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2006年2月

2006年2月28日 (火)

長崎皿うどんを食らう

DSC00254 先日の昼食に、ローソンで売っていた新発売の長崎皿うどんを食べてみた。ちょうど、このブログでも長崎皿うどんの話を出していたところ、コンビニでふと目に留まったのだ。

最初は、味に対してほとんど期待していなかった。本場の味を何度も味わった者としては、コンビニで売っているレンジで温めて食べるような皿うどんに期待などできるはずがない。

しかし、食べてみると以外にこれがうまかった。もちろん、絶賛するほどではないし、皿うどんが好きでもない人にあえておすすめするような代物でもない。しかし、500円弱の値段で、しかもコンビニの食べ物としてここまで味を出せれば、上出来ではないかと思ったのだ。

というわけで、昨夜も事務所で残業しながら夜食として長崎皿うどんを食べてみた。はじめてのときのような感動はなかったものの、味はまずまずだ。

東京で仕事をしているとき、長崎には出張でよく行った。長崎は食事がうまいところだが、中でも皿うどんは私の好物である。チャンポンよりも皿うどんが好きだ。4泊してそのうち昼も含めると3回くらいは皿うどんを食べたものだ。

皿うどんには細麺と太麺があるが、私は太麺が好きだ。これに酢と醤油を少々かけて食べると味がさらに引き立つ。コンビニの皿うどんは細麺だったが、今度は太麺も食べてみたいものだ。

コンビニの皿うどんに本場の味を求めるのは酷であろう。あの味を思い出させてくれただけでも合格だろう。本場の味は、やはり本場へ行ったときの楽しみに取っておきたいと思う。

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2006年2月27日 (月)

今月の中海テレビ出演

昨日は、中海テレビの収録があった。

今月の県議熱中討論のテーマは「スポーツ文化の現状と展望」だった。鳥取県のスポーツ人口は全国平均をやや上回るものの、国体の成績は昭和61年のわかとり国体以後、低迷を続け下位に甘んじている。オリンピック選手の輩出も他県に比べて非常に少ない。野球やサッカーなどのトッププロも同様だ。

また、介護予防としての生涯スポーツの振興もまだまだこれからというところ。今年はスポレク祭という生涯スポーツの祭典が鳥取県であり、全国から約20万人の参加者が鳥取県に各種のスポーツをしに来るということだが、どこまで介護予防の成果につなげられるか。

このような現状に対して私は、「行政の施策として目的がはっきりしていないのではないか」、と議員の方々に問いかけた。つまり、なんのためにスポーツ振興予算を使っているのかその目的がはっきりしていないのではないかと。

スポーツには、いくつかの効用がある。①若年層をスポーツによって鍛えることで、青少年の健全育成につながる。②トッププロやオリンピック選手を育てることによって、県民の意識高揚につながる。③生涯スポーツを通じて介護予防を行い、福祉予算の軽減につなげる。などである。

どこに目標を置くかによって、予算の取り方も変わってくる。そのあたり、鳥取県が何を目指すのか目標を明確にした上で、取り組まれればなお一層の成果があがることと思う。

続いて午後の収録は、「市議と語ろう米子の明日」でテーマは「広域ごみ処理問題と考える」だった。すでに老朽化が進んでいる鳥取県西部地区各所のごみ焼却施設の代替施設として、各所に新設するのか、米子市の施設の余力部分を使うのか、このとろころいくつかの案が飛び交い、新聞にも大きく取り上げられている問題だ。

議論を始めてからいろいろと意見が出たが、現状はまだ何も決まっていない、というのが結論のようだった。もともと県西部の広域合併を前提にして広域ごみ処理を考えてきたものの、合併は不調に終わり、ほとんどの市町村が単独の道を選んだ。米子市の財源で建設する以上、他の市町村からごみを受け入れるには地元の負担の問題も含め様々なハードルがある。

市町村合併を断ったときに自立した自治体運営を目指すといった矢先に、ごみだけは米子の施設を使わせてほしいということでは、市民感情としては「いいとこ取り」ではないかという意見も出て当然だろう。

そして、そもそもの問題として、各市町村でどういう種類のごみがどの程度の量、排出されるのか、しっかりとした統計が整っていない。この状態で地元に負担を強いるのは、この先どれだけ負担する必要があるのか見通しがつかず、議論のテーブルに着くのは難しい面もある。

とにかく、まだ議論が振り出しにもどって始まったばかり。私も一市民として、議論の推移を見守りたいと思う。

以上、昨日行われた中海テレビの番組収録についてでした。

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2006年2月24日 (金)

荒川 金メダル!

荒川選手が、つい先ほど金メダルを獲った。

出掛けに、準備をしながら演技を見ていたが、ノーミスの完璧な演技。演技が終わった時点でコーエン(米)を抜きトップに立った。その後、SP2位のスルツカヤ(露)がジャンプに失敗。得点が伸びず、荒川の金メダルが決定した!

メダルへの期待は十分あった。しかしSPが終わった時点で僅差とはいえ3位。なんとかメダル圏内に残ってほしいという期待を大きく上回っての金メダルは立派だ。表彰台でライバルのスルツカヤとコーエンを両脇に、もっとも高い位置に立った荒川は見事というほかない。

今回の五輪は、日本勢に全くメダルがなかっただけに、その価値も大きい。世界選手権覇者だった伊藤みどりも獲れなかった金メダル。同じメダルでも金は別格だろう。

荒川選手は、普段の言動が控えめで、あまり派手さを感じさせないが、中身はしっかり磨き上げてくるところが素晴らしい。困難や重圧に耐えてがんばりぬいた姿勢は見習いたい。

スポーツのいいところは、そんな努力が報われる瞬間を見られるところだ。メダリストを自分に置き換え、自分はまだまだ大したことはない、もっとがんばらないといけないな、と思わせてくれるところがいい。

今朝は日本全国で、出かける準備の手を止めて、荒川選手の金メダル獲得に見入った人も多かったのではないだろうか。

とてもうれしいニュースだ。

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2006年2月23日 (木)

ナショナリズム

昨日の竹島の日は、特に大きな混乱もなく終わったようです。

ところで、ナショナリズムと愛国主義(ペイトリアティズム)の違いは、以前に読書日誌で紹介した「国家の罠」(佐藤優 著)に説明があり、目からウロコが落ちる思いがしました。ナショナリズムは自国優先主義であり、ときに国益を害することがあるので、愛国主義とは違うということです。国益を優先しようと思えば、外国との交渉で妥協することも必要であり、それが愛国主義ということなのでしょう。

竹島の日をきっかけとして、日本が置かれている状況に多くの国民が関心と理解を深めることは良いことですが、一歩間違えると単純なナショナリズムに陥る可能性もあり、尖閣諸島や北方領土の問題も含め、冷静な洞察を行うことこそが真の愛国者のやることだと思います。

「自分の国を愛する」というと、すぐに「右翼」とか「ナショナリスト」とか言う人がいますが、混同しないでもらいたいと思います。石原都知事のように、やたら隣国に喧嘩を売る人は、ナショナリストであっても愛国者とは思わないのです。

日本の近海には難しい領土問題がいくつもありますが、これは東アジアに仕組まれた罠だと推測します。東アジアの紛争が誰に一番利益をもたらしているかを考えればある程度わかることです。もちろん証拠はないので邪推に過ぎませんが、逆にそういった裏をきちんと国民が理解していない中で、強硬に解決が図られようとうすれば、それこそ単純な自国優先主義(ナショナリズム)に過ぎないと思います。罠にはめられた第二次大戦の二の舞でしょう。

かつて、竹下登首相が、第二次大戦の歴史観について「後世の歴史家が判断するでしょう」と述べられました。これは、決して自分で判断する責任を逃れようとしたのではなく、まだ語られていない当時の裏側があって、これらを多くの国民が理解していない状況で、何を言ってもしょうがないだろう、という深い思慮のもとの発言だと理解します。

裏側にどんな謀略が仕組まれているかわからない状態で、ましてや真実を語らないマスコミ情報に基づいて行動することはとても危険なことなのです。今、永田町を騒がしているメール事件にしても、誰が裏で仕掛け、本当のターゲットは誰なのか、実は武部氏ではなく永田氏がターゲットであって、前原氏をよく思わない民主党内の謀略なのかもわかりません。党内から進退問題を問う声が出るのはおかしいじゃないですかね。本来ならかばうべきことでしょうに。民主党も中はバラバラなのだとよくわかります。

かつて、大河ドラマで「毛利元就」がありましたが、元就もまた謀略の名手でした。今も似たようなことが各地で繰り広げられているのだなぁ、と実感します。

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2006年2月22日 (水)

竹島の日

今日は島根県議会が昨年3月に条例で制定した「竹島の日」です。地元新聞の一面トップはこれに関するものでしたが、全国紙ではほとんど採り上げていないようです。

式典には外相など数名の閣僚を招待したそうですが、すべてキャンセルだそうで、地元選出の国会議員も代理出席だそうです。島根県と日本政府との温度差に、県議からは不満が出ているとのことです。

政府側は韓国を刺激しないように冷静な対応を心がけるというのが大筋の理由ですが、それはまっとうな理由だとは思います。しかし、これにはいろいろな裏があるのでしょう。きっと。

表向きは、とりわけ漁業面において地元住民が不利益を蒙った状態を放置しないでほしいということであり、もちろん日本国としてきちんと領有権を主張しましょうということでもあると思います。

ただ、それを島根県議会が自発的に主導したかと言えば、それには疑問があって、多分に国側が主導したという要素があるのではないか。だから、煮え切らない政府の態度に県議会が不満を表明しているのではないか、と推測をします。

本来、外交の問題ですから国が責任を持って対処すべきことです。地元が声を上げたとしても、大きな視点で韓国との関係がこじれるのは国益にそぐわないでしょうから、やはり国が責任を持つべき話です。

ちょうど昨年の今頃は、韓流ブームで日韓関係が良好になりつつあったときに、竹島の日の条例が可決され、一気に冷え込んだのは記憶に新しいところです。邪推をすれば、日韓関係が良好になることに不快感を覚える背後があるのではないか。というところですが、まぁ、あまり邪推をするのはやめましょう。

ただ一ついえることは、ナショナリズムと愛国心(ペイトリアティズム)は違うということだと思います。自国の利益ばかり主張するのはナショナリズムであっても愛国心とは限らない。日本の国益のために、現段階において最善の策をとろうとし、結果、譲歩することがあってもそれは甘受する必要もあるということです。

竹島問題をはじめ、領土に関する問題は非常に深い問題を含んでおり、政治家がよくやる「先送り」もしくは「棚上げ」という策も、今のところありだと思っています。

本当のところはよくわかりませんからね。結局は。

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2006年2月21日 (火)

資産公開

今朝の新聞では、衆議院議員の資産公開が掲載されていた。平均額は約5000万円とあったが、株式・貸付金・借入金は含まない、とあるので、これを多いとみるか少ないとみるかはひとえには言えない。

せめて公開株は時価で評価し、借入金を差し引いたネットで総額をみるべきだと思う。

私が注目するのは、議員の借金の多さだ。多くの議員が借金をしているが、単純に家のローンならまだ資産と見合う面もあるのでいいのだが、選挙費用だったり、議員活動経費であったりすることも多分にあるはわけで、これだけ金に困っている議員が多いということは、もっと注目されていい。

だから、借入金を差し引いたネットでみるべきなのだ。

選挙運動は基本的にはボランティアだが、それでもポスターから選対事務所の借り賃、選挙カーのレンタル代、ガソリン、食事代、などなど1億円を超えることも珍しくないようだ。党からある程度助成が出るが、政党によっては大半を自己負担しなければいけない党もあるようだ。

議員に当選した場合、選挙区を持つ議員は地元に拠点をいくつかもって、スタッフを雇わなければいけないし、その人件費は公設秘書以外は自己負担だろう。こういった経費を継続的に支払い続けなければならないので、給与を2000万円以上もらっているとはいえ、全く足りない状況だろう。杉村議員のように選挙区を持たない比例区の議員はまた別のようだが。

こういった経費を借入してまかなっている議員は本当に大変だと思う。議員はたびたび金銭スキャンダルや金銭トラブルに巻き込まれるが、驚くことではない。金がないから少々怪しげな業者であっても、政治献金がくれば受け取ってしまいやすい環境にあるといえる。

資産公開の本来の目的は、議員の優越的な地位を利用して大儲けしている議員がいないかどうか監視することだが、私はその逆もあると思う。つまり、借金が多すぎてまともな政治活動ができないのではないか、というチェックだ。

だから、借入金をネットして純額で表示すれば、窮乏している議員がわかりやすくなるかもしれない。これが、平均約5000万円の資産という総額表示では誤解を招く。

議員が安心して国や地方のことを考えられるよう、せめて普通に暮らせるくらいの手当や活動助成があっていいと思う。

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2006年2月20日 (月)

JALの内紛

ニュースで報じられている通り、JALの社長に対し、取締役4人がクーデターを起こすという内紛が起きている。このような経営陣の対立は最近に始まったことではなく、“お家芸”だそうだが、最近では飛行の安全を脅かすような整備不良なども発覚しており、それもあってライバルのANAと比較して株価が低迷している。

さて、ここで問題にしたいのは、このような問題と企業価値とがどのような関係があるかである。

一つの意見としては、このようなゴタゴタの多い会社は企業価値も低いだろう。航空会社が飛行上のトラブルが多いようでは信用がない。ということがあると思う。

もう一つの意見は、確かにこのような事件が頻発するのは企業価値を下げるが、反面、JALは日本航空業界のフラッグシップ。潜在的な企業価値は十分あり、困難を克服すればきっと再浮上するだろう、という考えもあるだろう。

今時点において、私は後者の意見をとっている。日本の航空大手が2社体制となり、その片翼が落ちるということは、国も財界も看過しないだろう。現に国土交通省はこのような事態に苦言を呈しており、場合によってはすでに経営陣に介入しているのかもしれない。

さて、この事態をどうみるか。

一方、会計面で見ると、航空業界というのは固定費の大きな業界として有名だ。総費用に占める固定費の割合が多いと、ちょっとした売上の減少がすぐに赤字決算に直結しやすい。昨年から続く、不祥事と燃料代の高騰で赤字決算が続いているが、ちょっとしたきっかけで売上が伸びると、固定費の多い業態というのは、黒字化しやすい。

現状のような不祥事を一掃してもらえれば、黒字浮上も可能だろう。それだけに、しっかりガバナンスを働かせて、再生してもらいたいものだ。事態の推移を見守りたい。

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2006年2月17日 (金)

見通し変わらず

久々の投資日誌です。

2月に入って日本株は一時の勢いをなくしています。外国人投資家が断続的に売りを出しているようで、少し地合いが悪くなっているようです。

企業業績も上方修正が相次ぐなど、状況は変わっていません。ただ、これまで急ピッチで上げ続けたため、利益を確定する売り注文が増えているのは事実でしょう。

しかし、大きなところで戦争経済であることに変わりはなく、戦費調達のために外国人も長期的には日本株を上げてくると思われます。

銀行や郵便局の窓口では投資信託の販売が好調です。大手銀行の業績も、投信の取扱い手数料が伸び、好決算に貢献しました。今後も様々な形で日本人の資金が断続的に市場に入って来ることが予想されるため、長期的には株価を押し上げることになると思います。

一方で、商品市場は原油の価格が下落するなど軟調な動きとなっています。市況には季節的な要因もあるようですが、イランの核疑惑など、原油の産地である中東の政情不安が続くため、これも中・長期で見れば上昇傾向にあると思います。

金の価格は、2月のはじめまで高騰を続けていたものの、ここへ来て乱高下が続いており、一般の投資家としては手をつけにくいところです。ただ、これも中東有事などがあれば、原油ほどではないにせよ、上がりやすい地合いだと思います。ただし、今年の為替相場は去年と違って円高が予想されるため、円ベースでの価格は去年のような上がり方はないと思っています。

このところずっと仕事が忙しく、市場をチェックするのが後回しですが、長期投資家にとっては、このところの下げは誤差の範囲であり、大きなところで情勢は変わっていないと見ています。

さて、今後の行方はどうなるでしょうか。

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2006年2月16日 (木)

「中国古典からもらった不思議な力」

DSC00244 「中国古典からもらった不思議な力」 北尾吉孝著 (2005年7月30日三笠書房)

ライブドアによるフジテレビ買収騒動のとき、“ホワイトナイト”として登場したことで一躍有名となったSBIホールディングスのCEO・北尾氏による著作です。

北尾氏を一見すると、証券会社出身でソフトバンクの孫社長の右腕として数多くのM&Aを手がけてきた人ですから、アメリカナイズされた猛烈なビジネスマンイメージしますが、実は中国古典に精通する東洋的な側面を強くもっている人物だということがわかります。

おそらく、どちらも正解ではないかと思います。現代の経営手法にもよく精通しつつ、信念の部分には東洋的な考え方を色濃く持つ、というのは私としては非常に理想的だと思っています。

本書にも出てくる言葉ですが、「右手にそろばん、左手に論語」というのは、中国文化の影響を受けた歴史を持ち、今はアメリカ文化に席巻されている日本人にとっては、重要な考え方です。アメリカ的なもの一辺倒では、金は稼げるかもしれないけど、心の部分がおろそかになるし、東洋的なものだけだと今の時代、貧しくなりかねないところですが、この使い分けができるのが、一番理想的だと思うのです。

本書では、著者自身の体験を踏まえながら、そのときどきにどんな心境で、どんな中国古典を参考にしながらこれまで生きてきたか、平易な言葉で書かれています。どれももっともなことで、著者が大変、中国古典を勉強しているこがよくわかるのですが、「日曜日はゴルフはしない。ひたすら読書をしている」という点が印象に残りました。何かを得ようと思えば、何かを犠牲にしなければいけないこともあるのだと思いました。

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2006年2月15日 (水)

メダルがとれないが・・・

トリノオリンピックも6日目を終えて、期待された種目でメダルが取れず、日本選手団の不振が続いている。

今日の日本海新聞に“事前に騒ぎすぎ”、“選手の調整が甘い”などという分析が載っていたが、素人からみても、事前に騒ぎすぎはあるだろう。ただし、それはテレビをはじめとするマスコミに向けられる批判だと思うが。

まだ、大舞台で活躍していない選手をアイドル扱いするような取材の仕方は、近年、ますますエスカレートしている。モーグルの選手の惨敗ぶりに対しては各方面から批判が出ているが、中でも、雪を何度も叩いて悔しがる、だとか、大げさに痛がったわりにはその後、ケガをおしてすべる“パフォーマンス”を見せた、だとか、負けた後の態度に問題ありとする論評には納得のいくところもある。もちろんそうでない選手もいたが、およそスポーツ選手とは思えない潔くない態度だったとは思う。

モーグル女子も惨敗だったが、前回のメダリストは、昨年に六本木のクラブで泥酔して警察沙汰になり、それがワイセツ事件だっただけに地位も名誉も女性としての品位も失った。今回も調整不足で惨敗だったが、私生活が安定しないで勝てるわけがない。

その一方で、今朝のニュースの岡崎朋美選手は大きな手術を乗り越えて500Mで4位に食い込むなど、立派な滑りを見せてくれたと思う。大会直前に風邪を引き、調子が危ぶまれたがここ一番で集中力を見せ、メダルは取れなかったが、事前の予想以上に順位を上げた。

この後、メダルが期待されるのは、フィギアスケートの女子だそうだが、元五輪選手の渡辺絵美氏は、「1つ取れるか取れないか」、という予想をしていた。4回転ジャンプが期待される安藤選手については、「4回転飛んだのは2年前で、それから体重が増加している。彼女はここ2年間、試合前に4回転飛ぶといい続けて、一度も飛ばなかった。10位に入れるかどうか」というような評価をしていた。

マスコミがあれだけアイドル扱いしているのは、有力スポンサーが付いているとかいう噂もあるが、本人の甘さもあるが、周りの扱いにも問題がある。ちょっとでも広告塔としての素質があると、実力以上に甘やかし、結局、逸材を潰してしまうことになりかねない。まだ10代だが、五輪後はアマを引退してプロに転向する話もでていた。いくら金になるといっても、それは早いんじゃないか。

アマチュアスポーツの世界も金にまみれ、競技によっては麻薬の噂が流れたり、いろいろとおかしくなってきている。ひところは「精神主義」がいけなかったといい、今度は過度に精神を軽視するようになった。しかし、欧米の有力選手は例外なくメンタル面に気を使う。言葉として「精神主義」は間違いかもしれないが、ヨーロッパの選手のようなスポーツ選手らしい紳士的態度は見習ってほしいところだ。

メダルはその後でいいんじゃないか。

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2006年2月14日 (火)

比類なきテレビスター

DSC00338 日経ビジネス2006.2.13 90ページ~ 連載「TV WARS」

少しまえから連載をしている日経ビジネスの「TV WARS」を興味深く読んでいます。テレビが始まったころの時代から、当時の番組制作者や出演者がどんな状況で、どんな気持ちをもって番組制作に挑んでいたか、時代の変遷がわかって、大変興味深いところです。

テレビ草創期のころから80年代くらいまでは、読書人というか知識人がテレビを仕切っていて、例えば大橋巨泉のような比較的、教養の深い人が番組を作っていて、一般大衆の中でも知識人をターゲットにする番組作りをしていたそうです。

それが、フジテレビの「楽しくなければテレビじゃない」というようなキャッチフレーズにも象徴されるように、バラエティ番組一色になってしまったと。しかも、かなり低俗なものに堕していったために、テレビから知識人が離れていったということだそうです。

今週号は、6回目の連載ですが、70年代を飾った大スター・山口百恵の特集でした。サブタイトルに「比類なきトップスター」とありますが、確かに彼女を超えるテレビスターは、彼女の引退以後、出ていないように思います。

かく言う私は、彼女が引退した1980年に小学校1年でしたから、リアルタイムの記憶はありません。しかし、彼女の歌はいろいろなところで聴きましたが、特別うまいわけではないけれど、彼女しか出せない雰囲気を作ってしまうところがすごいと思います。何か、こう、引き込まれるような雰囲気ですね。

彼女が引退して、80年代のアイドルといえば、松田聖子が挙げられますが、この時代から恋愛・結婚・破局などプライベートもすべて暴かれてエンターテイメントにされてしまう時代になりました。山口百恵は、プライベートをほとんど明かしません。ここに一つの時代の分かれ目があって、芸能人にカリスマ性を作り出す仕掛けがなくなってしまったように思います。

番組は、作る側も演じる側もいろいろな思惑や苦労があって大変ですが、それでも一つの番組を作りあげるのは、何かものづくりにも通じるような喜びがあるものです。

さて、私が出演している中海テレビの討論番組は、番組制作者側から、「楽しくなければ・・・」というテレビから、もう一度、教養を取り戻そうよ、というコンセプトが含まれています。その番組に私がふさわしいかどうかは別として、また、時代がそのようなものを欲しているかどうかも別として、あるべきテレビの姿をこの地方から取り戻していこう、という理念のもとに番組づくりが行われています。

こういったコンセプトを中海テレビのスタッフから聞いたとき、「素晴らしいな」と思って、恥を忍んでテレビに出ているわけです。

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2006年2月13日 (月)

男たちの大和

昨日、映画・男たちの大和を観てきました。

第二次大戦中、日本が造った戦艦大和を巡る乗組員とその家族の物語です。

例によって、これから観に行かれる方のためにストーリーには言及しませんが、実に悲しい映画でした。戦争によって次々に人が死んでいく様子が描かれていました。

当時、大和の乗組員もその家族や周囲の人たちは、最後に大和が沖縄へ向かうのを“特攻”であることを知っていたようです。上官もよく承知しており、最後まで出航に反対だったようですが、軍部の上層部の意向には逆らえなかったようです。

わかっていても行かなければいけない辛さ、悲しさ。そのあたりがよく表現できていたと思います。

これをもって、戦争はむごいからやめなきゃだめだ、と思うだけでは足りないと思っています。というのも、最近の研究では、当時の軍部の上層部にはスパイが入り込んでいて、日本を破滅に向かわせるために、敵方と通謀していた人間が複数いることが明らかにされつつあります。

これは、まだまだタブーなので、表立って報道されることはないかもしれません。しかし、いくら戦争反対といっても、内側から鍵を開けてしまう人がいることに注意を払う必要があるのです。

前回のブログで、今後、日中戦争が不可避であることに言及した著書の紹介をしました。多くの日本人は当然に戦争反対の立場を取るでしょうが、気をつけなければならないのは、内側、つまり日本人の側から戦争を煽る人間が出てくることです。それが敵方のスパイなのか、単に洗脳された日本人なのかはわかりませんが、第二次大戦の反省と言うならば、そういうことにも注意を払う必要があることを、この映画を観て感じました。

この映画もだいぶ上映期間が長くなっているようですが、そろそろ終了するんですかね。まだ観に行かれていない方には、おすすめですね。

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2006年2月11日 (土)

「日本との戦争は避けられない」

DSC00242 「日本との戦争は避けられない」 孔健 著 (2006年1月25日 幻冬舎 刊)

著者の孔健という人は、儒教を広めた孔子の75代目の直系子孫だそうだ。現在は、日本で新聞社などジャーナリズム活動をしているとのこと。

この本を読むと、中国ではにわかに日本との戦争の雰囲気ができつつあるという。具体的なところでは尖閣諸島におけるガス田開発での揉め事が、一触即発の危機にあるということだが、この本ではそんな状況を中国人がどのように捉え、日本をどのように見ているかが書かれている。

それによると、中国人の間で、日本に対する憎しみの感情が最近になって盛り上がってきているようだ。日中戦争のときの謝罪が不十分だとか、靖国問題、工場での搾取など、挙げればキリがないほどの理由で、日本に対する不信感が募っているという。

日本人として、こういった戦争を防ぐためにも相互理解が欠かせない。情報は得てして歪められるので、中国人の間に間違った日本人観が植えつけられているような気がする。

もちろん、中国は人がたくさんいるので、人によって物の見方が違えば、答えも違ってくるだろうが、実際の中国人が日本人をどのように見ているかについて、冷静に分析されている様子はよく伝わってきた。

しかし、間違っても日本の保守系言論人に見られる中国バッシングに煽られてはいけない。冷静に分析すれば、もう少し穏やかに対処できるはずだ。本書はそのきっかけになる良い本だと思う。

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2006年2月10日 (金)

マジシャンへの道は険し

DSC00241 マジシャンのマギー審司が使っている「マジカルペット」を入手した。アライグマのぬいぐるみを手の上で、まるで生きているかのように扱う、お笑い手品だ。

一時期、ブームになったようで忘年会などの出し物に使ったようだが、ブームも下火となり最近は使わなくなったそうだ。

そこで私もさっそく挑戦(写真)。

しかし、これが以外に難しい。

生きているように動かすといっても、指で動かしているのを隠しながら、自分の意志とは無関係に動物が動いていることを表現しなければならない。

動物を動かそうとすると、そちらに意識がいってしまい、意識を外そうとすると指が動かなくなってしまう。

マギー審司は簡単そうにやっているが、芸の域に達するまでは熟練がいることがわかった。

先月に奇跡のマジシャンといわれる「セロ」のことを紹介したが、マギー審司のマジックすらロクにできないのに、セロの域に達することは不可能だ。

マジックとはなかなか難しいものだ。

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2006年2月 9日 (木)

格差論争

国会では今、「格差」についての論争が激しいようだ。

格差といってもいろいろあるが、国会の論議は主に経済格差のことだろう。「小さな政府」によって政府支出を減らし、地方への交付金を減らせば、余った部分は強者が奪うことになる。当然の帰結だろう。

政府が経済格差を埋めようしすぎれば、社会主義的な要素が強くなり、発展は止まりやすい。だからといって野放しにすれば、経済格差は民衆の不満となって、治安の悪化や意欲の後退など様々な問題を引き起こす。

このあたりのバランスは実に難しい。戦後の日本のように、社会主義と資本主義の中間でいくのがベストだろうが、今さらもどろうとするにはさらなる労力が必要となる。

私はこの経済格差を論じる前に、「やる気の格差」をなんとかしなければいけないと思う。明らかに意欲的な人もいれば、やる気のない人もいる。この世の中、どうしてもがんばる人は収入が高いけど、がんばる気のないひとは収入を得る機会も少ない。

これを「雇わない人が悪い」という論調があるが、雇う側としても現在のような厳しい経済環境の中では、やる気のない人を雇うほどの余裕はないだろう。それほどまでに、経済環境は厳しくなっている。好景気の影に隠れて、競争の激化はますます進んでいる。

さて、この「やる気の格差」は、やがて「知識・技能の格差」につながり、ひいては「経済格差」に結びつく。経済格差が決定的となれば、這い上がる気も失せる。そしてやる気を失う。

この歯車、どこで狂ったのだろうか。

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2006年2月 8日 (水)

天皇家の役割

紀子様の御懐妊のニュースは、皇室にとっても久しぶりに明るい話題でしょう。まだ、気が早いですが、男児誕生ということになれば、現行の皇室典範では第3位の皇位継承権が与えられるということで、男系のお世継ぎということになるようです。

さて、今日は天皇家が日本で果たしてきた役割について書きたいと思います。

日本人は他の国民に比べて嫉妬心(ジェラシー)が大きいといわれているようです。この嫉妬心は、適度に働けば上手に競争を促し、国の発展につながるのですが、過度に働けば国にとって災難を招くことは歴史が明らかにしているところです。

天皇家は、この日本人の持つ嫉妬心の避雷針のような役割を果たしているといえます。形式的には鎌倉時代から以後、天皇が権力を持ったことはありません。しかし、権威だけは温存して当時から日本の象徴として君臨してきました。

平安時代に藤原氏が実権を握っても、天皇家を決して滅ぼさなかったのは、あくまで一番偉いのは天皇であって、藤原氏はその臣下にすぎないという形式を保つことで、その他の有力貴族の嫉妬を防いだといわれます。それを名実ともに明確化したのが源頼朝であって、征夷大将軍という日本を統治する最高権力を持ちながらも、天皇家を温存し、天皇に代わって執務を行うということにして、他の武将の嫉妬を避けようとしたのです。

戦国時代においても、すべての戦国武将が京を目指したのは、天皇家を補佐し、天皇に代わって国を治める者こそが天下人であるという常識があったからです。徳川の時代でも天皇家は温存され、明治・大正・昭和を経て、存続してきたのです。

もし、権威と権力が一つになれば、人々の嫉妬心はその者に集中してしまい、とても国は安定しないでしょう。権威と権力を分離することで、日本は何とか存続したといえるでしょう。だから、日本の皇室を単純に平等論とか戦争責任論で排除しないでほしいと思います。日本の国の中で果たしてきた機能を冷静に評価することは大切なことだと思います。

ちなみに、外国から見ると、皇室とか王室というのは民族統合の象徴的存在ですから、敵国を責めるときは、必然的にターゲットになるのです。19世紀から20世紀初頭にかけて、ロシアのロマノフ王朝や東欧のさまざまな王朝が共産主義革命に倒れました。それによって、あれほどの栄華を誇ったロシアや東欧はそれ以来、ずっと貧しさから脱出できていません。国が一つにまとまるためにはなんらかの象徴が必要であり、それが王室とか日本で言えば皇室になるのです。

さて、日本の皇室典範改正を検討したとされる有識者会議ですが、ある保守系の雑誌によると、座長はかつて全共闘でバリバリ活躍していた折り紙付きの左翼主義者だとか。そして、女系天皇を誕生させることによって、後継者を輩出しにくくし、自然消滅を図る策略だとか。

日本にも共産主義革命の火は、今でも燈っているのだなと思った次第です。

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2006年2月 7日 (火)

わが身を振り返る

東横インの社長会見には、賛否があろう。よく反省しているという意見と、ついこの前の会見との落差に本当に反省しているのだろうかという意見と。

しかし、人の落ち度を指摘し、あげつらうのは簡単だ。完璧な人間はいないわけで、むしろ、人の失敗を見てわが身を振り返ってみることが大切だろう。特に同じようにビジネスをしている人はそうだ。

ビジネスをやっている人は、常に利益のことを頭に入れていないといけない。利益を度外視した行いをすれば、会社の倒産を招き、従業員とその家族を路頭に迷わせかねない。

しかし、一方で倫理・道徳、そして順法意識を持ち、その中で活動をすることが求められる。

私が思うに、利益は組織存続の要件ではあるが最終目標ではない。事業を通じて社会の進歩に貢献する気持ちこそが大切だ。

東横インの社長会見を見て、失敗した人を批判するよりもわが身を振り返り、自分にも間違いがないかをチェックする必要があると思った。

さて、この東横インの社長は、60キロの道を67・68キロで走ってもいいと言われたが、私は昨年、50キロの道を70キロで走って違反キップを切られた(苦笑)。東横インは少なくとも70キロ以上は出していただろう。

私も大丈夫だと思っていたが、この認識違いが怖いのだと思う。反省。

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2006年2月 6日 (月)

老人税

先日、米子税務署のお手伝いで、確定申告相談会の相談員をしてきた。

この時期は還付申告の人だけだが、その多くは年金受給、すなわちご老人の方が多い。

今回の申告分から、老年者控除(50万円)が廃止され、公的年金等控除額も縮小している。それによって、年金受給者への増税がなされている。

私が応対した、かなり多くのご老人が、口々に「今年は還付が減りましたなぁ」とか、「こんなに税金を払うですか」とかおっしゃる。確かに控除額の縮小は確実に税金を増やしている。増税というものが実感として伝わってきた。

それにしても、昔の日本人というのは律儀な方が多い。申告書の記述も、しっかりとした書体で丁寧に書かれる方が少なからずいらっしゃる。加えて、とても礼儀正しい方が多い。私のような若造にも深々と頭を下げ、礼を言われる。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」というが、私もそうありたいと、人生の先輩方を見て思う。

しかし、そうした正直者で礼儀正しい人でも、増税はしっかりとのしかかる。中には、還付ではなく納付になってしまった老女は、明らかに狼狽されていた。「こんなに払うんですか??」と。

何度計算しなおしてあげても、答えは変わらず、「そうなんです。今回分から増税になっていますから・・・」と言うしかなかった。私に言われても困るが、彼女の気持ちもよくわかる。

「老人税」とは、副島隆彦氏の著書であるが、今、まさに老人から税を取るときが来ている。これは、団塊の世代が大量に退職し、年金をもらうときのための先回りの増税とも言える。

政府は金がないとばかり言うが、本当は金はある。しかし、その金でアメリカ国債を大量に買わされ、売らせてもらえないだけだろう。そういうことが、副島隆彦氏の著書には出てくるが、主権者たる国民の大半が政治に興味がないので、当面、なすすべなしだろう。

残念ながら私たちは、今後も増税の波をかぶっていかなければならない。税を納めることを嫌がるだけでなく、納めた税がどう使われているのかが重要なのはいうまでもないが、どんな職業であっても、政治に関心を持つことが大切だと思う。

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2006年2月 3日 (金)

占いの使い方⑤

占いは運命周期のパターン化をいかに確立するかがポイントです。コンビニのPOSもデータ蓄積とその分析によって、消費者行動のパターン化が重要です。

したがって、パターン化がうまいと、占いは当たりやすくなります。細木数子の占いが当たりやすいのは、きっと人間が辿るであろう運命パターンを上手にまとめているからだと思います。

例えば健康に注意しなければいけない周期、感情の起伏に注意しなければいけない周期、すべてがうまくいかないとき、など、誰でも起こりうる悪循環はそんなに多くのパターンがあるわけではありません。トラブルに関しても、だいたいは人間関係・お金・健康の3つに絞られます。

そのあたりがうまくまとめられているのが、細木数子の六星占術です。ちなみに、彼女の携帯サイトは一月300円で閲覧できますが、購読者が80万人いるとのことですから、彼女の会社には毎月2億4千万円の収入があることになります。コンビニのPOSもそうですが、データベースの構築による未来予測がうまくいくと、ビジネスにとって大きなプラスになることは、ビジネスマンはよく抑えておく必要があるでしょう。

ちなみに、都市部では「お財布ケータイ」だとか、いろいろな支払い手段の利便化が図られています。そのすべては消費行動の把握につながることを知っておかれるとよいでしょう。クレジットカードなど現金以外で物を購入すると、すべて記録が残ります。スイカのような鉄道乗車記録と組み合わされれば、ますます情報は高度化していきます。そのうちカード会社は再編をして数社に寡占化するでしょう。そして、個人情報はますます集中化するのです。

利便化=情報の高度集中化。個人情報保護といいながら、裏では個人情報がどんどん集中し、集約され、さまざまなビジネスに使われるのです。ビジネスと政治は表裏一体の面があり、上にいけばいくほどそうですが、高度に集約された個人情報は、そのうち反政府行動の監視にも使われるでしょう。いや、もう使われているのかもしれません。

2000年前の中国の統計学と同じことを現代でもやっているのです。ビジネスを現代の戦争と捉えると、やはり未来予測として有効な手段は、データベースの構築と行動のパターン化なのだとわかります。

さて、この占いの使い方ですが、パターン化された仮説ですから鵜呑みにする必要はない反面、ありうる幸運と不幸のパターンでもあるので、上手に使えば実に人生を楽に生きることができます。例えば、運気が良いときは、ちょっと無理してでもがんばってみる。運気の悪いときは自重して、エネルギーの補充に努める、などです。

1年間、ぶっ通しでがんばれるわけないですし、毎年毎年がんばれるわけではありません。調子には波があるのであって、がんばる年があれば、静養につとめ英気を養う年もあったほうが、長い目で見て結果がよいこともあるのです。

占いによって、人生には運気の流れがあることを知り、人生にメリハリをつけることができれば、使い方として十分だと思います。

そして、ビジネスマンの方は、占いを毛嫌いしないで、現代版の占い(情報のデータベース化)がビジネスの上で実に有効な武器になっていることを理解されると良いと思います。

おわり

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2006年2月 2日 (木)

占いの使い方④

「運命よりも立命が大切」と説いたのは、かの有名な安岡正篤氏ですが、京セラ名誉会長の稲盛氏も安岡氏の言葉を受けて、ある講演でそのように話をしていました。運命を素直に受け入れるだけではダメで、人生の目標、志を立てて、それに向かって邁進することがなお一層大切であると。

稲盛氏は、その講演の中で、同時に「因果の法則」を重視しなさいとおっしゃっていました。

大宇宙の大きな流れは、人間の暮らしを少しずつ良い方向へもってきた。その流れに逆らわないで、自分も良いことをするように心がければ、それはいつか自分の子孫に跳ね返ってくる。これは科学では検証できないが、昔から人間は経験則で知っている、と。

「科学では検証できない」というところが大切です。現代の日本人は、なんでも科学的に根拠のないものを切り捨てていますが、人間の積み重ねてきた経験則というのは実に壮大で、とても科学では検証できないことが多いことを知るべきです。

著名な科学者ほどそういいます。稲盛氏も化学を専攻し、セラミック素材の開発に努めた人ですが、その他にも著名な科学者も、「結局、どんなに科学が進んでも細胞の一つも人為的に作ることができない、説明することすらできない」といっているを聞いたことがあります。

なぜ、不幸が重なる人と幸福が重なる人が出てくるのか、不公平に思うことがあるかもしれませんが、これを説明できるのは因果の法則くらいでしょう。かならず原因があって結果があるとすると、普段から行いを良くしておくことは、いつ、どこでそれが発露するかわからない。自分の3代あとくらいに出るという人もいます。ならば、今、自分が元気にがんばれるのは先祖のおかげだと感謝し、自分の子孫のためにも日ごろの行いを良くする必要があります。

これは、長らく日本人の宗教観だったのでしょう。「自分は無宗教です」という人が多いですが、お盆に先祖の墓に手を合わせるのは、立派な宗教行動であって、それによって先祖からのつながりを意識することが、無意識のうちに様々な悪行への抑止力になるのです。

さて、このような「運命よりも立命」、そして「因果の法則」を説いてきた日本を代表する人物以外に、このような話をする人がいます。それが細木数子です。

私はもともと占いは信じない口でしたが、細木数子が安岡正篤氏や稲盛氏と同じことを言っていると知ってから、彼女の六星占術を試してみる気になりました。過去の人生を振り返ってみて、運命周期と照らし合わせると、当たっていることが多かったです。また、性格分析も的確で、適している職業まで当たっていました。私の周りにも利用者がいて、随分と的中率が高いようです。もちろん、これは仮説にはまったということであり、当たらない人もいます。

ただ、当たっているからといって占いを鵜呑みにすることはありません。あくまで参考として使い、「立命」を重視しています。自分がこの先、どうやって社会の役に立てるのか、いろいろ考えて、そして行動して行きたいと思っています。これが安岡正篤氏や稲盛氏が強調されていた、運命と立命の違いであり、占いの使い方の一つだと思うのです。

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2006年2月 1日 (水)

「胡錦濤の反日行動計画」

DSC00238 「胡錦濤の反日行動計画」 浜田和幸 祥伝社(平成17年9月刊)

久しぶりの読書日誌です。この半年くらいずっと忙しくてゆっくり読書をする暇がなかったです。この本も、最初に読み始めてから、昨夜読み終わるまで何ヶ月かブランクがあったため、最初の方の内容を忘れていました。

浜田和幸氏は、地元・米子市出身で私の高校の先輩にも当たる方です。国際政治学者としてテレビでも活躍している方で、アメリカや中国の事情について、ホントによくご存知です。

この本では、躍進する中国の新しい指導者である胡錦濤国家主席が、どんな世界戦略をもっているのか、その中で日本をどのように位置づけ、征服しようとしているか、具体的にしっかりと書かれています。

アジアだけでなく、世界の覇権を握ろうとしたとき、日本をどうやって取り込むかは非常に重要です。日本の技術力や資金力は、中国から見てものどから手が出るほどほしいものです。しかし、それは着々と、相手の仕掛けた策略によって流れているのです。

靖国問題から化学兵器の遺棄問題、尖閣諸島のガス田開発の問題など、日本は中国に手玉に取られっぱなしです。おそらく日本の中枢部は、アメリカだけでなく中国にも相当に破られて内側からコントロールされているのでしょう。

恐ろしいと思うのは、そういった政治的な紛争だけでなく、例えばエイズ患者をボートピープルとして日本に輸出し、日本にエイズ患者を増やす策略です。着実に日本のエイズ患者は増えていますが、裏にはそのような日本人殲滅作戦があることも理解しておく必要があります。

私が性のモラルの乱れを嘆かわしいと思うのは、決して私が禁欲的だからではなく、そうやってウイルス攻撃によって国が滅ぼしにかかられることを知っているからです。

日本人は本当に人が好すぎると常々思いますが、こういう世界の動きを知ることで、少しでも巻き返しを図ることが重要だろうと思います。

以上ですが、こういった知られざる情報を提供してくださる浜田氏は郷土の先輩としても本当にすごいと思います。

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