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2006年5月

2006年5月31日 (水)

日本の社会⑤ 分断統治その2

日本の社会⑤ 分断統治 その2

靖国問題は“政治問題”である。“政治問題”ということは、参拝の是非を歴史や伝統、戦争被害などを情緒的に勘案する意味はほとんどない。首相が参拝することが、誰にとって政治的に有利に働くか、それだけが問題である。

一般市民を巻き込んだ靖国論争ほど無駄なものはない。論争すればするほど日本の世論は二分される。敵国の思う壺だ。誰にメリットがあるかを考えれば、この問題がいかに外交上のカードに使われているかがわかる。

中国は参拝に反対するが、中国国民に“敵は日本だ”と発信できるメリットを享受している。14億の人々をまとめるためには、国民に外の敵に目を向けさせ、内部の混乱から目をそらせる必要がある。逆にもし、日本の首相が靖国に参拝しなかったら大切な批判のネタが一つなくなってしまう。

だから今、首相の任期切れが迫るなか、盛んに靖国批判を繰り返し、次の首相が参拝せざるを得ない状況を作ろうとしている。次の首相が、もし参拝をしなかったら、日本国内から「中国に屈した」と批判を受けるだろう。また、日本の国論を二分できるおかげで、親中派からスムーズに援助を引き出せる。

アメリカは、中国・韓国・北朝鮮・台湾・日本が、東アジアで団結することを警戒する。だから、竹島・尖閣諸島などの国境紛争の種を仕込んだ。中国も台湾と対立し、北朝鮮は、中国以外の国と喧嘩をしている。

これらの紛争があるから、世界最強の米軍が日本に駐留する理由がある。それと同時に、世界最大規模である、アメリカの軍需産業も“武器商人”としてのメリットを享受する。需要のないところに、需要を作って商売のネタにする手法は、ものづくりが苦手なアメリカ人の得意とするところだ。

帝国は、配下の国々が手を取ってクーデターを起こすことを警戒する。だから、地理的に近い国々を対立させるよう仕向け、自らの地位の安定を図る。だから、そのような意図がわかれば靖国問題で中国や韓国と論争を起こすことの虚しさがわかるだろう。このことを互いの国が理解すれば、それで終わる話だ。

最近の日本では、保守系の学者やジャーナリストが盛んに中国や韓国への批判を繰り広げている。隣国との対立を煽ることは日本にとって利益はない。ただ一点、帝国アメリカの期待には沿える。それが重要という意見にも一理はある。

しかし、本当の戦争に発展しないよう、クールな頭を持たなければならない。アメリカは今、水面下で中国と対立しており、中台戦争をきっかけに東アジアの紛争に介入してくるシナリオがある。そのとき日本に軍事面での役割を果たさせるための憲法改正であり、教育基本法の改正という線があることを頭に入れておかなければならない。私が安易に「愛国心論争」に乗らない理由だ。

隣国同士、または同じ国の国民同士が、互いに反駁し、分断しているのは、帝国がそう仕向けていることがあるので、日本人はこのことをよく理解し、隣国はもちろん、日本人同士で決定的な対立を生まないことが必要である。

次回へつづく

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2006年5月30日 (火)

日本の社会④ 分断統治

④分断統治


占領政策は実に巧妙であり、左と右の思想を同時に入れて、日本の世論の分断を図る。

終戦直後からしばらく、日本ではマルクス主義が流行した。一見、理論に破断のないこの思想は多くのエリートを虜にした。戦後の日本の法律を作った東大法学部の教授たちにもマルクス思想の持ち主がたくさんいた。例えば、民法を勉強した人なら必ず聞く名前、我妻栄教授もその一人だといわれる。

例えば相続法の中で、戦前の民法では長男がすべての財産を相続できる「長子単独相続」が認められていたが、戦後の民法では兄弟は平等に財産を等分することになっている(法定相続分)。これによって財産を巡る相続争いが多発した。

家への貢献度に拘らず、親孝行度合いに関係なく、均等に相続権を有することになり、相続の段になって、ひょっこり家に帰ってきて「財産よこせ」といえば、いくら兄弟でも争いになるのは当然である。一見すると平等のような法律も、実際上にはトラブルを多発させることとなった(おかげで税理士の仕事が増えた!?)(苦笑)。

頭で考えただけの平等概念と、人間が心の底で持つ平等の概念は異なる。しかし、人間は考えれば考えるほど論理の罠にはまりやすい。「ロジカルシンキング」(論理的思考法)の大切さを書いた本がたくさんあるが、下手にロジカルに物事を考えると、一見、理屈の通った議論に惑わされる。

「ダ・ヴィンチ・コード」を読んだとき、いかにしてキリストの矛盾を論理的に説明するか、というユダヤ人の頭の良さをひしひしと感じた。「ロジカルシンキング」は彼らの専売特許であり、神の存在を証明することによって、大昔から鍛えられてきた思考法だ。

そして、共産主義思想を作ったマルクスもユダヤ人だ。東欧では、共産主義革命によってロマノフ王朝、ブルボン王朝など名だたる王室が滅んだ。理論に破断のない説明で、世界のエリートを転向させた論理、そしてそれを考えた頭脳は恐るべしである。

日本を占領統治したGHQは当時、マッカーサーをはじめ、左翼思想を持っていた人が多かったとされる。20世紀初頭までに世界で起こった事実として、共産主義思想はなどの王室を倒すのに役立った。日本を解体しようと思えば、統一の精神的支柱である皇室を廃止することが大きな目標となる。

左翼学生運動家出身といわれる東大教授が、有識者として代表になり、女系天皇制を持ち出して、密かに皇室の滅亡を目指そうとしたと考えられても不思議はない。論理的に正しくとも、理由はどうあれ、悪い結果が出てからでは遅い。

今の日本では、天皇制一つ論じるだけでも、右から左から様々な意見が出て、国論が二分する。国論が二分するから敵に漬け込まれる。アメリカも中国も韓国も、日本の社会にある左右の対立を見逃さず、利用する。

本来は右も左も関係ない。庶民のことを考えてくれている君主かどうか、ばらばらな庶民を一つにまとめてくれる君主かどうかが問題だ。まとまりのない国は、外から攻められやすい。まず左の思想を入れ、後で右からも揺さぶる。GHQ以来の分断統治は今のところうまく行っているといえる。

「右か左か」二元論で考えていると、物事はわからなくなる。「あいつは左翼だ」「あいつは右翼だ」といって、お互い勝手に人にレッテルを貼らないようにしたいものだ。

次回に続く。

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2006年5月29日 (月)

日本の社会③ 民主主義と共産主義

日本の社会③ 民主主義と共産主義

1989年にソ連が崩壊し、社会主義の敗退が決定的となったことは、まだ記憶に新しい。そういうこともあって、日本では共産主義者は少数派となっているが、未だに「自由」と「平等」が混在し、社会の混乱が続いている。

「民主主義が正しくて良いものだ」と信じている人は、おそらく「共産主義が正しくて良いものだ」と信じている人と、基本的に変わらない。どちらが多数派で、どちらがうまく行っているかによる違いはあるが、いずれも独裁をカモフラージュする統治手法であることに気づいている人は少ない。

共産主義が独裁を生んだことは、実際に起きた事実でありわかりやすいが、民主主義でも独裁は起きた。ナチスドイツのヒトラーは、民主主義によって選ばれた首相だ。当時のイギリスの首相チャーチルは「民主主義は最悪だが、人類は未だそれに代わる統治手法を生み出していない」といった。

民主主義は、「みんなで政治家や政策を決めた」と思わせておいて、その実、マスコミなどを使って世論をコントロールし、独裁者の思ったとおりに政治をコントロールする手法だ。この秋に行われる自民党の総裁選挙でも、候補者を決める主導権は表向きは森派が握っているし、当然にアメリカも強い関心を示している。

世論調査といって、国民の意見を聞くフリをして、一方で、政権を持ち上げる記事を多数掲載すれば支持率が上がり、叩く記事を掲載すれば支持率が下がることを知っている。その権限は大手のマスコミが持っている。そのマスコミに力を加えるのが、有力な政治家であり、小泉政権では首相官邸が強い力をもっているといわれる。

だから、大手マスコミのトップにもなると、不可解なスキャンダルが多発する。NHKの海老沢前会長は、竹下登元首相の番記者から昇進した人物と言われるが、要するに竹下派が育てた人物だということだ。それを、小泉首相の時代に部下のスキャンダルで失脚したのだから、そこで大きな権力争いがあったと推測される。

他に、朝日新聞、日経新聞でも、トップのスキャンダルが続いている。

フジテレビ、TBSは政治家の息のかかったIT企業に買収の脅しにかけられた。政権を批判すれば、いつでも経営権を奪えるよ、ということか。マスコミをコントロールすることは、民主主義の最も重要な国民コントロール手段といってもよい。

では、現代において、誰が世界の権力者なのか。ロックフェラーだという人もいれば、ロスチャイルドだという人もいる。もちろん、それがわかったところでどうしようもない。重要なのは、民主主義も共産主義も、どちらも世界帝国主義の統治手法の一つであり、日本はたまたま民主主義によって統治されているということだ。

私は独裁が悪いとは必ずしも思わない。王制=独裁とも限らない。庶民のことを考え、最良の選択のできる優秀な指導者であれば、その人の意見に従うほうが万事うまくいく。知ったかぶりの庶民が“主権者”を気取って、レベルの低い議論で世の中を混乱させるほうが罪悪だ。もちろん、自由を束縛するような恐ろしい独裁政治が最悪であることは間違いないし、それに比べたら民主主義の方が、気ままに生きることが出来るのでよい。

いずれにしても主権者が堕落したら、政治はおかしくなり、国力は衰える。日本の主権者は「国民」ということになっているが、選挙の投票率は低くなる一方で、選択式の試験の影響か、深く考えることが少なくなっている。「郵政民営化の何が改革なのか?」なんて考えることなしに投票してしまう。これが日本の主権者の姿。

この主権者たちに、難しい政治の政策を深い議論の中を経た上で、適切な判断を強いることが民主主義ということだ。かなりの理想を言っていると思うが・・・。共産主義とどっちが理想が高いか(苦笑)。

ちなみに、この民主主義と共産主義。そのどちらもユダヤ人が開発した思想であることは、あまり知られていない。

次回へつづく。

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2006年5月26日 (金)

日本の社会② 思想戦争で完敗?

「思想戦争で完敗?」

「戦争」と言えば、兵器や武器を持って、ドンパチとやることを思い浮かべる人がほとんどである。

しかし、約2000年前に書かれた中国の兵法書である「孫子」によれば、「戦わずして勝つ」ことが最も上手な戦争の方法であると書かれている。武力でコテンパンにやっつけたと思っても、相手方に恨みの気持ちが残れば、いつの日か逆襲(リベンジ)にあう。出来れば無用なリベンジをさせたくない。そこで、「戦わずして勝つ」方法が重要となる。

武力で敵国を制圧することなく、敵国が自らの手で自らの首を絞めるように誘導してやれば、恨みも残らない。リベンジされる可能性も少ない。これを具体的に実行しようと思えば、敵国の主義・思想を変えればよい。これを思想戦争と呼ぶ。

日本は、ご承知の通り、ドンパチやる戦争で60年前に敗戦した。しかし、占領政策はその後に本格化し、改革という名の下に、憲法や教育基本法など日本人の思想の根本に係る法律が改正された。思想戦争が本格化したのだ。

まずもって、日本人にこの辺の認識がほとんどないことに、アメリカのしたたかさ、巧妙さ、本当の怖さを感じる。私がこんな話をしても、信じてもらえず、聞いてももらえないことがよくあるが、それは当人がアメリカの巧妙な罠にはまったからに他ならない。

圧倒的なアメリカの軍事力を前に、日本は武力で対抗する手段を一切捨て、専ら経済大国としての道を歩むことを戦略的に選択したのが吉田茂首相である。これを外交政策における「吉田ドクトリン」と呼ぶようだ。

その選択は正しかったといえるが、その後に続く政治家が少しずつ占領政策にはまり、上手に取り込まれ、当時の日本人がどんな思いでそういう選択をせざるを得なかったのか、忘れてしまったようだ。

特に、戦後の教育を受けて育った世代は、進駐軍にチョコレートをもらい、テレビでアメリカの豊かな生活をホームドラマを通して見せられ、アメリカに対して憧れを抱いて育った。

エリートたちは、フルブライト交換留学制度などで、ハーバードをはじめとするアメリカの大学で「民主主義」「資本主義」などの思想を勉強し、アメリカの代弁者として日本に戻されてきた。

日本が戦前に帝国主義を張っていたときは、フィリピンのマルコス、台湾の李登輝など、日本の大学や陸軍士官学校で学んだ植民地の指導者がたくさんいた。そこで日本の思想を学ばせ、植民地では日本語教育を行った。

帝国がやることは、今も昔も基本的に変わっていない。今、日本人が一生懸命に英語を勉強しているのは、“世界帝国”がアメリカだからだ。帝国の下の従属国が、帝国の言語を勉強するのは歴史の必然。南米の国々は、当時の帝国であったスペイン語を話す国が多い。

さて、ここまで書くと、私が反米主義者と思うかもしれないが、戦後の日本が安全で、一人の戦死者を出すこともなく、経済発展できたのはアメリカのおかげでもある。60年も長きにわたって戦争もせず、平和に暮らせたのは、世界的に見ても珍しく、それはアメリカのおかげだ。そのことを忘れては、アメリカ人は怒るだろう。

問題はこれからだ。これから先は、今までどおりに行かない。すでに、思い通りにならず、不可解な事件が多発し、日本人が自らの手で自分の首を絞め始めた。まさに「戦わずして負ける」状況が発生している。

今日はここまで。

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2006年5月25日 (木)

日本の社会①

1ヶ月ぶりにHPを更新した。タイトルは、「市議選」。6月25日の米子市市議会議員選挙を前に、少しでも関心を持ってもらおうとして思いついたタイトルだ。

今度の市議選は、淀江町との合併後、初となるもので、定数30人に対して立候補予定者が47人にのぼるようで、史上、稀に見る激戦が予想されている。

前回の旧米子市の市議選(合併前)が、定数32人に対して立候補が34人。選挙後に一人が死亡したため、結局33人が当選するという凡選だった。それもあってか「市議のレベルが落ちた」とあちこちから声が飛んでいる。

今回の選挙も、合併後、すぐに行われたものではなく、合併後の一定期間も合併前の定数、待遇をそのまま新市にも引き継ぐという「合併特例」を適用したあとの選挙になる。「保身」という批判が多く飛んだが、財政難の折、やむを得ない批判だろう。

今度の激戦を前に、現職議員の動きも活発だ。3月から選対事務所を立ち上げて、水面下で選挙は始まっている。

財政難。不景気。人材の流出。大企業の工場の撤退。などなど、地域に残る問題は山積している。今度の市議選を通して、少しでも官民一体となった取り組みに手がかかることが望まれる。

昨日も、不可解な小学生女児の死亡事件(事故?)が起きた。神戸の事件以来、日本では子供が犠牲者になる凶悪犯罪が多発している。「事件の数は変わっていない」とマスコミ報道の過剰ぶりを批判する“有識者”の声があるのは承知しているが、事実として、小学生は登下校をまともに出来なくなっている。

小学生は道草を食って、遊びながら育つのが普通だが、「見知らぬ人に声を掛けられても絶対ついていくな」とか「大声で叫べ」とか、子供が地域社会と交流する機会を奪ってでも守るしかない異常な社会になった。欧米や中南米のように、誘拐が多発している社会に、日本も堕したというほかない。

こういった社会問題に対して、まともな対処策を出せていないのが今の日本の現状である。国や地域を愛することすら「戦争時代へ回帰」と、思考停止したまま、議論できない人が多い。これは、このような社会に陥った原因分析ができていないから、まとも処方箋が出せないのだ。

恐れ多くもこの私が、ズバっと、分析してみせよう!というのが、今回からのシリーズ企画。「論考 日本の社会」。誤解や偏見を恐れず議論することが大切。ご期待あれ!

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2006年5月24日 (水)

銀行業績

大手行の18年3月期の業績発表が揃った。貸倒引当金の戻り益などによって、好調な決算となった。三菱UFJに至っては、利益が1兆円を超え、トヨタに迫る勢いだ。

もちろん、利益が多いといっても、かつて10行を超える都市銀行が3つのメガバンクに集約し、経済の規模がバブル当時よりも拡大している現在、利益の絶対額が多額に昇るのは当然で、規模からみた利益率はまだ低い。

新聞各紙では、すでに「儲けすぎ」という批判記事を出している。「預金利息を上げろ」とか、「消費者に還元せよ」だとか。公的資金を利用した再生だけに、一般市民の反発も根強いようだ。

しかし、これは「銀行」という業界を知らない一面的な批判にすぎない。

いくら一つの「株式会社」だからといって、銀行は“金融庁一家”である。公的資金を入れるときの決まり文句に「金融システムを維持するため」との文言が付くが、決して「銀行を守るため」とは言わない。逆に言うと金融システム維持のために不要な銀行は潰しにかかる。このあたりも金融庁の意向が大きく影響する。

公的資金にしても、当時の東京三菱のように、横並びで仕方なく受領した銀行もある。すぐ返したが・・・。

本当に銀行が儲けすぎてうらやましいのならば、銀行に就職してみるといい。そこでは金融庁に規定された書類を大量に作成するだけで一日が終わるような、かなりつらい仕事が待っている。今、銀行では若い行員が、こうした書類作りに忙殺されている。

ちなみに、この金融庁に大きな力を加えられるのはアメリカ政府だと見ている。金利は日米間にきちんとした政策合意がないと、自由に引き上げることはできなくなっているようだ。

お金は金利の低いところから、高いところへ流れる。だから、日米間に適度な金利差がないと、米国から日本に資金が流入しすぎてしまう。昨年、アメリカのFRBは断続的に政策金利を上げ続けたが、それによってドル高円安を伴ったが、日本から大量の資金流入があったと見られる。

だから、今後も大きく利息が上がることはない。1%上がるだけでも大変なことだが、たとえ1%上がったとしても、100万円の預金で、年1万円(税引き後8000円)。うれしいか?それよりも、株を買って、大きく値上がり益を狙う方が運用としては面白みがある。

それから、前期の決算では「貸倒引当金の戻り益」が、業績に大きく寄与した。これは、過去の見積り過剰の修正だから、実質的には利益ではない(もちろん、会計学的に「利益ではない」といっているのではない)。今年度からは、貸出し金利引き上げに伴う利ざや収入の拡大、投信手数料の拡大、株式含み益の増大など、実質的な利益拡大が期待される。

今期の決算では、あまり言われていないが債権の評価損を多額に計上している。これは金利上昇に伴う含み損の発生であるが、今年度、債券価格がある程度安定していれば、新たに発生する含み損は少ないので、これも前期との比較で増益要因となる。

こうして考えると、銀行はこれから儲けが本格化するだろう。「業績回復」から「業績拡大」の局面に入ったと見ている。

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2006年5月23日 (火)

ダ・ヴィンチ・コード②

昨日の続きで、ダ・ヴィンチ・コードについての記事を紹介する。以下は、5月17日の時事通信の記事の抜粋。

ジャーナリストには悪評、失笑も=「ダ・ヴィンチ・コード」

【カンヌ(仏)16日】今年最も話題となっている映画「ダ・ヴィンチ・コード」が16日、カンヌ映画祭の初日(17日)の特別上映に先立って、ジャーナリストや批評家たち向けに上映されたが、評判は芳しくなかった。上映が終わると、拍手の代わりに口笛が聞かれ、重要な場面では失笑も漏れた。
 米紙ボストン・グローブの記者は、「良くなかった。原作本と同じくらい悪い出来だった」と酷評した。

 トム・ハンクスが演じるロバート・ラングドンが、誰がイエスの子孫とみられるかを明かす重要な場面で、観衆は失笑をこらえきれなかった。タイムズ・オブ・インディア紙の記者は「ハイライト場面で笑いが起きた。大きな笑いでなく忍び笑い。それがすべてを物語っている」と話した。
 さらにイタリアのテレビの記者は、原作を読んでいない人にとっては物語が分かりにくすぎるとして、「観客は混乱し、拍手はなく、ただ沈黙があっただけ」と話し、英国のラジオ記者は「本当に失望した。会話が下等だ。演技は悪すぎるというほどではないが、映画は原作ほどには良くなかった」と語った。

(時事通信) - 5月17日14時8分更新

以上であるが、ジャーナリスト向けの事前試写会では、このように酷評されている。封切り後の一般市民の反応とは正反対だ。明らかにカトリック系のジャーナリストの反応を伝えたものだろう。市民の反応も、カトリック系の市民とその他では大違い。

もう一つ、以下は5月18日の共同通信の記事からの抜粋。

ソニー製品の不買運動を カトリック系団体呼び掛け

 【ニューヨーク17日共同】中絶反対運動などをしている米カトリック系団体「ヒューマンライフ・インターナショナル」のアイテナウア代表は17日、映画「ダ・ヴィンチ・コード」に抗議し、関連会社が映画を配給しているソニーの全製品の不買運動を映画公開に合わせ19日から始めることを明らかにした。
 不買運動がどこまで広がるかは不明だが、同団体の広報担当は「映画はカトリックを敵視している。世界のカトリック信者10億人規模のボイコットにしたい」と述べ、インターネットやメディアで参加を呼び掛けると話した。
 キリストが子どもをもうけ、教会はその事実を隠してきたという筋の同映画をめぐっては「うそと中傷に満ちている」などの批判が出ている。
 代表は「映画を機にソニー製品ボイコットを訴えるのはわれわれが初めてだと思う」としている。

(共同通信) - 5181236分更新

以上であるが、映画の配給会社を所有するソニーの不買運動まで起きた。ソニーのレベルになれば、映画の政治的な影響を読みきれないわけはない。トヨタにしても東芝にしても、アメリカで大きく事業を展開しようと思えば、アメリカの政治研究は必須だ。それでも映画の公開に踏み切ったのは、ある程度、目算があったということでもあるし、ソニーがユダヤ系資本と密接なつながりがあるともいえるのだろう。

ソニーの創業者である故・盛田氏は、アメリカに滞在していたときユダヤの人たちとの連携を非常に重要視していたという。商売をするのにユダヤ人の協力がなければうまくいかないからだ。ソニーがハリウッド映画を買収し、配給をすれば、こういう事態に巻き込まれることは仕方がない。

それ以上に、今回のダ・ヴィンチ・コードは興行収入がものすごいことになるだろう。アメリカでは公開初日で33億円の売上だという。映画そのものは、特に金がかかっている印象はないので、不買運動を補って余りあるはずだ。

こうした宗教戦争というのは、日本人の私にはなかなか理解しがたいものがある。多神教で八百万(やおよろず)の神に手を合わせる日本人には、こうした一神教の絶対的な価値観というのは理解しにくい。日本人には、「色即是空」(すべての物事は「空」(=なんでもない)ことだ)という仏教的な観念があって、白か黒かはっきりさせるのではなく、灰色でもいいし、赤や青など他の色でもいいかなぁ、なんて思う日本人には理解しがたいことだろう。

資本主義を発達させ、世界に自由と民主主義という価値観を広めたユダヤ人は、2000年の時間をかけてキリストやイスラムとの宗教戦争に勝利しようとしているのか。

ダ・ヴィンチ・コードには、長い時間をかけて、機密を伝承する方法としての秘密結社の実態も垣間見ることができて非常に興味深かった。「生き残り」というものに対する彼らの執念とうもののすごさを改めて認識した。

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2006年5月22日 (月)

「ダ・ヴィンチ・コード」

Dsc00304 「ダ・ヴィンチ・コード」 ダン・ブラウン著 (2004年5月31日 角川書店)(写真は文庫版)

昨日は、今、話題となっている映画「ダ・ヴィンチ・コード」を鑑賞してきた。テレビで行列の映像を見て、たくさんの人手を予想したが、日吉津のMOVIXは、夜ということもあったのか、意外にすいていた。

私はその前に、原作となる本を読んだので、まずはそちらの感想から書くと、実に興味深い記述がたくさんあったということに尽きる。宗教に関心の薄い人にとっては、ミステリー小説として楽しめるが、キリストとユダヤの2000年にもわたる戦いに少しでも興味のある人は、キリスト教に対する計り知れないダメージに愕然とするかもしれない。

映画や原作をまだ見ていない人のために、中身の詳しい内容については書かないが、カトリック教会が隠してきたとされるキリストの秘密が、小説を通して暴かれたことが、カトリック教徒の信仰心を大きく揺さぶることになったので、世界が大騒ぎしているのだ。

小説の中には、信仰心を揺さぶる記述がたくさんある。その中でも決定的なものは、キリストに妻がいて、子供もいる、というもの。本当はキリストは独身であるはずなのだが、この事実を教会が2000年にもわたって隠し続けてきたということに、多くの人たちが衝撃を受けた。

一神教の人たちの信仰心というのは、なかなか理解しづらいものがあるが、キリストやユダヤ、イスラムの人たちは、同じ神をそれぞれの立場から、その存在を証明しようとしている。その証明に用いられる技法が、演繹法であったり帰納法であったりするわけだが、いかに神の存在を上手に説明できるかが、彼らにとっては非常に重要なのだ。

そのかつてカトリック側からなされた証明をぶっ壊して、新説・・、というか新事実をキリスト教徒に突きつけたところに、「ダ・ヴィンチ・コード」の衝撃がある。今のところ、カトリック教会は静観する構えだが、しっかりと理論構築しないと、彼らの足元が大きく揺さぶられることになるかもしれない。

本にして全世界に売りさばき、映画にして全世界に流布するところが、3S政策の本家本元ともいえるユダヤの人たちのすごいところでもある。昔から信仰をわかりやすく寓話にするのが上手だが、こうして一般庶民にも読みやすく、理解しやすいかたちで、世界に流布する手法は、彼らの最も得意とするところだ。マーケティング論の大家が、たいていユダヤ人であることもうなずける。

そういうわけで、キリスト教とユダヤ教の関係がおぼろげながらにも理解していないと、この本の深いところは理解しにくい。なぜにユダヤの人たちが秘密結社を作って、教えを守り、受け継いできたのか、そのあたりの背景について基礎知識があるのとないのとでは、感想は違ってくるだろう。

ところで、昨日観た映画についてだが、本で読んだ知識がなくても楽しめる内容となっていた。もちろん、深いところは本の記述には近づけないし、省略しているところも多々あるが、それでも上映時間が2時間30分と長く、おおよそのストーリーはカバーしているので、満足はできるだろう。

ただ、本にしても映画にしても、考えれば考えるほどわからないことが増えてくる。ある意味で、とても難解な本、映画だともいえる。

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2006年5月19日 (金)

愛国議論

国会で教育基本法についての審議がはじまってから、テレビでも新聞でも“愛国心”に関する話題が急増している。

法律に書くと、それをどうやって教育上の評価につなげるか?なんて議論があるが、心の持ち様に点数つけて、評価するのおかしい。間抜けな議論だと思う。こういう議論になると、右からも左からもいろいろな意見が出るが、どちらにも問題があると思っている。

まず、愛国心に反対する人の問題を言えば、たとえ「自由」と「民主主義」を重視したとしても、それもまた思想の統制である。ただし、これは国家によるものではなく、某国によるものである。

未だに「自由」と「民主主義」を掲げて世界で無理やり戦争を起こしている国があるが、日本も60年前、その国に負け、占領統治下で「自由」と「民主主義」を与えられた。

本当に「自由」と「民主主義」があるのだと思っている人は、共産主義が正しいと思っている人と同じくらい理想主義者だ。これは、どちらの幻想が正しく見えるかだけの問題である。

日本が愛国心で一致団結して“復讐(リベンジ)”してこないようにするための、思想的な施しが「自由」と「民主主義」の植え付けだ。イラクでもこれをやろうとしていて、その目的が占領統治にあるのは、明らかだ。よその国のことは、客観的に理解できるが、自分の国のこととなると、理解できない人が多い。かつて、東欧の国々を「ソ連の衛星国」と表現したが、戦後の日本は「アメリカの衛星国」と世界からは見られている。

ただし、「自由」と「民主主義」の思想は、戦争しないための思想としてはよく機能している。これは良い点だ。

一方で、愛国心は国としてまとまるためには、必要な思想である。会社経営でも経営者はいかにして社員をまとめるかに腐心し、経営理念を掲げて社員に唱和させたりする。経営理念が正しく、そしてしっかりと根付けば会社はどんどん成果を上げるが、逆に経営理念が間違っていれば、おかしな方向へ向かい、浸透されていなければ、一致団結した組織力を発揮できない。「自由な社風」は平時にはうまく機能するが、経営危機などの有事においては、トップが社風を引き締める必要が出てくる。

国家もそれと同じで、今の日本を「有事」と捉えるか「平時」と捉えるかによって、愛国心という国家統一の思想が必要性の判断も分かれてくる。今、教育基本法を見直そうという機運が高まっているのは、高度な政治判断として、今の日本は「有事」だという認識があると考える。

一つは、人心の荒廃だ。凶悪事件が相次ぎ、教育のあり方が問われている。これをカバーするには、人々の連帯意識を高めることが重要で、連帯意識がなくなったとき、人は人でなくなると、小室直樹が本に書いていた。

もう一つは、戦争機運の高まりだ。これは、米中の激突の狭間で、日本がそれに巻き込まれていることを意味している。リベンジを恐れたときは「自由」と「民主主義」を浸透させ、戦争に引きずり込みたいときは「愛国心」でコントロールする。これには注意しなければならない。

愛国者というと「右」だと思われがちだが、今、「右」の人たちは明らかにおかしくなっている。その例が、中国や韓国への批判を強めていることだ。これは、日本とアジア諸国の連帯を壊すための宣伝とみる。だから愛国者=右は間違いで、本当に国を愛するものは、日本の平和を願う者であり、右翼の考えに賛同してはならない。

だからといって、左によれば、これまた戦争を起こさせたくない中国や韓国からの思想攻撃に利用される。

長くなったが、一筋縄では行かない議論だということを認識してもらいたい。

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2006年5月18日 (木)

会社不信

今朝の日経の企業財務の欄を見ると、決算不信任のオンパレードのようだった。監査法人側と会社の間で、利益の計上を認める・認めないといった類の対立で、監査法人を変えた事例が一覧として出ていた。

まさに、「会計不信」の状況が起きている。

その多くは、マザーズなどの新興市場に公開している企業によるものだが、新興市場には、中身のないビジネスを書類を取り繕うだけで株式公開にこぎつけたような危険極まりない会社がけっこうあると言われている。

つまり、ビジネスを拡大するための資金調達手段として株式を公開したというよりも、資金調達そのものに目的があり、株式を公開したが最後で、集めた資金を浪費してしまうような会社があるということだ。

投資家にとって、それを見極めるのは重要だし、見極められない人は投資をしない方がよい。私は残念ながら見極められないので、新興市場には未だ投資をしたことがない。

話を戻すが、そうなると「会計不信」というより、「会社不信」であり、経営者に対する不信感である。会計監査でなんとか抵抗を見せているものの経営者自身が不信感をぬぐう努力をしないと根本的な解決にはならない。

本来は、ビジネスのしっかりしていない会社は株式公開してはいけないのだが、“規制緩和”で証券取引所の審査を緩めた。新規の成長企業を育てることとのバランスは難しいが、その入り口をしっかり見直すことも、この際きっちりやってもらいたいと思う。

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2006年5月17日 (水)

株価下落続く

昨日の日経平均株価は、328円安の16,158円と6日続落となった。一週間で1000円以上も下げれば、暴落といっていいかもしれない。

評論家やアナリストは、下がれば下がった理由を、上げれば上げた理由を述べるから、下がっている局面では悲観的な意見が出やすくなる。中長期で投資する人は、こうした場当たり的な意見は無視して、大きな流れが変わっているのかいないのかを常に確認しておくことが必要となる。

今回の下げを主導しているのは、外国人投資家であり、先物で売りをガンガン出しているらしい。それに釣られて日本人投資家も売りを入れるといった状況のようだ。これが本当ならば、外国人投資家のお得意の手口であり、先物で売りながら現物を少しずつ仕込んで、下げと上げとの往復で儲ける戦術だ。ということなら、基本的に下げれば買って問題はないだろう。

中長期的には、「戦時経済」ということで見方は変わらない。実際に本当の戦争が起きるかどうかは別として、水面下ではこの日本でも戦争に向けた準備が着々と進んでいるようだ。こういうときは景気が拡大しやすく、株価も上がりやすい。逆に言うと、ブッシュ政権はクリントン政権と違って、戦争によって景気を拡大させる政策を採っているといえる。

この大きな流れが変わらない限り、日本の株価は上げられるだろう。外国人が十分に利益を吸い上げ、戦費の調達が整うまで、日本から富を合法的に吸い尽くそうとするだろう。それが、今回の景気回復、株価上昇の裏のシナリオといえる。

ただ、ここまで株価が順調に上がってきただけに、これからは銘柄の選別が重要となる。

金利の上昇や円高に弱い銘柄は、ちょっと買いにくい。輸出関連は業績の好調が続くが、他方で円高によって収益が目減りしていく。金利の上昇は、負債で資金調達をしている企業には重しとなるが、メガバンクのように金利の上昇を貸出し債権に転嫁できる会社は強い。

ところで、新興市場を中心に決算書に対する信用性が低下する「会計不信」が広まってきているという。決算発表を遅らせる企業が相次いでいるようだ。ライブドア事件もカネボウ事件も「決算粉飾事件」だから、他の企業にも、特に新興市場の企業に連想が起きてもしかたがない。

もしかしたら、カネボウ事件をはるかに上回る大企業の粉飾決算が発覚することだって予想される。ネット上にそれらしき書き込みがあるのは、単なる煽りなのかわからないが、「会計不信」によって、株価を大きく下げさせたのは、アメリカで経験済みである。

エンロン事件やワールドコム事件のような「粉飾決算事件」は、会計学者や経済評論家の間では、純粋な「粉飾決算事件」だが、政治の世界では“意図的な株価引き下げ作戦”という見方が一部にあることも念頭に置かなければならない。あの事件の前後で誰が儲けたか?よく考えると怪しい背景が見えてくる。

しかし、そうでない企業がつられて安くなる場合は、理由がそれだけのことでもあれば、やはり「買い」となる。

今後は、こうした政治的な動きに注意しながら、慎重に投資を続けながらも、大きく下げたときは理由を吟味した上で、買っていくくらいのスタンスでいいと考えている。

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2006年5月16日 (火)

代表決定

昨日、23人の日本代表のメンバーが決まった。

W杯は、気がついたらもう1ヶ月後に迫っていた。

ここまで、得点力不足に悩まされてきた、注目のFWに巻選手が入った。私はあまり巻選手のことを知らなかったが、彼のコメントに好感をもった。

「W杯は、楽しみにいくわけじゃない。日本の代表として精一杯戦ってくる」と。

こういう言葉を聞けるのはうれしい。

最近は「楽しみたい」とかいって、負けてすごすご帰ってくる日本のスポーツ選手が多いけど、勝たなければ楽しくはないだろう。

また、落選した久保を意識したのか、選ばれなかった選手への配慮も見せていた。「惻隠の情」というか、勝者の義務、敗者への共感が言葉ににじみ出ていた。これは武士道精神に通じる。

彼は本当に努力家であると、他のメンバーのコメントからもわかる。周りで見ていた人にとって、今回の選出は決して“サプライズ”じゃないらしい。

今回はグループの組み合わせからしても、日本にとっては激戦が予想される。ジーコが言うように「どんな強い相手でも、堂々と戦えるメンバー」ということだから、なんとかがんばってほしい。

オーストラリア、クロアチアを撃破して、2連勝でブラジルに挑みたいところだ。

おうっ!!

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2006年5月15日 (月)

独立するために

私の事務所でも、独立起業に関する相談が少しずつ増えてきた。所属している組織を離れて、自分の力で一本立ちしようとするのは、それなりの決心と決意が必要だ。大いに悩んで、大いに検討して、決められることが必要である。

私が米子に帰省して独立してから3年8ヶ月が経とうとしているが、私も独立するときは相当に悩んだ。監査法人を退職する二年くらい前から悩んでいたと記憶する。仕事には恵まれていたので、さし当たって辞める理由もなかったが、ただ一点、「いつか米子に帰って地元の発展に貢献してみたい」という夢があった。

地元の人間が高校を卒業すると県外に出てしまう傾向が、私が高校時代すでに問題となっていた。地元に育てられた人間が、東京に出て東京の発展に貢献するようでは、地域間格差が開く一方なのは当然だ。地方で人材育成をして、中央で活躍させる構図がなくならなければ、地方分権は成り立たない。

ならば自分がまず地元に帰って独立して、地元に貢献してみようというのが、私の独立の趣旨である。

独立して自分でがんばってみようという方は、まず自身の志を確認することが必要だ。「儲けたい」でも構わないが、案外簡単に儲かることもあるので、それが目標だと間違った方向に行く人もかなりいる。出来ればお金以外の目標を見つけ、目標がまっとうであれば、達成と同時にお金はついてくると考えたほうがやりやすい。

迷っている方は、基本的には、今、自身が採っている道は正しいと考えるべきだ。迷いながらまだ組織に属している方は、無意識かどうかは別として、自身にとって合理的な選択をしていらっしゃる。独立しようと思う方は、最後は迷わないので、悩みながら組織にいるということはない。

そして、もう一つ重要なことは、自ら選択することが大切だ。そして、自らの選択に責任が持てる人だけが成功する人だと思う。

私はそういう意味で、人に独立を進めることは絶対にしない。自分に責任が降りかかるのがいやだからというよりも、人に選択を任せる人が成功するわけがないからだ。

以上だが、独立に関する相談が増えてきたことから、自身の経験に照らし、これから少しでも有用となる情報を提供していきたいと思う。

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2006年5月12日 (金)

不易と流行

FM山陰の7時半から、「朝のレトロスープ」という番組をやっている。昔なつかしい歌を流す番組で、通勤が7時半以降にずれ込むと聞けてしまう。

今日はパーソンズの曲を流していた。パーソンズは中学生のころよく聞いたので、もう20年も前のことになる。今になって聞くと、「けっこう幼い歌い方してたんだな」と思うが、あの人は今、どうしているのだろうか。

NHK-FMの午前9時20分からは、番組名を忘れたが、SHOW-YAのボーカル寺田恵子がパーソナリティとなって、ゲストと共に曲を流す番組がある。SHOW-YAも中学生のころによく聞いていたバンドだ。

番組の中では、たまにSHOW-YAの曲も流してくれるが、今聞いても、寺田恵子は日本のロックボーカリストとしては上手だなと思う。ただ、あのころのロックバンドは、ラウドネスなんかがそうだが、歌詞に大した意味を込めていなかった。

「限界まで~ 限界まで~ あきらめない~♪ ウォ~」とかシャウトしているが、今聞くと、「何を歌いたかったんだろう?」と余計なことを考えてしまう。当時はほとんど気にならなかったのだが・・・。その点、GRAYなんかは歌詞がすばらしい。

GRAYですら、最近はほとんど聞かなくなった。音楽業界は実に移ろいやすい。

だからというわけではないが、ここ3~4年、よく聞くのはジャズとかクラシックだ。クラシックなどは200年以上も前から演奏されていることを思えば、音楽の普遍性というのもすごいと思う。同時に、人間の感覚は今も昔もそんなに変わらないんだと思わされる。

私は昔から流行曲を聴こうという気持ちがほとんど無かったが、今は全くなくない。いい曲は、10年後でもいい曲なので、10年後に再びめぐり合って聴いてもいいという気持ちでいる。

流行の曲を聴かなくなると、それを“オヤジ化”というのかもしれないが、今、オレンジレンジとか聴いている若い世代も、じきにオヤジ化するのであせりはない。そのサイクルは昔も今も変わらないだろう。

音楽は、不易と流行というものをすごく感じる世界だ。いい音楽は昔からいい。それを聞く人間の耳もそんなには変わっていないのだろう。

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2006年5月11日 (木)

「巨大投資銀行」

Dsc00302 「巨大投資銀行」(上)(下) 黒木亮 (ダイヤモンド社 2005年11月10日)

外資系投資銀行に勤務する3人のバンカーを取り巻くストーリー。実在の人物も出てきており、ほとんどノンフィクションに近い内容となっている。

本が出たときから読もうと思っていたが、ずっと忙しく、ようやくこの間のゴールデンウィークに一気に読むことができた。

邦銀から転職して外資系の投資銀行に勤務する桂木。80年代のソロモンで裁定取引によって稼ぎまくる竜神。外資系投資銀行に勤務したあとファンドを設立した藤崎。この3人がそれぞれの立場で80年代から90年代にかけての日本で荒稼ぎをする様子が描かれている。

当時の日本はバブル経済の崩壊で長らく低迷が続いていたが、一方の外資系は先端的な取引や金融商品で利益を荒稼ぎしていた。「赤子の手をひねるようなもの」という表現も出てきたが、金融の世界でいかに日本の銀行や証券会社が遅れていたかがよくわかる。

外資系投資銀行の実態が垣間見れたような感じで、決して“胸躍る”ようなストーリー展開ではないが、外資系の厳しさや面白さ、邦銀の遅れ度合いなどがよく描かれており、「20年くらい前から、すごいことしてたんだなぁ」と感心した。

ただ、一方で巨額の利益を上げるその意味が見出しにくいところもあった。まだ、商業銀行の融資業務というのは、一般の事業会社の資金の円滑化という目的があるが、例えば「裁定取引」という市場のゆがみを目ざとく見つけて儲けていく手法は、完全に投機目的であって、「利益」そのものが目的になっている。彼らはなんのためにそうやって利益を稼いでいたのか、考えさせられた。

本書は、上と下の二冊に渡るため、分量は多いが、ストーリー性があるので一気に読めば比較的早く読める。こうした外資系の投資銀行に興味のある人にはおすすめだ。

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2006年5月10日 (水)

変化への柔軟な対応

世の中の変化が刻一刻とスピードを増して起こっていると感じる今日この頃、公認会計士や税理士といった職業も「サービス業」として、変化に柔軟に対応していかなければいけないとつくづく思う。

中央青山監査法人が業務停止命令を出されることになったから言うわけではないが、「個」というのは変化に柔軟でなければならないとしみじみ思うし、変化にいかに対応するかが「個」の強さといえる。

これがアイフルならば、今まで稼いだ莫大な利益で何とか乗り切るのだろうが、監査法人のような“人”しかいないような組織は、たとえ二ヶ月程度の業務停止でも、人件費が即、アイドルコスト(不稼動費用)となって、経営に重くのしかかる。一部の会計士のやったこととはいえ、自分がいつ当事者になるかわからない。

監査法人は許認可法人だから、基本的に「会計監査」が主たる業務にならざるを得ない。会計監査以外に食い扶持を探そうと思えば、組織を飛び出すことが必要となる。

こうした事態が起きるずっと前から、私の中の構想はすでに、会計や税務、あるいは会計監査という枠組みを越えたところで発想している。私がサービス業として出来ることは、手当たり次第に研究し、この先10年にどんな変化が起き、どういうサービスが必要とされるか、それを考えることが私の課題だ。

これから先10年で起きる変化は、これまでの10年で起きた変化よりも、ずっと激しいものになる。特に地方の産業が、10年後に何で稼いでいくかというテーマは、今よりはるかに重くのしかかるはずだ。

伊木会計事務所が地域における知識産業として役に立てるよう、組織化とインテリジェンスの強化を図って行きたいと思っている。

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2006年5月 9日 (火)

他人事

今朝は、わが業界に関する以下の記事を紹介する。

以下は、ヤフーニュースより、毎日新聞からの抜粋である。

<中央青山監査法人>全業務停止の処分へ 金融庁が検討

 カネボウの粉飾決算事件にからみ、金融庁は8日、4大監査法人の一つである中央青山監査法人に対して、今年7月からすべての業務を停止する処分を出す方向で調整に入った。停止期間は1~2カ月を検討している。

以上、抜粋終り。

カネボウ粉飾決算事件の落とし前として、同社の会計監査を担当した中央青山監査法人への業務停止処分が不可避になった。関係者にとっては本当に大変なことだと思う。

しかし、すべての公認会計士が大変なわけではない。真面目に仕事をして、専門家としての独立精神に富む者にとっては他人事である。しっかりと「こんなニュースは他人事です!」と言い切らないといけない。もちろん、これを契機にあらためて自分を戒めることは重要だが・・・。

「専門家はインディペンデンス(独立精神)が重要だよ」

これは私の師匠の言葉である。

お客さんから信頼を得ようと思えば、専門家の見地からもっとも適切な判断を導く姿勢を忘れないことが大切だ。その際に、金や情に心が揺れてはならない。あくまで独立した精神で判断しなければならない。

そのためには普段からよく勉強しておかなければならない。勉強していない専門家が、独立精神を持つと、これはお客さんに迷惑がかかる。これでは単なる“堅物”、“頑固者”になってしまう。

専門知識の裏づけがあっての独立精神。大切にしたいと思う。

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2006年5月 8日 (月)

GW明け

GWは完全休養だった。今日から仕事再開。3月決算の会社が多数あり、月末まで繁忙しそうだ。

GW中は毎日、道路の混雑を報道していた他は、殺人事件以外、目だったニュースもなかった。しかし、ネットのニュースでは、興味深いニュースがあったので紹介しておく。

以下は5月3日付けのヤフーニュースからの抜粋。

北米トヨタ、元社長アシスタントがセクハラで1.9億ドルの訴訟

[デトロイト 2日 ロイター] トヨタ自動車<7203.T>の米国法人、北米トヨタ自動車の女性社員が、上司の大高英昭社長からセクハラ行為を受けたとして、トヨタ本社と北米トヨタ、同社長を相手取り総額1億9000万ドルの損害賠償を求める訴訟をニューヨーク州地方裁判所に起こした。
 それによると、訴えた女性は42才の日本人社員。ニューヨークで同社長のアシスタントをしていた2005年に繰り返し社長からセクハラを受けたとしている。
 トヨタは声明で「トヨタ自動車は、社内のすべてのレベルにおいてセクハラ行為を『一切容認しない』方針。この種の申し立ては真剣に受け止める」との見解を示したものの、より詳細なコメントは控えた。
 訴えによると、同女性は1997年に北米トヨタに入社、2005年3月に大高社長のアシスタントとなった。

(ロイター) - 5月3日18時19分更新

以上、転載終り。

絶好調トヨタの死角を挙げるとすると、“政治リスク”だろう。どんなに品質がよくて、北米で売上を伸ばそうとも、こうしたセクハラ訴訟のような怪しげな訴訟で稼いだ利益を置いていくことになる。

日本円にして約200億円の賠償請求だから、セクハラ訴訟としては巨額だが、トヨタの屋台骨を動かすほどにはならないだろう。しかし、対応を誤れば三菱自動車の二の舞になりかねない。そこは、トヨタ。記事から見られるように最大限の誠意を持って対応するようだ。

日本企業がアメリカで民事訴訟を起こされて負けるケースが後を絶たない。東芝なんてひどいもので、ノートパソコンなどで儲けるたびに訴訟で負けて利益を置いていく羽目になっている。

トヨタについては、北米での“儲けすぎ”を心配する向きがあった。今回の訴訟がそれと関係があるかと言えば、必ずしもそうはいえないが、今後も“品質の虚偽表示”のような重箱の隅をつつくような訴訟が起きる可能性はある。

実際問題、どの自動車メーカーも少なからず品質トラブルを持っていると考えてよい。それをうまく表沙汰にしないで抑えるのが、企業の持つ政治的センスであって、その点についてはトヨタも重々承知している。

こうした訴訟をどうやって乗り切るかは、日本企業の大きな課題だといえる。そういう意味で、トヨタがどうやって後始末をするのか密かに注目している。

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2006年5月 2日 (火)

山陰道で・・・

ゴールデンウイークの狭間の平日とあって、昨日はすでに県外からの観光客らしき車が街中をたくさん走っていた。加えて、初夏を思わせる暑さに、仕事をする意欲をそがれるようだった。

一転して今日は寒空。気温も15度の予想。このジェットコースターのような落差は何なのか。この季節、寒暖の差が激しい。

「平年」という概念があるが、これは過去10年くらいの平均気温をとったものだから、実際には、暑い日と寒い日が繰り返すのであり、その間をとっただけのことではないかと思う。

ところで、昨日、山陰道で覆面パトカーに遭遇した。すでに、誰かの違反キップを切っているところだった。

観光地でスピード違反で捕まれば、行楽気分も吹き飛ぶ。確か、白いクラウンのような車だったような・・・。

用心に越したことはない。

思えば、3年前のゴーデンウィークに岡山道を走っているとき、覆面パトカーを追い越しかけた。たまたま、かっこいいスカイラインだったから、追い越しざまに横からのビューを見たいと思って車体を見ていたら、赤色灯が開くのが見え、慌てて急ブレーキ。警官と目が合った。

間一髪で助かったが、その後、瀬戸大橋に出ると、橋の上で捕まっている人がたくさんいた。行楽気分が吹き飛んだのを覚えている。

いくつか遭遇した覆面パトカーの特徴としては、①男が二人で乗っている(これが重要)、②それなりに大きい車である(2000CCクラスを超える。これは多分、スピード違反車を捕まえるために馬力が必要だからか?)、③違反を誘うように、急ぐ車の前をさえぎって、制限時速でゆっくり走る、④その地域のナンバーである(これも重要。県境を越えて活動はしないようだ)。⑤岡山県警に多い?(どちらかというと鳥取県警はねずみ獲りが好き!?)

会計事務所のブログで、こんなこと書いていいのか知らないが、ご参考までに。

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2006年5月 1日 (月)

今月の中海テレビ出演

今日から5月。昨日の米子市内は気温が27度を超え、早くも夏日となった。

夜になっても気温が下がらず、生暖かい風が吹いていた。

昨日は、月に一度の中海テレビ番組収録の日。ただし、6月に市議選を控えていることから、「市議と語ろう米子の明日」はお休みで、「県議熱中討論」だけが行われた。

テーマは「どうする大山・中海圏域の観光」。特に最近、活発になってきた中海を観光資源に活かそうという機運の盛り上がりを受けて、活発な討論が為された。

この手の討論会は民間主導で各地で行われており、そちらの方でも良い意見がたくさん出ている。後は実行に移していくだけだと思うが、昨日の討論では、「官と民の役割分担」に主眼を置いた。

いつも良い意見が出ても実行に移されないのは、「よさそうだが具体的でない」か「実行に当たっての役割分担が不明確」「責任の所在が不明確」かである。

県議から出された意見は、長期的なインフラ整備は行政主導で。企画・戦略的なプランは民間主導でという意見が大半を占めた。

いずれにしても、役割分担をはっきりさせ、責任の所在を明らかにすることで実行性が上がってくる。その点を踏まえて今後の議論をしていただきたいと思う。

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