さっそく替えてみた。もう半月もすれば桜の季節。

それにしても、3月に入ってから寒くなってきた。車のタイヤをノーマルに換えようと思っているけど、山間部を走るときちょっと不安がある。どうしようか。

今日は私が、普段、心がけている考え方を一つ紹介したい。

それは、「覆水、盆に返らず」ということわざだ。

英語では、「こぼれたミルクを悔やんでも仕方がない」というようだが、この誰でも昔から知っていることわざが、ビジネスの世界で、投資の世界で、そして日常生活で、どれだけ役に立ったか知れないと、最近、つくづく実感をしているところだ。

人間は、日々一生懸命がんばっていても、思いがけない失敗をしたり、不運に見舞われたりすることがある。そういうときに、どんな心の持ちようをするかで、その後の結果が大きく変わってくる。

仮に悔やむことで、失敗や不運をカバーできるのならば、私は精一杯悔やんでみせるだろう。しかし、すでに起こった出来事を覆すことは、神様でも不可能なことだ。過ぎた時間はもとに戻らないし、起こった出来事は取り消せない。

そこで、未来に向けて出来る努力を考え、実行することが、唯一の慰めであり、打開のための手段になる。

こういう思考法ができるようになってから、私の人生はとても前向きで、積極的なものになった。人間はもともと失敗したり不運に見舞われたりするように出来ているのだが、その失敗や不運に対する心の持ち方の違いによって、それぞれの人生が違ってくる。

失敗は、自分の至らなさに気づかせてくれるし、不運は自分の中にある傲慢を直してくれる。天が与えてくれた好機をありがたいと思って乗り切らないと、きっとバチが当たるだろう。

残念ながら世の中には、こぼれたミルクを悔やむ人が多いように思う。それだけならまだしも、そういう立場の人に不用意な同情を行ったり、慰めをしたりして、さらに崖の下に突き落としてしまうケースがある。もちろん、同情する人に悪意はないが、悪意がないだけに、かえってタチが悪い。

こういうときこそ、未来に向かって知恵を絞らないといけない。「覆水、盆に返らず」という誰でも知っている単純なことわざが、これほど重要だとは、習った当時はわからなかった。

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2007年3月14日 (水)

難しい仕事

確定申告は、今日、すべての申告書を提出し終わる予定だ。

15日は例年通り、予備日として空けるように日程調整。

気持ちに余裕がでてきて、久しぶりに下世話な噂を読むために、週刊誌を購入。

週間現代には、安倍首相の悪口がたくさん載っていた。安倍首相と北朝鮮のつながりには、いろいろと黒い噂があるが、今回は拉致問題の「救う会」の錬金術についての記述。

なんでも、拉致問題をてこにして総理の座に登りつめ、拉致関連の資金にも怪しい流れがあるとのこと。

一つ思うことは、安倍首相というのは、本当にマスコミを抑える力がないのだな、ということ。安部内閣の数々の大臣の失態の多くが、安倍内閣以前に起こっている事象で、過去から続いてきたものが、ここで点火されるというのは、安倍首相にマスコミを抑える力がないからだろう。これはアメリカ政府との関係が必ずしもうまくいっていないことを意味している。

小泉前首相は、アメリカとの関係が非常によかったので、マスコミを抑えることができた。その代わり、日本はイラク派兵やドルの買い支えなど多大な援助をアメリカに差し出した。

安倍首相になってから、教育や法律などで、古き良き時代の日本復古を図ろうとしていて、それがアメリカから見れば「植民地の反乱」みたいな目で見られているから、一連のスキャンダルは安倍首相に対する警告なのだろう。もちろん、これには中国ロビーも絡んでいると思われる。

日本の首相は難しい仕事だと、つくづく思う。宗主国(=アメリカ)に礼を尽くさないといけないし、反面で祖国の利益も確保しなければならない。三角合併は予定通り解禁が決まったし、松岡農相にしても、今回のスキャンダルで牛肉問題や、その他の分野の自由化問題で弱みを握られた。アメリカの牛肉は、また表示の不適正が見つかったのに、マスコミは追えていない。

ちなみに松岡農相は鳥取大学農学部出身。鳥取県には思い入れが深いそうだ。スキャンダルは残念だけど、そういうのを乗り越える知恵がないと政治家は務まらないことがよくわかる。

こうした難しい局面に、安倍首相は保守回帰路線によって乗り切ろうとしているようだが、どうなることか。経済の上げ潮政策は、しばらくお預けかもしれない。

安定するまで、しばらく目が離せない。

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2007年3月13日 (火)

仕事の質を上げる

冬らしい冬も無いままに、3月も半分が過ぎようとしている。このブログの背景を「雪の結晶」にしていたのだが、季節感がなくなってきたため、もとの背景に戻すことにした。

確定申告は大詰めだが、私の仕事は概ね順調に推移していて、今日か明日にはすべての申告書の提出を終える予定だ。

年に1度の確定申告は、毎年、少しずつだけど新たな発見と勉強がある。医療費控除ひとつとっても、手引書を読んで「(こんなのもOKなのか)」と、発見したりする。こういうのは、実際に該当するものが出てこないとなかなか覚えないものだ。

ところで、仕事をする上で反省すべき点が見つかったのでここに記しておきたい。

それは、3月に入って仕事の質が落ちているのではないか、という自分に対する反省だ。2月が多忙だった反面、3月は予定通りに仕事が進んでいることをいいことに、仕事の集中力が落ちている。1時間で出来る仕事を2時間かけてやっていたりする。

「人が1時間でやる仕事を30分でやってやろう」というのが、私のモットーだったのに、今月は全く反対の方向になっていることに、今朝気がついた。

「2月が忙しかったから、息抜きも必要だ」なんて、自分で自分をかばうようになったらやばい。息抜きは仕事が終わってからすればいい話で、仕事中は、仕事の質をあげるべく集中力を高めておかなければならない。

独立すると、こうしたセルフチェックを常にしていないと、誰も自分に対して警告を発してくれないから注意が必要だ。おそらく、会社の経営者たちも同じだろう。自分に対して忠告をしてくれる人がいないことは、要注意な状況だと自覚しないと、いつの間にか会社が左前になってしまっていることもあるだろう。

ちなみに、いい会社というのは、こうしたチェックの仕組みが自然と備わっているところに経営上のノウハウがある。こうした小さな努力の積み重ねは、3年も経てば大きな差になっているからバカにできない。

いろいろなところで「格差」が問題になっているけれど、実はこんな普段の心がけから生まれている格差が大きいのではないだろうか。

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2007年3月12日 (月)

バランス

2月は忙しくて、土日といえども子供の世話をすることがほとんどできなかったけど、3月に入って仕事が順調に片付いているので、この週末は、土日とも休みにしてしっかり子供の世話をしてきた。

あやして、寝かしつけて、おむつを替えて、またあやす。

ベビーカーに乗せて買い物にいったり、法事にいっしょに連れて行ったり。

生後3ヶ月も過ぎると、だいぶ表情が豊かになり、こちらも調子に乗ってキャッキャッと言って遊んでいた。

2日間、張り切ったせいで、昨晩寝るときにはなんとなく背中に疲労感を覚えた。抱っこして背筋が疲れたのだろう。

母親っていうのは、育児中によく腰を痛めるそうだが、子供の体重が6キロにもなると、ずっと抱っこをしていて、腰にじわりと疲労感が溜まってくるのがわかる。

母親はどうしても無理せざるを得ないことがあるから、そこで無理をして腰を痛めるのだろう。

私はつい2・3年前まで、5キロの鉄アレイで腕を鍛えていたけれど、最近はほとんどやっていないので、体がなまりきっている。

学生時代の貯金でここまでやってこれたけど、ここいらでもう一度鍛えなおさないと、次の10年で変なケガをしそうな気がする。そう頭でわかっていて、多忙を理由にトレーニングを怠る自分を反省する。

ここは一つ、仕事を少々削ってでも次の10年のために体を鍛えておかなければと、自分に言い聞かせるのだが、はて、仕事を優先したい自分とどちらが勝つかだ。

私の周りでは、仕事や付き合いを優先する人が減って、家庭を重視する人が増えているような気がする。確かに今は、仕事を一生懸命するだけでは、なかなか報われないことも多く、むしろ、家庭を重視するほうが、心の安らぎや充実感を確実に得られることにみんな気がついてきてるのだと思う。

私も、あまり仕事ばかりに力を入れすぎないで、家族と遊んだり、体を鍛えたり、バランスよくこなしていきたいと思った週末だった。

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2007年3月 9日 (金)

光ファイバー

事務所のインターネットを光ファイバー接続に変えた。

今まで使っていたADSLよりも確かに速い。

かつてISDNを使っていたとき、「遅い」とは思っていたけど、「そんなもの」と思っていたが、ADSLに切り替えたときの感動は今でも覚えている。「なんであんな遅いのを我慢して使っていたのだろう」と思ったものだ。

しかし、最近は動画を入れたホームページが増え、ADSLでさえ表示するまでに少々時間のかかるサイトも増えている。それでも特別苦にならず、「そんなもの」と思っていた。

今回、光ファイバーに変えようと思ったきっかけは、通信コストが大きく下がるからだ。ADSLはアナログ回線だからそれまで使っていたFAX回線を別契約にするなど、通信コストは高かったといえる。

しかし、光ファイバーに変更してから、電話の基本料も通話料も今までより安くなり、FAXも電話と同じ回線契約で済み、それらを含めた通信コストが大幅に下がった。しかも、ネットが快適に閲覧できる。

3年前くらいに、光ファイバーが米子でもサービスを開始したとき、私は真っ先に申し込んだ。しかし、私の入っているビルの前の道路には、「まだ線が敷いてありません」との回答だった。

私の事務所のあるビルは、国道9号から100メートルほど中に入る。「ラスト ワンマイル」じゃないけど、ラスト100メートル足りなかったわけだ。

今回は、NTTからの電話営業によるものだったが、コストも下がって環境がアップして、よかったと思う。

携帯でも何でもテクノロジーの進歩はすごいものがあるけど、積極的に享受して、アドバンテージにつなげたいと思う。

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2007年3月 8日 (木)

携帯機種変更

3年ぶりに携帯を機種変更しました。約10年前にはじめて携帯を買ってから、これで6台目だと思います。

最初に買ったのが「P201」で、それ以後ずっと「P」を使い続けていますが、今回もP703iuです。折りたたんだときの厚さが11.4ミリと、世界最薄だそうですが、今までのと比べて格段に薄く、軽くなったため、スーツのポケットに入れていても重さを感じず、かさばらずで、この点は満足しています。

ずっと「P」を使ってきた理由は、機種変更したときに新しいボタン操作を覚えなくてもいいからでしたが、今回、P505isからの変更では、ボタン操作が大きく変わっていて、別に「P」にこだわる必要はなかったと思っているところです。

こういう道具というのは、使いこなしてなんぼなんでしょうけど、いろいろな新機能が付いていても、結局使うのは、電話とメール、ネットを少々、くらいなものでしょう。あと、私は目覚まし時計代わりにアラームを使っているのですが、703に関しては、3つしか設定できず、5つ設定できた505よりも機能的には後退です。

私は朝、2~3分おきに4回アラームを鳴らして起きてましたから、ちょっと不安でしたが、無いものは無いで、2回で目覚められるようになりました。

携帯を変えて2週間ほどがたとうとしていますが、機種変更した当初の違和感はだいぶなくなり、ようやく手に馴染んできました。薄いだけに、持ちにくいという難点がありますが、これもそのうち慣れるでしょう。

今回の機種変更も東京出張中に行いましたが、新宿のさくらやで本体価格が9800円ほどで、すべてドコモポイントでカバーしたため、実質0円で購入できました。出たばかりの最新機種が0円で買えてしまうのだから、うれしいやら、技術者の方から見れば悲しいような気もします。

ちなみに、私が最初に携帯を買ったのは関東地区でしたから、私はドコモ中国管内ではドコモショップでしか機種変更は受け付けてくれないのです。ドコモショップは“定価”のような価格で販売しているので、東京出張の折に電機屋で機種変更するのです。

今回は、機種変更まで約3年使ったので、今まで最長だったと思います。道具というのは使いなれると、変えにくいものですが、安く買えるのであれば、ときどきは機種変更して、新しい機能を楽しむのもいいかもしれません。

そのうち、米子地方でも「おさいふ携帯」が普及してきたら、それもいいなと思っています。

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2007年3月 7日 (水)

「不正会計」という“道具”

こないだまでの異常なほどの「暖冬」が、昨日から一転して真冬の寒さとなった。昨日の最高気温が5度。今朝も1度まで冷え込み、外は粉雪が舞っている。体が「暖冬」に慣れてしまったせいか、この寒さが特別に寒く感じてしまう。

今朝の朝刊各紙は、日興証券グループがシティバンクに買い取られるニュースで持ちきりだった。過半数を所有するための買付け価格が6000億円だというから、シティの本気ぶりがわかるというものだ。

このニュースから読み取れる重要な情報が、2点ある。

一つは、依然として外国人による日本買いが続いているということだ。大手証券会社を買えば、1500兆円に及ぶ日本の個人資産に一気にアクセスすることができる。巨額の資金を投入しても、6000億円なんて安く、十分にペイすると彼らは読んでいるからこその買収劇だ。

これは、日本の株式市場は今後、ますます上がると彼らが読んでいることの何よりの証拠だ。

二つ目は、「不正会計」というものが、日本の優良企業を買収するための道具になっているということだ。もちろん、そう断言するには根拠不十分だが、会計のカラクリを熟知した者でないと出来ない工作活動があったと私は推測している。

ちょっと前に西武鉄道グループは、「名義株」という不正開示によって上場を廃止され、外資に買われてしまったが、実質上の株主と名義上の株主が違うという「名義株」で、一体だれが損を蒙ったというのか。それでも、堤氏は大罪悪人のレッテルを貼られて、牢獄にぶち込まれた。

ライブドア事件にしても、微妙な解釈の問題が絡むし、三洋電機の子会社株の評価にしても微妙だ。もっと前には、りそな銀行の税効果会計でも怪しげな動きがあった。

現代の会計は、将来の見積りを基にした極めて不安定で微妙な判断を含む会計処理が増えている。その判断のスキをついて、不正を指摘された場合、抗弁するのに難儀することは十分想定される。ここに、工作員の入り込む余地が存在する。

日興がどうだったか、その他の会社がどうだったか、私に知る由もなく、評価する立場にないが、外から結果だけをみれば、いずれも「外資の手に堕ちた」という事実だけが残っている。最初からそれが目的だったのではないかと勘ぐられても仕方がないだろう。

そういうことを承知で会計のロジックを作り上げたユダヤ人たちというのは、実に頭がいい。「会計不信」「監査不信」と騒ぎ立てることが、実は、彼らを利していることにマスコミは気づくべきだろう。お人好しな日本人は、彼らの狡猾さを少しは見破る努力をすべきだろう。

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2007年3月 6日 (火)

人の行く裏に道あり花の山

株式市場は昨日も大暴落。いったい大丈夫なのか?という声があちこちから聞こえてきます。

以下はあくまで私の判断なので、信用されるかどうかは読者にお任せしますが、まず言えることは、新聞をはじめマスメディアというのは、下がったときには下がった理由を付け、上がったときには上がった理由を付けるものです。

こういう“後出しジャンケン”は、全く心配する必要がないと思っています。本物の投資家は、上がったときに下がる理由を心配し、下がったときに上がる理由がないかを探します。

マスメディアの言うことは「過去の情報」であって、投資家が必要とする情報は「未来の情報」です。アナリストとか評論家は、適当なことを言って発言に責任を持ちませんが、投資家は自分が身銭を切って投資をしているわけで、自分の判断には、自分の財産に対する責任を掛けているのです。ここが、評論家と投資家の一番の違いです。

次に、「大きな流れ」を見失わないことが大切です。「大きな流れ」とは、外国人を含め、多くの投資家が日本のファンダメンタル(基礎的条件)を高く買っていて、「日本で大儲けしてやろう」と思っている現状です。これは変わっていないでしょう。

アメリカ国内が、住宅バブルの崩壊や製造業の弱体化などで疲弊する現在、投資家はいかにして日本の優れた技術力と潤沢な資金力をてこにして大儲けするか、虎視眈々と日本の金融マーケットを狙っているのです。

日銀が利上げをさせられたのは、これから円にポジションを切り替えたいというNY金融財閥の圧力ではないだろうかと思っています。ドルを売って円を買い、買った円で何を買うか? 結局、土地や株を買うことになるのでしょう。

外国人が円で運用したいとなれば、円の金利を上げて円高にもっていけば、ニ重の利益になります。まさに、そこが外国人ロビーの狙いでしょう。

最後に、こういう不安が広がっている局面で冷静に買いを検討できるかが、成功する投資家と失敗する投資家の違いだと思っています。多くの人が、損してから投資をやめますが、私はいつでも損してからがスタートでした。今回もその通りになる保証などないですが、あくまで大きな流れに変化がないかどうかを重視して、今回の下げに関しては「買い」と判断し、保有株については「ホールド」です。

人の行く 裏に道あり 花の山

これは相場の格言ですが、私には、外国人投資家が喜んで買っている姿が目に浮かぶのです。

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2007年3月 5日 (月)

ままくい

昨日でわが息子は、生後100日を迎えた。生後100日になると、そろそろ離乳食ということで(実際にはまだ早いのだが)、「ままくい」という儀式を行う。

用意した盆に、おかゆとおすまし、鯛を乗せて、箸で口まで持っていく。

それだけのことなのだが、こういう儀式があるということ自体、子供ができるまで知らなかった。こういうときに、親や親戚がいろいろと教えてくださるので、ありがたいと思うと同時に、まだまだ知らないことがたくさんあるなぁと思う。

儀式はその程度でおわりだけど、せっかくだからということで、もしかしたら何か好んで食べるかもしれないと思っていくつかの食べ物を子供の口に持っていき、いろいろ試してみた。結局は何も食べなかったが・・・。

おかゆについては、口に含んだものの、いつの間にかヨダレとともに、ヨダレかけに落としていた。

失敗したのはレモン。最初は冗談のつもりだったが、遊び心でほんのすこしだけ口に含ませたら、全身をビクっとさせてとても酸っぱそうにしていた。生後3ヶ月の子供には早すぎた。反省。

さて、わが息子も生後3ヶ月を過ぎて、体重の増加が鈍化してきた。これまで急激に大きくなって、新生児用の服など、着られなくなった服が続出したが、ここへきてそれも少し落ち着きそうだ。

それにしても赤ん坊の成長は速く、あっという間に服が着られなくなるからびっくりだ。外出用の乳児用の上着も、数回着ただけで、おそらく来年の冬は着られないだろう。

それから最近は、だんだんといろいろなパターンで泣くようになってきた。ここ数日間、夕方から夜に掛けてよく泣くようになった。複数の育児書に「たそがれ泣き」とか「夕暮れ泣き」とか書いてあって、「3ヶ月児に多く見られる」とかかれている。

3ヶ月になるとだいぶ外出などができるようになるし、いろいろな人に出会ったりするようになるが、そうすると一日の疲れが夕方以降にドッと出る、という説もあれば、「運動のために泣く」という説もある。

どちらも当たっているように思えるが、いずれにしてもいろいろな成長過程があるのだなと感心している今日このごろだ。

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2007年3月 2日 (金)

ディパーテッド

こないだの水曜日、仕事を終えてから映画 ディパーデッドを観にいってきた。当初の予定では、今日までの上映予定だったが、アカデミー賞の作品賞をはじめ、4つのタイトルをとった影響だろうか、日吉津のMOVIXでは、上映期間をしばらく延長することになったようだ。

ならば、一昨日にわざわざ時間を作って行く必要はなかったが、そんなことを言っていると、結局いつになっても観にいく時間が取れないから、半ば強制的に映画館へ足を向かわせた。

「ディパーテッド」とは、日本語で「故人」のことだが、映画のタイトルの邦訳を「故人たち」にするなど、もっと考えてほしいと思った。カタカナで書かれると余計に意味が分からない。昔は、絶妙な邦訳タイトルがかなりあったけれど、最近の洋画のほとんどは、英語のタイトルをそのままカタカナにしたものが多い。安直だと思うのは私だけではないだろう。

映画はタイトルそのままに、結局、みんな故人になってしまった(苦笑)。それだけに、重い映画だったと思う。見終わった後、どっと疲れが出たような気がした。

警察がマフィア組織に放ったスパイがレオナルド・デカプリオで、マフィア組織が警察に放ったスパイがマット・ディモンだった。

もともとあった香港映画のリバイバルだそうだが、私はそちらは知らない。そういう意味で純粋にこの映画を楽しむことができたが、当初予想していたかっこいいスパイ映画ではなく、ドロドロとした警察とマフィアの戦いが描かれており、それにFBIが絡んで、さらにドロドロとした内容だった。

スパイというのは、優秀でないと勤まらないが、たとえ優秀であっても常に命の危険にさらされている。数々の修羅場を潜り抜け、何とかミッションを果たしてきたが、結局、最後はみんな始末されてしまった。

この後味の悪さ。スパイなんてなるもんじゃないと思った。

ただ、よく描かれていたと思うのは、警察とマフィアの関係だ。マフィアがいるから、警察が必要とされる、ある種の矛盾のようなものがうまく描写されていたように思った。これは日本でもそうだけど、警察と暴力団の関係というのは、暴力団があるおかげで警察がメシが食えているという側面もあろう。

また、こうやってお互いにスパイを送り込んで、内部の情報を漏らして戦っていると、結局、仲間を信じることができなくなってしまう。警察側もマフィアの側も、どちらも内部にいるスパイ探しをするのだが、身内を疑わなければならない気持ちの悪さというのは、表現しにくいが、これほど後味の悪いものはない。

この映画には、そういうドロドロとしたものがよく描かれていたと思う。アカデミー賞の作品賞を受賞した理由まではわからないが、見終わったあとにドッと疲れを感じさせるほど視聴者が作品に引き込まれてしまうくらいのしっかりとした表現が出来ている映画だといえる。

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2007年3月 1日 (木)

暴落なんのその

今回の暴落の引き金は中国だが、ご存知の通り中国は今、来年に開かれる北京オリンピックに向けて、最終仕上げの段階に入っている。バブルが開催直前にはじけては、オリンピックの成功もおぼつかないことから、早目の調整に手を入れたというのが真相ではないだろうか。

したがって、今回の下落は中国当局の人為的な操作であり、大きな流れに変化はないと見ている。ただ、市場の動揺が収まるには、株価が回復するまでしばらくかかるかもしれない。

それにしても、昨日のように大きく下げた局面でも、しっかりと買いが入っていたことを見逃してはならない。誰が大量に買っていったか知らないが、暴落こそ投資の好機であり、本物の投資家はそういった千載一遇のチャンスを逃さない。

「得意粛然、失意泰然」という言葉があるが、みんなが悲観しているときは泰然と構えてチャンスを待ち、みんなが熱狂したら粛然として終わりを読む。

今後も大きな流れを読みながら、みんなが熱狂しはじめたら、そのときに静かに投資をやめたいと思う。

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