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2006年6月

2006年6月30日 (金)

独立するために③ 迷いについて

「迷い」について

独立をするかしないか、答えが出ず、悩み、苦しみ、迷うのが普通だと思う。

一つの結論だが、「悩んでいるうちはやめたほうがよい」と思っている。

私の場合、東京での仕事に大変恵まれていたため、大手の監査法人を辞める理由がなかった。でも、自分の郷里に帰って仕事をしたいという目標も捨てがたかった。しかし、東京からみて米子という小さな街に仕事があると思えず、人口15万の街に税理士が80人もいて、会計事務所がどうやって食っていくのか、東京での収入を捨てるのに恐怖心があった。「本当にやっていけるだろうか」と。

それでも独立を決意した理由は、①悩んでいる時間がもったいなかったこと、②独立には少なからずリスクがあるが、若いうちなら失敗してもリカバリー可能だと思ったこと、が大きな理由だ。いざとなったら、皆生温泉の旅館でふとんの上げ下ろしのバイトしてでも食っていくぞ、と開き直った。

実は、失敗したときのために第二の戦略も考えていた。皆生温泉の旅館でふとんの上げ下ろしのバイトをして、ご主人様に認めていただいて、まず経理の仕事をして、営業、接客、などにも精を出して、そのうち経営を任されるようになろうと考えていた。温泉旅館の経営が厳しいことは知っていたから、きっと私の活躍の余地はあるだろうとたくらんでいた。結果的に、実行に移すことはなかったが・・・。

横道にそれたが、人間は結局自分には嘘がつけないのだと思う。自分の本心に逆らうことはできない。逆らえば体が拒否反応を示す。胃が痛くなったり頭痛をひきおこしたり・・・。

結論を出す段階では迷いは消えている。迷うということは、どちらにも利があると思っている証拠であって、どっちの結論を出そうと構わない状況のことを言う。

一つ言えることは、「今、自分のいるポジションは常に正しい」ということだろう。間違っていると本気で思ったのならば、自然にポジションを調整しようとする。ポジションを調整しようとしないのは、無意識に「今のポジションでよい」という結論を体が出しているのだ。

だから迷っているうちは、動かない方が得策だ。じっくり構えて機が熟すのを待つ。

当時、迷っている私にフォローウィンドウ(追い風)が吹いた。独立した当時は“会計ビックバン”の真っ只中。「これは地方でも使えるのではないか」と。

次回以降は、迷いを断つために重要な3つの要素(①こころざし、②需要予測、③資金)について順を追って説明していく。

次回へつづく。

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2006年6月29日 (木)

独立するために② 人生観を持つ

人生観を持つ

5月15日のブログで、「独立するために」というのを書いたが、少しでも独立を目指す方の参考になればと思い、シリーズ化をしていこうと思う。

まず、独立云々を語る前に、独立しようがしまいが自分はどう生きたいのか、「いかに生き、いかに死ぬか」という人生観、あるいは死生観を持つことが大切だ。

私は一度きりの人生を精一杯生きてみたい。そして、できることなら自分だけのためでなく広く社会の役にたってみたいという人生の目標を持っている。文章に書くときれい事のように見えるかもしれないが、大きな理想を持たないと到達する目標が小さいものとなってしまう。最初は“大風呂敷”でも理想主義者でも構わないから、大きな理想と目標を持つことが大切だ。

そしてそれを紙に書いて貼っておくと、効果てきめん。次第に頭の中に刷り込まれ、今では「社会のために役に立ってみたい」と当然のように言えるようになったし、自分の仕事をチェックするとき「これは社会的に意義ある仕事か?」観点からできるようになった。

人間は必ず最後は死ぬ。しかもそれは将来のいつの時点なのか予測が付かない。現代人はこのことを忘れているのではないだろうか。当然のように80歳くらいまで生きると思っていないだろうか。

私は二十歳のときに大学のキャンパスで出会った人生の師とも言える先生が、元陸軍の将校で二十歳のときに部隊を率いて朝鮮海峡で日本を守るために命を投げ出して戦争していた事実を知ってショックを受けた。そして、戦後は生き残ったことを恥じ、精一杯亡くなった同胞のためにも日本をよくしようという気持ちで働いたと聞かされた。

「なんということか、今の二十歳は親からの仕送りでのんびり生きている。恥ずかしいのは現代の学生の方だろう」と、そのときに痛感させられた。50年前の若者は、命を国家にささげて戦っていた。それを「間違い」と簡単に言うべきではない。今の平和はその人たちの犠牲の上に成り立っている。

50年前の学生には負けるが、少しでも社会の役に立つ大人になりたいと思ったのが、私の独立への出発点だと思う。

次回へつづく。

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2006年6月28日 (水)

今月の中海テレビ出演

26日の日曜日に、今月の中海テレビ「県議熱中討論」の収録があった。

今月のテーマは「どう活かす新時代の中海圏域」で、鳥取県と島根県にまたがる中海をどのように利活用していくかについて討論した。

今回は、初の試みとして鳥取県議会だけでなく島根県議会からも議員の方に出演していただいた。中海が鳥取県と島根県にまたがるだけに、その利活用となれば当然に両県議員の協力関係が必要となるからだ。

これまでの中海を巡る鳥取・島根の関係は、滑走路の延長問題や干拓問題など、互いの利権を巡っての対立の関係だった。しかし、近年になって中海干拓の中止以降、森山堤防の開削など、両県議員の歩み寄りが見られ、お互いに豊かな自然の残る中海を活かしていこうという機運になりはじめている。

今回、はじめて出演していただいた浅野議員は当選10回の県政の重鎮とも言える方、また倉井議員は県議会議長、小沢議員は自民党の精鋭。はっきりいって非常にレベルの高い討論を展開していただいた。

中海の「観光振興」というテーマでも、島根県の議員さんは「観光は地元に金が落ちる仕組みを作らなければならない」という明確な目的を示された。そのうえで、「日本で唯一という売り物を作ることが必要」と具体的な手順も示された。

一見、当たり前のことと思われるかもしれないが、私もいろいろな議員や行政マンと話をしてきたが、公の分野(パブリックセクター)にいらっしゃる方には「利益志向」というものはないものだと思わされてきた。しかし、島根県の議員さんにはしっかりと「利益志向」があったことが新鮮で、鳥取県県議との差に軽いショックを受けた。

議員や行政マンでも「観光は大事な産業だ」ということまでは誰でも言うのだが、具体的にどうするのかまで提案する人は少ない。

もう一つの討論の柱であった「中海の自然環境保護」というテーマについても、島根県議員は、水質悪化の原因分析、及びそれに対する対策案まで具体的に、予算のイメージまで出して「小規模な公共事業として可能である」とまで発言された。とても具体的な案を話していただき、鳥取県県議との差にまたも軽いショックを受けた。

やはり、総理大臣、外務大臣、官房長官など次々に輩出する島根県の政治レベルは高い。「庶民をいかに食わせるか」という政治の大命題がしっかりと頭にあると感じた。私は常々、政治と経済は一体であるとこのブログにも書いてきたが、島根県の議員さんの頭にそういう本当の常識がしっかりとあるのだなと感じた。

今回の討論は、松江のマーブルテレビや出雲のケーブルテレビで録画放送される予定があるようだ。両県が協力して課題を打開していくきっかけとなればいいと思う。

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2006年6月27日 (火)

負ければ賊軍

サッカーの日本代表はドイツでの試合に敗れて、おととい日本に帰国したわけだが、負け方に比較して日本のサッカーファンの態度は極めて“大人”なものだった。

8年前のフランスのときは、負けた日本代表に対してラモスがテレビで激怒していたり、城選手が成田空港で水をかけられたり、相当にヒートアップしていた。しかし、8年前は初出場ということもあったし、試合のスコアからしても接戦していた。予選で加茂監督が更迭されてコーチ陣の体制が不十分な面も差し引けば、4年間十分な時間があった今回よりはマシだったように思う。

それにしても、日本が負けると代表をとりまく悪い情報が一気に出てくる。勝てば官軍だが負ければ賊軍だ。

例えば中田英寿選手がチーム内で孤立していて、ブラジル戦後に芝生に倒れこんでいたのにキャプテンの宮本以外だれも声をかけなかったのはその象徴とか、中村選手は試合前に39度の熱を出していて出場できる状態ではなかった、とか。

まとまりのないチームで、しかも主力メンバーが風邪をひいている状態で勝てるわけがないと、後になってわかる。そんなチームでも一生懸命応援したサポーターはありがたい存在だ。成田で生卵の一つもぶつけられなかっただけでも選手はよかったことだろう。しっかり反省して出直さないと、次回の予選は厳しい。

テレビの解説者は、試合中にもっと具体的に問題点を教えてほしい。「宮本とサントスの連携がおかしい」と言ったセルジオ越後はよかったが、「中村の足が止まってます」とか、「中田のパスが全然通りません」とか教えてもらいたい。「よく動いています」とか「もう1点ほしいです」とか、やさしい応援ばかりしている解説はおもしろくない。

さて、今大会は強豪国が順当に勝ちあがったので、決勝トーナメントは好カードが目白押し。ベスト8でドイツーアルゼンチンというのは、決勝でもおかしくない組み合わせだろう。4年に一度のW杯を存分に楽しみたいところだ。

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2006年6月26日 (月)

市議選終わる

昨日は、米子の市議会議員選挙で、昨夜までに30の議席が確定した。

今回は46人が立候補をするという大混戦となったため、苦戦を強いられた現職もいたし、当確ラインに居た人でさえ、蓋を開けてみないとわからない状況が選挙終盤まで続いた。

当落ラインは当初1000票程度かと思われたが、実際には1300台。トップの3200票との間に30人が並ぶ混戦だったといえる。

現職候補が多数、落選したことが激戦を物語るが、終わってみれば勝つべき人は順調に勝つなど、大きな波乱はなかったと思われる。

それにしても重要なことは、米子市の低迷を食い止めることである。そのためには官民一体となった取り組みが必要だ。

私が「論考 日本の社会」で指摘しているように、経済の発展と政治の動きには密接な連動性がある。現在の地方経済の疲弊は、政治事件であると気付いている人がとても少ない。

今回の選挙がきっかけとなり、市議会議員のレベルが向上し、地域の発展につながるといいと思う。

そして、私は民間サイドからその発展に貢献できる人材になりたいと思う。

また、私たちといっしょにがんばりたい方は、いつでも私に声をかけてください。あなたのポジションでどうすればよいか、何ができるのか、アドバイスをいたします。

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2006年6月23日 (金)

サッカーと中小企業経営

日本-ブラジル戦を見るかどうか、夕べは、このために早起きするかどうか迷ったが、4年に一度のことでもあるし、今朝はを早起きして見た。

結果は1-4で完敗だった。早いパス回し、正確なシュート、ブラジルはどれを取っても日本より上だった。日本は高原が交代出場した直後に負傷退場するアクシデントがあったが、いずれにしても大勢に影響はなかっただろう。

米子出身の中田浩二が途中出場したのはよかった。見せ場はなかったが、米子市内のいろいろな箇所に彼を応援する垂れ幕がかかっている。出場できただけでもよかったと思う。

日本は敗れたが、また4年後に期待したい。W杯の決勝トーナメントのベスト16には好カードが揃っている。残りの試合を存分に楽しみたいと思う。

ところで、サッカーの強豪国の下に“準強豪国”という位置づけの国がある。例えば、スウェーデンだとかスイス、今回は出場していないがギリシャなどがそうだろう。これらの国は、ドイツやイングランド、フランスのような強豪国とずっと戦ってきただけに、強豪国相手に“負けない試合”を確実に展開してくる。

その戦術のポイントは「堅守速攻」である。しっかり守って少ないチャンスを確実に拾うサッカーである。

こういう国々は派手さの強いスペインやオランダなどよりも成績が上になることがよくある。イタリアは強豪ではあるが“カテナチオ”(錠の意味)と呼ばれる堅い守備から、機を見て速攻を仕掛けるのが得意である。

いずれにしても、強豪国相手に“守って勝つサッカー”が徹底している。

これは企業経営でも同じである。確実に儲かる経営というのは難しいが、確実に生き残る経営なら実践可能だ。経営における守りとは「財務」である。財務がしっかりしている会社は守りが堅い。

大企業(=強豪国)は、確実に売上が上がる商品を次々に開発してくる。人材・資金・情報、どれをとっても中小企業よりも上なので、商品を開発する前に市場調査を徹底し、需要の有無を確認し、マーケティング手法もそれぞれ独自に開発している。いわば、攻めることが得意であり、その能力も持っている。

しかし、中小企業経営の攻撃力は、経営者や経営幹部の感性で決まり、いわば個人技だけで攻めていくのが特徴だ。だから、必ずしもうまくいかない。しかし、だからといって攻めないわけにもいかないし、また潰れるわけにもいかない。そこで重要なのが、しっかり守って負けない試合をすることだ。

しっかりと守りを固めながら、慎重に時機を見計らって、「ここだっ!」というときに速攻をしかける「堅守速攻」の経営が求められる。

守りの象徴としてキャッシュがある。キャッシュをしっかり持っている会社は不景気でも倒れない。ならば、普段からしっかりと無駄を省き、「次ぎの10年」の構想を温めながらも守りを固めておくことこそ、中小企業経営の要諦である。

地方の企業を見ていて、この堅守速攻が徹底している企業は少数だ。しかし、少数だが堅守速攻の経営をしている会社は強い。

ブラジルになれなくてもスウェーデンやスイスのサッカーみたいな経営をしよう。

「伊木事務所はスウェーデンのサッカー教えます!」

私の役割はまだまだ十分にあるのだと実感する。

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2006年6月22日 (木)

日本の社会⑨ 金融戦争

日本の社会⑨ 金融戦争

アメリカの「戦わずして勝つ」具体的な方法として、これまで主として“思想戦争”を論じてきたが、もう一つの戦わずして勝つ方法が“金融戦争”である。

金融戦争のポイントを簡単に言うと、「富の獲得手段たる資金をいかにして自国へ誘導するか」にある。お金は現代の食い扶持であり、資金力に勝る国は、世界の富を集めることができる。物を作れなくても、資金力があれば世界中から買い物ができる。そして、世界の資金を強大な政治力を背景に、意のままに動かしているのがアメリカである。

例えば、為替相場という一見合理的な市場メカニズムも、実際には実需の1000倍以上もの投機資金が流れるマーケットとなっている。つまり、取引上の必要に迫られて円とドルを交換したいと思っている人よりも、はるかに多額の資金が投機(=バクチ)目的で行き来しているのである。したがって、為替相場の先行きは、日米間の金利差や需給バランスよりも投機筋の動向に大きく左右され、それは要するに政治的な要因によって左右されるということである。これが為替を読みにくくする原因である。

政治力とは外交力であり軍事力である。強大な軍事力を誇るアメリカに、正面切って対抗できる国は世界に一つもない。日本におかれている駐留米軍も、表向きは日本の安全保障のためだが、同時に日本の再軍備と第二次大戦のリベンジを抑えるためのものでもある。だから、中国は当初、日本に米軍が駐留することに賛成していた。中国もまた、日本のリベンジを恐れていた。

アメリカはソ連との冷戦に勝つために、日本の工業化を進め、積極的に日本に富を移してきた。1980年代には、日本の工業力と資金力をふんだんに使ってソ連を崩壊に導き、世界の覇権を掌握した。そうなると、逆に日本の工業力と資金力が邪魔になってくる。今度はいかにして日本の工業力と資金力を削ぐかに戦略が転換する。1985年のプラザ合意以降、着々とそれが実践されている。

したがって、戦後の成長経済のころと現在とでは、経済に対する常識も全く異なる。時代背景が変われば経済の常識も変わる。上昇基調の中での景気変動は、不景気が来てもじっと我慢していれば、そのうち景気が回復し、経済を潤してくれるものだったが、今はそうはいかない。少なくなったパイを奪い合って勝った人だけが、富を稼ぐことができる。

今、日本の富は金融市場に集まるようになっている。儲けの上がる企業の大半は上場企業であり、上場企業の価値は株式市場で取引されるから、株式市場に資金をシフトさせることがもっとも効率よく資金を稼ぐことができる。それを具体的に実践し、リードしているのが外国人投資家と呼ばれる主としてニューヨークの金融団である。大半がユダヤ系といわれるが、真偽のほどは不明なのではっきりは書けない。

日本の富を株式市場に集中させれば、合法的に富を外国に異動させることができる。これを駐留米軍の再編費用だとか、思いやり予算だとかいって直接的に支出すると日本の国民感情を逆なでするが、株式市場を通したものであれば、日本人は怒らない(一部の政治家が怒ったが、昨年の9.11衆院選で葬られた)。

しかし、駐留米軍の再編費用ならば、日本のゼネコンが大半を受け取る(⇒自民党に還流する)が、株式市場を通したものは戻ってこない。切り口を変えればどっちが日本の国益に適っているかはわからない。

具体的にどのような手法で、日本の富をアメリカへシフトさせてきたか。

次回へつづく。

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2006年6月21日 (水)

やる気のある日とない日の過ごし方

6月も半ばを過ぎ、私の仕事もようやく落ち着きを見せてきた。

今年は、1月からずっと仕事に追われ、じっくり事務所の将来を考えたり、新しいサービスを考えたりする時間がなかった。

私たちの仕事は、“知識”や“知恵”といった無形のサービスを提供する仕事なので、新しい知識の仕入れを怠ったら終りだ。

伊木事務所の諸是に「常に最新の理論の吸収に努めること」というくだりがあるが、ここ半年は、それが守られていなかった。その反省にたって、これからの半年を過ごしたいと思っている。

しかし、仕事が一段落してくるとどうしても気合の入らない日が出てくる。皆さんにも経験がないだろうか? 妙にやる気のある日とどうにもやる気の出ない日とがあるのを。

私はこういうのを「運気の流れ」なんだとあきらめている。やる気の無い日に無理に気合を入れてがんばるのではなく、必要最低限の仕事はこなして、後は早めに仕事を切り上げ帰宅する。

そういうわけで、昨日は夕方に仕事が終わったらさっさと帰宅して、「マジック革命 セロの奇跡」を見た。 またしてもセロのマジックに驚かされた。

ワニのマークで有名なラコステのポロシャツを使ったマジックだったが、胸のワニのマークが移動し、そのうち本物のワニに変わってしまった! それがまた消えて元に戻った。

そのほかにも水族館の水槽のガラスに手を貫通させ、中にあるトランプのカードを取り出し、そしてガラスを元にもどしたり・・・。驚きの連続だった。

マジックとはいえ、あれは不思議だ。

楽しくリフレッシュできた。

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2006年6月20日 (火)

テポドン

気になる最近のニュースについて

○北朝鮮のテポドン発射準備の動き

報道されているとおり、すでに燃料を注入し、発射の体制が整いつつあるようだ。新聞各紙、テレビもこのことを伝えており、「真意はなにか?」を探る記事が目立つ。

しかし、最大の疑問は北朝鮮がもはや自国の考えで物事を意思決定できる状態にあるのか?という疑問だ。

アメリカ軍は、グアムの基地から爆撃機をピョンヤンに飛ばし、片道4時間、空爆2時間、帰着まで合計10時間でピョンヤン空爆の任務を遂行できるという。そのほかにも東シナ海に展開する第七艦隊から核ミサイルを発射すれば北朝鮮内にある軍事基地はいつでも破壊できるはずだ。

そういう状況を考えると、北朝鮮を事実上、コントロールできるのはアメリカであり、もう一つは後見人たる中国だろう。

しかし、今回の件はアメリカが意図を引いていると見る。

その反証の一つとして、この件に関しては中国が発射を止めるように促しているという情報がある。ということは、北朝鮮は中国の意に反して今回の発射準備をすすめたということになるが、中国の意に反してまでミサイル発射準備をするのは、よほどの圧力がないとできないことだ。

小泉首相や麻生外務大臣他、多くの政治家がこの件に関して妙な落ち着きぶりを見せているのは怪しい。「発射はしない」という前提で、しかしそれをダシにしながら重要案件を前進させようという政治的意図が見える。

その重要案件とは何か。おそらく日本の武装化ではないだろうか。アメリカは日本を米中戦争の尖兵に使いたいはずだが、今回の国会でも「重要案件先送り」などといって、日本がいつまでたっても前に動かないため、業を煮やしているのかもしれない。

日本国民としても、今回の件は必要以上に騒ぎ立てないようにしたいところだ。

株が下がっちまうよ(苦笑)。

○村上ファンド続報

日銀総裁のスキャンダルに続いて、民主党議員への秘書給与支給が事件として浮上してきた。

要するに、政財界に村上資金が大量にばら撒かれているということなのだろう。だから、この件であまり自民党を叩くと民主党も道連れだよ、というのが秘書給与事件の意味だ。

だから日銀総裁が辞任すれば、そのバランスとして、ほかにも大物が辞任させられる可能性があるから、「もうやめとけよ」みたいな話だ。

どの道、政治の世界がクリーンなわけがない。あまり騒ぎ立てないようにしたいところだ。

株が下がっちまうよ(苦笑)。

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2006年6月19日 (月)

週末雑感

週末の雑感

○日本代表引き分け

惜しいチャンスはあったが、決められなかった。しかし、8年前のW杯でクロアチアに負けたときに比べると力の差は明らかに縮まっていた。シュケルのような決定力のあるFWがいない分、怖さはなかった。ただ、「勝たなければならない試合」で対戦すると、やはり手ごわかった。

次のブラジル戦では2点差以上の勝利が必要か。ブラジルはロナウドが不調。しかし、代わって若いロビーニョが先発してくると、かえって怖い。ロナウジーニョもそろそろエンジンがかかってくる。なんとかがんばってほしいものだ。

○市議選

昨日は、米子市市議会議員選挙の告示。30名の枠に46名が立候補。早速、昨日は一日中選挙カーが市内を巡っていた。今朝も8時を回った瞬間、候補者名の連呼が始まった。狭い米子市を46人が選挙カーで名前を連呼するので、大変な騒ぎだ。

今回、候補者の多くが「○○さんは余裕があるので、今回は私に・・・」という言い方をして回っているため、新人候補でさえ「上位当選の可能性がある」などと噂が流れている。情報戦も活発で、ベテランは慌て、新人は困惑してこの状況を受け止めている。

投票は25日の日曜日。各候補者にはベストを尽くして、より良い米子を築いてもらいたいと思う。

○WEB2.0

先週の土曜日に、私が主宰する「アクア政経研究会」の勉強会を行った。今回のテーマは「WEB2.0」。ネット革命の第二世代のことで、「オープン性」を大きな特徴としている。確実に社会を変える動きとして捉えているが、地方においてはその認識がまだまだ不十分だ。

私も今回の講義をするために、だいぶ勉強したけれども、WEB2.0について認識ができたら、次はそれにどう対応していくか、という課題がある。どんどん勉強していかないと、「デジタルデバイド(情報格差)」がますます拡がっていくことになる。WEB2.0の時代というのは、テレビや新聞のようなメディアには特に影響を受ける話だけに、テレビや新聞でこのことが伝えられることはほとんどない。自分で勉強しないと誰も報じてくれない社会の変化なのだ。

私は何とかこの厳しい状況でも生き残っていきたいと思う。そのために私に何ができるかをこれからも一生懸命突き止めていくつもりだ。

アクア政経研究会は、ビジネスマンのための課外授業として、テレビや新聞では得られない情報をネットや文献から探し出して、会員の皆様に提供してきた。月に1回ペースで1年間やってきたが、7月から第二期に入る。

第二期からは、もう少し門戸を広げて人を募集したいと思う。近いうちに案内を作ります。興味のある方は、メールで構いませんので連絡をください。

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2006年6月16日 (金)

次の10年

優秀な経営者を見分ける方法の一つに、常に「次の10年」を考えているかどうか、という視点がある。たくさんの経営者の方とお会いしてきた中で、うまくいっている経営者に共通して見られる特徴の一つである。

経営計画には、およそ短期(1年以内)、中期(3~5年)、長期(5年~10年)のものがあるが、変化の激しい時代に10年もの先を見通すのは不可能である。

しかし、10年という長期のスパンで考えたとき、「変化するもの」を読むのと同時に「変化しないもの」を読むのもまた重要なことだ。不易と流行である。優秀な経営者は、変化の中でも変わらないものを見抜いて、それに関する商品やサービスの提供力を強化していかれる。そして10年たつと、ライバルの企業と大きな差がついている。

変化ばかりを追いかける経営者は、変化を起こす本当の実力者にはかなわない。世の中の変化は自然現象ではなく、強い力を持つものが自分に有利な社会を作るために変化を主導しているのだ。だから、変化を追うひとは変化を作る人に一生勝てない。

例えば、会計事務所でいえば、企業というものが存在する限り、そこに財務に関する仕事は不可欠であり、これは10年後も変わらない。しかし、その財務を管理する手段はどんどん進化している。例えば会計ソフトの進化によって、計数管理の道具(ツール)は極めて安価に入手でき、オペレーションも簡単になった。

しかし、それによって何を把握し、何を読み取るか“知恵”の部分は変わらず重要だが、競争が激化すればますます重要になっていく。したがって、会計事務所はそのような不易と流行にいかに対応するかが重要になる。

「財務の重要性」という変わらぬテーマに、伊木事務所がどんな知恵を提供できるか、振り返ればそれを探る3年間だったと思う。そのために政治の勉強もしたし、宗教の勉強もした。政治の変化から経済の先行きを予想する手法は、わが事務所独特のものだし、企業行動の背後にある宗教的な意図を見抜くのも私の得意とするところ。

これらは知恵のベースとなるものであり、それがどう役に立つのかは、これからの話である。この間、傍から見れば本業をそれたかにも見えるだろうが、本業はきっちりやってきたのでご心配なく(笑)。

このように他の会計事務所とかなりの差別化を図ってきたが、4年目の今、それを少しずつ形にしていきたい。伊木事務所の「次の10年」に私自信が期待をしているし、回りからも期待をされる会計事務所でありたい。

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2006年6月15日 (木)

日本の社会⑧ 不可解な法律

日本の社会⑧ 不可解な法律

個人情報保護法の制定、談合に対する厳罰化、など企業や個人を取り巻く環境に大きな変化が生じている。その他、人権擁護法、共謀罪など、表向きの立法趣旨とは裏腹に、運用次第では個人の思想信条を取り締まることが可能な法律も、成立を目指した動きが活発化している。

多くの日本人が、古き良き日のおおらかな社会が、相互監視のギスギスした世の中に変わっていることを肌で感じている。日本の強みは、「阿吽の呼吸」「以心伝心」「ツーカーの仲」などの言葉で表されるように、お互いの信頼関係のなかで物事が運ぶ「相互信頼社会」にある。その強みたる「相互信頼社会」がこれらの法律によって「相互監視社会」に陥ることを危惧している。

例えば、「犯罪防止」という目的で、街角に監視カメラを設置する動きが全国各地で進んでいる。歌舞伎町の監視カメラは全国ニュースにもなって有名だが、ここ米子市においてもモデル地区の設定や小学校の校庭などに監視カメラが設置されている。しかし、この事態の恐ろしさに気づいている人があまりにも少なすぎる。

常に監視されている状況におかれると、最初は違和感を覚えても、だんだんとその環境に慣れてきて、そのうち監視されることに何ら抵抗感を覚えなくなる。そして、権力に対して自発的に服従するようになる。イギリスやアメリカはすでに行われているが、政治権力のそういう大きな意図があって、一つ一つの政策が実行されているということに思いを馳せる人は極めて少ない。小学生のうちから監視されることに慣れて育った子供たちが大人になったとき、プライバシーに対する意識が希薄となり、支配がやりやすくなるのだろう。

談合は、税金を無駄づかいするという点で悪い面があるが、一方で過度な競争を制限し、業者の技術力を育成し、業界内に適度な共存共栄状態を作ることを可能にした制度でもある。「共存共栄」は参入障壁でもあるから、この談合に対して最も強く反対の意を表明しているのがアメリカ政府である。“自由競争”を合言葉に、談合を排除しているが、日本の業者にはすでに相互信頼はなく、保身のため自分の企業の利益を優先せざるを得ない状況に陥っている。参入障壁を壊し、日本社会にある相互信頼を崩す意図は見事に達成されたのだろう。

実際問題として、談合規制が厳しくなった今、大手のゼネコンが体力にものを言わせて安値受注しているが、競争相手が淘汰されれば、寡占、または独占の状況が生まれ、長い期間で見た場合、本当にコスト削減になるかどうかはわからない。

また、事業を請け負える企業の数が減れば、技術力の伝承すら難しくなる。現在の状況のように、「談合=悪」の単純な図式ですべての要素を排除しては、後々、悲惨な状況を招きかねない。さらに、競争入札への外国企業の参入が本格化すれば、自由競争と引き換えに日本の市場の秩序はなくなるだろう。税のむだ遣いがなくなっても、税の原資たる所得が減ることになるのにみんな気がつかない。

マスコミは極めて単純に「税金の無駄づかい」と書き立ててインテリを気どるが、公共事業の世界に過度な競争を持ち込めば、コスト削減のために業者がどのような手段を取るかわからない。「シャブコン」などといって、水の量を増やした強度の弱いコンクリートが使われたり、鉄筋の数を減らしたりすれば、脆く崩れる建物、高速道路、橋などが出てこないとも限らない。阪神大震災の際に、その一端が表沙汰になり、大きな問題が起きた。

少々、高い金を払ってでも、しっかりした建物や道路や橋を作ることが長い目でみてコストが低いことを知らなければならない。民間向けの建築で耐震偽装が発覚したことでもわかるように、恒久的な建造物で過度なコスト競争はしてほしくない。不具合が発覚すれば、一旦解体して、再び建てるので、コストは2倍以上かかる。

個人情報保護法も、表向きは個人のプライバシーに配慮して、利益の侵害をもたらさないようにと制定された。「法律なのだから守るのが当然」という当たり前の議論ではなく、これらの法律が日本の社会にどういう効果をもたらしたかが問題だ。

政治や外交の世界では、論理で考えるのではなく、結果から考える。導きたい結果をまず想定し、そこに上手に誘導するように論理を作りこむ。論理に矛盾や破断がないように作るところに、ロジカルシンキングの本当の要諦がある。

では、結果から考えると、これらの法律は、日本人の自由度を奪い、相互信頼関係を薄れさせ、活力を奪ったといえる。私は、そこに隠された真の目的があるのではないかと穿っているのだ。

もともと日本人は自由度の高い民族だった。宴会での無礼講はその典型だし、昔は“豪傑”と呼ばれる破天荒な社員・幹部がどこの職場にもいたと思う。今なら“無法者”の扱いを受けるだろうが、それでも相互の信頼関係こそが日本の強みであり、自由闊達が活力の源である。そうした日本社会にあった強みや活力が失われていることが「結果」だとすれば、その「結果」を導くための“仕掛け”が長い期間にわたって作られたとも考えられる。

こういう問題を論理的に考える人は、すでにロジカルシンキングの罠に陥っている。いずれにしても理屈は後付けであり、結果から先に考えることが、論理に惑わされず政治権力の意図を読むコツである。

次回へつづく

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2006年6月14日 (水)

3歩、歩いて、2歩下がる

昨日の東証は614円安と、今年最大の値下げ。暴落がつづいている。

現在の私は「利上げに強い株」というテーマで銘柄を選んでいるので、今回のような「利上げ不安」という要因には比較的しっかりとした動きをしているが、それでもこれだけ全体が下がると影響をまぬかれていない。

しかし、今回のようなテーマで下げているときは、基本的に「買い」でよいと思っている。例えばアメリカFRBによる「利上げ不安」なんていうのも、実際に利上げをすると決めたわけではない。来週のFOMCで利上げを決めたとしても、市場が織り込んでいるし、仮に利上げをしなかった場合は、反動で上げる可能性もある。

大統領の中間選挙が秋にあるから、それに向けて上昇基調を作るために今、下げているのだろう。新任のポールソン財務長官がなんらかの措置をとり、株式市場が落ち着きをみせると財務長官の首を変えたことが評価されるのだろう。

日本では、小泉政権がすでに求心力を失っているため、株を上げる理由がない。しかし、国債の価格が下落気味の傾向にあるため、日本の機関投資家が資金運用を国債から株式へ切り替えていくタイミングを見計らっている。新しい首相の誕生に合わせて、なんらかの動きを見せるかもしれない。

日銀総裁が村上ファンドに投資していた事実が発覚し、「日銀総裁スキャンダル」といって騒いでいるが、それと企業業績とになんらの因果はない。村上ファンド自体、投資先は限られており、ファンド解体による株式の売却が起きたとしても、影響は限定的だ。解約した資金はどうせ株式で運用するしかないだろう。

ポールソン財務長官はゴールドマンサックスの会長。日銀総裁もゴールドマンと関係が深く、世界の金融市場を彼らが動かしているのは間違いない。政治と経済は表裏一体。経済スキャンダルも政治のうち。経済だけの分析しかできない日本のアナリストの意見は無視し、政治の大きな流れを見ながら投資をしたいものだ。

いずれにしても、日本もアメリカも秋までに重要な政局があるので、それまでは株価は不安定な動きを見せるものと思われる。

しかし、今年は4月まで株はよく上げた。上げすぎの反動が今、来ているとも見れる。3歩、歩いて2歩下がる。1歩進めればいいじゃないか。

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2006年6月13日 (火)

あぁ・・・。

最悪の結果だった。

押されても最後のところで跳ね返し、勝てる試合だと思っていた。

後半から中盤のプレスが効かなくなり、選手交代もありだと思ったが、タイミングが遅かった。初期のジーコジャパンで問題にされていた、「選手交代のタイミングの遅さ」が思い出された。

FW柳沢を下げてボランチに小野を入れたのは、守りに入ったと思った。疑問の残る選手交代だった。

日本のFW陣は、相手のペナルティエリアに入ってからもパスをしようとする。自分で決めようという気持ちが薄いとまでは言わないが、FWならシュートを打ってはずしても文句は言わない。パスが外れた方が、口惜しさが倍増する。

FW大黒が投入されたのは、ロスタイムに入ってからで、DF茂庭との交代だった。最後の3点目は、ある意味しかたがないと思ったが、3点目が入った瞬間、テレビを切った。

口惜しさと不満の気持ちを静めるため、読書をしてから寝た。

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2006年6月12日 (月)

私のサッカー履歴

今日はいよいよW杯の初戦。夜のお付き合いはお断りして、今日は日本代表の応援だ。

ところで、ほとんど知られていないが私はなかなかのサッカー愛好者なのだ。きっかけは93年のJリーグ開幕だから、歴史は長くないが、見るよりも、むしろ自分でやるのが好きなサッカーファンである。

93年のJリーグ開幕試合で、鹿島ー名古屋戦をみて、ジーコのハットトリックに感動し、自分もやりたいと思った。当時は、東京都下、京王線の聖蹟桜ヶ丘駅に住んでいて、近くに多摩川の河川敷があったから、ボールとシューズを買ってまずは一人で練習をはじめた。

ジーコの練習ビデオを買ったり、リトバルスキーの特集番組をビデオに撮ってドリブルを研究したりしたが、特にリトバルスキーのドリブルで、右足で切り返して左足に持ち変える技は、出来るまで練習した。マラドーナが左足の甲で、小刻みにリフティングするのを見て、それもまた出来るようになるまで練習した。リフティングは、100回程度なら出来るようになっていた。

サッカーのいいところは、ボールとスペースがあればゲームができてしまうところにある。その後、大学4年生のとき阿佐ヶ谷に引っ越して、となりの高円寺の公園に一人で遊びに行くと、誰からともなく集まって近所の人が集まってサッカーをしていた。その中に、ブラジルからの出稼ぎの人が混じっていて、楽しくサッカーで遊んでいた。本場のブラジル人とサッカーをした経験がある人は、サッカーファンといえどもそう多くはないだろう。

その後、社会人になると、サッカーをする時間がなくなって専ら観戦する方になった。Jリーグ発足当時はジーコのファンだったが、途中からはストイコビッチのファンだった。国立競技場に試合を観に行ったとき、試合の半分くらいは、じっとしていたような印象だったけど、決定的な仕事をする選手だった。

私はもともと野球少年で、高校時代に陸上に転向したが、そのときはサッカーにはあまり興味がなかった。100mを11秒2で走ることができるし、個人技も短期間の練習でまあまあうまくなった。だから、子供のころからサッカーをしていれば大輪の花が咲いたのではないかと、今でも夢を見る。日本代表の私がW杯の試合で、相手の守備陣をドリブルで突破し、ゴールを決める夢を。リトバルスキー張りのドリブルで・・・。

しかし、現実は違うことも知っている。実際には、試合がはじまって20分くらいしか足が持たないのだ。全力疾走を何度か続け、その合間をジョギングでつなぐのだから、サッカーは鬼のような体力が必要だ。走らなくても活躍できた晩年のジーコやストイコビッチのレベルになることは不可能なのだ。

というわけで、今日は日本代表の初戦。日本のスピードサッカーが、オーストラリアの高さを封じることを期待して、応援しよう。

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2006年6月 9日 (金)

暴落とバーゲンセール

昨日は、ほぼ終日にわたってニフティのブログがメンテナンスをしており、書き込みが出来なかった。何が問題なのかわからないが、しょっちゅうメンテナンスしているような気がする。この不安定さが気になる。

昨日の株式市場は暴落だった。値上がり銘柄を探す方が大変なほど、大きく下げた。これで投資が嫌になった個人投資家も多かろう。

しかし、下がったときこそ買いのチャンスを探らなければ一生儲からない。暴落は株のバーゲンセールと見て、さらに買い増すくらいでないと、株で儲けることは難しい。

これがギャンブルだと思う人は、株はやめた方がいい。だってギャンブルだから(笑)。

明日の株価がわからない以上、投資はギャンブルだ。よっぽど質の良いインサイダー情報がなければ、確実なものは一つもない。できることは、投資のリスクを極力下げることだけだ。

リスクを極力下げるためには、株を安く仕込むことが必要である。安く仕込めば上がる確率が高まる。上がっているときに買うのは、下がるリスクを高めるから私はあまりやらない。こういう下げたときに、世の中が楽観から悲観に変わったときに、喜々として買うことができないと投資で成功するのは難しい。

儲からない投資家は、上がったときにさらに上がると期待して買い、下がったときにさらに下がると悲観して売る。儲かる投資家はこの逆で、上がったときに心配になって売り時を探り、下がったときにチャンス到来とみて買いのタイミングをはかる。

得てして評論家やアナリストたちは、上がったときは上がった理由を、下がったときは下がった理由を後から言う。後出しジャンケンが得意な人たちだ。

自分で身銭を切って投資をする人は、後出しジャンケンなどできない。常に先を読みながら投資をしなければならない。だから私は、後から理由を言う人の意見は聞かない。下がった理由よりも、現在を基点として将来の見通しを探る必要がある。

経済の基本的な条件は何も変わっていない。企業業績は引き続き好調だし、景気の先行指標たる設備投資も増加した。投資は、このような「株価と経済の基礎的条件との乖離」に注目しなければならない。こういった乖離はやがて解消される。

ただし、大きく下げた後は、不安心理が広がっているから、すぐに値を戻すとも考えにくい。仕込みが終わったらゆっくり待つ中・長期のスタンスが重要だ。

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2006年6月 7日 (水)

日本の社会⑦ 3S政策で骨抜きに

日本の社会⑦ 3S政策で骨抜きに

3S政策は、三つの「S」(スクリーン、スポーツ、セックス)を巧みに使って、敵国の民を軟弱化させる政策である。「戦わずして勝つ」の具体的な外交政策である。

今朝の新聞で、中国政府が日本のアニメに対して中国国民に対して警告を発している記事が載っていた。自国の国民の思想信条が外国によって変えられてしまうのに注意を払うのは、普通の国家なら当たり前のことだ。日本政府にそんな意図があるのかどうかはわからないが、アニメやマンガという日本の文化力が外国を席巻している例は多々ある。これをジョセフ・ナイは「ソフトパワー」といった。

スクリーンは映画やドラマを意味するが、戦後の日本でアメリカのホームドラマが放送され、それに感化された日本人はアメリカの豊かさに憧れた。ハリウッド映画はアメリカンドリームを世界に印象付けるが、“失敗物語”は語られない。外資系企業で、成果に応じて巨額の報酬を手にするビジネスマンが出る一方で、大量の落伍者が出ることには触れられない。これはアメリカンドリームの影の部分が、それを上手に隠すのが映画の力である。

競争して奪いあうよりも、分け合うことを建前とする「和の精神」の方が、継続可能性(サスティナビリティ)の観点からは優れていると思うが、アメリカンドリームに目覚めた者は、気持ちが冷めるまで気付くことはない。そうでなくても、今、日本企業が競争社会の渦に巻き込まれ、自ずとアメリカ企業的なマネジメントになりつつある。

この点において、ユダヤ人であるピータードラッカーの影響力は、マルクスに匹敵すると思っている。彼もまた、理論に破断がないし、日本人にも理解しやすい記述が多い。しかし、結果として資本主義社会が行き過ぎれば、かつてのマルクス主義者が、「あのころマルクスに傾倒してね・・・。理論に破断がなく理想の社会がくると思っていた」と話すように、いつの日か、「あのころドラッカーに傾倒してね・・・。理論に破断がなく、理想の社会がくると思っていた」と話す日がくるかもしれない。

日本人が元来持っている“共存共栄の精神”は捨てたものではないのだが、ドラッカー主義の人には、“社会主義”と批判される。資本主義も社会主義もユダヤ人の生き残りのための発明品なのに・・・。

恋愛映画(ドラマ)も、人々の価値観を狂わせた。今の日本には「燃えるような恋がしたい」と願う40代から60代くらいの主婦が急増しているが、本来、結婚生活とは“共同生活”だから、恋愛感情とは必ずしも同じではない。結婚生活は、一時的な恋愛感情よりも、人生観や価値観の一致が重視される。しかし、恋愛感情は人間の持つ性(さが)でもあるから、麻薬のような心地よさがある。その性(さが)を目覚めさせるのに恋愛映画(ドラマ)は有効だ。

昼間から恋愛映画(ドラマ)を観すぎた日本の主婦が、40代、50代になって「青春を取り戻したい」「燃えるような恋がしたい」と家庭を飛び出し、熟年離婚している。そうやって、日本の家庭が次々と破壊されていく、この恐ろしさが理解できるだろか。プロセスの説明にとらわれてはならない。論理はいくらでも作れる。結果をよく見よ。敵国の放った3S政策の矢は確実に日本の庶民に効いているのだ。

最近は、韓国も国家を上げてタレント育成を奨励し、ドラマの海外輸出を試みている。このことの背景に政治的意図があると見抜ける人は少ない。韓国は日本よりも政治的センスが上だ。すでに、俳優のレベルは日本を超えていると言われるが、日本の若手タレントに子供っぽいのが多いのに比較し、韓国の若手俳優はしっかりとした国家観をもった大人の俳優が多い。日本の主婦たちが惚れるのはわかるが、韓国政府の思いどおりの展開だろう。ヨン様を現代自動車のCMに乗せて、日本に売り込んでいるのだから、韓国政府もしたたかだ。3S政策のお手本を見ているようだ。

アダルトビデオの氾濫も、日本の若い男性を骨抜きにした。今やインターネットで簡単に手に入る時代になったようだが、背後に非合法集団があるのは間違いないとしても、さらにその背後に外国政府が絡んでいる可能性が考えられる。

アメリカ政府は、今、イスラム教徒に対してインターネットを通してワイセツ画像をガンガン流しているようだが、戒律の厳しい彼らにどれくらいの効果があるのだろうか。この戦いは見ものだ。

日本では、少女への異常な関心を示す男の卑劣な犯罪が後を絶たないが、アダルトビデオが大きな影響を与えているのは間違いない。普通の大人には自制心が働くが、精神力の弱い大人はすぐに感化され、現実とビデオの区別がつかなくなる。盗撮、ストーカー行為で捕まる人も後を絶たないが、アダルトビデオの見すぎだろう。教師や警察官など、本来、戒める立場の人間がよくつかまるのだから、日本の庶民は本当に骨抜きにされたのだと実感する。

ロリータとか盗撮とか異常と思われる性欲も、おそらくは人間の潜在意識の中にある欲望なのだろう。それをアダルトビデオで呼び覚まされた者が、現実と妄想の区別がつかなくなって犯罪に達してしまう。日経新聞に掲載されていたワイセツ小説もそうだ。朝のフレッシュな頭で、不倫小説を読まされたら、日本のビジネスマンに不倫願望が目覚めても不思議ではない。異性を求めるのは本能だから。しかし、こうして日本人の持つ自制心が崩され、自ら退廃を招くのだ。

アメリカから与えられた自由。「表現の自由」という甘い言葉の裏に、このような思想戦争が紛れていることに気づいてもらいたい。軍事防衛も大切だが、もっとも大切なのは“思想防衛”である。思想戦争は、「戦わずして勝つ」の具体的手法であり、思想を守らなければ、不可解な殺人事件など凶悪な社会事件を防ぐことはできない。日本人は日本人の手で自ら崩壊させられるのだ。

3S政策など、わかってしまえばどうということはない。しかし、なかなか気がつきにくいところがやっかいであり、特に人のいい日本人は相手を疑うことをしないから、余計に気付きにくいところがある。

次回に続く。

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2006年6月 6日 (火)

アマゾンのジレンマ

村上ファンドの村上世彰氏は、インサイダー取引の事実認定について、意外にあっさり自分の非を認めた。容疑事実を巡っては、否認するケースが多い中で、あの見切りの速さはさすがと思った。

否認し続けるような余計な時間はかけず、争っても負ける可能性が高いとみるや、潔さを見せて世間の評判をかろうじてつないだ。

投資で大事なことは、負けそうなときにつける見切りの速さである。一縷の望みを持ちながらも、負ける可能性が高いと思ったときには、サッと資金を引き揚げて損を確定させる度量が重要である。

ただし、検察の本当の狙いは阪神電鉄幹部への恐喝罪にあるという論調もあるので、彼がこれで済んだかどうかはまだわからない。

ところで、昨日は仕事と仕事の合間に久しぶりに地元の書店に行った。目的の一つは、会社法の解説本を買うこと。事務所でいくつかそろえたが、すべての項目の解説がしっくりくるものがない。解説の詳しいいくつかの本を合わせて読むことによって、何とか切り抜けている。

書店には会社法の本がたくさん出ていたが、その多くは「すぐわかる」とか「やさしい」とか書いてあるマンガみたいなものばかり。一般の方ならそれでも十分だが、専門家には軽すぎる。だからといって、学者の本になると重くなりすぎ、ちょうど実務家にあった本というのはまだ少ないように思う。それでも本の中身を確認しながら買えるのは、現物のある本屋さんのいいところだ。

しかし、そのほかに友人から薦められた本については、結局みつからなかった。書名も把握していて、必ず買うと決めているにもかかわらず、本屋においてある検索パソコンを使ってみても置いていなかった。新刊から多少、月日はたっているとはいえ、こういうケースは残念だ。

できるだけ地元の本屋さんで買いたい気持ちとは裏腹に、アマゾンのようなネット書店での本の購入が増えている。まずもって、本の検索が実に便利だ。書店においてあるの検索パソコンはタッチパネル式になっていたが、パネルの反応が鈍く、何度もタッチして、やっとの思いでカタカナで書名を入れ、一字間違ってそれを消すのにも一苦労。あげく、「在庫はない」との検索結果がでて、徒労感が溜まる。

昔だったらどうということはなかったが、アマゾンの便利さ、そして新刊ではない本の在庫(いわゆるロングテール部分の本)があるということで、どうしてもアマゾンを使いがちになっていく。

地元の本屋を使いたいという意識と、便利さとのジレンマを感じてしまう。

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2006年6月 5日 (月)

村上ファンド

今朝の新聞各紙には、「村上氏、今日にも逮捕」という記事が躍っていた。

数ヶ月前からネット上では、「彼はいつでも逮捕できる」というような話が出ていた。つまり、彼は政治的に追い詰められていたのだろう。

あのレベルの話になると、もはや政治事件だ。証券取引法がどうのこうのという遵法性(コンプライアンス)の問題ではなく、「誰が誰を怒らせたか?」「どの政治家が反撃に出たのか?」ということだろう。

法解釈の難しさは、私は税理士として税法の解釈の難しさを通じて、嫌ほど知っている。グレーゾーンの多い法律は、ちょっとした解釈の違いで、白にも黒にもなる。そこに規制当局の裁量権が生じる余地があるのだが、村上氏の場合、本人だけでなくスタッフも東大法学部出身であり、法律を知らなかったということはない。そのグレーゾーンをうまく使われて、今回の取調べにつながったと見ている。

村上氏が、オリックスの庇護を受けていたことを考えれば、親アメリカ系の人たちへの攻撃であり、小泉内閣が任期切れを前にして、政治力を失いつつあることを意味している。

そうなると、去年の衆院選で刺客にやられた、あるいはやられかけたK氏とかH氏、W氏などの反撃だろうか。それとも民主党のO氏という線もある。いずれにしても、今回の件は「お前ら、好き勝手にかき回すのもいい加減にしろよ」みたいな話なんだろうな。

しかし、村上氏とその一派にしても、お互いに裏切りまくって、「義」のようなものはないのだろうか。オリックスは数週間前に資本関係を解消していたし、このような取調べを受けると、彼を擁護しようという人が現れない。資本主義にどっぷりつかっている人の合理性って、「金」だけなのだろう。

悪いことは悪いことだが、一緒に悪さした人たちが、だれも彼を擁護しなかったら、それこそ悲しい結末だと思う。

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2006年6月 2日 (金)

日本の社会⑥ 少子化

日本の社会⑥ 少子化

昨日の発表によると、昨年(2005年度)の出生率が1.25人と、少子化は政府の予想を超える速さで進展しているようだ。テレビでは、盛んに「子育て施設の充実を」とか言って、行政にその責任を担わせることで、少子化に歯止めを掛けようとしている。

しかし、財政赤字の折、財政の手当がつくまで待つ気だろうか。第一、そんなことやっていたらキリがない。社会の情勢分析の甘さが、対処療法的な対応しかとれなくしている。

この問題の根幹は、「日本人の思想を変えられた」ことに尽きる。子供を産むことよりも、自分の生活を楽しみたい、お金が大事で生活レベルを落としたくない、という若い世代のエゴが丸出しになっていることを指摘する声があまりにも少ない。これが「自由」の帰結である。

こういうと、「平成版 “産めよ増やせよ”ですか?」などと皮肉を言う人がいるが、これは自分の脳みそが「自由」という耳に心地よい思想に侵されていることに気付いていないだけだろう。

政治は論理ではなく結果を先に作る。結果を想定して、その結果を導くように論理を作り出す。これがロジカルシンキングの“裏”のポイントだ。「自由な思想」という論理的に間違っていない思想を鵜呑みにし、「少子化」という結果をもたらされたことに気付くことができるかどうかがカギだ。

敵方の国力を弱体化させようと思えば、人口を減らすのは有効な手段だ。ローマ帝国も少子化で崩れた。敵を内部から破壊する手段の一つが少子化作戦であるとは、どの本にも書いてはいない。真実は書かれずに秘密として受け継がれるのだろう。ちなみに、アフリカでは「少子化」ではなく「内戦」によって人口を減らされている。裏で誰が糸を引いているのか、知れば恐ろしくなるのでこれ以上は書かない。

今の若い世代は、「自由」とか「自己実現」という思想のもとに、親に産み育てられ、大人になれたことを忘れさせられた。若い世代の女性が結婚に興味を示さず、目先の趣味や海外旅行を楽しむことを優先すれば、子供を作る機会を失う。これを「自由な社会になってよかった」と評する向きもあるが、出産適齢期を過ぎた女性が子供を産むチャンスを自ら捨てたことを後悔していることは一切伝えない。

女性はいつの時代も、子供を産み育てる喜びを持っている。それを海外旅行や趣味などでごまかされているだけだということに気付く必要がある。キャリアを重ねることも大切だが、それ以上に次世代を産み育てることは一大事業である。

古来より、歴史を動かした男たちの影で、その男を産み育てた偉大なる母たちがいた。女性は子供を産むだけでなく、子供と常に接しながら子供を育てる。子供にとって母親の愛情は絶大で、その影響力はまさに「三つ子の魂、百まで」である。将来の日本を支える人材育成を、乳児の段階からはじめようというのが戦前にあった「女子教育」の狙いである。

「女子教育」は、戦争に突っ走ったことですべてを否定されたが、現代の不可解で病的な殺人事件の多発を目の当たりにすると、健全な青少年育成のために、もう一度、“良妻賢母”としての女性の力が見直されてもいい。

男はまだ50歳になっても子供を作ることは可能であるが、女は年齢を重ねるにつれ、チャンスが減るだけでなく、出産に伴うリスクも高まる。男女は決して平等ではなく、異質なものだと理解することが、少子化対策の第一歩だろう。適齢期に入る前に、子育てのすばらしさ、楽しさ、喜びを教え、キャリアを重ねること以上にすばらしい仕事だということをもっと理解してもらいたい。

もちろん男も次の世代を育てることの大切さを理解しなければならない。戦後の高度成長の中で、豊かになるために男は外で働きまくったが、結果として家族の絆が弱くなり、様々な社会問題の基礎を作ってしまったことをよく反省しなければならない。

お金よりも家族の絆を優先し、共存共栄、助け合いのなかで、普通の生活ができるような社会にもっていくことが、これからの課題である。

次回へ続く

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2006年6月 1日 (木)

6月入り 月初雑感

○衣替え

今日から6月。冬物のスーツで事務所に到着すると、明らかに暑い。朝日で温まった室内の空気を入れ替えながら、私も衣替えの必要性を感じた。

私は毎年、自分の肌感覚で衣替えを決める。そうすると大概、6月ごろから除々に切り替えはじめ、6月後半までには完了する。ちなみに夏物のスーツは11月初旬まで着ることになる。

そろそろ衣替えしないと蒸し暑い季節はすぐそこ。そんな季節になったなぁ。

○決算申告終了

3月決算会社の申告期限が5月末日なので、5月は忙しい。今年は、GWが長かったので、連休明けから急に各社から書類が出だし、急激に繁忙期が始まった。開業して間もない私は、毎年新しいお客さんに出会うので、はじめてのお客さんの場合、経理処理のクセを把握するのに時間がかかることがある。

例えば中間納税の処理を、仮払金でやる会社、租税公課を使う会社、法人税等を使う会社、などなど消費税も含めると様々なバリエーションがある。どの勘定科目にどんな支払いが入っているかを把握することが、1年目のお客さんの場合には重要だ。

そういう意味でも、この5月は神経を使ったので疲れた。今日からしばらく別の仕事に切り替えて気分転換を図る。

○株式相場

軟調な状況が続いている。アメリカFRBが利上げを止める気配が無いので、景気の後退を懸念した売りが続いている。

日銀も利上げに踏み切る様相を見せている。予想では7月から8月くらいが多いようだが、株式市場はそれを織り込んだ動きとなるので、しばらくは軟調な状況が続くのだろう。

借入金で投資をしている機関投資家は、短期資金を実質ゼロ金利で調達できていたのが、利息が付くとなれば、一旦、ポジションを解消しようとする。日銀の利上げ観測は、円で資金を調達する世界の投資家に大きな影響を与えているようだ。

いざなぎ景気を超える戦後最長の大型景気達成も間近だが、そろそろ景気の減速懸念が出てもおかしくない。いくら「戦時経済下」であっても、一本調子で昇ることはなく、一旦調整が入ることは考えられる。株は、下がり続けることはないが、上がり続けることもない。

「仕込みの時期」と考えるか「一旦、売って様子見」と考えるかは、難しい判断だが、端的に言って、「利上げに耐えうる会社」というのはまだまだ有望だろう。そんな会社の選別が重要になる。

しかし、なぜアメリカは利上げを続けようとするのか。住宅バブルはソフトランディングしたのではないのか。財政赤字を埋めるために、まだ、外国から資金を吸い寄せる必要があるのか。もう少し勉強してみたい。

○W杯

今月はサッカーのW杯の開幕だ。キリンカップではふがいない戦いをした日本代表も、昨日のドイツ戦ではいい戦いをした。

親善試合にもかかわらず、“ゲルマン魂”のドイツが汚いファールをして、けが人まで出た。開催国のアセりだろうか。

予選のグループでは、ブラジルがいるため、他の国が「日本戦だけは落とせない」と思って、目の色を変えてかかってくる。日本が「オーストラリア戦だけは落とせない」と思っているように。

厳しい戦いが予想されるが、日本の組織力は強豪に一矢報いる力はある。予選突破を期待したい。

それにしても、ブラジルのロナウジーニョはすごい。“史上最高の選手”と賞賛されるが、NHKの特集番組を見て、それもうなずける。日本代表とは別の意味で彼のプレーを楽しみたい。

○論考 日本の社会

連載中の「日本の社会」は、私がこの4年間に勉強したことの中間報告でもある。地方経済は、すでに個別企業の経営努力だけではどうにもならないところまできていると見る。

地方交付税の大幅減額案などが実現すれば、地方に還流する資金は大幅に減る。すでに公共事業の削減で、地方経済は打撃を受けてきたが、さらに地方へ回る金が絞られる。今まで、地域で完結してきたビジネスモデルを持つ地方の企業は、外の地域からも金を稼げるように、ビジネスモデルを根底から変えていかなければならない。

しかし、そういう発想をすべての中小企業が持っているわけではない。多くの企業は対応できないだろう。そこで、「なぜ、こんなことになっているのか?」という疑問を少しでも解消するための答えを私なりに用意したのが「論考 日本の社会」なのだ。私がまだ理解しきれていない部分もあり、難解な表現になっている箇所があれば、素直にお詫びしたいと思う。

中小企業経営者には、これらの原因に大きなところでの政治の力が働いていることを少しでも感じてもらいたい。地域社会が連携していかないと、今度の不景気は乗り切れないだろう。

まだ、もう少し続く予定。乞う、ご期待!

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